今回からがEp.3本編といったところ。
「そろそろ、一度みんなに研究の進捗を見せたいんだけどな……」
艦娘技術研究所の一室で、秋吉は机に肘をつきながら呟いた。
第二世代艦娘開発計画───JK-2-X計画は、前年までの基礎研究段階を越え、いよいよ具体的な試作個体を想定した設計へ入りつつある。海斗や美香、洋平には当然その内容を共有しておきたいし、今回に限っては他にも呼んでおきたい人物がいた。
問題は、どうやってここまで呼ぶかだった。
「普通に連絡を入れるのは避けたいな。国防省の状況も前より怪しくなってるし、研究所の位置へ繋がる情報は出来るだけ残したくない」
通信網を経由すれば、記録が残る。使者を送っても、誰かに追われれば意味がない。だからといって、単純な暗号文では、万一傍受された際に解読される可能性がある。
「暗号を二重にするか……いや、それでも鍵をどう渡す?」
「何悩んでるの?」
声に振り返ると、希空が立っていた。
「希空ちゃんか。いや、君のお父さん達をここへ呼びたいんだけど、他の軍人に気付かれない方法を考えてたんだ」
「ふーん」
希空は秋吉の机へ近寄り、画面を覗き込む。
「暗号にする?」
「僕もそう考えてた。ただ、簡単過ぎると解かれるし、複雑過ぎると今度は海斗達が気付けない。本人達ならすぐ分かるけど、他の人間が見ても意味不明……そんな都合の良い方法があればいいんだけど」
秋吉が冗談半分に言うと、希空は腕を組んで考え始めた。やがて、何かを思いついたように顔を上げる。
「……あっ」
「何か思いついた?」
「うん!」
嬉しそうに秋吉へ顔を寄せると、希空は小声でその方法を説明し始めた。聞いていた秋吉の表情が、途中から何とも言えないものに変わっていく。
「……それ、気付くかな?」
「だいじょうぶ!」
希空には、妙な自信があった。
2010年 正月
洋平と“鳳翔”の結婚式から、およそ一か月。入籍後初めて迎える正月ということもあり、神崎家と東堂家の面々は北海道の東堂邸へ集まっていた。
「ふぅー……やっぱりここ来ると落ち着くわぁ」
広間の畳へ寝転がり、美香が気の抜けた声を出す。
「実家のような安心感って、こういうことなのかしら」
「お前の場合、実際ほとんど実家みたいなもんだろ」
海斗が呆れたように言った。
「向こうにいる時はずっと気を張ってるの。こっちでくらい休ませてよ」
「いや、休むのはいいけど寝転がるなよ……」
そんな夫婦の会話を横目に、士が広間へ入ってきた。
「あれ、洋平兄ちゃんは?」
「鳳翔と墓参り。父さんと母さんに、改めて入籍の報告してくるって」
「ああ……」
士の返事が妙に歯切れ悪いことに、海斗が気付いた。
「どうかしたか?」
「いや、実はちょっと見てもらいたい物があってさ」
士は懐から、小さく折り畳んだ紙を取り出した。
「この前、庭でいつも通り鍛錬してたら、小さい飛行機が飛んできたんだ」
「飛行機?」
「本当に小さいやつ。俺を見つけたら、近くへ筒を落としてそのまま飛んでった」
その筒の中に入っていたのが、今手にしている紙だったらしい。
「最初は何かの悪戯かと思ったんだけど……」
士から受け取った海斗は、紙を広げた。
「…………何だこれ」
書かれていたのは、およそ日本語の文章とは思えない文字列だった。規則性があるようにも見えるが、そのままでは何の意味も読み取れない。しかも、別紙として数字が大量に書かれた表まで添えられている。
「暗号……だよな?」
「俺もそう思って。それで海斗兄ちゃんなら分かるかなって」
「ちょっと待ってろ」
海斗は暫く文字列を追い、やがて眉を上げた。
「……これ、俺達が使ってるやつだ」
「分かったの?」
「ああ。国防軍上層部で使う暗号形式だと思う」
「じゃあ読める?」
「それならな。ただ……」
海斗は一緒に入っていた表を見る。
「この乱数表みたいなのは使わないんだよな」
少し引っ掛かったものの、まずは解ける部分から進めることにした。海斗は紙と端末を並べ、暗号の解読を始める。
数分後。
「……士」
「終わった?」
「ああ。一応な」
