自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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今回は短め。
ある意味、「前座」のような回。



25. “お艦”の資格

 

2月20日

 

艦娘技術研究所

 

 

“出雲”、“磐手”、“鳳翔”の大規模改装に伴う一連の作業もようやく落ち着き、研究所は普段通りの業務へ戻りつつあった。

 

もっとも、それは研究所全体の話である。改装作業が終わったことで、むしろ本格的に忙しくなった人間もいた。

 

「入るよ」

 

「はーい」

 

返事を聞いてから、秋吉は希空の研究室へ入った。そして扉を閉めるより先に、目の前の惨状を見て苦笑する。

 

「……あれから何日か籠もりっぱなしって聞いたから様子を見に来たけど、これは酷いな」

 

机の周囲には資料が積み上がり、床には中身の詰まったゴミ袋が幾つも置かれている。いつぞやの秋吉自身の研究室と違い、少なくとも酷い臭いまでは漂っていないのが救いではあった。

 

「しょうがないじゃん」

 

希空は椅子に座ったまま答えた。

 

「やっと予算が使えるようになったんだもん。今まで出来なかったこと、一気に進めたいし……」

 

口ではそう返しながらも、視線はPCのモニターから一度も離れない。

 

別に希空は、片付けが出来ない子供ではない。むしろ普段なら、自分の研究室くらいはそれなりに整理している。その彼女が部屋をここまで荒らしているのは、それだけ今、他の何より優先したい仕事があるということだった。

 

秋吉は散らかった資料を踏まないよう注意しながら、希空の横まで歩いていく。

 

「進捗は?」

 

「順調。建造装置側の調整も大体終わってるよ。後は細かいところを詰めて、実際に動かしてみないと分からない部分かな」

 

「やっぱり、そこは最後まで残るか」

 

「初めて使う装置だもん。シミュレーションだけじゃ全部は分かんないよ」

 

希空はそこでようやくモニターから顔を上げ、秋吉を見る。

 

「……それにしても、よく思い付いたよね。“アレ”」

 

「ん?」

 

「予算の取り方」

 

一拍置いて、希空は聞いた。

 

「予算の申請って、嘘書いていいの?」

 

「良くはないよ。もちろん」

 

秋吉は即答した。

 

「だよね」

 

「ただまあ……軍事予算では昔から似たようなことが行われてきたのも事実だけどね。特に、存在そのものを隠したい兵器なんかでは」

 

「ああ」

 

希空はすぐに思い当たったらしい。

 

「大和とか?」

 

「そういうこと」

 

「あれも大和型の予算をそのまま書けないから、別の艦艇の建造費に混ぜたりして隠したんだっけ」

 

「うん。今回も発想としては似たようなものだよ」

 

秋吉はさらりと言ったが、その直後に念を押す。

 

「だからって、やって良いことになったわけじゃないからね?」

 

「でも、バレる前に全部終わらせればいいんでしょ?」

 

「……誰に似たんだろうなぁ、その発想」

 

「既成事実!」

 

希空は楽しそうに言う。

 

「一番怒られる言葉を選んだね」

 

秋吉は額を押さえた。

 

もっとも、今回ばかりは自分も同類である。“出雲”の大規模改装に必要な予算として提出した項目の中へ、“磐手”と“鳳翔”の改装費だけでなく、別目的の研究費まで潜り込ませた。

 

正式に正面から申請しても、いずれ認められた可能性は高い。だが、それでは時間が掛かる。今の秋吉と希空には、その時間すら惜しかった。

 

「まあ、とにかく」

 

秋吉はPCの画面を見る。

 

「これで、ずっと待っていた一歩を踏み出せる」

 

希空も頷いた。

 

「やっとだね」

 

「ああ」

 

何年も構想し、設計し、理論を積み上げてきた。第一世代の欠点を知るたびに、戦場で新たな問題が明らかになるたびに、少しずつ形を変えながら、それでも目標だけは変わらなかった。

 

秋吉は小さく息を吐く。

 

「ようやく───第二世代艦娘を、この世に生み出すための建造試験が出来る」

 

希空が嬉しそうに笑った。

 

 

