自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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“ゼロ”建造前夜、迎える家族は───



29. 理想と現実の狭間で

 

6月30日

 

季節はすっかり夏へ移り変わっていた。

 

北海道の山中深くに隠された艦娘技術研究所、その地上入口も、今では青々とした草木に覆われている。もっとも、その全てが本物というわけではなく、施設そのものを隠すため、周囲の自然へ溶け込むよう配置された偽装植生もかなり混ざっていた。

 

そんな研究所の入口を抜けたところで、美香が勢いよく両手を上げる。

 

「とうちゃーく!」

 

「なんだか嬉しそうだな」

 

隣を歩いていた海斗が、思わず笑った。

 

「当たり前でしょ? 希空に妹が出来るんだから!」

 

「俺達の次女、か」

 

海斗も自然と表情を緩める。

 

JK-2-X-00、“ゼロ”。

 

その建造実施日を、五日後の7月4日に控えていた。

 

二人が予定より随分早く研究所へやって来たのは、建造前に両親側で済ませなければならない準備が幾つか残っていたからである。その間、第二特務艦隊の指揮については洋平へ預けてあった。

 

任務を放り出してきたわけではない。それでも二人の気分は、どこか軍人というより、もうすぐ新しい子供を迎える父親と母親のものだった。

 

「取り敢えず、早く希空に会いに行こう」

 

「そうだね!」

 

二人は並んで、研究所の奥へ向かった。

 

 

 


 

 

 

数分後、最初に足を運んだのは秋吉の研究室だった。

 

「よう、秋吉。元気か?」

 

扉を開けながら海斗が声を掛ける。

 

「うん。二人も相変わらず元気だね」

 

端末から顔を上げた秋吉が笑った。

 

「研究の進捗はどう?」

 

美香が尋ねると、秋吉は少しだけ考えてから答えた。

 

「ぼちぼち、ってところかな」

 

「第二世代の方?」

 

「いや、そっちは今、かなりの部分を希空ちゃんに任せてる。僕がやってるのは、既存の艦娘用装備の更新だね」

 

第二世代艦娘の建造計画が大きく進む一方で、第一世代艦娘が突然不要になるわけではない。現在存在する艦娘の大半は依然として第一世代であり、第二世代が戦力として充分な数へ育つまでには、まだ時間が必要だった。

 

ならば、既存艦娘の装備も改良し続けなければならない。

 

「具体的には?」

 

海斗が近くの椅子へ腰掛ける。

 

「魚雷とか、駆逐艦クラスの主砲なんかは比較的簡単なんだけどね。難しいものもある」

 

秋吉は端末上の設計図を切り替えた。

 

「一番大変なのは、大口径砲かな。既存砲の長砲身化みたいな改良なら出来る。でも、一から大口径砲を造ろうとすると、途端に難しくなる」

 

「過去に造ってた物なのに?」

 

「だからこそ、だよ」

 

秋吉は苦笑した。

 

「いくら兵器の発展史を知っていて、完成形へ向けて最短距離を走れると言っても、製造技術そのものまで勝手に復活するわけじゃない。戦艦用の大口径砲なんて、まともに新造されなくなって何十年も経ってる」

 

「建御雷型の31センチ砲だって、滅茶苦茶無理した結果、何とか作れただけさ」

 

「ああ……」

 

美香も納得したように頷く。

 

「資料は残ってても、実際に造る技術が途切れてるのね」

 

「そういうこと。冶金、加工、砲身寿命、薬室、閉鎖機、反動処理……図面だけ見れば終わり、じゃないから」

 

海斗が少し身を乗り出した。

 

「ってことは、いきなり46センチ砲を造れ、なんてのは?」

 

「無茶」

 

即答だった。

 

「最初から積み上げ直し。最近になって、ようやく十四インチ───35.6センチ級なら、実用の目処が立ってきたところだよ」

 

「十四インチ……」

 

美香の頭の中へ、かつて海を走った巨大な戦艦の姿が浮かんだ。

 

「つまり、“超弩級戦艦”レベルまでは戻ってきたわけね」

 

「砲そのものはね」

 

