国際情勢半分、バトル半分。
数日前
2009年12月25日 早朝
北海道北部沖 オホーツク海
真冬の冷たい海、その海面下を一隻の深海棲艦が静かに進んでいた。
潜水“カ級”。
ダッチハーバーを拠点とする北方海域部隊に所属し、ここ半年ほどオホーツク海一帯の哨戒を担当している個体だった。
「…………」
音を立てず、波を乱さず、ほとんど身体を海中へ沈めたまま進んでいく。潜水艦としては模範的な隠密行動である。
ただし、内心まで静かだったわけではない。
(ハァ……。ナンデ今日モ、コンナ所デ哨戒シナキャイケナイノヨ……)
非常に不満だった。
(クリスマスナノニ……)
理由の一つは、実に単純だった。今日はクリスマスである。
深海棲艦にも、人類の文化は不思議なほど深く根付いている。クリスマス、正月、その他の季節行事。誰かに教えられた覚えはない。それどころか、人間社会へ入った経験など一度もない個体でさえ、それらを当たり前のものとして知っている。
何故かと聞かれても、彼女達自身に説明は出来ない。生まれた時から知っていた。ただ、それだけだった。
もっとも、彼女とて戦争中の軍人───正確には軍事組織へ属する深海棲艦である。クリスマスに任務が入った程度なら、ここまで苛立ちはしなかっただろう。
問題は、任務先だった。
(誰モ来ナイジャン、ココ……)
オホーツク海。
この十年近く続く戦争において、奇妙なほど大規模戦闘が起こらない海域の一つだった。
周辺の主要国は日本とロシア。現代国家として見れば、どちらも強い。
だが、深海棲艦戦争が始まって以降、国家の海軍力を決める尺度には、奇妙なものが加わっている。
艦娘を何人建造出来るか。
そして2009年末の現在では、『戦間期前半クラスの艦艇を基にした艦娘を、どれだけ揃えられるか』という歴史上の海軍力までが、そのまま現代の軍事力に影響し始めていた。
英国、米国、日本。20世紀前半に大規模な海軍を持っていた国々は、多数の有力な艦魂を利用出来る。
一方でロシアは、その恩恵を十分には受けられなかった。
ロシア帝国時代には列強有数の海軍を有していたものの、第一次世界大戦中の革命、その後の国内混乱を経て成立したソ連は、戦間期の海軍力という点では英米日などに及ばない。
その歴史が、百年近く後になって思わぬ形で響いていた。
ロシア軍にも艦娘はいる。だが、数も利用出来る艦魂の年代も限られている。そのうえ、戦況の厳しい欧州方面へ優先して投入されているため、極東側へ回せる艦娘戦力は決して多くなかった。
日本側も事情は違えど、オホーツク海へ大規模戦力を割く余裕はない。太平洋、日本海、本土周辺と、守る場所はいくらでもある。
加えてアリューシャン方面では、ダッチハーバー奪還を目指す米軍が現在も相当規模で展開している。深海棲艦側もそちらへ戦力を取られている以上、わざわざオホーツク海側から日本へ大攻勢を掛ける可能性は低い。
人類側は、そう判断していた。
そして深海棲艦側も、少なくとも北方海域を担当する者達の多くは、わざわざ戦火を広げたいとは思っていなかった。
その結果、妙な均衡が成立していた。
(何ヶ月モ哨戒シテルケド、ホント何モ無イシ……)
“カ級”としては、平和なのは歓迎すべきことだった。だったのだが、そのために毎日同じ海域を行き来させられるとなれば、話は別である。
「……」
暫く黙って耐えていたが、やがて限界が来た。
「……姫様ニ言ウノハ違ウノヨネ」
小さく漏らす。
「姫様ハ、ムシロ休マセヨウトシテクレテタシ……」