だが、海斗の表情は晴れなかった。
「どうしたの?」
「解いた結果、出てきた文章が……また暗号なんだよ」
「え?」
士が覗き込む。
確かに、第一段階の変換を終えたにもかかわらず、そこには再び意味不明な文字列が並んでいた。
「二重暗号かよ……」
海斗はもう一度試みるが、今度は全く手掛かりを掴めない。先程までの暗号とは、構造から違っていた。
「駄目だ。これは軍で普段使ってるやつじゃない」
「どれ?」
声を聞きつけた美香が近付いてきた。
「私にも見せて」
「ああ、ほら。それと、こっちに謎の表」
海斗から二枚の紙を受け取った美香は、最初こそ首を傾げていた。だが、文字列と数字の並び、そして乱数表を何度か見比べるうちに、その顔つきが変わっていく。
「……これ」
「何か分かった?」
「確証は無いけど……見たことある」
「どこで?」
「本で」
海斗が察する。
「ミリタリー?」
「ミリタリー」
即答だった。
美香は少し考えてから、海斗へ向き直る。
「海斗、“出雲”ちゃんと“磐手”ちゃんを呼んできて。それと、“鳳翔”ちゃんも」
「何でその三人なんだ?」
「多分、私よりあの子達の方が読める」
「艦娘だから?」
士が聞く。
「正確には、艦魂が覚えているかもしれないから」
そこまで聞いて、海斗も何となく察した。
「……旧海軍か?」
美香は笑う。
「多分ね」
十分ほど後。
墓参りから戻ってきた洋平と“鳳翔”、庭にいた加奈、それに“出雲”と“磐手”まで広間へ集まった。突然呼び出された面々は事情を知らず、“磐手”など完全に遊びの途中だったらしい。
「何ですか? 何か事件?」
「事件ってほどじゃないわ」
美香は暗号文を三人の艦娘へ差し出した。
「これ、読めそう?」
最初に反応したのは“鳳翔”だった。
「……これは」
“出雲”も紙を覗き込む。
「何でしょう。知っている……というより、見覚えがある感じがします」
“磐手”も首を傾げながら続けた。
「私も。何となくやり方が分かるような……」
美香が頷く。
「やっぱり」
「結局何なんだ?」
我慢出来なくなった海斗が聞く。
美香は紙を指で叩いた。
「俗に『海軍D暗号』と呼ばれてるもの。旧日本海軍が戦時中に使っていた暗号よ」
「……は?」
海斗が固まった。
「何で現代の国防軍上層用暗号を一回解いた後に、旧海軍の暗号が出てくるんだよ」
「私に聞かれても知らないわよ。でも、わざわざ二重にしてる以上、読める相手をかなり絞りたかったんでしょうね」
現在の国防軍暗号を扱える人間。さらに、旧海軍の暗号を艦魂由来の記憶から理解出来る艦娘。その両方が揃わないと、最後まで辿り着けない仕組みだった。
「……滅茶苦茶面倒な送り方してんな」
洋平が呆れる。
「誰からだ、これ?」
「それを今から読むのよ」
“出雲”達が乱数表を使いながら解読を進める。
三人とも明確な記憶として暗号法を覚えていたわけではないらしく、最初は少し手間取った。しかし、一度感覚を掴むと作業は速かった。
やがて“出雲”が顔を上げる。
「終わりました」
「何て?」
美香が受け取る。
そこに書かれていたのは、僅か二語だった。
『ハコブネ サビシイ』
「…………」
全員が黙る。
数秒後、美香が額へ手を当てた。
「あー……」
「何だよ」
海斗が覗き込む。そして、同じような顔になった。
「……これ、希空か?」
「多分」
ノア→方舟→“ハコブネ”。
そして、“サビシイ”。
「つまり」
洋平が苦笑する。
「『寂しいから会いに来て』か」
「多分、それだけじゃないでしょうけどね」
わざわざこんな方法で連絡してきた以上、研究所側から直接連絡を取りにくい事情があるのだろう。同時に、希空らしい、非常に回りくどくて遊び心の混じった呼び出しでもあった。
「……ちょっと待って」
士が手を上げる。
「だったら、何でその手紙を俺に送ったんだ?」
確かに、海斗達へ連絡したいだけなら、士を経由する理由がない。士はまだ軍人ですらない。
すると、洋平が少し考えてから答えた。
「お前も来いってことじゃないか?」
「俺も?」