秋吉は頷いたものの、すぐに付け加える。

 

「ただ、今いる艦娘へそのまま積めるかは別問題。搭載するだけなら出来ても、艤装の容量や身体への負担を考えると、かなり無茶をさせることになる」

 

「じゃあ、本格運用は第二世代待ちか」

 

「そうなると思う」

 

 

一方、駆逐艦クラスの装備は事情が違った。

 

「現代にも同じ系統の兵器が残ってるからね。特に中小口径砲は、現代艦用の速射砲、砲身材料、FCS、自動装填、誘導技術なんかを使える。むしろ、かなり高性能に出来ると思う」

 

「そっちは技術が生きてるからか」

 

「そう。ただし」

 

秋吉は肩を竦めた。

 

「高性能にしたらしたで、今度は既存の駆逐艦娘の艤装へ入らない」

 

「結局そこなのね」

 

美香が笑う。

 

「まあ、第二世代用装備としては無駄にならないよ」

 

 

そんな話を続けていたところで、海斗はふと気付いた。いつもなら、二人が研究所へ来たと知れば真っ先に飛んで来そうな娘の姿がない。

 

「そういえば、希空は?」

 

「ああ」

 

秋吉の顔が少し困ったものになる。

 

「自分の研究室」

 

「何してる?」

 

「……数日前から、ほとんど籠りっぱなし」

 

それだけで、二人には大体察しがついた。

 

海斗が立ち上がる。

 

「希空に会ってくる」

 

「うん」

 

秋吉も止めなかった。

 

「ゆっくり話してくると良いよ」

 

 

 


 

 

 

希空の研究室では、妙な沈黙が三人の間に流れていた。

 

海斗と美香。

 

そして、ソファへ半ば沈み込んでいる希空。

 

「……えへへっ」

 

希空が力なく笑う。

 

海斗はしばらく何も言わず娘を見ていたが、やがて深い溜め息を吐いた。

 

「……色々と言いたいことはあるけど、まあ良いや」

 

良くはない。どう見ても良くない。

 

だが、今説教を始めても、恐らくまともに頭へ入らないだろう。

 

「それで、準備ってのは何をすれば良いんだ?」

 

「簡単だよ」

 

希空はソファにもたれたまま答えた。

 

「建造に使う受精卵の準備。それと、容姿とか細かい部分の最終調整。それだけやってくれれば大丈夫」

 

「今すぐするの?」

 

美香が聞く。

 

「……まだ良い」

 

希空は目を擦った。

 

「疲れてるから」

 

「だろうな」

 

海斗は呆れた。

 

目の下には隠しようのない大きな隈があり、髪もぼさぼさだ。服装こそ一応整っているものの、どう考えても一晩や二晩寝不足だった程度の顔ではない。

 

研究に集中すると周囲が見えなくなることは以前からあったが、今回は特に酷かった。

 

「ったく……無理し過ぎなんだよ」

 

「……ごめん」

 

希空は素直に謝った。

 

「でも、どうしてもやりたいことがあったの」

 

美香が首を傾げる。

 

「どんなこと?」

 

「それは…………」

 

希空の口が一瞬だけ開く。

 

新型の機関。“ゼロ”のために造った、自分の研究の集大成。そこまで言いかけて、

 

「……えへへ。やっぱり秘密!」

 

慌てて笑った。

 

「何だよ」

 

海斗も笑う。

 

「父さんと母さんにも内緒か?」

 

「えへへっ……へへ……」

 

笑いながら、希空は内心で冷や汗を流していた。

 

危なかった。疲労で頭が回っていない。あと少しで、本当に喋るところだった。

 

“ゼロ”に何を積むのか、どこまで性能を引き上げたのか、その全てを希空は両親へ話すつもりがなかった。

 

秘密にしている理由は、単に完成してから驚かせたいというだけではない。もっと根深いものがあった。

 

 

海斗と美香には、恐らく受け入れてもらえない。そう分かっていたからである。

 

 

 


 

 

 

「艦娘も、一人の人間として扱われるべきだ」

 

洋平、海斗、美香。彼らは、ずっとそう言い続けてきた。

 

