自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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希空の技術における1つの到達点、そして零の心臓部(バイタルパート)でもある存在。



32. タキオンドライヴ

 

10月1日 艦娘技術研究所

 

「……よし、今日はこれで終わり! っと」

 

最後のデータを保存し、希空は大きく伸びをした。

 

今日も朝から研究室に籠もり、第二世代艦娘に関する作業を進めていた。実用型第二世代艦娘の建造開始時期が今年度末と定められた以上、研究側の遅延で計画を止めるわけにはいかない。

 

それでも、以前のように何日も眠らず作業を続けることは、もう無くなっていた。

 

時計を確認してから、希空は端末の電源を落とす。

 

「本当はもうちょっとやっても良いんだけどなぁ……。所長経由でお母さんにチクられちゃうし」

 

 

零の建造前、限界まで自分を追い込んだことは、当然ながら美香にも知られていた。

 

その結果、

 

『もう二度とあんな無茶をするな』

 

という趣旨の言葉を、かなり長時間かけて念入りに言い聞かされている。秋吉にも、

 

『夜になっても希空が研究していたら連絡して』

 

と、釘を刺してあるらしい。

 

「まあ、今はあの時みたいに急ぐ必要も無いけどね」

 

そう言いながら、希空は暗くなったモニターから視線を外し、研究室の一角へ目を向けた。

 

「それに、ね?」

 

そこには、赤ん坊用のベッドがあった。

 

ただし、

 

「…………?」

 

零は眠っていなかった。

 

ベッドの上で、零が座っている。まだ完全に安定しているわけではないため、周囲には柔らかいクッションが置かれているものの、ほとんど自力で上体を支えていた。

 

希空に見られていることへ気付いたのか、零は、

 

こてん。

 

と首を傾げた。

 

「…………」

 

希空の顔が緩む。

 

「か〜わいい〜!」

 

勢いよく零へ近付きかけたものの、途中で足を止める。

 

「……って、違う違う」

 

そう呟いて、研究者の顔へ戻った。

 

「やっぱり凄い成長速度だなぁ。設計した私がびっくりするくらい」

 

7月4日に生まれてから、まだ三か月にも満たない。しかし、零の肉体は既に、生後九か月前後の乳児に近い段階まで成長していた。

 

首は完全に据わり、寝返りも自在、座ることも出来るようになり、歯の成長まで通常より遥かに早い。

 

これは異常ではない。最初から、そう設計されているのだ。

 

希空が零で初めて本格実用した技術、『成育促進技術』。

 

名称の通り、人間の肉体と神経系の成長を、通常より速い速度で進行させる技術だった。

 

「このまま三倍速で大人になる、ってほど簡単じゃないけどね」

 

希空はベッドの横へ腰を下ろした。

 

第二世代艦娘には、一つ大きな問題がある。建造しただけでは、すぐに戦力にならないのだ。

 

第一世代は、既にある程度成長した少女を素体としているため、建造直後からでも、少なくとも人間としての身体は完成に近かった。

 

だが第二世代では、肉体そのものを一から建造する。

 

技術が進めば、ある程度成長した肉体で完成させることも可能になるだろう。しかし、現時点ではまだ限界があった。

 

駆逐艦クラスなら、比較的若い段階でも身体が完成する。巡洋艦はそれより遅く、大型の空母や戦艦になるほど、艤装と機関出力を安全に受け止められる肉体へ成長するまで、より長い時間を必要とする。

 

第二世代が完成しても、そのまま通常の人間と同じ速度で十数年間育てていたのでは、戦争に到底間に合わない。

 

だからこそ、育つ時間そのものを縮める必要があった。

 

「零は艦魂も艦種も無いけど、身体設計と最終的な出力を考えると、大型艦娘に近い成長曲線を想定してる」

 

希空は独り言を続ける。

 

「普通なら十七歳前後くらいで、肉体的な完成域に入る。でも、それじゃ遅い」

 

単純に成長ホルモンを大量投与すれば良いわけではない。そんなことをすれば、骨、筋肉、臓器、神経、血管の成長に不整合が発生する。

 