「そうじゃなきゃ、わざわざお前へ落とさないだろ」
「ああ……確かに」
「だったら」
洋平は加奈を見る。
「加奈もだろうな」
「私も?」
「士だけ呼んで加奈を呼ばないってのも不自然だろ」
海斗も頷く。
「まあ、二人で一組みたいなところあるしな」
「それどういう意味?」
加奈が少し眉を寄せる。
「深い意味はない」
士は妙に冷や汗をかいた。
洋平が立ち上がる。
「とにかく、明日行こう。士、加奈、出掛ける準備しとけ」
「分かった」
「うん」
こうして一行は、何とも奇妙な暗号文に導かれ、翌朝、再び艦娘技術研究所へ向かうことになった。
翌日。
まだ朝日が昇りきらないうちに、八人は東堂邸を出発した。洋平、海斗、美香、“鳳翔”、“出雲”、“磐手”、士、加奈の八人である。
士と加奈にとっては、これが初めての艦娘技術研究所訪問となる。無論、所在地そのものが最高機密だ。途中からは通常の地図上に存在しない経路を通り、幾つもの確認を経て施設へ近付いていく。
そして、まだ入口へ辿り着く前だった。
「あっ!」
小さな人影が走ってきた。
「お父さん! お母さん!」
「希空!」
海斗が両腕を広げると、希空が勢いよく飛び込んでくる。美香もそのまま二人まとめて抱き締めた。
「久しぶり! 元気だった?」
「うん!」
「ここで待ってたの?」
洋平が聞く。
「みんなが近づいてくるの、見えたから!」
「見えた?」
希空は得意そうに研究所の外周を指す。
「監視するやつ、いっぱい付けたの。レーダーとカメラと、他にも色々!」
「色々……」
洋平は詳しく聞くのをやめた。希空が言う『色々』は、大抵詳しく聞くと話が長くなる。安全保障上は頼もしい。それだけ理解しておけば、今は充分だった。
研究所内部へ入って間もなく、美香が足を止めた。
「……ねえ」
「何だ?」
「ここ、前より明らかにおかしくなってない?」
海斗も周囲を見る。
「おかしいって?」
「技術レベル」
以前から一般的な軍事研究施設とは大きく異なっていた。だが、今はさらに一段違う。壁面へ直接情報を表示する端末、高度に自動化された扉や搬送設備、所内を移動する小型無人機、見覚えのない工作装置などが、あちこちに配置されている。
士と加奈は完全に目を奪われていた。
「すっげぇ……」
「映画みたい……」
希空は胸を張る。
「えへへ。頑張った!」
それだけで、誰が原因なのかは大体分かった。2008年末の時点で実用核融合炉を完成させていた少女である。一年あれば、研究所がこうなるのも当然なのかもしれない。
「希空ちゃん基準で科学技術を進めると、そのうち俺達の方が付いていけなくなるんじゃないか?」
洋平が呟く。
秋吉が聞いていれば、多分同意しただろう。
「それで、本題の研究は?」
洋平が聞く。
「そっちもいっぱい進んだよ!」
希空は嬉しそうに奥を指した。
「こっち!」
研究室へ入ると、秋吉が一行を待っていた。
「やあ。久しぶり」
「ああ」
洋平が手を上げる。
「……前より健康そうだな」
横で“鳳翔”も頷いた。
「以前伺った時より、随分とお顔の色が良くなられましたね」
「はは……あの後ちゃんと反省したよ」
秋吉は少し気まずそうに笑う。
「勤務時間と作業量を見直した。希空ちゃんや他の研究員にも、もっと仕事を振るようにしたし」
「それが普通なんです」
“鳳翔”は穏やかに微笑んだ。だが、その笑顔には妙な圧があった。秋吉はそれ以上、何も言わなかった。
暫く再会の挨拶を交わしてから、洋平が本題へ入る。
「それで。わざわざあんな暗号まで使って呼び出したんだ。かなり進んだんだろ?」
「ああ」
秋吉の顔が研究者のものへ変わった。
「順調だ。今年中には、実際の建造段階まで持っていけると思う」
「今年中?」
海斗が驚く。
「早いな」
「急ぐ理由はまだ幾らでもあるからね」
秋吉は資料を表示する。
「一つは、第一世代艦娘の素体問題だ」
室内の空気が少し重くなった。
第一世代艦娘は、人間の少女を素体とし、後から艦魂と艤装を接続して成立させる。この方式を続ければ、いずれ限界が来る。