その考えは間違っていない。実際、その思想があったからこそ、“出雲”達は日本で単なる消耗品として扱われずに済んだ。“鳳翔”は洋平と結婚し、穂乃果と凛という娘まで持つことが出来た。

 

彼らが艦娘を守ろうとしてきたことを、希空は誰より知っている。何より、自分自身もその愛情の中で育てられた一人だった。

 

だから、彼らの考えを否定したいわけではない。

 

ただ、希空は時折思う。少しだけ、『人間であること』を求め過ぎてはいないだろうか、と。

 

洋平達にとって、艦娘は最初から存在していたものではなかった。彼らは、普通の少女が手術を受け、艦魂を宿し、艤装を与えられて戦場へ送られる、その瞬間を最初から見ている。

 

“出雲”も、“磐手”も、“鳳翔”も、まず一人の少女であり、その後に艦娘になった。

 

彼らが知る艦娘とは、そういう存在だった。だからこそ、艦娘である以前に人間であり、兵器ではなく少女なのだと考える。そして、そこへ戻そうとする。それは第一世代艦娘を見てきた者として、あまりにも自然な感覚だった。

 

 

希空は違う。

 

彼女が生まれた時には、既に深海棲艦との戦争があり、艦娘がいた。妖精がいて、艤装を背負って海面を走る少女がいた。

 

希空自身もまた、そうした艦娘技術の中から生まれた存在だった。彼女にとって艦娘とは、後からこの世界へ現れた異物ではない。最初から世界にいるものだった。

 

戦うための力を持つ人間。それが当たり前だった。

 

だから希空の中では、『人間であること』と『兵器であること』が、必ずしも矛盾しない。

 

人間だから兵器ではない。兵器だから人間ではない。そういう二択自体が、希空には少し不思議だった。

 

自分で考え、好き嫌いを持ち、家族を愛し、笑い、泣き、遊び、眠る。それでも、戦うために造られた身体を持ち、自分の意思で戦場へ行く。

 

それで良い。希空はそう思っていた。

 

だからこそ、“ゼロ”を弱く造る理由が分からなかった。

 

家族として愛することと、戦う存在として強く造ること。その二つは、希空の中では何一つ矛盾していない。

 

むしろ、戦う運命が避けられないのなら、負けない身体を与えるべきだ。誰より強い力を、誰にも殺されない力を、大切なものを守り切れる力を、最初から全部与えてあげたい。

 

それが、希空にとって妹への愛情だった。

 

 

だから、“ゼロ”の設計は兵器としての側面があまりにも強い。

 

もし海斗と美香がその全貌を見たなら、きっと止めるだろう。娘をそこまで戦闘用にする必要があるのか、そこまで強くしなくても良い、普通に生きられる余地を残してやれ、と。

 

そして希空には、その気持ちも理解出来た。

 

だからこそ、言えなかった。

 

誰かを論破して自分の考えを押し通したいわけではない。両親が艦娘を守ろうとしてきた想いを、踏みにじりたいわけでもない。

 

だから、両親達の目が届かないところで、自分の答えも同時に残す。それが今の希空に出来る、双方を裏切らないための子供なりの答えだった。

 

 

「とにかく」

 

海斗が言った。

 

「無茶だけはするなよ。今日から何日か俺達もいるんだから、その……」

 

言葉に詰まった父親の隣から、美香が笑顔で割り込む。

 

「いっぱい甘えて良いから、ねっ!」

 

「そうそう。それ」

 

海斗が頷いた。

 

「そういうことだから」

 

希空は少しだけ目を伏せた。

 

「……ありがと」

 

 

大好きだった。

 

研究者としてでも、未来の希望としてでも、兵器開発の天才としてでもなく、ただ自分達の子供として扱ってくれる、この二人のことが、希空は大好きだった。

 

 

 


 

 

 

三時間後

 

「……寝ちゃったな」

 

「うん……」

 

希空は、美香の腕の中で完全に眠っていた。

 

あれから三十分ほど休んだ後、どうしても今日のうちに済ませたいと言い張り、海斗と美香と一緒に“ゼロ”建造前の最終準備を進めた。

 