希空が行っているのは、それら全ての成長速度を監視しながら、代謝と内分泌系を人工的に調整し、身体全体を同じ比率で加速させる方法だった。

 

とはいえ、安全性との兼ね合いもある。生涯ずっと一定速度で成長を加速し続けることは出来ない。

 

「でも、別に肉体だけ急いで大人にしなくても良いんだよね」

 

希空は零を見る。零も彼女を見ていた。

 

その腕には、一つのぬいぐるみが抱かれている。希空の自作品で、葉巻型の宇宙戦艦を模したものだった。

 

赤と白、青と白。色違いで二隻作ったうち、今日は青白い方を抱えている。

 

「…………」

 

零はぬいぐるみに顔を埋めた。

 

「かわいい……」

 

希空は数秒ほど見惚れてから、再び研究者の顔へ戻る。

 

「肉体が完全じゃなくても、先に頭が育てば出来ることは増える」

 

精神成熟、そして知識。こちらは肉体より速く進められる可能性が高かった。

 

第二世代艦娘の場合は、さらに大きな利点がある。

 

艦魂。そこに刻まれた記憶を、限定的に教育へ利用出来るのだ。

 

もちろん、過去の軍艦として経験した全てを、そのまま一人の少女へ流し込むわけではない。それでは、人間としての人格形成そのものを壊しかねない。

 

使えるのは、知識、感覚の断片、艦艇としての自己認識、兵器運用に必要な基礎情報。そうしたものを抽出し、教育用情報へ加工する。

 

ただし、零だけは例外だった。

 

「零には艦魂が無いからね」

 

完全な受精卵から始まり、過去の艦艇としての記憶も無い。何も無い、文字通り零からのスタートだ。

 

だからこそ、別の方法が必要になる。

 

希空はデスクへ戻り、一つの端末を手に取った。

 

「……こっちも、思ってたより早く形になったなぁ」

 

画面に表示されているのは、

 

『記憶保存系 試験データ』

 

という文字だった。

 

 

その技術の始まりは、タキオンドライヴだった。

 

 

 


 

 

 

タキオンドライヴ。

 

JK-2-X-00“零”の中核へ搭載された、希空の動力機関研究の集大成である。

 

その本質は、単なる発電機ではない。

 

タキオン粒子、余剰次元、物質縮小、反物質、ブラックホール、そして、それらを一つへ束ねる理論。

 

複数の異なる物理現象を統合し、莫大なエネルギーと高次元干渉能力を得る。

 

現代人から見れば、通常の燃料機関の常識を遥かに逸脱しており、ほとんど永久機関のようにさえ見える代物だった。

 

だが、希空がその研究中に見つけた価値は、単なる大出力だけではない。

 

物質を扱う。エネルギーを扱う。空間を扱う。位相を扱う。

 

そして、『存在そのものに結び付いた情報』を扱う。

 

タキオンドライヴを完成させるためには、そこまで踏み込む必要があった。

 

「機械って、部品だけがその機械じゃないんだよね」

 

希空は以前、そう考えた。

 

同じ部品、同じ配置、同じ素材。それらを揃えても、状態、履歴、位相、内部に保持されている情報まで全く同一でなければ、厳密には同じ存在にはならない。

 

そして、生命ならなおさらだった。

 

身体は、肉体だけで出来ているわけではない。

 

脳に蓄積された記憶、神経接続、経験、癖、自己認識。

 

『自分は自分である』

 

という情報もまた、人間を構成する一部だった。

 

希空が好きだったフィクションには、これと似た技術体系の先に、単なる演算装置を超えた巨大な『記憶保存装置』が存在していた。

 

人の記憶、星の記憶、存在そのもの。そんな途方もない情報を扱う装置だ。

 

当然、希空が同じ物を造れるわけではない。少なくとも今は、そこまで届かない。

 

しかし、

 

「全部保存出来なくても、必要な部分だけ取り出せれば良い」

 

「艦娘を直すだけなら、充分なんだよね」

 

それが、以前から行き詰まっていた研究へ答えを与えた。

 