今回、二人が秘密裏に確保した予算の使い道は、『次世代艦娘建造試験』だった。希空が数日間、研究室へ籠もり続けているのも、その準備のためである。

 

もっとも、第二世代艦娘の研究そのものに使うのであれば、本来こんな回りくどい真似をする必要はない。計画そのものは既に国際的な支援を受けており、特にJK-2-X-00、仮称“ゼロ”の建造に必要となる資金については、既に別口で確保されていた。

 

前年の結婚式を契機として世界へ艦娘の存在が広く知られ、第二世代計画も少しずつ各国へ認知され始めている。

 

そこから始められた寄付募集には、一般市民だけでなく企業や資産家、果ては国家単位からまで資金が集まり、最終的には一研究計画とは思えないほど巨大な額へ膨れ上がっていた。

 

“ゼロ”を造るだけなら、金はある。

 

だから今回、秋吉達が別に予算を用意した理由は一つしかない。

 

今回造る予定なのは、“ゼロ”ではなかった。

 

 

 


 

 

 

同日

 

国防省地下 特務艦隊司令部

 

 

「───よし!」

 

洋平は最後の書類へ判を押し、大きく背もたれへ身体を預けた。

 

「今日の業務終了! お疲れ、鳳翔」

 

「お疲れ様です、提督」

 

向かいで書類を纏めていた“鳳翔”も、ようやく肩の力を抜く。そして、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……」

 

「おいおい」

 

洋平が苦笑する。

 

「飯の支度はまだだし、風呂も沸かしてない。何より、ここは家じゃねぇ」

 

「ふふっ、冗談です」

 

「最近そういう冗談増えたよな、お前」

 

「夫婦ですから」

 

妙に満足そうに言われ、洋平は何も言い返せなかった。

 

多少の残業はあったものの、今日はどうにか日付が変わる前に仕事を終えられた。この後は、同じ地下施設内に設けられている自宅へ戻る予定だった。

 

 

もっとも、そんな生活も間もなく終わる。

 

“鳳翔”が纏め終えた書類を机の端へ置きながら言った。

 

「そういえば、引っ越しもそろそろですね」

 

「ああ」

 

洋平は頷く。

 

「司令部機能も建御名方へ移すんでしたよね?」

 

「その予定だ。特務艦隊司令部と一特艦司令部、まとめてな」

 

「随分大掛かりになりますね」

 

「海斗と美香がどうしてもって言うからな。正直、面倒くさいけど……」

 

洋平はそこで一度言葉を切り、天井を見る。

 

国防省地下。長く自分達が拠点としてきた場所だが、最近はどうにも空気が悪い。

 

「俺も最近、ここは何かキナ臭いって感じるんだよな」

 

“鳳翔”の表情から笑みが僅かに消えた。

 

「やはり、提督もですか」

 

「具体的に何が、って聞かれると困るんだけどな」

 

それでも、海斗や美香が感じている危機感を、洋平も完全には否定出来なかった。軍内部で妙な話が増えている。艦娘に対する視線も、以前とは少し違う。表立って何かが起きているわけではないからこそ、不気味だった。

 

「建御名方なら、少なくともここよりは俺達の手が届く」

 

「はい」

 

「何かあってからじゃ遅いしな」

 

それが、司令部移転を決断した一番大きな理由だった。

 

だが、理由はもう一つある。

 

洋平の表情が少し緩む。

 

「それに……そろそろ俺達も、家族が増えるみたいだしな」

 

“鳳翔”の顔が、ぱっと明るくなった。

 

「はい。楽しみです!」

 

「そうだな」

 

洋平も笑う。

 

「だったら余計に、少しでも安全な場所へ移っておきたい」

 

そう言った後、洋平は改めて考え、不思議そうに呟いた。

 

「……にしても、本当に母親になれるんだな」

 

“鳳翔”が少し首を傾げる。

 

「今更ですか?」

 

「いや、そうあるべきだとはずっと思ってたぞ?」

 

洋平は慌てて付け加えた。

 

「お前達だって人間なんだから、結婚したなら子供が欲しいと思うことくらい普通だろ。ただ……艦娘の身体って、普通の人間とはかなり違うからな。実際に『俺達の子供が出来る』ってところまで来ると、やっぱり実感が追い付かんというか」

