“ゼロ”建造前夜、迎える家族は───
6月30日
「とうちゃーく!」
季節は夏へと移り変わり、
偽装用の偽物込みとは言え草木生い茂る研究所入口。
そこへ入ったところで、美香が飛び跳ねている。
その姿を、海斗が微笑ましく見つめている。
「なんだか嬉しそうだな」
「当たり前でしょ?希空に妹が出来るんだから!」
「俺達の次女、か」
“ゼロ”の建造実施日を5日後に控えたこの日、
2人は早くも艦娘技術研究所へと来ていた。
事前の準備が必要だからであり、そのため二特艦の指揮権限は洋平に預けて来ている。
「取り敢えず、早く希空に会いに行こうぜ」
「そうだね!」
数分後
2人は、まず秋吉の研究室へと足を運んだ。
「よう、秋吉。元気か?」
「うん。2人も相変わらず元気だね」
「研究の進捗はどう?」
「ぼちぼち、って所かな」
第二世代艦娘の研究開発の大部分を希空に任せているため、彼は別の研究に力を入れていた。既存の艦娘向けの装備更新を目的とした研究だ。
「具体的にはどんな具合なんだ?」
「魚雷とか、駆逐艦クラスの主砲なんかは簡単なんだけど、結構難しいものもある。
一番大変なのは、大口径砲かな。既存の主砲の長砲身化なんかは簡単に出来るけど、新規開発は中々大変だ。いくら既存の技術ツリーをなぞるだけとは言っても、難しいよ。なんせ、ほぼロストテクノロジーだから」
「ここ50年くらい製造されてなかったから、技術が途絶えちゃったのね……」
「って事は、いきなり46センチ砲を、なんてのは無理なのか」
「そういう事。最初から開発し直しだから、大変だ。
最近になってようやく14インチ砲の目処が立ったところだよ」
“14インチ”。そう聞いて、美香の脳内にはそのサイズの砲を搭載していた戦艦のシルエットが浮かぶ。
「14インチ……。
つまり“超弩級戦艦”レベルには達した訳ね」
「既存の艦娘じゃあ、満足に使いこなせないけどね。搭載自体は出来ても、かなり無茶させる事になってしまう」
「じゃあそこは、第二世代艦娘までお預けか」
「それにしても、大口径砲以外は意外となんとかなりそうなのね」
「現代にも同ジャンルの兵器が残っているから、それを参考に出来るんだ。特に駆逐艦の主砲は現代艦の技術をそのまま落とし込めるから、かなりの高性能化が期待出来るよ。ただ、艤装の容量不足で今の駆逐艦娘には装備出来ないけどね」
そう言い、秋吉は苦笑する。
ここで、海斗は希空の姿が見えない事に気付く。普通ならここに来ると自分から会いに来ている彼女を、今日はまだ見ていなかった。
「そう言えば、希空はどうしてる?」
「希空ちゃんなら、自分の研究室に居るよ。数日籠ったままだけど……」
そう言われて、2人はおおよその事を察した。
「……希空に会ってくる」
「うん、ゆっくり話してくると良いよ」
秋吉に送り出され、2人は希空の研究室へと向かった。
希空の研究室
「「…………」」
「…………」
「「…………」」
「……えへへっ」
「……色々と言いたい事はあるけど、まあ良いや。それで、準備ってのは何をすれば良いんだ、希空?」
希空の研究室までやって来た2人は、疲れているらしくソファにもたれかかっている希空に話しかける。
「簡単な事だよ。建造に使う受精卵の入手と、容姿とか細かい部分の調整。それだけやってくれれば大丈夫」
「もうするの?」
「……まだ良い。疲れてるから」
そう話す希空は、誰が見ても分かる疲労困憊な雰囲気だった。目には特大の隈を作り、髪もボサボサ。明らかに数日間どころでは無い不眠不休具合だった。
「ったく、無理しすぎなんだよ……」
「……ごめん。でも、どうしてもやりたい事があったの」
「どんな事?」
「それは…………えへへ、やっぱり秘密!」
「何だよ、父さんと母さんには内緒か?」
「えへへっ……へへ……」
