自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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前回の続きから。
一部描写が閲覧注意かもです。(たぶん大丈夫)



23. 真紅を纏う“elite”

 

戦闘開始前。

 

艦娘技術研究所から宗谷海峡方面へ伸びる地下水路を、“鳳翔”、“出雲”、“磐手”の三人が高速で航行していた。

 

敵は推定三十隻規模。対するこちらは、今すぐ実戦へ投入出来る艦娘が三人しかいない。研究所所属の航空戦力も使えるとはいえ、まともに正面からぶつかれば、数の差はあまりにも大きかった。

 

「……これだけ差があると、最初の一撃がかなり重要そうだね」

 

“磐手”が前を見たまま呟く。

 

「そうね。少しでも接敵前に削っておきたいわ」

 

“出雲”も同意した。

 

そこで、“鳳翔”が控えめに口を開く。

 

「それでしたら、私の航空隊を使いましょうか?」

 

「うん。それが一番良さそう」

 

“出雲”が答える。

 

「正面から艦砲射撃を始める前に、一度向こうの隊列を崩せるだけでも違うわ」

 

「了解しました」

 

“鳳翔”は頷いた。

 

それを聞いていた“磐手”は、ふと思い出したように尋ねる。

 

「そういえば“鳳翔”、最近新しい飛行機を貰ったんだよね?」

 

「はい!」

 

その瞬間、“鳳翔”の声音が少し弾んだ。

 

「念願の艦上爆撃機です」

 

「艦爆……急降下爆撃するやつ?」

 

「そうですね。爆弾そのものの威力では雷撃機に劣りますが、その代わり、急降下することで高い命中率を得られます」

 

「威力は低いけど、よく当たる……」

 

“出雲”は少し考え、すぐに一つの案へ辿り着いた。

 

「だったら、敵空母を狙うのにちょうど良いんじゃない?」

 

「空母ですか?」

 

「飛行甲板を壊してしまえば、それだけで航空戦力としてはかなり無力化出来るでしょ」

 

“鳳翔”はすぐに意図を理解した。

 

「確かに。飛行甲板は面積も広いですし、急降下爆撃とは相性が良いですね」

 

“磐手”が首を傾げる。

 

「でも、敵艦隊に空母がいるって分かってるの?」

 

「最低でも一隻はいると思う」

 

“出雲”は即答した。

 

「ここまで日本本土へ近付いておいて、航空援護を用意していないとは考えにくいわ」

 

「ああ……そっか」

 

“磐手”も納得する。

 

「基地航空隊か」

 

前年末から本格運用が始まった基地航空隊は、日本本土へ接近する深海棲艦に対して着実に戦果を挙げ続けていた。

 

艦娘ほど一機一機の戦闘力が突出しているわけではない。それでも、陸上基地から多数の機体を継続して投入出来るという点は大きく、深海棲艦にとって無視出来ない存在になっている。

 

そのため最近では、日本近海へ接近する深海艦隊が空母型を随伴させることは珍しくなくなっていた。

 

「じゃあ、決まりね」

 

“出雲”が言う。

 

「開幕は艦爆隊。空母を優先して叩いてもらう」

 

「了解しました」

 

“鳳翔”は頷いた。

 

「この水路を抜け次第、発艦作業へ入ります。敵に研究所の方向を悟られないよう、飛行経路はこちらで大きく迂回させますね」

 

「お願い」

 

「艦爆隊のみんな、頑張ってね!」

 

“磐手”が笑顔で言った。

 

 

発艦前には、触接を続けていた偵察機から追加情報も届いた。

 

敵空母、九隻前後。

 

「思ったより多いですね……」

 

“鳳翔”は少し驚いた。

 

最初は、空母の数が少なければ残りの艦爆を別目標へ振り分ける予定だった。だが、この数ならそんな心配は必要ない。

 

こうして九四式艦上爆撃機隊は、敵空母を主目標として発艦した。

 

本来の目的は、あくまで飛行甲板を破壊して航空運用能力を奪うことだった。ところが実際には、深海艦隊側が大規模索敵のため、ちょうど飛行甲板上へ大量の艦載機を並べていた。

 

そこへ急降下爆撃が突き刺さった。

 

燃料、爆弾、魚雷、待機中の航空機。それらが次々と誘爆し、最初の空襲で狙われた大型空母型は、単なる飛行甲板損傷では済まなかった。

 

炎上した個体は相次いで海中へ沈み、九隻近くいた空母型のうち、無事に残ったのは四隻だけだった。

 

 

 


 

 

 

時系列は、九四式艦爆隊による奇襲攻撃の終了後へ戻る。

 