必要な遺伝情報と建造素材、各種パラメータ、身体形成条件、そして容姿。

 

設計上は女の子で、海斗の希望もあり、美香の面影を強く残した。明るめの茶髪に、顔立ちも母親似となるよう設定してある。

 

自然と、同じく美香によく似ている希空とも、姉妹だと分かる程度には似た顔になる予定だった。

 

全ての作業が終わったところで、希空の緊張が切れた。数日分の疲労が一気に押し寄せたらしい。

 

ソファへ座っていた海斗と美香のところまで歩いてきたかと思えば、そのまま倒れ込むように眠ってしまった。

 

今は、美香が小さな身体を抱き寄せ、髪を撫でている。

 

「こうして抱っこしてると」

 

美香が小さく笑った。

 

「希空が、まだ小学生にもなってない歳だって、良く分かるわね」

 

「……だな」

 

眠っている希空に、天才研究者の顔はなかった。

 

世界中の研究者が理解出来ない理論を作り、核融合を実用化し、妖精技術を解析し、今では人類文明そのものを何世代も先へ押し進めている。そんな少女には、とても見えない。

 

ただ、両親の腕の中で安心して眠る、小さな子供だった。

 

 

海斗は暫くその寝顔を見つめ、ふと呟く。

 

「……情けない話だよな」

 

「え?」

 

美香が顔を上げる。

 

「人類の未来をさ」

 

海斗は眠る娘を見る。

 

「こんな小さな背中に背負わせてる」

 

「……」

 

「希空は、最初から艦娘研究のために生まれた。人類の未来のために。俺達の都合で、生まれる前から役割を決められて」

 

美香は何も言わない。

 

「それなのに」

 

海斗は苦笑した。

 

「本人は文句一つ言わない。それどころか、自分から『希望』を背負ってる」

 

少し前、秋吉が口にした言葉を思い出す。

 

「秋吉が言ってたよ」

 

「何て?」

 

「『ゼロを一にしたのは僕だけど、それを百にしたのは希空ちゃんだ』って」

 

「……本当に、その通りね」

 

「凄いよな」

 

海斗は誇らしそうに、それでも苦しそうに笑った。

 

「だからこそ」

 

希空の小さな手を見る。

 

「こういう姿を見てると、余計に思うんだ」

 

「……何を?」

 

「やっぱり、どっか間違ってるんじゃないかって」

 

美香は少しだけ表情を曇らせた。

 

「艦娘を……子供を、大人の都合で戦わせてること?」

 

「希空だけじゃない」

 

海斗は答えた。

 

「『艦娘だから』なんて、結局は言い訳なんじゃないかってさ」

 

戦うための力がある。だから戦わせる。戦える身体だから、戦場へ送る。それで良いのか。

 

「本当なら」

 

海斗は自分の手を見る。

 

「俺達軍人が改造手術でも受けて、深海棲艦と殴り合えば良いんだよ」

 

「……」

 

「その方が、よっぽど自然だろ。少なくとも、自分で軍人になるって選んだ大人なんだから」

 

美香は少しだけ黙った。やがて、希空を抱いたまま答える。

 

「でも」

 

「分かってる」

 

海斗は先に言った。

 

「技術的に出来ない」

 

少なくとも、二人はそう思っていた。

 

人間を艦娘と同等の存在へ作り替える。そんな技術は、まだない。だから少女を艦娘にするしかなかった。

 

だからこそ、少しでもその在り方を変えようとしている。

 

二人の間に、静かな時間が流れる。

 

艦娘を戦場へ送り出す指揮官として、そして自分達の子供をその技術の中へ置いてしまった親として、理想と現実の狭間で、何年経っても答えは出なかった。

 

「……でも」

 

美香が眠る希空の頬を撫でる。

 

「それを少しでも良くするために、第二世代へ切り替えていくんでしょ?」

 

「ああ」

 

「第一世代みたいに、普通に生きてた女の子を連れてきて、身体を作り替えるんじゃない」

 

「最初から、艦魂と一緒に生まれてくる」

 