(あっっっぶな〜、口滑らせかけてた……)
疲れで頭が回っていなかった為に「新型エンジンを開発していた」と言いかけ、慌てて言葉を濁す。
自身が抱える“ゼロ”の秘密は、例え両親でも話さない。
希空はそう決めていた。
戦闘用の“兵器”としての面が強く出ている自分の設計思想が“ゼロ”を娘として、“人間”としてしか見ていない海斗と美香には決して受け入れてもらえない事を分かっていたからだ。
希空が“ゼロ”の詳細なスペックをひた隠しにする理由が、これだった。
「艦娘は人間として扱われるべき」
そう考え、発信して来た洋平達の行動は確かに艦娘のためにはなっている。
───しかし、そうした考えが“戦闘兵器”としての艦娘の『弱体化』を招く恐れがある。希空はそう考えていた。
希空が艦娘を“モノ”として扱っているとか、そう言った話では無い。“自らも艦娘である”希空だからこそ、ある意味で忖度無しに艦娘の事を捉えられていたのだ。
庇護対象では無く、同族としてどう扱われたいかを考えた時に、彼女はあくまでも兵士である事を望んだ。ならば、何物にも負けない究極の武力が必要なのだと結論付けた。
それこそが“ゼロ”を最強の艦娘にしたい理由であり、それを実現する為にここまでの大それた技術革新に踏み切ったのだ。
……だが、そんな事を目の前に居る両親に話せば全力で止められる事は分かりきっているし、そもそも希空も両親達の気持ちを無下にしたい訳では無い。
彼らの行動が艦娘の為を想ってのものである事は確かであり、自身の考えを通すためにその想いを踏みにじるのは、希空としても不本意だ。
だからこそ、希空はせめて両親達の目の届かない所で建造を行う事で双方の想いの両立を図ろうとしているのだ。
「とにかく、無茶だけはするなよ。今日から数日は俺達も居るから、その……」
「いっぱい甘えて良いから、ねっ!」
「そうそう、そう言う事だから」
「……ありがと」
自分の事をあくまでも“子ども”として扱ってくれる彼らの事が、大好きだったから。
3時間後
「……寝ちまったな」
「うん……」
あれから30分ほど休憩した希空は、海斗と美香と共に疲れていながらも自らの仕事をこなしていった。
“ゼロ”建造に必要な素材を揃え、容姿の設定も完了。海斗の提案を受けて、美香の面影を強く残した茶髪の女の子になるよう、受精卵にプログラムした。同じく美香似である希空とも髪色以外よく似た妹となるはずだ。
全ての準備を終わらせた所で、希空はぐっすりと寝てしまった。仕事を終わらせた事や、両親が来てくれた事で安心したのか、溜まっていた疲れが一気に来たようだ。
両親が座っているソファに倒れ込むようにして寝た彼女を美香が抱き寄せている。
「こうして抱っこしてると、希空がまだ小学生にも満たない歳なのが良く分かるわ」
「……だな」
その言葉通り、眠っている希空はまさに“年相応”と言える姿だった。普段、親である自分達ですら理解不能な数式を巧みに使いこなしている天才技術者にはとても見えない。
「情けない話だよな」
不意に、海斗がそう言った。
「えっ?」
「人類の未来を、この小さな背中に背負わせてしまっている事だよ。希空は艦娘開発の礎。その産まれからして艦娘の、人類の明日のためだった。完全に俺達のエゴによって産まれた存在なのに、一言の文句も無く“希望”を背負ってる」
「……」
「秋吉が言っていた。“0を1にしたのは僕だけど、それを100にしたのは希空ちゃんだ”って。凄いよな」
「……だからこそ、こういう姿を見ていると余計に思うんだ。やっぱり間違ってるよな、って」
「艦娘を……子供を大人の都合で食い潰す事が?」
「希空に限らずな。艦娘だから、なんてのは所詮言い訳だ。本当なら俺達軍人が改造手術でも受けて、深海棲艦と殴り合えば良いんだよ。その方が自然だろう?」
「だけど、技術の限界がそれを許さない」