深海艦隊は混乱していた。大型空母を中心に一気に五隻近くを失い、残された四隻も全て“ヌ級”。急な空襲への対応と、散乱した艦載機の処理に追われている。

 

ようやく迎撃戦闘機の発艦が始まった頃には、“鳳翔”艦爆隊は既に遥か遠くへ離脱していた。

 

「敵機、見失イマシタ!」

 

「クソ……!」

 

“ル級”が歯噛みする。

 

それでも、これで終わりではない。残された空母から戦闘機を上げ、次の空襲へ備える。先程のような奇襲を二度も許すわけにはいかなかった。

 

だが、その判断自体は間違っていないにもかかわらず、結果は同じだった。

 

「───ッ! 艦隊後方、敵編隊!」

 

見張りの声に、“ル級”が振り返る。

 

「後方!?」

 

今度は別方向だった。

 

研究所所属の基地航空隊である。“鳳翔”航空隊より先に発進していたものの、発進地点を悟らせないため知床半島方面へ大きく迂回し、そのまま深海艦隊の背後へ回り込んでいたのだ。

 

先程の攻撃が樺太方面から、今度は南東側から。攻撃隊が来た方向だけを追っても、研究所の位置には辿り着けない。

 

「迎撃機ヲ向カワセロ!」

 

“ル級”が叫ぶ。

 

発艦したばかりの深海戦闘機隊が反転し、基地航空隊へ向かっていく。やがて、双方の編隊が正面から激突した。

 

「敵機確認!」

 

「そのまま突っ込め!」

 

「了解!」

 

航空戦は、戦闘と呼ぶことすら躊躇われるほど一方的だった。

 

「一機!」

 

「二機目!」

 

「右上、まだ来るぞ!」

 

「遅い遅い!」

 

九五式艦上戦闘機が、深海棲艦の戦闘機型艦載機を次々と撃墜していく。

 

「こんなんじゃ訓練にもならんぞ!」

 

「曳航標的の方がまだ良い動きするんじゃないか?」

 

軽口すら飛んでいた。

 

基地航空隊の主力自体は、まだ九一式戦闘機である。しかし、ここは艦娘航空機の開発拠点そのものだ。新型機の運用試験を兼ねる関係から、研究所所属航空隊には一足早く九五式艦上戦闘機が配備されていた。

 

しかも搭乗員は、各地の基地航空隊から選び抜かれたエースやベテランを集めた教導隊である。数で押すことを前提にしていた深海艦載機にとって、その『数』を奇襲で削られた状態から彼らと戦うのは、あまりにも分が悪かった。

 

そして、その後方を飛ぶ攻撃隊も同様だった。

 

九二式艦上攻撃機。“鳳翔”用航空機の開発を優先していた影響から、研究所航空隊ではこちらも艦上機系統が先行配備されている。

 

「戦闘機隊、敵迎撃機を完全に拘束!」

 

「よし!」

 

攻撃隊指揮官が前を見ると、残る四隻の“ヌ級”が見えた。

 

秋吉から与えられた命令は、単純だった。

 

『出雲達にとって一番面倒な敵空母を、出来る限り先に潰してくれ』

 

まだ敵攻撃隊は飛行甲板や格納区画に残っているはずだった。ならば、その航空機ごと沈める。

 

「第一中隊、雷撃態勢!」

 

九二式艦攻が一斉に高度を落とした。海面すれすれまで降下し、そのまま敵艦隊へ肉薄していく。

 

深海艦隊側も対空射撃を始めるが、航空防御のかなりの部分を艦載戦闘機へ依存していたため、火力密度は充分とは言えない。何より、その戦闘機隊は今、遥か後方で九五式艦戦に蹂躙されていた。

 

「距離千二百!」

 

「まだ」

 

「千!」

 

「まだだ!」

 

夕暮れが近く、目標を視認しにくい。だからこそ、攻撃隊は通常よりさらに近付いた。

 

「八百!」

 

機銃弾が周囲を飛ぶ。

 

「六百!」

 

「───今だ!」

 

指揮官が叫ぶ。

 

「撃てぇ!!」

 

機体の下から魚雷が切り離される。一本、二本。続けて海面へ着水し、白い航跡を引きながら“ヌ級”達へ向かっていった。

 

距離が近く、回避する余裕はほとんどない。

 

「魚雷!」

 

一隻の“ヌ級”が叫んだ直後、その横腹へ魚雷が突き刺さった。巨大な水柱が立ち上がり、続けて二本目、三本目が命中する。

 