海斗は頷いた。

 

「未来のある少女を後から戦争へ巻き込む形じゃなくなる。それだけでも、大きいと思う」

 

「……まあ」

 

美香は少しだけ複雑そうに笑った。

 

「その“人道的な艦娘”を造るために」

 

視線を少し離れた建造準備用の端末へ向ける。

 

そこには、数時間前に二人と希空で用意した、まだ一人の人間ですらない、小さな生命の始まりがあった。

 

「また一人、戦うために生まれてくるんだけどね」

 

「……そうだな」

 

海斗は返す言葉を失った。

 

第二世代は、第一世代より人道的なのかもしれない。少なくとも、誰かの人生を途中で奪い、無理矢理艦娘に作り替える必要はない。

 

だが、最初から戦うために生み出された生命なら、本当に問題がなくなったと言えるのか。それは別の問いだった。

 

海斗はまだ見ぬ娘へ思いを馳せる。

 

「……幸せに生きられるなら」

 

ぽつりと言った。

 

「まだ良いんだけどな」

 

美香も小さく頷く。

 

「……うん」

 

戦うために生まれたとしても、それだけに縛られないで欲しい。自分で何をしたいか選んで欲しい。誰かを好きになって、遊んで、笑って、家族を持って、普通の人間と同じように自由に生きて欲しい。

 

二人はそう願った。

 

 

同時に、分かってもいた。世界は恐らく、そんなに優しくない。

 

 

 


 

 

 

「………………」

 

希空は眠っていなかった。

 

正確には、一度は深く眠り、二人の会話の途中で薄く意識を取り戻していた。目は開けず、身体も動かさないまま、美香に抱かれて二人の声を聞いている。

 

 

 

お父さん。お母さん。

 

本当はね、もう出来るんだよ。

 

『人間の改造』。普通の人間の身体へ艦娘技術を応用し、筋力、耐久力、反応速度、神経処理、回復力、感覚を、人間のままでは届かないところまで引き上げる。

 

研究だけなら、もう実用出来るところまで来ている。

 

だから、お父さんの言う通り、軍人を強くして、その人達に戦ってもらう。そういう道も選べる。

 

 

 

希空自身、最初はそのつもりだった。

 

深海棲艦について研究を続けて分かったことは、敵の数があまりにも多いという事実だった。人類がこれまで倒してきた数、観測出来た数、まだ海の底にいると推定される数、それらを積み上げた時、数百、数千程度の艦娘で最後まで受け切れるとは思えなかった。

 

なら、戦える人間そのものを増やす。艦娘だけに戦争を押し付けず、軍人を艦娘と同じ戦場へ立てる身体へ変える。

 

それが、最初に考えた答えだった。

 

けれど、止めた。

 

出来ないからではない。別の答えを見つけたからだ。

 

『艦娘が人類の盾となる』

 

それを人間が勝手に決めた言葉だとは、希空は思っていない。

 

“出雲”達から聞いた、艦魂に残っている想い。二度とあの大戦を繰り返したくない。あの時守れなかったものを、今度こそ守りたい。出来るだけ少ない犠牲で、この戦争を終わらせたい。

 

それを、艦魂そのものが望んでいる。

 

だから希空には、『艦娘を戦わせないこと』が必ずしも艦娘を大切にすることだとは思えなかった。

 

戦いたくない子へ戦えと命令するのは違う。でも、戦うことを自分の役目として選ぶ子まで、危ないから、人間らしくないからと後ろへ下げる。それも何か違う。

 

希空はそう思っていた。

 

だから必要なのは、戦わせないことではない。戦うなら、死なないほど強くすること。誰かの盾になろうとした時、そのまま砕けないだけの圧倒的な力を与えること。

 

そう考えるようになった。

 

 

そして、ある時、希空は知った。

 

昔、圧倒的な物量へ、たった一隻の巨大戦艦で立ち向かおうとした夢物語。

 

『五十万トン戦艦』

 

もちろん、それは実現しなかった。仮に当時の技術で無理矢理造ったとしても、思い描かれた通りにはならなかっただろう。

 