 

 


 

 

 

艦娘の修理方式には、大きく二つある。

 

第一は、『外科手術式』。

 

人体と艤装を文字通り外科的に修復する旧式方式で、費用も設備も時間も大量に必要とする。

 

その代わり、身体が大きく欠損していても、生存している限り、再生医療や人工組織を駆使して、理論上はかなりの範囲まで修復可能だった。

 

第二は、『新陳代謝式』。

 

現在の主流で、艦娘自身が持つ高い再生能力を専用修理液で加速する。安価で、速く、扱いやすい。小破から中規模損傷なら、圧倒的に優秀な方式だ。

 

だが、無いものは生えてこない。

 

腕そのものを失えば治せない。脚を失えば戻せない。

 

以前、“出雲”がそれを実際に証明してしまった。

 

だから希空は、第三の方式をずっと考えていた。

 

艦魂には、『自分がどういう存在だったか』という情報が残っている。

 

なら、その記憶から本来あるべき身体を読み出し、現実へ再現出来れば、傷口を治す必要すらない。失われた場所を、最初から作り直せば良い。

 

以前は、理屈だけだった。

 

問題は、『記憶』という形の無い情報を、どうやって工学的に扱うかだった。

 

そして、タキオンドライヴを造るために、存在情報や記憶保存にまで踏み込んだ結果、ようやく道具が揃い始めた。

 

『記憶再現式』

 

希空が長く追い求めてきた、第三世代の修理方式である。

 

仕組みそのものは単純だった。

 

対象者の艦魂、記憶、身体情報、自己像。それらを読み取り、『本人が本来そうであると認識している状態』を再構築する。

 

腕を失ったなら、腕があった頃の情報から腕を。脚を失ったなら、脚を。

 

さらに、艤装、神経、接続系まで、必要ならそこまで再現する。

 

理論上は、艦魂を保持するコアさえ無事なら、身体の大部分を失っていても復元出来る。

 

外科手術式の対応範囲と、新陳代謝式の手軽さ。その両方を一つへ寄せる、夢のような修理方式だった。

 

もっとも、現時点ではまだ研究所内の試験装置に過ぎない。

 

基礎理論は成立し、試験的再構築にも成功している。しかし、人体、実戦損傷、長期記憶、艤装、そして本人の精神状態など、問題は幾つも残っていた。

 

第二世代艦娘の本格実戦投入が始まるまでに、実用レベルへ持っていく。それが今の目標だった。

 

そして、その技術にはもう一つ、使い道がある。

 

「記憶を読み出して保存出来るなら」

 

希空は零を見る。

 

「逆も出来るよね」

 

記憶、知識、情報を脳へ与える。

 

記憶再現式で使う『メモリ』へ必要な情報を保存し、それを零の脳へ安全に統合する。

 

「戦闘理論」

 

「数学」

 

「物理」

 

「兵器知識」

 

「言語」

 

「戦術」

 

「機関制御」

 

「艤装の使い方……は、まだ無いか」

 

指折り数えながら考えていく。

 

もっとも、これも万能ではない。

 

知識を入れたからといって、すぐに出来るわけではない。射撃理論を知っていることと、実際に弾を当てられることは違う。剣の動かし方を頭で知ることと、実際に身体を動かせることも違う。

 

士と加奈の戦闘データを集めた時、既に分かっている。

 

知識、技能、経験は、全て別物なのだ。

 

だから希空が出来るのは、零が学習を始めるための出発点を、少し前へずらすところまでだった。

 

後は本人が、練習し、失敗し、成功を積み重ねていく必要がある。

 

「……どう考えても」

 

希空は、眠そうに目を擦る零を見る。

 

「普通の赤ちゃんにやる教育じゃないんだけどね」

 

零は、きょとんとした顔を返した。

 

「その分、すっごく頭良くなるから!」

 

当然、意味は分かっていない。

 

「…………」

 

「……その顔やめてよ。悪いことしてるみたいじゃん」

 

実際、かなり凄いことをしようとしているという自覚は、希空にもあった。

 