護衛に入っていた駆逐型も巻き込まれ、夕暮れの海面に次々と爆炎が上がった。

 

攻撃隊が上空を通過した頃には、四隻残っていた空母型の姿は一隻も残っていなかった。

 

 

 


 

 

 

『基地航空隊より入電! 敵空母、全艦撃沈!』

 

通信を聞いた“磐手”が笑う。

 

「やるじゃん!」

 

“出雲”も僅かに表情を緩めた。

 

「これで上空をずっと気にしなくて済むわね」

 

最大の不確定要素だった航空攻撃を排除出来た。だが、これから自分達が戦う水上艦艇はまだ残っている。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 

“出雲”が前を見る。

 

「了解!」

 

“磐手”が横へ並ぶ。

 

“鳳翔”は二人を見た。

 

「くれぐれも気を付けてください」

 

「分かってるわ」

 

“出雲”は微笑んだ。

 

「空は任せたから」

 

「はい」

 

二人はそのまま加速し、宗谷海峡方面へ進んでいく。

 

 

その背中を見送りながら、“鳳翔”は少しだけ胸元へ手を当てた。

 

「……本当に、気を付けてくださいね」

 

理由は分からない。ただ、妙な胸騒ぎがした。

 

 

 


 

 

 

二度にわたる航空攻撃によって、深海艦隊は壊滅的な損害を受けていた。およそ三十隻いた艦隊は、今では十五隻前後まで減っている。

 

特に空母戦力は全滅し、航空偵察能力もほぼ失われていた。普通なら撤退を考えてもおかしくない。

 

それでも、“ル級”は退かなかった。

 

「……コレダケノ迎撃ヲ受ケタ」

 

夕闇の海で、“ル級”は北海道側を見る。

 

「ヤハリ、コノ先ニ何カアル」

 

空母を潰し、基地航空隊まで投入し、徹底してこちらを北部沿岸へ近付けまいとしている。研究所側としては当然の迎撃だったが、敵から見れば、『そこまでして守る何かがある』としか思えなかった。

 

「絶対ニ見ツケ出ス」

 

“ル級”はそう呟き、生き残った艦隊へ前進を命じた。

 

 

皮肉にも、研究所を守るための激しい抵抗そのものが、その存在をより強く匂わせていた。

 

 

 


 

 

 

約二時間後、日は完全に沈んでいた。

 

宗谷海峡を、十五隻の深海棲艦が高速で進んでいる。艦隊先頭付近を進む“ル級”へ、横を走る重巡“リ級”が声を掛けた。

 

「コノ先、ドウスル?」

 

「夜ノ内ニ海峡ヲ抜ケル」

 

“ル級”は北海道側を見たまま答える。

 

「日本海側ヘ回リ、沿岸カラ上陸スル」

 

「本当ニ北海道ナノカ?」

 

“リ級”は周囲を見る。

 

「今日ノ攻撃、樺太側カラモ来タ。向コウニ基地ガアル可能性ハ?」

 

「無イ、トハ言ワン」

 

“ル級”もそこまで単純ではなかった。

 

「ダガ、本命ハ北海道ダ」

 

「何故?」

 

「コノ辺リデ日本側ガ隠ス必要ノアル施設ガアルトスレバ、ソノ可能性ガ一番高イ。何ヨリ、樺太ハ日本領デハナイ」

 

“リ級”は黙った。

 

航空攻撃の飛来方向を変え、何度も位置を撹乱する。研究所側の策自体は成功しているが、深海棲艦側も人類社会について何も知らないわけではなかった。

 

国境、領土、軍事組織、第一・第二特務艦隊の活動域。RBDを含む人類側協力者から流れてくる情報もある。

 

故に、“ル級”は北海道という大枠までは外さなかった。問題は、その先だった。

 

偵察機はもうない。空から探すことも出来ない。ならば自分達で沿岸へ上がり、直接探す。人型である深海棲艦だからこそ取れる手段だった。

 

そして、そこでも“ル級”には一つの思い込みがあった。

 

深海棲艦は、従来型のレーダーでは極めて捉えにくい。今日、人類側も偵察機による触接を行っていた。ならば、こちらの位置を継続して正確に把握する手段は、それほど多くないはずだ。

 

そう考えていた。

 

まさか自分達が会話しているこの瞬間にも、研究所側の『電波探信儀』によって断続的に位置を追われ続けているとは思っていなかった。

 

だから、艦隊先頭を航行していた駆逐型が突然爆発した時、誰も即座には理解出来なかった。

 

「───!?」

 

爆炎が上がり、黒い海面へ駆逐型の破片が降り注ぐ。

 