巨大な船体、巨大な砲、分厚い装甲。それだけでは数の差を覆せない。航空機、潜水艦、索敵、補給、あらゆる現実が、一隻の巨大戦艦という理想を許さない。

 

掲げた夢に、時代も、技術も、戦い方も、何もかもが足りなかった。

 

 

でも、希空がそこに見つけたのは失敗ではなく、発想だった。

 

数で勝てないなら、一つ一つを異常なほど強くする。質で数を潰す。

 

その考え自体は、今必要なものそのものだった。

 

そして、自分には百年前には存在しなかった手段がある。

 

まず、自分が生まれながらに持っていた縁、神崎流戦闘術。武器が変わっても、戦場が変わっても、一人の人間を極限まで戦える存在へ鍛え上げる。

 

歴史、士と加奈、その動きとデータは、もう第二世代用の基礎として使い始めている。

 

そして、“出雲”と“磐手”。数で勝る相手を技量で崩した実例がある。

 

兵器としての絶対性能が同じでなくても、人間の判断、経験、技術によって、一人の戦力を何倍にも出来ることを、二人は証明してみせた。さらに大規模改装によって身体と艤装が強くなれば、技量はそのまま戦闘力となり、もっと上へ行ける。

 

最後に、妖精達の技術。本当に凄かった。

 

今までなら、大き過ぎる、重過ぎる、人間には扱えない、それだけで捨てていたものを余剰次元へ押し込める。艦艇級のものを人型の身体へまとめられる理論が成立すれば、現実の工学的制約を何個も飛び越えられる。

 

資金もある。

 

世界中が“ゼロ”に期待している。国家、企業、個人から集まった金額は、子供一人に使っていい額を明らかに超えていた。

 

でも、託された期待は重い。

 

なら、全部使う。

 

希空はそう決めた。

 

最初は、数で数に対抗しようとした。だから、人間を強化する道を作った。

 

でも、今は違う。

 

数を増やすのではなく、一人一人を敵の常識を壊すほど強くする。限られた数で、圧倒的な物量を正面から崩す精鋭。

 

そのための第二世代艦娘。それが今、希空が選んだ答えだった。

 

そして、その考えを最後まで突き詰めたら、どうなるか。

 

量産、整備、予算、運用、既存技術、他の艦娘への転用。そういう現実を一度全部忘れ、最高のものだけを選び、一人分にありったけ詰め込む。

 

強い、では足りない。圧倒的でも足りない。

 

どんな相手が来ても勝てる。何人来ても守れる。壊されても戻れる。誰にも奪われない。何も取りこぼさない。

 

『完全な守護者』

 

そんな子供みたいな夢を、現実を忘れて追い続けた、その成れの果て。

 

 

希空の頭の中には、一人の少女の姿がある。

 

明るい茶色の髪、母によく似た顔、自分にも少し似た、まだ生まれていない妹。

 

家族、研究成果、そして戦うための最高傑作。それら全てが同時に一つの存在としてあることは、希空にとって何も矛盾していない。

 

大切だから強くする。妹だから誰にも負けないようにする。人間だから自分で考えられるようにする。艦娘だから、戦場で生き残れる力を最初から全部渡す。

 

海斗と美香が願う『戦いだけに縛られない人生』と、希空が願う『戦うなら何者にも負けない力』。どちらも“ゼロ”を想っている。どちらも守りたいと思っている。

 

ただ、見てきた艦娘が違った。

 

海斗達が知っていたのは、人間の少女から艦娘になった第一世代。

 

希空がこれから造ろうとしているのは、最初から艦娘としてこの世界へ生まれてくる新しい世代。

 

その違いが、同じ愛情から少しずつ違う答えを作り始めていた。

 

そして、現実の制約を一つずつ外し、最後に理想だけを残した先。

 

 

そこにいたのが、JK-2-X-00、“ゼロ”だった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

最後に関しては、
『五十万トン戦艦』はあくまで比喩であり
“ゼロ”が実艦換算で50万トンあるわけではないです。

個人的には10〜15万トンくらいのイメージ。


次回 The Beginning of Destiny
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