以前の希空のセリフから既にお察しの方も居るかもですが、「“ゼロ”を
まあ……その“他作品ネタ”こそ、本作の艦娘技術の根幹を成している技術だけど。
4月10日
艦娘技術研究所の研究室で、神崎希空は珍しく唸っていた。
「んん〜〜……」
デスクの上には、一隻の宇宙戦艦のプラモデルが置かれている。正確には、置かれていたと言った方がいいだろう。船体は幾つもの部品へ分解され、その中から取り外された機関部だけが、希空の手元に残されていた。
以前、海斗と美香へ「一番のお気に入り」と話していた模型である。普通なら、お気に入りだからこそ大事に飾っておくところだろうが、希空の場合は、お気に入りだからこそ分解されていた。
「……やっぱり、良く出来てるなぁ」
希空は模型の機関部を裏返した。
もちろん、これはフィクションのメカである。内部構造も、実際の物理法則に基づいて全て設計されているわけではないし、劇中で説明される原理も、現代科学から見れば空想の産物が大半だった。
だが、希空にとっては、それで充分だった。
「この形のままじゃなくても良いんだよね……」
希空がモニターへ視線を移すと、そこにはJK-2-X-00───“ゼロ”の設計図が表示されていた。彼女が今考えているのは、その心臓、つまり搭載機関である。
「必要なのは、『どういう機能を持った機関が欲しいか』だから……」
希空は模型を指先で弄びながら、小さく呟いた。
人類の兵器開発には、既に何度も同じようなことが起きていた。
過去の歴史を知っていれば、次に何を造るべきか、ある程度は分かる。例えば、第一次世界大戦から第二次世界大戦へ至る航空機の発展史を知っている者なら、複葉機を完成させた後で、わざわざ無数の袋小路へ入り込む必要はない。
全金属製、単葉、引込脚、密閉風防、高出力エンジン。後に正解だったと分かっている要素を、最初から目標に出来るからだ。
艦娘用装備も同じだった。
人類は既に、大砲や魚雷、航空機、レーダーがどのように発展していったのかを知っている。だから、艦娘用の兵器体系を一から手探りで育てる必要はない。過去の失敗も、遠回りも、試作品も、それら全てを歴史書という形で知っている。
目指すべき完成形が分かっているからこそ、技術さえ追い付けば最短距離を走れる。
希空は、その理屈をもう一歩先まで持っていった。
「……じゃあ」
希空はプラモデルへ視線を戻す。
「ゴールが分かってるなら、それが昔の兵器じゃなくても良いよね?」
フィクションであっても、同じだった。
もちろん、アニメに描かれた架空技術の説明をそのまま信じれば、現実になるわけではない。だが、『こういうことが出来る機関が欲しい』という完成像は、研究の目標として使える。
膨大なエネルギーを発生させ、高出力兵器へ供給し、推進にも使える。空間そのものへ干渉出来て、小型かつ高効率で、一つの機関から様々な機能へ発展出来る。
そうした機能を実現するためには、現実の物理学で何が必要なのか。そこから逆算すればいい。
「アニメみたいな物を、そのまま造るんじゃない」
希空は設計画面へ数式を書き加えた。
「アニメで見た“出来ること”を、現実の物理で造る」
それだけの話だった。
もっとも、普通の研究者が同じことを考えても、『それだけ』では済まない。
理論が出来ても材料がない。製造設備がない。必要な精度を出せない。そもそも巨大過ぎる。エネルギーが足りない。
そうした現実が、必ず立ちはだかる。
ところが、希空の手元には、その中でも特に厄介な一つ───『大き過ぎる』という問題を、全く別の方向から踏み越えられる技術があった。
「サイズは……まあ、後で考えればいいもんね」
希空はあっさりと言った。
「最初はどれだけ大きくなっても大丈夫」
何故なら、小さく出来るからだ。
もっとも、物を小さくする技術そのものを、希空が一から発明したわけではない。