適性の高い少女が無限にいるわけではない。しかも戦争が続く限り、艦娘は損耗し、新造が必要になる。そのたびに、誰かを人間の少女から艦娘へ変えなければならない。
洋平は渋い顔をした。
「改めて言われると……酷い話だな」
海斗も同意する。
「身寄りが無いとか、適性が高いとか、色々理由付けても、結局やってることは人間の子供を戦う身体に改造して戦場へ送ってるんだからな」
「私達が必要だって判断して、ここまで続けてきたのよね」
美香の声音も重かった。
誰も好んで始めたわけではない。
世界を守る必要があり、通常戦力だけでは深海棲艦に十分対抗出来なかった。だから艦娘を造るしかなかった。それでも、必要だったことと正しいことは同じではない。
「第二世代では、その問題を無くせる」
秋吉は言った。
「既存の少女を素体にはしない。艦魂に刻まれた情報そのものから、身体を一から建造する」
希空も頷く。
「そうだよ。だから第二世代は、生身の女の子を改造したりしないよ!」
「うん。それは大きな前進だ」
秋吉は否定しなかった。だが、希空へ向けた表情には、まだ真剣さが残っていた。
「ただね、希空ちゃん。それで全部の問題が無くなるわけでもないんだ」
「え?」
「第二世代だって、自分の意思を持った人間になる」
艦魂の情報から身体を造り、最初から戦闘出来るよう設計する。生まれた時点で軍事目的の存在になるのだ。
「僕達は『人間の少女を改造して兵器にする』ことを止められる。でも今度は、『戦うための人間を最初から造る』ことになる」
希空の表情から、少し笑みが消えた。
「……でも」
「うん。僕も第二世代を造るべきだと思ってる。今の状況なら、それが一番良いとも思う」
秋吉の声は優しかった。
「ただ、僕達がどう思うかと、世の中がどう見るかは別なんだ」
前年、“鳳翔”の結婚式を通じて艦娘の存在が公表され、世界は初めて艦娘が何者なのかを知り始めた。
「今は洋平と“鳳翔”のおかげで、艦娘に対する支持はかなり強い。でも、これから建造方法まで広く知られるようになれば、当然そこも問われる」
第一世代は、改造された少女兵。第二世代は、人工的に造られた少女兵。事情を知らない人間から見れば、どちらも強烈な違和感を持たれるだろう。
「だからこそ」
秋吉は画面を見る。
「性能を上げるだけじゃ駄目なんだ。建造方式そのものを、今までより少しでもましな形にしなきゃいけない」
希空は黙っていた。
五歳にして世界最高峰の頭脳を持つ少女でも、世界や社会、人間の感情をすべて理解出来る年齢ではない。秋吉が珍しく彼女の考えをそのまま肯定しなかった理由は、そこにあった。
そして同時に、その純粋さがなければ、そもそも『艦魂の情報から人体そのものを造る』という発想は生まれなかったかもしれない。倫理や常識、技術的な不可能を一度横へ置き、どうすれば問題を解けるかだけを考える。それが希空の最大の強みだった。
「まあ」
秋吉は空気を変えるように、別の画面を開いた。
「難しい話は一旦ここまでにしよう」
洋平がその画面を見る。
「……これが?」
「ああ」
「分かりやすく進んでんな」
そこには、一人の少女が映っていた。
仮想海域の海面に立つ少女。
見た目は十二、三歳ほどだが、もう少し上の年齢を想定しているのかもしれない。長い髪に細身の体格。まだ幼さを残しながらも、顔立ちにはどことなく美香に似たところがあり、よく見れば希空の面影もある。
だが、最も目を引くのは、その周囲に展開された艤装だった。
第一世代とは、何かが根本的に違う。従来の軍艦の装備を少女に背負わせたような艤装ではない。少女の身体を中心に、一つの兵器体系が完成している。そんな印象を受ける。
そして、少女が動いた。
「……速っ」
“磐手”が声を漏らした。
仮想空間の少女は一瞬で加速し、敵の砲撃を僅かに身を捻るだけで回避する。そのまま反撃に移り、複数の標的をほぼ同時に処理していく。
出力、反応速度、機動性、火力。そのどれもが、第一世代を前提に作られたものではなかった。
「所長」
“出雲”は平静を保っていたが、目は完全に画面へ釘付けだった。