 

 


 

 

 

問題は、もう一つあった。

 

兵器として必要な教育なら、幾らでも考えられる。だが、人間として必要なものとなると、話は別だった。

 

「…………」

 

希空は考え込む。

 

自分もまだ六歳で、まともに弟へ人生を教えられる年齢ではない。

 

何より、知識として入れれば良いという問題でもなかった。

 

家族、死、悲しみ、思いやり、人を大切にする気持ち。そういうものは、メモリへ文章を入れるだけで身に付くものではない。

 

「……やっぱり、経験してもらうしかないか」

 

なら、外へ出す。人と会う。何かを見る。家族と過ごす。

 

普通の人間がやることを、少しずつ経験させる。

 

 

ちょうど、もうすぐ良い機会がある。

 

希空は日付を確認した。

 

「……うん」

 

10月3日。

 

ある意味では、最初の外出先としてこれ以上ない場所だった。

 

「零」

 

ベッドへ近付き、弟の頭を優しく撫でる。

 

「明後日、お出掛けしよっか」

 

零は、また首を傾げた。

 

 

 

10月3日

 

東堂家敷地内 墓地

 

いくつかの比較的新しい墓石の前には、花が供えられている。線香から上る細い煙が、風に揺れていた。

 

「……父さんと母さん、それに洋一さんが死んでから、もう十年か」

 

士が静かに言った。

 

隣では、加奈が墓前へ手を合わせている。

 

「今年は人数少ないけど、ごめんね、お父さん」

 

2000年、第一艦隊遭難事件。

 

後に、真相を知る一部関係者から『ミレニアム・ショック』と呼ばれる事件で、士の両親たちと共に、神崎家先代当主、神崎洋一は戦死した。

 

あれから十年。

 

神崎家と、その分家である東堂家の墓所には、士、加奈、希空、そして零がいた。

 

洋平、海斗、美香は、それぞれ任務を外せず、今年は来られなかった。

 

希空にとっても、零にとっても、洋一は会ったことの無い祖父でしかない。

 

特に零は、当然ながら写真でさえ、まだまともに理解していない。

 

だからこそ、希空は零を連れてきた。

 

洋一を知っている二人、士と末娘の加奈から、機械を通して記憶を流し込むのではなく、家族の口から話を聞く。それが今の零に必要だと思ったからだ。

 

零は今日は、加奈に抱かれている。

 

身体的には既に通常の九か月児ほど、認知面も一歳前後に近いところまで進んでいる。ただ、どこまで理解出来るのかは、希空にも分からない。

 

 

士が零を見る。

 

「まあ、今のお前がどこまで分かるか知らないけどさ」

 

そう言って墓石を指す。

 

「ここが、お前のじいちゃんと、ばあちゃんが眠ってるところだ」

 

零は士の指を追い、神崎家側の墓石を見る。

 

そこには、洋一と妻、そして洋一が最後に運命を共にした空母、「瑞鶴」の名が刻まれていた。

 

「んぅ……」

 

零が小さく声を漏らし、墓石へ手を伸ばす。

 

加奈が少し驚いた。

 

「触りたいの?」

 

零は返事をしない。それでも、手を伸ばし続けている。

 

加奈はゆっくり墓石へ近付き、小さな手を冷たい石へ触れさせた。零は指先で、刻まれた文字をなぞる。

 

「何か感じてるのか?」

 

士が少し真面目な顔になる。

 

「連れて来といてアレだけど」

 

希空は苦笑した。

 

「流石に、そこまで難しいことを考えられるほどじゃないよ。……たぶん」

 

「たぶん?」

 

「成長速過ぎて、私も時々分かんなくなる」

 

「おい設計者」

 

そんな二人を横に、加奈は零を見つめた。

 

「……君のおじいちゃんはね」

 

ゆっくりと語り始める。

 

「とっても強い人だったんだよ」

 

零は墓石に触れたまま、加奈の話を聞いている。

 

「若い頃から軍人さんで、私が生まれるよりずっと前から、大きな艦隊を指揮してたの」

 