その起源は、もっと前、妖精と人類が接触し、艦娘技術の研究が始まった頃まで遡る。
第一世代艦娘の艤装は、最初から、本来の軍艦をそのまま人間サイズへ比例縮小しただけの代物ではなかった。
砲塔、機関、装甲、弾薬、燃料、艦載機。本来なら少女一人が身に付けられるはずのない規模のものが、小さな艤装の中へ収まっている。
妖精達は、人類が原理を理解するより遥か以前から、その現象を当たり前のように扱っていた。そして秋吉達も、全容は分からないながら、妖精達の助けを借りて少しずつ人類側の技術へ取り込んでいた。
だから、希空以前にも『縮小技術』そのものは存在する。
第一世代艦娘の艤装、その内部に保持される弾薬、艦載機、補給物資。そうした用途と対象を予め限定した使い方なら、既に実用段階へ入っていた。
さらに研究が進むと、その応用は艦娘の身体から少しずつ外へ広がっていった。
2007年、通常兵器側へ本格導入された対SUE弾薬も、その一例だった。艦娘用艤装で使っていた弾薬縮小技術を延長し、既製の砲や発射装置へ合わせて、特殊弾薬を縮小状態で保持する。
そうした限定用途なら、人類側だけでも多少は扱えるところまで来ていたのである。
ただし、出来ることと理解していることは別だった。
この頃の縮小技術は、例えるなら、『中身は完全には分からないが、妖精の作った装置と手順を守れば、決まった物なら小さく出来る』というものに近い。
縮小対象は予め構造を把握した物へ限定され、縮小率も自由自在ではない。複雑な機械を作動させたまま縮小するには妖精の介在が必要になる場合が多く、対象が変われば装置側も調整し直さなければならなかった。
まして、研究者が思い付いた巨大な新型機関を、その場で好きな寸法へ収める。そんな汎用技術ではなかった。
原理の中心部分も、依然としてブラックボックスだった。
縮めたはずの質量は、どこへ行っているのか。何故、数千トン級の艤装を背負った艦娘が、自重で海底へ沈まないのか。何故、見た目は小さいにもかかわらず、砲撃や推進時には元の軍艦に匹敵する性能を発揮出来るのか。
妖精達は使える。秋吉達も装置化出来る。けれど、『何故、それが成立しているのか』、そこまでは誰も完全には説明出来なかった。
神崎希空がやったのは、そこから先だった。
希空は、縮小技術を単なる『便利な小型化装置』として受け入れなかった。
縮小前と縮小後の質量、エネルギー、空間、出力を一つ一つ測り、妖精が操作する時に何が起きているのか、機械側へどんな反応が出るのか、縮めた物体を作動させた時、どこから力が戻ってくるのかを何度も観測した。
そして、明らかな不一致を見つけた。
もし、全質量が三次元空間の中で単純に圧縮されているだけなら、艦娘は立っていられない。
人間サイズの身体へ軍艦数千トン分の質量がそのまま集中しているなら、海面へ浮かぶどころではなく、地面に立つことすら出来ないはずだった。
だが、実際にはそうならない。
縮小装置の作動中には、ごく微弱ながら通常空間だけでは説明出来ない位相変動が観測される。そして、人類が認識している三次元空間を通っていないとしか考えられない、特殊な反応も存在していた。
希空は妖精へ聞いた。
「小さくしたものって、どこにあるの?」
妖精は少し考えてから答えた。
「ここじゃないところ」
それだけだった。
普通なら、説明になっていない。けれど、希空には充分だった。
M理論、余剰次元、高次元空間。そこへ観測結果を重ね、希空は一つの答えへ辿り着いた。
縮小された物質は、無くなっているのではない。圧縮されているのでもない。
人類が普段認識している三次元空間から、その一部、あるいは大部分を余剰次元側へ移している。
三次元空間側へ投影されている部分だけを減らすことで、外見上の寸法と見かけ質量を小さくしているのである。
つまり、縮小された艤装は、単純に小さくなった一個の三次元物体ではない。三次元空間と余剰次元の両方へまたがる、多次元構造体だった。