 

「それは、私も少し分かります」

 

“鳳翔”は自分の身体へ視線を落とした。

 

第一世代艦娘は、人間の少女を基礎としている。けれど、艦娘になるための改造はあまりにも大規模だった。身体能力、情報処理能力、艤装との接続、艦魂との同調。その代償として、本来人間が持っていた生物学的な機能の一部が低下、あるいは失われる例もある。

 

生殖能力も、その一つだった。

 

「以前の身体のままでは、簡単なことではありませんでしたから」

 

“鳳翔”は静かに言う。

 

「この前の大規模改装は、私にとって戦力強化だけではありません」

 

少し照れたように笑う。

 

「正式に、“母親になる資格”を得るための改装でもあったんです」

 

「……そう考えると、結構凄い改装だったな」

 

「はい」

 

もちろん、改装を受けたからといって、全てが普通の人間と同じになったわけではない。それでも、艦娘技術と第二世代建造技術、その二つを組み合わせることで、これまでなら不可能に近かったことが出来るようになった。

 

洋平と“鳳翔”、二人の子供を、この世界へ生み出すことが。

 

 

 


 

 

 

今回、秋吉と希空が建造しようとしているもの。それは、洋平と“鳳翔”の子供だった。

 

元々、“ゼロ”の両親を誰にするのか検討していた段階では、“鳳翔”を母体側の情報源として利用する案も存在した。

 

人間と艦娘、双方の情報を組み合わせれば、通常の人間同士を基礎とするよりも、最初から艦娘として高い適性を持つ存在を造れるのではないか。まして、“鳳翔”は空母艦娘として長年実戦を経験し、次世代空母艦娘のためのデータ収集にも協力している。

 

もし、その艦魂が持つ情報まで次世代個体へ反映出来るなら、“ゼロ”をさらに高性能に出来る可能性があった。

 

だが、研究を進めると別の問題が分かった。

 

艦魂という存在は、あまりにも複雑だった。それを母側の情報として組み込んだ場合、人体錬成の過程において、普通の人間同士の遺伝情報だけを扱う場合には存在しない変数が一気に増える。

 

成功率は大きく落ち、何が起きるかも完全には読めない。

 

次世代艦娘の技術的雛形となる“ゼロ”で、いきなりそこまで危険な賭けをするべきではない。そう判断され、“ゼロ”の両親役は海斗と美香が担うことになった。

 

だが、“鳳翔”を母とする研究それ自体が捨てられたわけではない。むしろ、“ゼロ”より先に、もっと限定された条件で試すことになった。

 

第二世代艦娘を造るために必要となる、艦魂から人体を成立させる技術。艦娘を親とした場合に、どのような個体が成立するのか。そして、新たに開発された建造装置が、本当に生命を一から成立させられるのか。

 

その全てを確認するための実証試験、その対象として、洋平と“鳳翔”の子供が選ばれた。

 

いや、正確には、選ばれただけではない。

 

二人自身が望んだ。

 

「なあ」

 

洋平が机の上へ頬杖をつく。

 

「どんな子になるんだろうな」

 

“鳳翔”は少し考える。

 

「元気な子なら、それで充分です」

 

「俺もそう思う」

 

「でも」

 

“鳳翔”は微笑んだ。

 

「出来れば、優しい子だと嬉しいですね」

 

「それも良いな」

 

二人にとって、これから生まれる子供は、第二世代艦娘開発のための実験個体ではなかった。

 

もちろん、研究者から見れば極めて重要な技術実証であり、今後数多く生まれる第二世代艦娘の未来を左右する存在でもある。

 

外から見れば、「子供を研究のために造る」と言われても否定は難しい。倫理を問われれば、簡単に答えられる問題ではない。

 

けれど、少なくとも洋平と“鳳翔”の二人にとって、そこだけは違った。

 

自分達が望んだ子供であり、これから家族が増える。そのことが、ただ嬉しいのだ。

 

研究対象ではない。一つの生命であり、新しい家族だった。

 

 

この小さな一歩が、第二世代艦娘の時代の幕開けとなる。

 

秋吉と希空、そしてこれから父と母になる二人は、ただ、その日が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

建造準備完了。


次回 建造試験
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