湾岸戦争、冷戦の終わり。世界各国の軍隊が中東へ集結した大戦だ。

 

「湾岸戦争の時はね、中東へ行く艦隊の司令官だったんだ」

 

「その時に乗ってたのは蒼龍っていう空母。日本の第一艦隊の旗艦だったんだよ」

 

加奈自身、当時の記憶はほとんどない。だから、後から何度も聞いた父親の戦歴を語っている。

 

「いっぱい攻撃も受けた。でも、おじいちゃん達は戦って、出来るだけ多くの人を連れて帰ってきたんだって」

 

零は文字をなぞる。

 

「それからね」

 

加奈は「瑞鶴」の文字へ指を触れた。

 

「こっちは、おじいちゃんが最後に乗ってた艦」

 

2000年、あの日、第一艦隊は西太平洋へ出て、帰らなかった。

 

世間には嵐による遭難と発表されたが、本当は違う。そこにいた者達と、その家族、一部関係者だけが真相を知っている。

 

「私が小さい頃ね、お母さんに連れていってもらって、瑞鶴を見たことがあるの」

 

加奈は少しだけ笑った。

 

「細かいことは、もうほとんど覚えてないんだけど。すごく大きくて、格好良かったってことだけは覚えてる」

 

そして、その笑みが少し寂しげになる。

 

「おじいちゃんは、その瑞鶴と一緒に、最後までみんなを守ろうとして戦った」

 

零が顔を上げ、加奈を見る。

 

「もし今も生きてたら」

 

加奈は零の頬を撫でた。

 

「きっと、君のこともいっぱい可愛がってくれたと思うよ」

 

「希空ちゃんも」

 

希空は少し目を伏せる。

 

「だから」

 

加奈は墓石を見た。

 

「会えなくても、忘れなくて良いんだよ」

 

「おじいちゃんも、おばあちゃんも、ちゃんと家族だから」

 

一拍置いてから、加奈は続ける。

 

「きっと、どこかから見てるよ」

 

少し冗談めかして、

 

「もしかしたら、瑞鶴も一緒かもね」

 

と付け加えた。

 

艦魂の存在を知った今なら、軍艦にも何かが残ると思える。あの「瑞鶴」にも、魂があったのかもしれない。

 

零は再び墓石を見た。そして、小さな指で文字を辿る。

 

 

『神崎洋一』

 

『瑞鶴』

 

 

その顔は、先ほどより静かだった。

 

「……本当に理解してるのかもな」

 

士がぽつりと言う。

 

「うん……」

 

希空も零を見る。

 

「思ってたより、ずっと」

 

その時だった。

 

 

 

「きゃっ───!?」

 

「うっ……!」

 

白い光が墓地を満たした。

 

突然、零を中心に強烈な輝きが発生したのだ。抱いていた加奈は反射的に目を閉じ、士も腕で顔を庇う。

 

「なに、これ……!?」

 

希空も直視出来ない。

 

ただ、その光には覚えがあった。完全に同じではないけれど、タキオンドライヴが高次元反応を起こした時の光に似ている。

 

「まさか……」

 

希空は目を細めた。

 

光っているのは零だけではない。墓石も光っている。

 

正確には、刻まれた文字の周囲から淡い粒子が湧き上がり、墓石から零へ細い光が伸びていた。

 

「何……?」

 

計測器は無い。ここは研究所ではない。何が起きているのか、希空にも分からなかった。

 

光は数秒続いた。

 

やがて墓石全体の輝きが弱まり、一つの場所へ集まっていく。最後に残った文字を、希空は辛うじて読んだ。

 

 

『瑞鶴』

 

 

その二文字が最後に強く光り、次の瞬間、一筋の光が零の胸元へ吸い込まれるように消えた。

 

同時に周囲の光も消失し、墓地は元の静けさを取り戻す。

 

「……なんだったんだ、一体」

 

士がゆっくり顔を上げた。

 

「うぅ……目が……」

 

加奈は涙目で瞬きを繰り返し、少し恨めしそうに腕の中の零を見る。

 