「この子は……?」
秋吉は少し誇らしそうに答えた。
「型式番号、JK-2-X-00」
画面の片隅に、その文字が表示される。
JK-2-X-00。
「エックス、ダブルオー。仮称は───」
秋吉は一拍置いた。
「“ゼロ”」
誰も、すぐには言葉を出せなかった。
まだ実在しない少女。画面の中だけに存在している。それでも、今までの艦娘とは明らかに違っていた。
“磐手”が最初に我慢出来なくなった。
「すっご……!」
画面へ身を乗り出す。
「何この子! めちゃくちゃ強そう!」
“出雲”も珍しく表情を隠せていない。
「……これが第二世代」
「正確には」
秋吉が訂正する。
「第二世代へ行くための、試作個体だ」
モニター上で、“ゼロ”は敵艦隊を蹂躙し続けている。
「最初から艦魂は使わない。普通の人間の遺伝情報を基礎に身体を造って、人体建造、神経系、艤装接続、情報処理、高出力機関、戦闘制御……第二世代で必要になる技術を、この一個体へ出来るだけ詰め込む」
実験、試作、技術実証、そして戦闘データの収集。その全てを兼ねる個体だった。
「まずこの子を造る。その運用結果を反映して、本物の艦魂を使った量産型第二世代へ繋げる」
美香が画面を見ながら聞く。
「ってことは……これが前に言ってた、艦魂を使わない試作の子?」
「そう」
秋吉は海斗と美香を見る。
「そして、このまま計画が進めば」
少し笑う。
「君達二人の遺伝情報を基に造ることになる」
美香はもう一度、少女へ目を向けた。
「……私達の子?」
「家族として迎えるならね」
「へぇ……」
驚くかと思えば、数秒後には顔が綻んだ。
「良い子そうじゃん」
「そこ、シミュレーションで分かるのか?」
海斗が突っ込む。
「顔よ、顔。何か可愛いし」
「戦闘シミュレーション見て最初の感想がそれかよ」
そこへ希空が入ってきた。
「私も早く会いたい!」
美香を見る。
「ね、お母さん!」
「ああ、そうか」
美香が希空の頭を撫でる。
「この子が来たら、希空もお姉ちゃんになるのね」
「うん!」
希空の顔が一気に明るくなる。
「いっぱいお世話する! いっぱい教えてあげる!」
「何を教えるの?」
「いっぱい!」
「具体性ゼロね」
「ゼロだけに?」
海斗が言うと、美香は一瞬黙った。
「……今のはちょっと」
「悪かった」
そのやり取りを見て、“鳳翔”は小さく笑った。
「楽しそうですね」
だが同時に、彼女は秋吉の表情を見逃さなかった。
笑っている。しかし、どこか困っている。
(……まだ、あの通りには造れない)
そう察する。
“鳳翔”は以前、空母艦娘のデータ収集を通じて、現在の艦娘技術がどこまで来ているのかをある程度聞いていた。半年、一年と希空のいる研究所が進歩してきた速度は異常だった。
それでも、画面の中の“ゼロ”が示す性能は、現実の技術より一段も二段も先にある。
(あれは完成済みの設計ではなく、目標性能……)
第一世代の最高峰である“出雲”や“磐手”なら、練度や戦闘感覚まで含めれば、ある程度は食らいつけるかもしれない。しかし、純粋な身体と艤装の基礎性能には、明らかな差があった。
恐らく秋吉と希空が今一番必要としているのは、シミュレーション上の理想と現実の間を埋める経験なのだろう。
(……そういえば)
“鳳翔”は、結婚式の後に秋吉から聞いた話を思い出した。
結婚式終了後。
「結婚おめでとう、“鳳翔”。綺麗だったよ」
「ありがとうございます、所長」
研究所へ戻る前の秋吉に声を掛けられ、“鳳翔”は頭を下げた。
「それで、何か?」
「いや。無事結婚まで行ったなら、今のうちに話しておかなきゃと思って」
秋吉が少し言いにくそうにする。
「……子供のこと」
“鳳翔”の顔が赤くなった。
「あ、あの」
「違う違う。そういう説明をしたいんじゃない」
「子供の作り方でしたら、私も知っています!」
「だからそこじゃないって」
秋吉は慌てて手を振り、少し真面目な顔に戻った。
「艦娘は、普通の人間と同じ方法だけでは子供を授かるのが難しいんだ」
“鳳翔”の表情が変わった。