これが分かった瞬間、縮小技術は、それまでとは全く別のものになった。
それまで、人類は『この装置を使えば、この弾薬をこの大きさへ出来る』と扱っていた。
希空は、『対象の何割を余剰次元へ送れば、三次元側の寸法と見かけ質量がどこまで変わるのか』と計算出来るようにした。
縮小率を変える。見かけ質量を変える。必要な構造だけ三次元側へ残す。余剰次元側の機関を、縮小状態のまま作動させる。複数の縮小物を一つの領域で管理する。弾薬、燃料、機械、艤装、機関を相互に接続する。
必要なものだけを、必要な時、指定した状態で戻す。
希空は縮小技術を、『決まった物を小さくする特殊装置』から、『物質がどの次元へ、どの割合で存在するかを制御する工学』へ変えたのである。
これが、後に『希式物質縮小技術』と呼ばれるものだった。
希空は縮小技術を発明したのではない。既に存在していた妖精技術を完全に理解し、人類科学の言葉へ翻訳し、対象を選ばず使えるようにし、制御可能な汎用技術体系へまで拡張した。
その違いは、途方もなく大きかった。
対SUE弾を小さくして砲へ積むのと、巨大な新型動力機関を動作可能なまま人間の身体へ収めるのでは、同じ『縮小』でも要求される自由度がまるで違う。
希空以前の技術では、後者は出来なかった。希空以後なら、理論と装置側が対応出来る限り、可能性が生まれる。
そして、それは単なる収納技術では終わらなかった。
「だって」
以前、秋吉へそう言ったことがある。
「物を余剰次元へ出したり戻したり出来るなら、余剰次元って本当にあるってことでしょ?」
存在するなら、利用出来る。
物質を跨がせられるなら、エネルギーはどうか。情報はどうか。空間同士を接続出来るなら、もっと他に何が出来るのか。
妖精達は既に、その答えの一部を使っている。人類が理論を知らなかっただけで、現象そのものはずっと目の前に存在していた。
希空は、妖精技術という完成済みの現象を目の前へ置き、そこから物理学を逆算し始めた。それが、彼女の後の研究全ての出発点になったのである。
「……本当に、妖精さん達のお陰だなぁ」
希空は、机の上に置いた模型の機関部へ視線を戻した。
「私だけだったら、理論を思い付いても、実際に造れるところまで行けなかったかも」
少なくとも、これほど早くは無理だった。
希空の頭脳なら、数式を組み、理論を構築することは出来る。だが、妖精達は現に高次元を操作出来るし、秋吉達はその技術を既に限定的ながら人間の工学へ落とし込んでいる。
そして希空は、その先にある原理を理解し、自由度を増やし、全く別の用途へ転用出来る。
この積み重ねこそが、異常だった。
「反物質の生成と保存は、もう安定した」
希空は画面を切り替えた。
「マイクロブラックホールも、まだ課題はあるけど……使えるところまでは来た」
さらに別の資料を開く。
「物質縮小と余剰次元の位相制御も、かなり分かってきた。後は、この辺りを全部一つの理論で繋いで……」
画面上に数式が並んでいく。
これまで別々に研究していた現象が、互いに関係し始めていた。
物質、エネルギー、空間、余剰次元、位相、そして、そこを伝わる波。
まだ完成と呼ぶには足りない。それでも、一つの統合理論の輪郭が出来つつあった。
「残ってる大きな問題は……」
希空は頬杖をつき、指先で模型の小さなフライホイールを回した。
「燃料、って呼んで良いのかな」
少し考えてから、一つの単語を口にする。
「……タキオン粒子」
現時点では、まだ実在が確認されていない。理論上の、仮想的な超光速粒子である。
ただし、希空が考えているものは、一般物理学で想定されているタキオンを、そのまま探しているわけではなかった。
余剰次元、位相、エネルギー伝播、妖精技術、そして自分自身の観測。それらを組み合わせた結果、『こういう性質の粒子反応が存在するはずだ』と逆算している。