「零くん……今の、何?」

 

当然、答えなど無いはずだった。

 

零は墓石を見ている。静かで神妙なその表情は、何故かほんの少し、先ほどより大人びて見えた。

 

やがて、口が動く。

 

「……?」

 

加奈が覗き込む。

 

そして零は、生まれて初めて意味のある言葉を発した。

 

「───おじい、ちゃん……」

 

全員が止まった。

 

零は墓石の文字を見ている。

 

「…………ずい、かく」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

希空まで固まった。

 

生後三か月、最初の言葉。

 

お父さんでも、お母さんでも、お姉ちゃんでもない。会ったこともない祖父、そして、その祖父が最後に乗っていた軍艦だった。

 

 

 

「…………え?」

 

希空が、やっと声を出す。

 

加奈は零を見たまま動けず、士も同じだった。

 

そして研究者、神崎希空だけが、一歩遅れて別の疑問を抱いた。

 

「……タキオンドライヴが」

 

希空は墓石を見る。

 

「何か……記憶みたいなものを、拾った?」

 

記憶、存在情報、艦魂、人が長く抱いた想い。物や場所に残る痕跡。

 

まだ理論として証明されていない。

 

「エレメント……?」

 

思わず、仮の言葉が口から漏れた。

 

誰も答えを持っていない。

 

 

墓石はもう光らず、零もその後は何も話さなかった。今起きた現象が、まるで幻だったかのように。

 

 

 


 

 

 

三十分後 東堂家の広間

 

「……びっくりした」

 

希空は、まだ零を見ていた。

 

「まさか喋るなんて」

 

「喋ったことだけの問題じゃねぇだろ」

 

士がすぐに返す。

 

「光ったぞ。思いっきり」

 

「それもそうだけど……」

 

「生後三か月で『おじいちゃん』『瑞鶴』も大概だぞ?」

 

「それもそうだけど……」

 

希空は困り果てていた。説明が出来ない。

 

当の本人はというと、疲れたらしく、座布団の上でぐっすり眠っている。

 

加奈がその寝顔を覗き込んだ。

 

「あれ……私が話したこと、ちゃんと伝わったってことなのかな」

 

「少なくとも」

 

希空は少し笑った。

 

「何かは、理解してたんだと思う」

 

「なら」

 

加奈も穏やかに笑う。

 

「連れてきて良かったのかな」

 

それだけは間違いない。希空もそう思った。

 

零へ人間らしさを教えるために連れてきた結果、予定を遥かに超えた何かが起きた。

 

それでも、一つ確かなのは、零の中へ今日、『家族』というものが少し入ったことだった。

 

 

 

しばらく零の話題が続き、やがて一段落したところで、士が思い出したように言った。

 

「こうして毎年欠かさず来てた墓参りも、俺は一旦今年までかな」

 

「え?」

 

希空が振り向く。

 

「来年、何かあるの?」

 

「何かっていうか」

 

士は頭を掻いた。

 

「来年から暫く、江田島だから」

 

「ああ」

 

希空は納得する。

 

「海軍兵学校」

 

「そう」

 

士は来年度、江田島の国防海軍兵学校へ入学することが決まっていた。

 

本人の能力だけでも充分に目指せる。ただし今回は、普通の受験生と同じ扱いにするわけにもいかなかった。

 

士は艦娘という高度な軍事機密を知っている。それどころか、艦娘技術研究所の場所も知り、神崎希空や神崎零とも日常的に接触している。

 

軍側から見れば、既に一般社会へ戻して何も知らない顔をさせるのは難しい立場だった。

 

だから、神崎家と東堂家、軍上層部の調整によって、軍人へ進む道はかなり早い段階から整えられていた。

 

もっとも、本来ならそれは加奈も同様だが、彼女は比較的自由な身。洋平たちが手を回した結果だった。

 

 

「寂しくなるなぁ……」

 

加奈が肩を落とす。

 

「別に一生会えないわけじゃないだろ」

 

「遠いよぉ。北海道から江田島って何時間掛かると思ってるのさ」

 