彼女が『姫様』と呼ぶのは、ダッチハーバーを拠点とする上位個体だった。
見た目こそ幼く、言動も年相応に見えることが多い。それでも北方方面の下位個体達からは、確かな信頼を集めている。
少なくとも、この“カ級”は心底から慕っていた。
「小サイノニ、頑張ッテルノヨネ……」
だからこそ、文句の向く先は別だった。
「ソレナノニ……」
少しずつ顔が険しくなる。
「主戦派ノ連中ハ……」
今回の哨戒も、姫様自身が積極的に命じたものではない。主戦側から『日本北方の監視を継続しろ』と要求された結果だった。
「ハァ……全部アイツラノ所為ジャナイ」
静かな海の中、誰も聞いていないことを確認してから、“カ級”は盛大に溜息を吐いた。
数時間後、午後。
“カ級”は宗谷海峡に近い海域まで南下していた。ここまで異常はない。このまま少し周辺を確認した後、北東へ転進し、択捉島方面を経由して戻る予定だった。
(今日モ何モ無シ、カ……)
時折、顔だけを海面へ出して周囲を確認する。海、空、沿岸部、どこにも異常はなかった。
(本当ニ静カ……)
以前は人が住んでいた島々も、今では人気のない場所が多い。
深海棲艦戦争が始まって以来、孤立した島嶼部や防衛困難な沿岸地域から住民が避難した例は、世界中に存在する。政府が深海棲艦の情報を隠そうとも、実際に沖合で戦闘が起こり、船が消え、砲声が聞こえる地域に住む人々まで完全に欺くことは出来ない。
千島列島や北方四島周辺でも、似た状況が起きていた。
ロシア側には奪還・維持へ割ける戦力が足りず、日本側も新たな防衛負担を背負う余裕がない。結果として、幾つもの島が事実上の空白地帯になっている。
深海棲艦がそこへ進出した例もあった。
だが、北方海域では少し事情が違う。
施設を壊す、街を焼く、自分達用へ大規模改造する。そういうことは、あまり行われていない。姫様が望まなかったからだ。
島へ立ち寄る下位個体達も、建物を壊さず、休憩場所として使う程度で済ませている。
“カ級”自身も、択捉島を気に入っていた。
(アソコ、落チ着クノヨネ)
人間が戻ってくるなら、なるべくそのまま返せばいい。それが姫様の考えだった。
(姫様ハ、出来レバ人間ト一緒ニ暮ラシタイッテ言ッテルシ……)
深海棲艦の大半に共通する願いは、自分達が平穏に暮らせる場所を得ることだ。そこまでは同じでも、方法が違う。
人類を押し退け、支配し、それでも邪魔なら滅ぼすことすら辞さない者達。
戦争を続けることで居場所を勝ち取ろうとする者達。
そして、出来ることなら人類と互いに殺し合わずに済む道を探したい者達。
後者は穏健派と呼ばれる。姫様も、“カ級”も、そこに属していた。
だが、深海棲艦全体を統べる女王が強硬な方針を採っている以上、穏健派の立場は決して強くない。同じ上位個体同士ですら、力と発言権には大きな差がある。
姫様は上位個体だが、幼い外見もあって、主戦側から軽く見られることも少なくなかった。
“カ級”がそれを気に入らないことこそ、最大の理由だった。
(姫様ガ嫌ガッテルノニ、余計ナ戦場増ヤソウトスルシ……)
そんなことを考えながら海面を見回していた、その時だった。
「……?」
上空で、一瞬だけ光が反射した。
“カ級”は動きを止め、目を凝らす。
(何?)
最初は、遥か高空を飛ぶ航空機かと思った。しかし、違う。高度はそこまで高くなく、機体そのものも小さい。しかも、複葉だった。
「……」
“カ級”は沈黙した。
(航空機……?)
もう一度、よく見る。
人類側の通常機として考えるには小さすぎる。逆に、心当たりはあった。
(……艦娘ノ艦載機?)