「もう少しなんだけどなぁ」
希空はモニターの波形を見る。
「私が欲しい性質で、実在を証明出来そうなんだけど……」
もし、そこを越えれば、それまで別々に見えていた研究が一つに繋がる。そして、その先に出来る機関が、“ゼロ”の心臓になる。
「今の予定では、対消滅系の機関を積む」
希空は“ゼロ”の設計図を開いた。
「それでも充分過ぎるくらい強いんだけど……」
反物質と物質を対消滅させて得られる莫大なエネルギーは、人類史から見れば狂気と呼べる代物だった。
だが、希空はそこで止まりたくなかった。
「間に合ったら、こっち」
希空は、まだ名称の書かれていない新型機関の設計欄を開く。
反物質技術、高次元位相制御、マイクロブラックホール、各種核融合系、そして物質縮小技術を解析したことで見え始めた、余剰次元との新しい接続方法。
これまで積み上げてきた動力研究の全てへ、さらに未確認の粒子を加える。
「……全部、このためにやってきたんだもんね」
希空は模型の機関部を見つめた。
「どうせ妹にあげるなら」
少し笑ってから、続ける。
「一番良いの、造ってあげたいし」
ほぼ同時刻、研究所の別区画では、乾いた笑いが響いていた。
「…………ははっ」
秋吉だった。
以前、G5の司令官達へ世界初の実用核融合炉を見せた発電区画、その隣に新設された大部屋で、秋吉は立ち尽くしていた。
「『新しく造った機関を見て』って言うから来たけど……」
目の前にある巨大な構造物を見上げる。
「これ、もう笑うしかないな」
室内を占有する試作機関は、外見寸法だけならおよそ数十メートル級だった。研究所の設備として見れば確かに巨大である。
だが、本来必要な規模を考えれば、異常なほど小さい。
ブラックホールを生成・保持し、その周囲からエネルギーを取り出すための試験機関、BHエンジンの実証機だった。
妖精の一人が、秋吉の隣へやって来る。
「希空、最近ずっとこっちも触ってる」
「だろうね」
秋吉は苦笑した。
「これを見る限り」
彼は部屋の隅へ目をやった。
そこには、家庭用の大型冷蔵庫程度の箱が置かれている。何気なく近寄り、その表面に書かれた文字を読む。
『非常用電源 高出力核融合炉』
「…………」
秋吉は数秒、黙り込んだ。
「非常用?」
妖精が頷く。
「うん」
「核融合炉が?」
「うん」
「冷蔵庫サイズで?」
「うん」
秋吉は額を押さえた。
「感覚が壊れてくるな……」
つい一年半前、各国の司令官を集めて試作融合炉を見せた時、それは世界をひっくり返す発明だった。
それが今では、非常用電源として箱に収まっている。
もっとも、本質はそこではない。
秋吉はBH試験機関へ視線を戻し、しばらく眺めてから、ようやく希空が何をしたのかを理解した。
「ああ……なるほど」
希空は、ブラックホール機関を『普通の機械として小型化』したのではない。
通常工学だけなら必要になるはずの巨大な構造を認めた上で、その構造の存在する場所そのものを変えている。
機関全体のうち、三次元空間側に必要な部分だけを残し、残りを余剰次元側へ保持する。しかも、作動機能を切らずに、それをやっている。
「……そういうことか」
秋吉は呆れたように笑った。
「昔の縮小技術じゃ、これは無理だ」
第一世代艦娘の艤装や弾薬、対SUE弾といった用途に使われていた従来型の縮小技術なら、対象も縮小状態も使用時の形も、ある程度は決め打ちだった。
だが、目の前の機関は違う。
巨大な複雑機械であり、内部では極端なエネルギー変動が起きる。縮小状態でも作動させる必要があり、三次元側と余剰次元側を跨いだまま、機関全体を一つのものとして制御しなければならない。
これが出来るのは、希空が縮小技術の原理を完全に理解し、汎用化したからだった。
「……僕達が使ってたものと、同じ技術ではあるんだけどな」
秋吉が呟く。
「出来ることが、もう別物だ」