「そりゃ……まあ」

 

反対するほどではない。でも、嫌なものは嫌らしい。

 

そんな加奈を横目に、士は急に表情を明るくした。

 

「でもさ」

 

「?」

 

「訓練で雪風に乗れるかもしれないんだってよ!」

 

目が完全に輝いている。

 

「一回乗ってみたかったんだよなぁ。あの雪風だぞ? 雪風」

 

「…………」

 

加奈がじと目を向ける。

 

希空はそれを見て、数日前に秋吉から聞いた話を思い出した。口元に小悪魔めいた笑みを浮かべる。

 

「……雪風?」

 

「ん?」

 

「確か今、ドック入りしてるよ」

 

士の笑顔が止まった。

 

「……え?」

 

「しかも」

 

希空は、わざと間を置く。

 

「長期改装」

 

「…………」

 

「所長が言ってた」

 

「…………」

 

「海軍が新しく進めようとしてる、省力化とか艦内統合制御とか、そういう構想の先行試験艦にするんだって」

 

元々、「雪風」は記念艦、練習艦、兵装実験艦という妙な立場にあった。なら、新しい艦艇運用技術を試すにも都合が良い。

 

乗員を大幅に減らし、機関、航法、通信、火器管制、損傷制御といった制御系を一つにまとめ、少人数で艦艇を運用する。

 

そんな艦艇半自動化構想の初期実証艦として、「雪風」が選ばれたのだ。

 

ただし、大戦期の外観を可能な限り残すという条件があるため、簡単な改造ではない。そのため、しばらくドックから出てこない。

 

 

「…………マジ?」

 

希空は笑顔で答える。

 

「うん。マジ」

 

「…………」

 

「多分、入学してすぐは無理じゃない?」

 

「…………」

 

士は絶望した顔になった。

 

そして、

 

「……嘘だろぉ!?」

 

屋敷中に声が響く。

 

「ははははは!」

 

希空は腹を抱えて笑い、加奈も先ほどまでの寂しそうな様子はどこへやら、口元を緩めた。

 

「残念だったねぇ?」

 

「お前まで笑うな!」

 

「だって……あんなに楽しそうにしてたのに……」

 

「だから余計悲しいんだよ!」

 

零が少し身じろぎした。それでも、起きることはない。

 

十年前、家族を一人失った日。その節目に、次の世代が笑っている。

 

墓前で語られた過去と、これから向かう未来。その両方が、同じ家の中で繋がっていた。

 

 

 


 

 

 

しかし、その頃、希空達の知らない場所では、別の話が進んでいた。

 

「……間違いないのか?」

 

低い声が響く。

 

「上層部にいる奴からの情報だ。信頼性は高い」

 

机上には数枚の資料が並んでいた。ほとんどが黒塗りで、名前や場所は消されている。

 

それでも、読み取れる単語はあった。

 

核融合、高出力、小型化、既存技術の常識を超える改装能力。

 

「……なるほど」

 

男の一人が口元を歪める。

 

「我々の“御神体”に、新しい力を授けられるかもしれない存在、というわけか」

 

そう言いながら、紙を指で叩く。

 

別の男が資料を覗き込む。

 

数秒の沈黙。

 

そして、震え始めた。

 

「……感じる」

 

「何をだ」

 

「魔改造のニオイを……!」

 

「…………」

 

「行くぞ」

 

男が勢いよく立ち上がる。

 

「この人物が、本当に噂通りなら」

 

その奥、暗闇の向こうには、巨大で奇妙な前翼機の影が静かに横たわっていた。

 

「我々の悲願に、必ず力を貸してくれる!」

 

「まず話を聞け。拉致みたいなノリで言うな」

 

「善は急げだ!」

 

「だから待て!」

 

騒がしい声が格納庫に響く。

 

この時、希空はまだ知らない。

 

戦後日本で半世紀近く、一つの異様な航空技術系譜を執念深く守り、育て続けてきた者達が、自分へ興味を持ち始めたことを。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

最後の連中の“御神体”とは?


次回 国防軍屈指の危険(?)思想
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