「何ダ!?」

 

“ル級”が振り返る。

 

「何ガ起キタ!?」

 

「敵!」

 

“リ級”が叫んだ。

 

「砲撃ダ!」

 

続けて水柱が上がる。今度は艦隊中央だった。完全に待ち伏せされている。

 

「敵ノ数ハ!?」

 

「二隻!」

 

「艦種!」

 

伝令が一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……出雲型!」

 

“ル級”と“リ級”は顔を見合わせた。

 

出雲型。今や、その名は深海棲艦側にも知られている。

 

艦娘の存在が世界へ公表されて以降、彼女達についての情報は以前より遥かに手へ入りやすくなった。特に第一世代最強格の“出雲”、その妹であり、“戦艦棲姫”を長時間足止めした“磐手”。二人は下位個体の間では、多少の誇張まで混ざりながら半ば怪物のように語られている。

 

普通なら、怯えてもおかしくない。

 

 

だが、“ル級”は笑った。

 

「……丁度良イ」

 

その身体から赤い光が滲み出す。隣の“リ級”も同じだった。

 

夜の海で、二人の周囲を真紅のオーラが揺らめく。

 

「遂ニ試セルナ」

 

“リ級”も口元を歪めた。

 

この現象が何なのか、本人達にも正確には分かっていない。長く戦場に立ち、生き残り、経験を積んだ個体に、ある時から赤い光が現れ始めた。

 

だから彼女達は、『自分達が歴戦の強者になった証』程度に考えていた。

 

だが、それだけではない。戦闘経験によって本人達が強くなったことに加え、真紅のオーラそのものも、確かに彼女達の存在を強化していた。

 

 

後に人類側から“elite”と分類される個体、その初期の一例だった。

 

 

“ル級”が主砲を向ける。

 

「昼間ノ借リ」

 

真紅の光が夜の海へ反射した。

 

「返サセテ貰ウゾ」

 

 

 


 

 

 

戦闘開始から三十分。

 

“磐手”のすぐ脇を大口径砲弾が通過した。回避したと思った次の瞬間、別方向から飛来した砲弾が左舷艤装へ直撃する。

 

「痛っ……!」

 

爆発と火災で姿勢が崩れた。

 

「磐手!」

 

“出雲”が振り返る。

 

「大丈夫!?」

 

「他人ノ心配ヲシテル場合カ?」

 

“ル級”の砲撃に、“出雲”は咄嗟に身体を捻った。直撃こそ避けたものの、至近弾の衝撃で海面へ叩き付けられる。

 

「きゃっ……!」

 

予想以上だった。

 

真紅のオーラを纏った“ル級”と“リ級”は、単に砲が大きいだけではない。動き、判断、反応、射撃の正確さ、その全てが今まで戦ってきた同型個体とは明らかに違っていた。

 

「消火!」

 

“磐手”が左舷艤装へ意識を向ける。火災が広がり、ダメージコントロールへ移ろうとした、その瞬間だった。

 

「サセルカ!」

 

“リ級”が隙を逃さず、主砲を火を噴かせる。

 

「っ!」

 

直撃を受け、“磐手”の左舷副砲群がまとめて吹き飛んだ。爆風が本人まで巻き込み、海面を大きく滑っていく。

 

「ああっ……!」

 

「磐手!」

 

「大丈夫……まだ、動ける!」

 

声は返ってきたが、明らかに重傷だった。

 

“出雲”も他人のことばかり心配してはいられない。目の前には“ル級”、その後方には残存艦隊が控え、そこから絶え間なく砲弾が飛んでくる。

 

“ル級”と“リ級”は自分達だけ前へ出ていた。残りの艦は後方から火力支援を行っている。それ自体は単純な戦術である。厄介なのは、その精度だった。

 

「左カラ撃テ!」

 

“ル級”が指示を飛ばす。

 

後方の戦艦型と巡洋艦型が一斉に砲撃する。“出雲”は右へ逃げたが、逃げた先へ“ル級”自身の主砲が飛んできた。

 

「くっ……!」

 

完全に誘導されていた。

 

ただ大量に撃っているわけではない。“ル級”と“リ級”が二人の動きを読み、その都度、後方へ射撃位置を指定している。しかも、味方のすぐ近くへ撃ち込ませることを躊躇しない。

 

『オマエ達ノ砲撃ナド、私達ニハ当タラン』

 

そう言っているかのようだった。

 

実際、elite二隻は味方弾の間を動き回りながら、一度も誤射を受けていない。

 

「……っ、マズい!」

 

“出雲”は歯を食いしばる。

 

(こいつら、本当に強い……!)