嫌な予感がした。
同時刻、上空。
「いやぁー、良い!」
一機の小型航空機、その操縦席で妖精が満面の笑みを浮かべていた。
艦娘技術研究所所属のテストパイロットである。
「こいつは良い出来だぞ!」
現在、“鳳翔”航空隊の主力艦上戦闘機として運用されている九〇式。そこから得られたデータを反映し、次世代機として試作された新型艦上戦闘機の飛行試験だった。
速度、旋回、上昇、操縦性、いずれも良好である。テストパイロット妖精の機嫌が良くなるのも無理はなかった。
「これなら鳳翔さんも喜ぶぞ〜」
鼻歌まで出る。
「ふんふふ〜ん……」
オホーツク海では、ここ数年、目立った戦闘がほとんど起きていない。警戒が薄れるのも当然だった。少なくとも、本人はそう思っていた。
「……っと、そろそろ帰らなきゃな」
燃料と時刻を確認する。
「よーし、面舵いっぱい!」
機体を大きく旋回させ、北海道側へ帰投を始める。
その一部始終を海面から見つめる存在がいることには、気付かなかった。
(…………)
“カ級”は、その場からしばらく動かなかった。
機影が遠ざかり、帰っていく方向が見える。艦娘の艦載機であることは、ほぼ間違いない。
しかも、この海域を本来、日本の艦娘部隊が哨戒していないことを彼女も知っていた。
人類側から流れてくる情報や、これまでの戦闘の観察を積み重ね、第一特務艦隊と第二特務艦隊のおおまかな活動域は把握している。
だからこそ、あの機体がここにいるのはおかしかった。
(アッチニ帰ッタ……)
進行方向を辿れば、北海道北部のどこかへ向かっている。
(……基地?)
艦娘そのものの基地とは限らない。航空機の試験、整備、開発が出来る何かがある可能性は高かった。
もし、この情報をそのまま報告すればどうなるか、想像するのは難しくない。
(絶対来ル)
主戦派は来る。艦娘の建造や開発に関係する施設の可能性があると分かれば、なおさらだった。
(戦場ニナル……)
この海域は今、人類側も北方穏健派側も積極的に攻めないことで、薄い平穏を保っている。その平穏が壊れる。
(嫌……)
“カ級”は拳を握った。
(私達ハ、静カニ暮ラシタイダケナノニ)
しかし、見なかったことにも出来ない。
この哨戒任務そのものが、主戦派側の圧力によって行われている。帰還して「何モ見マセンデシタ」と報告した後、別経路から航空機の存在を知られれば、自分だけでなく北方棲姫の立場まで危うくなる。
(姫様ニ迷惑ハ掛ケラレナイ……)
何を報告するか、どこまで言うか。嘘はつかない、でも全ては言わない。
しばらく考えた末、“カ級”は結論を出した。
(……航空機ヲ見タ事ダケ)
それなら嘘ではない。艦娘の機体である可能性が高いことまでは報告する。
だが、どこから来たのか、どちらへ帰ったのか、どの辺りを旋回したのか、何分観察したのか。そうした、研究所へ辿り着く決定的な情報は言わない。
(聞カレナカッタラ、答エナイ)
我ながら少しずるいと思う。でも、それでいい。
「……ヨシ」
小さく呟き、帰路を取る。
目的地は択捉島。今日はクリスマスだ。せめて哨戒が終わった後くらい、少しゆっくりしたい。何より、姫様に会いたかった。
“カ級”は再び身体を海中へ沈め、そのまま静かに北東へ消えていった。
彼女は知らない。
自分が情報を絞ったことで、研究所の正確な位置が主戦派に知られずに済んだことを。
そして、それでも『本来いるはずのない場所で艦娘の航空機を見た』という事実だけで、敵を動かすには十分だったことを。
時系列は戻る。
2010年1月、士と加奈によるシミュレーション戦闘が終了した、その後。
艦娘技術研究所では、希空が自室へ戻り、“ゼロ”のための新たな研究へ手を伸ばし始めた頃、研究室に警報が鳴り響いた。
『研究所内、警戒態勢。研究所内、警戒態勢』
室内にいた全員の表情が、一瞬で変わる。