既存技術を一から発明したわけではない。
……だからこそ、恐ろしい。
土台は、既にあった。
希空は、その本質を理解した。その結果、今まで『この用途なら使える』という技術を、『理論上成立する物なら、何を対象にしても設計へ組み込める』ところまで押し広げた。
普通の技術開発であれば、理論上は成立しても、巨大過ぎる、重過ぎる、複雑過ぎるという理由で実用化出来ないものはいくらでもある。
希空式物質縮小技術は、その条件を一つ消した。
もちろん、万能ではない。
位相制御能力にも限界があり、保持出来る余剰次元領域にも上限がある。縮小対象の構造を正確に把握出来なければならず、出力も制御も安定性も必要になる。
だが、理論を完成させ、必要な構造を定義し、縮小系が耐えられる範囲に収めることが出来れば、『大き過ぎて造れない』という問題は、以前ほど絶対的な壁ではない。
「だから、先に理論を完成させれば良いのか」
秋吉は機関を見上げる。
機関を最初から人間サイズを前提に、小さく設計しようとする必要はない。
本来必要な規模、性能、構造をまず決める。それが三次元空間上であまりにも巨大でも構わない。最後に、希空式物質縮小技術で余剰次元へ逃がせばいい。
「……そりゃあ、速いわけだ」
希空の技術革新が異常な速度で進む理由の一つは、これだった。
彼女は、全ての基礎技術を無から作っているわけではない。
妖精が既に持っていた技術、秋吉達が限定的に実用化した技術、過去の兵器開発史、現代物理学、そしてフィクションに描かれた未来技術。それらを全て足場として使っている。
妖精技術を見て原理を解く。歴史を見て失敗を飛ばす。フィクションを見てゴールを置く。そこから必要な理論を逆算し、理論上成立するところまで来れば、工学的な巨大さを縮小技術で押し込む。
迷走しない。寄り道もしない。
正解を知った上で最短距離を走り、途中に崖があれば、既存の妖精技術を解析して橋に変える。
そんな研究開発だった。
「本当に……」
秋吉は苦笑した。
「僕達が渡した技術から、よくここまで行くな」
希空の頭脳だけではない。
妖精達、秋吉、既存の艦娘技術。その全てが、彼女の前に積み上がっていた。
そして希空は、それを完全に理解した。だから、一気に先へ進める。
その組み合わせ自体が、人類史における特異点だった。
では、その“ゼロ”建造計画は、現在どこまで進んでいるのか。
建造時期は、当初2012年以降と想定されていた。第二世代の量産技術が成熟するのを待ち、慎重に進める予定だったのである。
それが今、大幅に前倒しされている。
理由は、深海棲艦の変化だった。
“elite”、真紅のオーラを纏う個体、そして依然として通常戦力ではまともに対処出来ない上位個体。
戦争が長期化するにつれて敵は強くなり、人類側には第二世代の完成を待つ余裕が少なくなっていた。
現在の予定は、2010年。年内である。
当初、“ゼロ”は高性能な試作艦娘という程度の存在だった。核融合炉を搭載し、第一世代を大きく上回る反応速度、火力、防御力を持つ。艦魂を使わないのを逆手に取って、好き放題詰め込んでいる。
それでも、『次世代機』と説明出来る範囲には収まっていた。
しかし、希空が反物質の安定生成と保存に成功したことで、状況が変わった。対消滅系機関が、現実的な候補になったのである。
さらに、マイクロブラックホールの生成、保持、制御の研究が進み、その先で余剰次元とエネルギー粒子を結び付ける新たな統合理論が組み上がるたび、“ゼロ”のスペックは更新されていった。
もはや、『高性能』という言葉だけでは説明出来ない。
そして、“ゼロ”が当初担うはずだった技術実証個体としての役割も、その一部は既に穂乃果と凛が果たしている。
人間の少女を素体として使わず、身体を一から造る技術の実証に成功した。第二世代建造方式が成立し、一歩を踏み出したのである。