 

出雲型の基になった艦は装甲巡洋艦であり、後世の基準で見れば重巡洋艦に近い立ち位置である。それに対して、“ル級”は超弩級戦艦相当。本来なら、純粋な火力と防御力では比較にならない。

 

それでも今まで問題にならなかったのは、“出雲”や“磐手”が持つ圧倒的な技量が、艦種差を覆してきたからだった。

 

だが、今は違う。

 

敵も経験を積んでいる。そこへ真紅のオーラによる強化まで加わり、技量差が縮まった。だからこそ、艦種そのものの差が表面へ出てくる。

 

加えて、後方からの数もある。二人に対して十五隻。航空戦力を潰し、半数まで減らした。それでも十五隻は、普通の艦隊戦なら充分に大兵力だった。

 

質で数を圧倒する。今まで艦娘側が何度も成立させてきた戦い方だが、その『質』の差が縮まれば、残るのは単純な数だった。

 

「戦いは数……ってことね!」

 

“出雲”が吐き捨てる。

 

笑えない。今まで自分達が、どれだけ数を無視出来るほど強かったのか、今になって思い知らされる。

 

(……勝てないかもしれない)

 

そんな考えが頭を過ぎったのは初めてだった。

 

どう倒すかではなく、どう逃げるか。そんなことを考えたのも初めてだった。“空母棲鬼”と戦った時ですら、ここまで恐怖を感じたことはない。

 

 

そして、その恐怖が一瞬、“出雲”の集中を鈍らせた。

 

「貰ッタ!」

 

“ル級”の主砲が火を噴く。

 

「───っ!?」

 

回避が間に合わず、砲弾が右舷艤装へ突き刺さった。弾薬庫付近から嫌な音が響き、“出雲”の顔色が変わる。

 

「パージ!!」

 

迷う暇はなかった。

 

右舷艤装を強制切離した次の瞬間、切り離された艤装が爆発する。巨大な爆炎が夜の海を照らし、轟沈こそ避けられたものの、爆風と破片が近過ぎた。

 

「───っぁ!!」

 

“出雲”の身体が吹き飛ぶ。

 

右腕と右脚を失い、海面へ叩き付けられた。そのまま、しばらく動けない。

 

「……っ、ぐ……」

 

───痛い。

 

艦娘だから痛みが無い、そんなことはない。神経も感覚も人間と同じで、失った手足も、焼けた身体も、損傷した艤装も、全てが痛かった。

 

左脚と残った艤装のおかげで沈まずに済んでいるだけだった。

 

「出雲!!」

 

“磐手”の悲鳴が響く。

 

助けに行きたい。だが、“リ級”がそれを阻んだ。

 

「ヨソ見スルナ!」

 

「くっ!」

 

砲撃を受け、“磐手”が回避する。その間に、“出雲”の前では“ル級”の主砲がゆっくりと向きを変えていた。

 

“ル級”は勝利を確信していた。

 

「コノ主砲ノ装填ガ終ワレバ」

 

砲身が真っ直ぐ“出雲”を捉える。

 

「貴様ハ終ワリダ」

 

 

 


 

 

 

『“出雲”大破!』

 

研究所の戦闘指揮所では、警報音と報告が飛び交っていた。大型画面に映る“出雲”の状態表示は、ほぼ赤一色になっている。

 

「出雲ちゃん!」

 

美香が立ち上がる。

 

「くそっ!」

 

海斗も机を叩いた。

 

「何とかならないのか!?」

 

洋平は秋吉を見る。

 

「秋吉!」

 

返事はない。

 

秋吉は別の画面を見ていた。

 

「何かあるんだろ!?」

 

「……」

 

研究所は、このオホーツク海の戦闘だけを見ているわけではなかった。

 

同時刻、房総半島沖では、第一・第二特務艦隊の別働艦娘部隊も別の深海棲艦部隊と交戦している。洋平達はこの戦闘指揮所から、そちらへの指揮も並行して行っていた。

 

だが今、全員の意識は北へ引っ張られていた。

 

 

“出雲”が死ぬ。

 

 

誰もが、そう思った。

 

海斗、美香、洋平、士、加奈、そして指揮所の妖精達。誰も口を開けない。

 

そんな中、秋吉だけが別画面を見ていた。

 

そこでは、何かの数値がゆっくりと上昇し続けていた。

 

「……」

 

まだ足りない。

 

あと少し。

 

「装填完了」

 

現地通信から、“ル級”の声が聞こえる。

 

「───終ワリダ、トップエース」

 

砲口が“出雲”へ向く。

 