『戦闘指揮所より秋吉所長、および軍関係者各位。至急、戦闘指揮所へ』
「……何か来たな」
洋平が立ち上がる。先ほどまでの穏やかな空気は消え、“鳳翔”、“出雲”、“磐手”の三人も、同時に戦う者の表情へ変わった。
「行こう」
秋吉を先頭に、一行は研究所の奥にある戦闘指揮所へ急いだ。
艦娘技術研究所 戦闘指揮所
扉が開く。
「状況は?」
入って早々、秋吉が当直責任者へ聞いた。
「はっ。オホーツク海方面へ出していた偵察機が、南西方向へ接近中の深海棲艦艦隊を発見しました」
大型表示盤へ海域図が映される。宗谷海峡、北海道北部、樺太、そして沖合。敵艦隊の推定位置が表示されていた。
「距離は?」
「およそ十万メートル。現在も接近中です」
「数」
「正確な確認は出来ていません」
責任者は一瞬、言葉に詰まった。
「ですが……少なくとも、通常の哨戒部隊ではありません。相当規模です」
「レーダーは?」
秋吉が聞くと、レーダー担当の妖精が答えた。
「微弱ですが拾っています。本来なら、まだ安定探知出来る距離ではありません」
研究所の対深海棲艦警戒用レーダーは、艦娘技術の一部を応用して作られた専用品である。
ただし、希空が研究所内で次々と未来的な技術を実用化しているからといって、全ての分野が同じ速度で進歩しているわけではない。
深海棲艦という特殊目標を遠距離で探知する技術は、未だ発展途上だった。表示方式もAスコープ式に近く、現代の一般的なレーダーと比べれば、かなり原始的である。
それでも今、画面上の波形は僅かに乱れていた。
秋吉はそれを見つめる。
「……まだこの距離で反応するってことは」
「はい」
担当者が頷く。
「それだけ数が多い可能性があります」
洋平が一歩前へ出た。
「偵察機は?」
「現在も触接中。ただし敵戦闘機に捕捉され、追尾を受けています」
「無理はさせるな」
洋平は即座に答えた。
「撃墜される前に離脱させろ。ただ、可能な範囲で敵の針路、速度、編成だけは送らせてくれ」
「了解!」
通信員が命令を伝える。
洋平は海図を見る。
敵は三十隻前後の可能性がある。研究所近辺に常駐している戦力は限られており、第一、第二特務艦隊も今はここにいない。
いるのは、“鳳翔”、“出雲”、“磐手”の三人だけだった。
洋平は三人を振り返った。僅かな沈黙の後、口を開く。
「……行けるか?」
最初に答えたのは“鳳翔”だった。
「はい」
“出雲”も頷く。
「問題ありません」
“磐手”は、むしろ闘志を隠していなかった。
「もちろん!」
戦力差が大きいことは、三人とも分かっている。それでも、目を逸らさない。
“鳳翔”が洋平の前まで来て、両手を握った。
「ご心配なく」
「……鳳翔」
「必ず戻ります」
妻としてではない。今は第一特務艦隊の航空母艦、“鳳翔”としての顔だった。
それでも、握る手には少し強い力が込もっている。
「だから、提督はここでお待ち下さい」
洋平も、その手を握り返した。
「……頼んだ」
“鳳翔”が微笑む。
海斗は“出雲”と“磐手”を見る。
「出雲」
「はい」
「磐手」
「はい!」
「二人とも、生きて帰ってこい」
美香も続ける。
「無茶し過ぎないでね」
“出雲”は静かに頷き、“磐手”もいつもの勢いを少し抑えて答えた。
「分かってます」
三人は踵を返す。
研究所付近の地下には、最近完成した通常艦艇用の地下ドックがあった。宗谷海峡方面の海へ繋がる地下水路にて出入りが可能で、研究所との間にも秘匿された連絡通路が開通している。
緊急時、研究所の正確な位置を地上から隠したまま、艦娘を出撃させるために整備されたものだった。
扉が開き、三人が駆けていく。やがて、その姿は見えなくなった。
「……大丈夫かな」
加奈が小さく呟く。
士も出撃路を見ていた。
「俺達も行ければな……」