それなら、何故さらに莫大な金を掛けて、“ゼロ”を造るのか。
理由は三つあった。
第一に、既に世界中から莫大な資金が集まっていること。
第二に、“ゼロ”のために希空が進める研究それ自体が、次々と副産物を生み、人類技術を押し上げていること。
そして第三に、最も現実的な理由として、“ゼロ”が単なる技術実証機ではなく、対上位個体用の決戦戦力として期待され始めたことだった。
随伴艦なしで、たった一体が海上に立つ上位個体へ艦隊を投入しても、勝てる保証はない。
現状、人類は有効な対処法を確立出来ていなかった。
ならばこちらも、同じく一個体で戦局を変えられる存在を用意する。
それが、秋吉、国防軍、政府が説明した論理だった。
「完全なワンオフなんて、運用と整備が破綻する」
当然、批判も出た。
「もう掛けた金を惜しんで、止められなくなっているだけだ」
そう言う者もいたし、それを否定し切れない部分もある。
だが、上位個体一体を止める手段がないことは、それ以上に重かった。
通常兵器の延長では解決出来ない相手がいるのなら、規格外には規格外をぶつけるしかない。
そのため、“ゼロ”の建造は改めて承認された。
ただし、希空の研究全てが外部へ公開されているわけではない。むしろ、大半は秘匿されていた。
一般へ公開されたのは、核融合の基礎と、その周辺技術の一部程度である。秋吉が意図的に止めているからだった。
以前、士が初めて研究所を訪れた時、外界との技術差に驚き、その理由を秋吉へ尋ねたことがある。
その時、秋吉は研究室の窓越しに設備を眺めながら、こう答えた。
「最初はね。希空の頭脳があれば、人類の科学を一気に進められると思ってたんだ」
その考えは、今も変わっていない。
希空の研究は、医学、エネルギー、材料、兵器、宇宙開発、いくらでも人類を救える可能性を持っている。
しかし、秋吉は苦笑した。
「思った以上だった。僕も、彼女を造った本人なのにね」
核融合炉程度なら、まだ良かった。数年、数十年先の技術を先取りしたと説明出来る範囲だったからだ。
ところが、妖精技術を完全に理解し始めてから、加速が止まらなくなった。
余剰次元の工学利用、反物質の安定保存、ブラックホールの制御、物質の存在次元そのものの操作。
一つを突破すれば、次の突破が待っている。
「今の人類へ、そのまま全部渡したら」
秋吉の表情が少し険しくなる。
「使いこなせない」
科学が発明出来ることと、社会が扱えることは別だった。
エネルギー、軍事、経済、政治、産業、倫理。一つの技術が飛躍し過ぎれば、それら全てを巻き込む。
「つい数年前まで、人類は地球の外へまともに出るだけでも大仕事だった」
それが今では、希空の研究室で星間文明へ繋がる技術の芽が生まれ始めている。
「僕は、希空に科学を進めてもらうために彼女を造った」
「でも、進められる速度まで考えてなかった」
皮肉な話だった。
だからこそ、希空の技術は段階的に公開する。危険が大きいものは研究所へ封じ、必要なものはブラックボックスへ収める。
そうした方針へも、変わり始めていた。
5月20日
長く続けられていた観測実験が、一つの結果を出した。
従来理論では説明出来ない超光速性と、高次元位相に結び付いた粒子反応を、複数の検出器が同時に記録したのである。
再現試験を行っても、同じ結果が出た。
希空は画面を見たまま、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと笑う。
「……見つけた」
研究記録へ、一行が追加された。
『5月20日 タキオン粒子生成・観測成功』
空想だったものが、一つ、現実側へ引きずり出された。
同日、JK-2-X-00用新型機関の本格開発が開始された。
6月1日
「───そういうわけで」
希空は、秋吉へ進捗資料を差し出した。
「“ゼロ”の建造準備、遅くても今月末には全部整うと思う」