秋吉が小さく呟いた。

 

「……間に合った」

 

だが、その言葉とは裏腹に、秋吉の表情から緊張は消えていない。

 

視線の先では、数字がまだ上がり続けていた。

 

 

 


 

 

 

《はいは〜い! もしもし、聞こえてる〜?》

 

突然、戦場には似つかわしくない幼い少女の声が響いた。

 

「……何ダ?」

 

“ル級”の指が止まる。

 

“磐手”も固まった。

 

「えっ……?」

 

聞き覚えのある声だった。

 

《あ、聞こえてる! こんばんは〜!》

 

“磐手”は振り向く。

 

「……え」

 

宗谷海峡の少し離れた海面に、小さな少女が立っていた。

 

「希空ちゃん!?」

 

神崎希空、五歳。小さな身体で海面に立ち、片手にはやたら大きく見える携帯スピーカーを持っている。

 

その姿だけを見れば、完全に場違いだった。

 

「何でここに!?」

 

“磐手”が叫ぶ。

 

希空は答えない。正確には、今は答える余裕がなかった。

 

怖くないわけではない。目の前には深海棲艦が十五隻もいて、“出雲”はあの状態にされている。

 

それでも、ここへ来た。他に適任者がいなかったからだ。

 

士や加奈は水面に立てない。“鳳翔”は立てるが、空母艦娘であるため敵から即座に攻撃対象と見なされる。“出雲”と“磐手”は論外で、戦闘の真っ最中だった。

 

対して希空は海に浮ける。艦娘技術由来の身体を持っているが、見た目は五歳で、武装もない。

 

敵が一瞬、判断に迷う。その一瞬が欲しかった。

 

《突然なんだけどさ》

 

希空の声は少しだけ上擦っていた。それでも、笑顔を作る。

 

《私のお話、聞いてくれない?》

 

“ル級”は“出雲”への照準を外し、新しい標的へ主砲を向けた。

 

(子供……?)

 

距離は約五千。

 

(何ノツモリダ)

 

人間が交渉しに来たようにも見える。だが、戦場へ一人で出てくること自体が異常でもあった。

 

「距離五千」

 

砲身が動く。

 

《あっ、ちょっと待って!》

 

希空が両手を振った。

 

《ね? ちょっとくらいいいでしょ?》

 

「……何ノ真似ダ」

 

“ル級”が問う。

 

撃とうと思えば、いつでも撃てる。だからこそ、少し興味が湧いた。何をする子供なのか、確かめてみたくなったのだ。

 

《聞いてくれる?》

 

「話セ」

 

《やった!》

 

希空が笑う。

 

その頃、指揮所で秋吉は先程からの画面を見続けていた。表示されている数字は八割を超え、さらに少しずつ上がっている。

 

(頼む……もう少し)

 

希空の手元にも、小さな表示器があった。同じ数字が映っている。

 

時間を稼ぐためなら、何でもいい。とにかく話す。

 

《じゃあ、希空の質問コーナー!》

 

「……」

 

“ル級”は黙っている。

 

《第一問!》

 

希空は“ル級”を指差した。

 

《貴女の主砲って、何インチ?》

 

“ル級”は一瞬、眉を寄せた。

 

(情報収集カ)

 

子供が考えそうな、単純な質問だった。

 

「十六インチダ」

 

《おお〜!》

 

希空は、わざと大きく驚く。

 

《やっぱり大きいね! 超弩級戦艦くらい?》

 

「ソレガドウシタ」

 

《ううん、気になっただけ!》

 

希空は笑う。

 

そして、手元の表示を一瞬だけ見る。

 

指揮所側では、数値が九割へ届いた。

 

「モウ良イダロウ」

 

“リ級”が砲塔を動かした。

 

その瞬間、“ル級”が手を上げる。

 

「待テ」

 

「何故ダ」

 

「良イダロウ」

 

“ル級”は薄く笑った。

 

「馬鹿ナ子供ノ、最期ノオママゴトダ」

 

“リ級”は希空を見る。そして、砲口を下げた。

 

「……分カッタ」

 

《ありがと〜!》

 

希空は心底安堵したが、それを顔には出さない。

 

《じゃあ第二問!》

 

真紅を纏う二人を見る。

 

《その赤いオーラって、何なの?》

 

「……オーラ?」

 

《うん! それ出てると、身体とか装甲とか強くなるの?》

 

今度は“リ級”が答えた。

 

「サァナ」

 

《知らないの?》

 

「詳シイ仕組ミナド知ラン」

 

“リ級”は、自分の身体から立ち上る赤い光を見る。

 