先ほど、シミュレーションでは深海棲艦を倒した。だが、あれは仮想戦闘であり、現実とは違う。
外へ出れば、敵の攻撃力は弱く設定されていない。戦艦の一発どころか、小型艦の攻撃でさえ人間の身体が耐えられないことは分かっている。
だからこそ、悔しかった。
秋吉が、そんな二人の横へ来る。
「今は我慢だよ」
「……今は?」
士が聞き返す。
秋吉は少し意味ありげに笑った。
「ああ」
そして、二人を見る。
「“今は”ね」
「……?」
士と加奈は顔を見合わせた。
だが、秋吉はそれ以上説明しない。
「だからこそ、今出来ることをやろう」
操作卓へ向かい、研究所内の別区画へ通信回線を繋ぐ。
『───もしもし? 希空だよ』
すぐに少女の声が返った。
「こちら指揮所、秋吉だ」
『どうしたの?』
「敵艦隊が来た」
一瞬、向こうが静かになる。
「“アレ”、出せるか?」
『ああ、“アレ”?』
声がすぐに戻る。
『まだ実戦テストしてないけど、調整は終わってるよ!』
「使える?」
『うん。ただ、起動用のトリガーは私が持ってる』
少し物音がする。
『今そっち行くね!』
「頼む」
通信が切れる。
洋平が振り返った。
「……おい」
「何?」
「“アレ”って何だ」
秋吉は微妙な顔をした。
「まあ」
「まあ?」
「秘密兵器みたいなものかな」
「みたいなって何だよ」
「見れば分かる」
「その言い方、最近すっげぇ不安なんだけど」
原因の大半は、希空だった。
同時刻 オホーツク海
深海棲艦艦隊。
「敵偵察機、離脱シマス」
空母“ヌ級”からの報告を受け、艦隊旗艦である戦艦“ル級”は空を見上げた。
「放ッテオケ」
「追撃ハ?」
「不要ダ。既ニ打電サレテイル」
偵察機を一機落としたところで、こちらの位置が知られた事実は変わらない。
「全艦、針路ソノママ。増速」
命令が各艦へ伝わる。
艦隊はおよそ三十隻。下位個体を中心とした編成としては、異例の規模だった。
上位個体はいない。今回の指揮を任された“ル級”が、実質的な最大戦力でもある。
旗艦任務を経験したことは何度かある。だが、三十隻規模の艦隊を率いるのは初めてだった。さすがに緊張している。
(艦娘ノ航空機……)
発端となった報告は、曖昧なものだった。
北方方面を哨戒していた潜水艦から、『見慣れない小型航空機を確認。艦娘用航空機の可能性あり』と伝えられただけである。
帰投方向も、発進地点も、基地の位置も何も分からない。
だが、日本方面軍は無視出来なかった。
この海域を第一、第二特務艦隊が通常の航空哨戒を行う場所ではないことは、深海棲艦側も把握している。人類側内部から流れてくる情報や、これまでの交戦・観察結果と合わせれば、なおさらだった。
ならば、何故ここで艦娘用航空機が飛んでいたのか。
答えを調べる価値は十分にある。
そのため、大規模な部隊が送られたのだった。
三時間後、宗谷海峡周辺。
「……コノ辺リカ」
“ル級”は周囲を見回した。陸地が近い。
「報告デハ、コノ海域付近デ航空機ヲ確認シタト」
「ハイ」
“ヌ級”が答える。
「日本国防海軍ノ通常哨戒範囲カラ外レテイマス」
「ナラ」
“ル級”は目を細めた。
「何カガアル」
それが何なのかは分からない。秘密基地、試験施設、艦娘の臨時拠点、通常軍も知らない施設。可能性はいくらでもある。
「偵察機ヲ出セ」
「了解」
複数の空母型が一斉に発艦準備へ入る。
今回、索敵が最優先だった。そのため飛行甲板には偵察装備を施した艦爆や艦攻が並び、機体が次々と発艦していく。
広範囲にわたる北海道北部沿岸を探す予定だった。
“カ級”が帰投方向を伏せたため、どこを探せばいいのか正確には分からない。だからこそ、数を使うしかなかった。
「第一索敵隊、発艦!」
機体が一機、また一機と飛行甲板を離れていく。
空母達が発艦作業へ意識を集中していた、その時だった。