秋吉は資料を受け取り、ページをめくる。
「了解。良く頑張ったね」
「えへへ」
希空は嬉しそうに笑った。
しかし、秋吉は設計値へ目を通すうち、その笑顔を見ていられなくなった。
出力、反応速度、防御、機関余力、兵装。どこを見ても、第一世代とは比較する意味がない。
「……いや」
「?」
「何度見ても恐ろしいスペックだな、これ」
「そう?」
「そうだよ」
秋吉は即答した。
「もし、何かあった時……」
秋吉は少し迷ってから続ける。
「こちらの指示を聞かなくなったり、制御不能になったりしたら、止められるのかなって」
希空はきょとんとした。
「ああ、そこは大丈夫だよ」
「本当?」
「うん」
希空は胸を張る。
「ちゃんと自分で考える子として造るから!」
「……ん?」
秋吉の予想とは、少し違っていた。
「命令を絶対聞くようにする、とかじゃないの?」
「そんなことしたら、自分で考えられないじゃん」
希空にとっては、それが当然らしい。
「“ゼロ”には、ちゃんと自分で好き嫌いを決めて、自分で考えて、自分で選んで欲しいの」
「……それなら良いんだけど」
秋吉は、少し安心した。
だが、直後に希空が続ける。
「でも、お姉ちゃんのことは大好きになって欲しいから、最初に安心する家族として私を認識しやすいようにはするよ!」
「…………」
秋吉の表情が止まった。
「希空?」
「何?」
「今のは、どこまで?」
「愛着形成の初期設定」
希空は、しれっと答えた。
「強制命令じゃないよ?」
「……そういう問題かな」
「だって、私の妹なんだよ? 懐いて欲しいじゃん」
「気持ちは分かる」
秋吉は額を押さえた。
「分かるんだけど、設計図に家族愛を盛り込もうとする発想はどうなんだろう……」
「でも、普通の赤ちゃんだって、最初に一緒にいる人を家族として覚えるでしょ?」
「理屈としては、まあ……」
「それを、ちょっとだけ確実にするだけ!」
「“ちょっと”ねぇ……」
秋吉は複雑そうに設計書を見つめた。
少なくとも、人格を命令で縛るものではない。自我は本人のものとして残る。
それなら、以前考えていたよりは遥かにましだった。
それでも、何とも言えない。
研究対象であると同時に、娘であり、妹でもある。この計画には、倫理と技術と家族愛が混ざり過ぎていた。
「……本当に大丈夫かなぁ」
秋吉が小さく漏らす。
「大丈夫!」
希空は、何の迷いもなく答えた。
───なお、秋吉は知らなかった。
彼が今見ている設計書は、既に最新版ではない。
希空は、重要部分の全てを他人へ隠していたわけではない。安全性、生命維持、建造条件、そうした情報は共有している。
ただし、心臓部である新型機関の最新設計だけは、まだ見せていなかった。
理由は、技術流出への警戒もある。完成前の中途半端な設計を広めたくないという思いもある。
そして何より、少し子供らしい理由があった。
完成したら、びっくりさせたい。
自分の妹へ最高のものを入れてあげたと、皆が驚く顔を見たい。
だから、核心部はまだ希空の手元にだけある。
“ゼロ”の本当の心臓がどのような機関になるのか、この時点では秋吉すらまだ知らなかった。
6月3日
JK-2-X-00“ゼロ”の建造実施日が、7月4日に正式決定した。
世界各国の支援者との調整の結果、官民双方から最大級の出資が行われた米国側の提案が採用されたのである。
それから一か月後、混沌を深める世界へ、新しい存在が生まれる。
それが人類の未来を照らす光となるのか、あるいは新しい歪みを生むのか、まだ誰にも分からない。
ただ、確かなことは一つだけだった。
“ゼロ”建造の時は、すぐそこまで迫っていた。
続く
あ と が き
“こういう展開”のために、サブカルが史実と似たような歴史を辿れるような戦後の世界観にした訳です。
作中時系列的に“リメイクシリーズ”はまだ公開前ですが、設定面は基本的にそちら準拠。
次回 親娘の時間