「強クナッタ感覚ハアル。ダガ、ソレハ我々ガ戦場デ経験ヲ積ンダカラダ」

 

そう言って胸を張る。

 

「オーラガ装甲ヲ厚クシタ訳デハナイ!」

 

それが本人達の認識だった。

 

実際には、半分だけ間違っている。経験が彼女達を強くしたのは確かだが、真紅のオーラそのものも、彼女達へ力を与えていた。

 

ただ、深海棲艦側はまだそれを知らない。

 

希空は、その答えを聞いて小さく頷いた。

 

(……そっか)

 

何を納得したのかは、誰にも分からない。

 

《へぇ〜!》

 

希空は、わざとらしく拍手した。

 

《じゃあ、本当にいっぱい戦って強くなったんだね! すごーい!》

 

「……」

 

“リ級”は悪い気がしなかったのか、少し胸を張る。

 

 

研究所の指揮所では、洋平が呆然とモニターを見ていた。

 

「……あいつ、何やってんだ?」

 

秋吉は答えない。

 

画面の数字は九十五、九十六、そして九十八へと上がっていく。

 

「秋吉?」

 

「頼む……」

 

「何が」

 

九十九。

 

希空は手元の表示をちらりと見た。

 

……あと少し。

 

《じゃあ》

 

声を伸ばす。

 

《最後の第三問!》

 

“ル級”が僅かに苛立つ。

 

「今度ハ何ダ」

 

その時、表示が百へ切り替わった。

 

同時に、希空の手元へ小さな表示が灯る。

 

希空の表情が変わった。

 

もう、笑って話を引き延ばす必要はない。

 

静かに尋ねる。

 

 

《───“浮沈特火点”って、知ってる?》

 

 

「……何?」

 

 

次の瞬間、海が割れた。

 

“ル級”達の周囲、離れた海面から複数の巨大な水柱が上がる。

 

「ッ!?」

 

一基、二基、三基。さらに、その向こうでも。

 

黒い巨大構造物が海中から次々と浮上してくる。

 

「ナン……ダ?」

 

“ル級”が初めて、明確な動揺を見せた。

 

“リ級”も目を見開く。

 

「コレハ……!」

 

そこで初めて、希空が先程まで何を待っていたのかが明らかになった。

 

艦娘技術研究所が新たに試作していた海上防衛兵器。

 

『浮沈特火点』

 

普段は海中へ沈めて秘匿され、必要な時だけ浮上する大型砲台だった。

 

先程から秋吉と希空が見ていた数字は、その砲台群へ電力を供給する核融合炉の出力。

 

秋吉が「間に合った」と呟いた時点では、機構そのものは起動していた。

 

だが、主砲を発射出来るだけの出力までは、まだ上がり切っていなかったのである。

 

だから、時間が必要だった。

 

そして、希空が最初に聞いた十六インチ。

 

あれも雑談ではなかった。

 

(十六インチ砲なら、こっちは耐えられる)

 

砲台側の防御力を確認するためだった。

 

二問目も同じ。

 

赤いオーラによって強くなった相手の『装甲そのもの』まで大きく変質しているのか、それを知りたかった。

 

“リ級”自身もelite化の機序を理解していないため、返ってきた答えが完全に正確だったわけではない。真紅のオーラには、実際に強化効果がある。

 

だが少なくとも、本人達が『装甲そのものが分厚くなった』という感覚を持っているわけではなかった。

 

希空にとっては、それで充分だった。

 

もっとも、この直後には、その確認すら必要なかったと分かるのだが。

 

 

希空は右手を握る。

 

そこには、小さなトリガーがあった。

 

「騙シタナ、貴様───!」

 

“リ級”が主砲を希空へ向ける。

 

───遅い。

 

《撃て!!》

 

希空がトリガーを引く。

 

砲台群が一斉に動いた。

 

火薬が炸裂する音はない。その代わり、空気そのものが震えるような、低く異様な轟音が響く。

 

 

電磁加速。

 

次の瞬間、マッハ十に達した砲弾が海上を走った。

 

 

「───」

 

“ル級”には、何が見えたのかすら分からなかった。

 

衝撃が来る。

 

真紅のオーラは確かに二人を強化していた。経験によって本人達が鍛えられ、さらにelite化そのものによって、その存在は一段上へ押し上げられていた。

 

それでも、関係なかった。

 

浮沈特火点の砲弾は、“ル級”と“リ級”の装甲を、その後方にいた深海棲艦を、まとめて貫いた。

 

遅れて、衝撃波が押し寄せる。

 