一隻の“ヌ級”が空を見上げる。
「……?」
何かが聞こえる。遠く、高い場所から響くエンジン音。
「待ッテ」
「ドウシタ?」
“ヌ級”の顔色が変わる。
「航空機───」
次の瞬間、叫んだ。
「敵機接近!!」
“ル級”が上を見る。
「何ッ!?」
太陽の方向から、黒い点が複数落ちてくる。高高度から侵入していた小型機が、一斉に急降下を始めた。
「迎撃機ヲ上ゲロ!」
「無理デス!」
飛行甲板は偵察機で埋まっている。既に発艦の最中で、すぐに戦闘機隊を出すことは出来ない。
「対空戦闘!」
命令が飛ぶ。
だが、遅かった。敵は既に急降下態勢へ入っている。
「敵機直上!」
風切り音が急速に大きくなる。
「回避───!」
爆弾が落ちた。
一発が空母型の飛行甲板へ直撃し、爆発が甲板上に並ぶ航空機を巻き込む。燃料と弾薬が次々に誘爆を起こした。
「グァァッ!?」
別の空母が急旋回しようとする。そこへ二機目が爆弾を落とした。
直撃こそしなかったものの、至近弾で姿勢を崩す。直後、三機目の爆弾が命中した。
「飛行甲板ガ……!」
「火ヲ消セ!」
「艦載機ヲ捨テロ!」
一瞬にして、深海艦隊は混乱に陥った。
主力水上艦には、まだ大きな損害はない。だが、機動部隊は違った。索敵のため最も無防備になっていた瞬間を、正確に狙われたのである。
しかも、敵機が来た方向は北海道ではなかった。
「何故……」
“ル級”は絶句する。
「何故、ソッチカラ来ル!?」
樺太側だった。
自分達が探している謎の施設は北海道側にあると思っていた。だからこそ意識を完全に研究所側へ向けており、その隙を突かれたのである。
「引き起こせ!」
先頭機の妖精搭乗員が叫び、操縦桿を引く。
九四式艦上爆撃機が海面へ迫る直前、急降下から抜けた。その背後で巨大な爆炎が上がる。
「命中確認!」
後席の妖精が叫んだ。
「敵空母、炎上!」
「よし!」
編隊が次々と攻撃を抜けていく。
今まで“鳳翔”航空隊が主に使用してきた艦攻とは違い、新鋭の九四式艦上爆撃機は急降下爆撃を目的に開発された機体だった。
まだ配備が始まったばかりの新装備、その初陣である。これ以上ない戦果を叩き出していた。
偵察機で飛行甲板を埋め尽くしていた敵空母は、急降下による高精度爆撃を次々に受け、航空機の誘爆によって炎上し、あるいは発着艦能力を失っていく。
短時間の攻撃が終わった時、深海艦隊の機動部隊に所属する空母は、実に半数がまともな航空運用の困難な状態に陥っていた。
先頭機の妖精が後ろを振り返り、燃える敵艦を見る。
「見たか!」
興奮した声が通信に飛ぶ。
「これが我ら“鳳翔”艦爆隊の実力よ!」
僚機から歓声が上がった。
だが、戦いは始まったばかりだった。
空母戦力へ先制打撃を与えたとはいえ、敵は総勢三十隻規模であり、水上打撃戦力はほぼ健在である。
そして、その前方では、別方向から地下水路を抜けて海上へ向かう三人の艦娘がいた。
“鳳翔”、“出雲”、“磐手”。
荒れるオホーツク海の、本当の戦いはこれから始まる。
続く
あ と が き
今回の“カ級”は本当にモブキャラ。
一応また出るかもしれないけど。
余談ですが、今回やらかしたテストパイロット妖精、一応擁護は出来ます。
他の海域で激戦が繰り広げられる中、オホーツク海だけは数年に渡って平穏が続いていた為に、そんな海域にまさか深海棲艦が来ている訳ないだろう、または来れないんじゃないか?という“国防海軍全体の油断”が彼をそうさせたのです。
実際は北方海域方面軍を指揮する姫様の考えの元で、放置されていただけだったのですが。
一方でダッチハーバー襲撃に始まり、ベーリング海方面が緊迫しているのは、そこが北方海域方面軍にとって『守るべき居場所』となったからです。
アメリカとしてはたまったものではありませんが。
次回 “質”vs“量”の戦い