「……」
「……」
理想と現実の狭間で、2人は悩む。
艦娘を戦場に送り出す司令官として。
子供を艦娘にしてしまった親として。
「……でも、それを少しでも良くするために、艦娘を次世代に切り替えて行くんでしょ?」
「そうだな。第二世代艦娘は全て艦魂から建造する……つまり、元から戦う為に生み出された存在でしかない。未来ある少女を生贄にしていた第一世代とは違う」
「その“人道的な艦娘”を生み出すのに、また1人、産まれてくるんだけどね」
数時間前準備した受精卵の事を思い出し、ぶっきらぼうに話す美香。
海斗は、産まれてくる子に思いを馳せた。
「……幸せに生きられるなら、まだ良いんだけどな」
「……うん」
そう呟く2人には、産まれに縛られず自由に生きて欲しいという理想と、きっとそうはならないだろうという現実が見えていた。
「………………」
お父さん、お母さん……。
───本当はね、もう出来るんだ。“人間の改造”。
なら、それをやった方が良いのかも知れない。
でも……それは出来ない。
『艦娘が人類の盾となる』
これはエゴじゃない。艦娘自身の“意思”なの。
出雲達から聞いた。魂がそれを望んでるって。
世界大戦の悲劇は、繰り返させない───
少ない犠牲で、戦争終結を───
そう叫んでいるって。
……初めは、そんなの無理だと思ったよ。
だから私は人間の改造を実用レベルに持って行った。
自分なりに研究した結果、知ってしまった事。
深海棲艦の“数”は、半端じゃない
たかが数百、数千の艦娘じゃあ、対抗出来ない。
だからって“質”を高めるにも限界はある。
……そう考えていたから。
でも、ある時知ったんだ。
百年前、数で勝る相手に
一隻の巨大戦艦で立ち向かおうとした夢物語。
───五十万トン戦艦
そう呼ばれた存在は、結局夢で終わったし
仮に実現しても、きっと理想通りとはならなかった。
掲げた理想に、何もかもが足らなかったから。
でもその理想は、今まさに現実に欲しいものだった。
そして私は、それを実現出来る手段を持っていた。
まず初めに、私は生まれ持った縁を利用した。
神崎流戦闘術。
一騎当千の戦士を生み出してきた歴史を信じた。
そして、“質”で“数”を圧倒出来る証明。
“出雲”と“磐手”。
あの2人は数で勝る相手にも優位に戦ってみせた。
その後の大規模改装を経て、更なる進化を遂げた。
最後に、理想を現実に出来るだけの土台。
妖精さんの技術は本当に偉大だった。
大抵の無茶は飲み込めるだけの余裕があった。
世界中から資金は集まった。
多少の“見返り”だけで、国家規模の予算が手に入った。
私の背負う期待は、思ってたよりずっと重かった。
現実という制約を乗り越えて、私は辿り着いた。
限られた数で、圧倒的な物量を相手取る。
その為に性能を可能な限り高めた精鋭。
───第二世代艦娘。
そして、
制限を全て度外視して
理想だけを追い求め実現させた、
完全体の大いなる守護者。
現実を忘れ、夢を追いかけ続けた、成れの果て。
───そこに居たのが、“ゼロ”だった。
続く
あ と が き
洋平、海斗、美香は艦娘をその生まれから見ている(=艦娘という存在は当たり前ではない)が故に、人間である事を求め過ぎている部分があります。
一方で希空は、自身も艦娘であるが故に、また開戦後の産まれである彼女にとって艦娘という存在は当たり前であるが故に、“戦闘用の兵器”である事を必然だと考えています。
全て、彼らにとっての艦娘が『第一世代艦娘』であったが故に生まれてしまった歪みです。
最後に関しては、
『五十万トン戦艦』はあくまで比喩であり
“ゼロ”が実艦換算で50万トンあるわけではないです。
個人的には10〜15万トンくらいのイメージ。
次回 The Beginning of Destiny