夜の海面が一瞬、陥没したように見えた。直後、巨大な水壁が立ち上がり、宗谷海峡全体が揺れた。

 

“磐手”は咄嗟に顔を腕で覆う。

 

「うわっ!?」

 

負傷した“出雲”の身体も、衝撃波によって海面を流された。

 

遥か後方の“鳳翔”ですら、何が起きたのか一瞬理解出来なかった。

 

研究所の戦闘指揮所でも、誰も声を出せない。

 

洋平が画面を見る。海斗、美香、士、加奈も、全員が固まっていた。

 

 

秋吉だけが、乾いた声を漏らす。

 

「……威力、計算より出てない?」

 

そこへ希空の通信が入った。

 

《出たね!》

 

「出たね、じゃないよ……」

 

宗谷海峡を覆っていた水煙が、ゆっくりと晴れていく。

 

そこに、先程まで十五隻いた深海艦隊の反応は、もう残っていなかった。

 

 

完全な全滅だった。

 

 

 


 

 

 

その後。

 

人類側の、とある場所。

 

外部から隔離された一室で、一人の男が秘匿回線を開いていた。

 

その通信相手は、人間ではない。

 

《オホーツク海方面デ、“出雲型”二隻ト交戦シタ》

 

スピーカーから聞こえるのは、深海棲艦の声だった。

 

男は資料へ目を落としながら答える。

 

「……“出雲”と“磐手”か」

 

《アア。推定ダガ、“鳳翔”モ居タ可能性ガ高イ。航空攻撃ノ特徴ガ一致スル》

 

男の手が止まった。

 

「その三隻が、揃って北に?」

 

《ソウダ》

 

「……なるほど」

 

《派遣シタ艦隊ハ全滅シタ。生存者ハ居ナイ。故ニ、最後ニ何ガ起キタノカハ分カラン》

 

「三十隻規模だったな?」

 

《アア》

 

男は僅かに眉を寄せる。

 

「それが全滅……」

 

少なくとも、“出雲”と“磐手”が強いことは知っている。

 

だが、それだけで片付けるには違和感があった。

 

《ソレト、共有シテオク情報ガアル》

 

「何だ?」

 

《同時刻、我々ハ房総半島沖デ、第一・第二特務艦隊ノ別部隊トモ交戦シテイル》

 

「……房総半島沖?」

 

《アア。複数ノ艦娘ヲ確認シタ》

 

その言葉を聞いた瞬間、男の表情が変わった。

 

「待て」

 

資料をめくる。

 

特務艦隊の配置。

 

所属艦娘。

 

最近の出撃記録。

 

RBDが軍内部から集めていた情報が並んでいる。

 

「“出雲”、“磐手”、それに“鳳翔”……」

 

この三隻は、第一・第二特務艦隊の中でも中核を担う戦力である。

 

特に“出雲”と“磐手”は、現時点における最強格の艦娘と言っていい。

 

それなのに。

 

房総半島沖では、別の艦娘部隊が戦っていた。

 

「……妙だな」

 

《何ガダ?》

 

「いや」

 

男は考え込む。

 

「情報共有、感謝する。こちらでも調べておこう」

 

《頼ム》

 

通信が切れる。

 

部屋に静寂が戻った。

 

男は椅子へ深く座り直し、机上の地図へ視線を落とした。

 

第一特務艦隊。

 

第二特務艦隊。

 

その中核である三隻が、同じ日に揃って北海道北部へいた。

 

一方で、房総半島沖にも特務艦隊の艦娘が出撃している。

 

偶然、三隻だけが北方へ派遣されていた。

 

そう考えることも出来る。

 

だが、RBDは軍内部から特務艦隊の動きを追っている。

 

少なくとも、自分達の把握している限りでは、北方へ大規模な作戦が予定されていたという情報はない。

 

それなのに、あの日、あの三隻だけが北にいた。

 

そこで、深海棲艦側が研究対象を疑うほど激しい迎撃を受け、最後には三十隻規模の艦隊が、一隻残らず消えた。

 

男の指が、北海道の地図上をゆっくりとなぞる。

 

宗谷海峡。

 

北海道北部。

 

そしてその周辺。

 

 

「…………北に」

 

「何かがあるのか?」

 

 

秘密結社ReBuilD。

 

その構成員が、艦娘技術研究所の存在へ初めて明確な疑念を抱いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

艦娘の中・大破は本作ではかなりエグい事に。

また今回九五式艦戦が出たので紹介しますが、前回例のテストパイロットが乗っていたのは本機の試作機『九〇式艦上戦闘機改』です。


次回 死闘の(入渠)痕と新たな(改装)力
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