第一世代艦娘の身体は、人間の少女へ大規模な改造を施して成立している。人間以上の身体能力を得て艤装と接続し、海上を高速で行動出来るようになる代わりに、本来少女が持っていた生物学的な機能の一部が損なわれる場合がある。生殖能力も例外ではない。
「ただし」
秋吉は続ける。
「今は方法がある」
第二世代の研究では、艦魂に記録された身体情報や遺伝情報を再構成する技術が進められている。その技術を使えば、“鳳翔”の艦魂から抽出した情報を基に生殖細胞に相当するものを成立させ、洋平側の遺伝情報と組み合わせることが出来る。
「完全に普通の妊娠と同じとは言えないけど、二人の子供として成立させることは出来る」
“鳳翔”は暫く黙っていた。やがて、小さく息を吐く。
「……良かった」
それが本音だった。
秋吉も少し笑う。
「だから、その点は心配しなくていい」
(あの方法も、第二世代の人体建造技術から派生したもの……)
“鳳翔”は、画面の“ゼロ”を見る。
(そして、こちらの方が工程としては単純だと所長は言っていた)
なら、もし自分達が子供を授かるなら、その過程で得られるデータを第二世代の研究に使える可能性がある。
“鳳翔”は少し考え、やがて一つの結論に辿り着いた。
(……これは)
洋平を見る。当人は“ゼロ”の性能に夢中になっている。
(提督との子供を授かることが、立派な研究協力になるのでは……?)
艦娘の未来のため。研究の発展のため。そして、もちろん自分の幸せのため。どれも十分な理由になる。
「…………」
“鳳翔”は小さく頷いた。
「良いですね」
「ん?」
隣の洋平が振り返る。
「何が?」
「いえ。こちらの話です」
穏やかに笑う。それ以上、何も言わない。
洋平は、何故か少し嫌な予感を覚えた。
「ねえ所長!」
“磐手”が秋吉を呼ぶ。
「この子、いつ現実に来るの?」
「順調なら、今年中」
「本当に!?」
「ただし」
秋吉は画面の少女を指す。
「いきなりこの姿で出てくるわけじゃないよ」
「え?」
「今の人体建造技術じゃ、最初から十代くらいの身体を完成状態で造るのは無理だ。少なくとも最初の“ゼロ”は、ほとんど赤ん坊の状態から始めることになる」
“磐手”の顔が、目に見えて落ちる。
「じゃあ、この子と戦えるのって……」
「普通に成長させるなら、十年以上先かな」
「そんなぁ……」
「何で戦う前提なの?」
“鳳翔”が聞く。
“磐手”は即答した。
「だって絶対強いじゃないですか!」
“出雲”も画面を見ながら、静かに言う。
「……私も一度、模擬戦をしてみたい」
「出雲さんまで……」
“鳳翔”が呆れる。
少し離れた場所では、洋平と海斗が顔を見合わせていた。数秒の沈黙の後、洋平が口を開く。
「……なあ、海斗」
「ああ」
「俺が言いたいこと分かる?」
「分かる」
二人はほぼ同時に言った。
「「あいつら、俺達より神崎家化してないか?」」
“出雲”と“磐手”が振り返る。
「どういう意味ですか?」
「別に」
「何でもない」
代々、妙に戦いが好きな人間の多い神崎家。その家族の周囲で長年過ごした結果、二人のエース艦娘も立派に染まってしまったらしい。
「さて」
笑いが一段落したところで、秋吉が空気を切り替えた。
「“ゼロ”については、まだ話すことが山ほどある」
そして、一度、士を見る。今日初めて研究所へ来た少年だった。
「それと」
士が気付く。
「ん?」
「今回、希空ちゃんがわざわざ君のところへ暗号文を送った理由」
士の表情が変わった。加奈も隣で秋吉を見る。
「まだ説明してなかったね」
「……俺に関係あるんですか?」
「ああ」
秋吉は頷いた。
「かなり」
希空も士と加奈を見る。何かを知っているような顔をしていた。
「次は、その話をしよう」
JK-2-X計画、第二世代艦娘、そしてまだ仮想空間にしか存在しないJK-2-X-00“ゼロ”。
計画は構想段階を終え、少しずつ現実の側へ動き始めていた。そして、その次の段階で必要なのは、研究者や軍人だけではなかった。
続く
あ と が き
もうすぐ第二世代艦娘の建造イベント。
あと少し。
次回 希空が士を呼んだ理由