自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

40 / 66

初めての量産型第二世代艦娘。



35. JK-2-01

 

2011年3月11日

 

この世界においても、東北地方では大きな地殻変動が起きた。

 

ただし、それは後世に『大震災』と呼ばれるような災害にはならなかった。

 

 

 


 

 

 

始まりは、数週間前に遡る。

 

深海棲艦研究の一環として、海底環境や地殻変動の観測データまで扱っていた希空は、東北沖で進行している異常に気付いた。

 

断層に蓄積された応力、周辺で続く微細な変動、海底から上がってくる大量の観測情報。それらを解析した彼女が出した結論は、単純なものだった。

 

 

このままなら、近いうちに、とても大きく揺れる。

 

 

「……これ、一気に動いたらヤバいなぁ」

 

希空はモニターに並んだ数値を眺めながら、珍しく真顔で呟いた。

 

地震そのものを止めることは出来ない。既に地殻へ蓄積されている力を、無かったことにも出来ない。

 

だったら、一度に全部を解放させなければいい。

 

「ちょっとずつ逃がせば良いんだ」

 

自然そのものと力比べをするのではなく、既にそこに存在している力を読み、流れを変え、危険ではない形へ誘導する。止めるのではなく、受け流す。

 

 

 


 

 

 

政府と国防軍を巻き込み、艦娘技術研究所主導で始まった対策には、後に『東北沖断層応力・事前解放作戦』という名が付けられた。

 

研究所が持つ観測設備だけでなく、国防海軍も投入される。前年末、研究所近くの秘密ドックで完成したばかりの新鋭潜水艦『伊-480』に加え、複数の伊-420型も東北沖へ展開した。

 

彼女達潜水艦は、海中での観測、現場作業、周辺警戒を担った。

 

研究所側も総力戦だった。断層の状態を監視しながら、数週間を掛けて慎重に介入を繰り返していく。

 

狙うのは、巨大な一度の解放ではない。小さな地震を何度も起こし、危険な形で溜まっていた力を、少しずつ先に逃がしていく。

 

言葉にしてしまえば、『ガス抜き』に近い。

 

だが、相手は地球である。希空にとってさえ、初めて扱う規模の実験だった。一歩間違えれば、災害を防ぐどころか、自分達がその引き金を引きかねない。

 

 

それでも、彼女はやり切った。

 

そして3月11日、本来ならば巨大な災害となるはずだった地殻変動は発生したものの、その規模は大きく抑え込まれた。

 

各地で揺れは観測されたが、日本という国そのものへ深い傷痕を残すようなものにはならなかった。

 

事前介入は、成功したのである。

 

 

 


 

 

 

もっとも、希空がこれほど必死に頑張った理由を聞けば、少し肩透かしを食らうかもしれない。

 

もちろん、放っておけば大勢の人間が死に、東北地方が壊滅的な被害を受けることは理解していた。だからこそ秋吉を通じ、政府へは『研究所が何もしなかった場合に想定される被害』を纏めた資料まで提出している。

 

結果として、この一件は日本全体の防災意識を高めることにもなった。

 

だが、それとは別に、希空本人を一番焦らせた理由は、

 

「五日後なんだから……絶対、邪魔されたくないもん」

 

だった。

 

 

3月16日。

 

どうしても、動かしたくない予定があったのである。

 

 

 


 

 

 

3月16日

 

艦娘技術研究所 工廠

 

「……よし」

 

希空は巨大な建造装置『釜』を見上げ、一度大きく頷いた。その隣には、小さな男の子がいる。

 

「準備は良い、零?」

 

「……ん」

 

零は短く答え、頷いた。

 

2010年7月4日に生まれてから、八ヶ月と少し。普通の乳児であれば、まだ言葉も動作も覚束ない時期である。

 

しかし零は既に、ある程度、自分の意思を言葉や仕草で伝えられるようになっていた。希空による成育促進、日々の訓練、そしてあまりにも特殊な身体。それらが重なった結果である。

 

希空はそんな弟の頭を軽く撫で、嬉しそうに笑った。

 

「今からね、零の“初めての妹”を建造するよ」

 

「……いもうと?」

 

「うん」

 

希空は釜へ視線を戻した。

 

今日まで、第二世代艦娘へ至るための実験はいくつも行われてきた。

 

穂乃果と凛の二人は、人間の少女を素体とせず、艦娘建造技術そのものによって人間の身体を構築出来ることを証明した。

 

ただし、希空の性能基準では、まだ『第一世代の延長』だった。

 

そして、JK-2-X-00、特殊技術実験艦“ゼロ”こと零。希空が思い描いた『本当の第二世代』を成立させるため、採算も量産性も常識も、かなりの部分を放り投げて造った究極の試作機である。

 

だから、零もまた量産型ではない。

 

そこまでの実験で得たものを整理し、人間の少女を犠牲にせず、艦魂そのものから肉体を構築し、高い戦闘能力を持ちながら、同じ設計思想で何人も建造出来る。

 

今日、初めて、その『量産型第二世代艦娘』を造る。

 

型式番号、JK-2-01。

 

JK-01“出雲”の設計段階、もっと言えばJK-X-00“ノア”の誕生時から追い続けてきた、艦娘技術研究における一つの到達点だった。

 

「───建造、開始!」

 

希空の声と同時に、釜が動き始めた。

 

 

 


 

 

 

約一時間後。

 

希空の研究室では、建造終了を待つ間、姉弟が遊んでいた。

 

「ほら、零。こっちおいで」

 

「ん」

 

小さな足が床を踏む。

 

まだ危なっかしさこそ残っているが、零は自分の足で希空のところまで歩いてきた。とてとて、と何度か身体を揺らしながら、それでも転ぶことなく、最後まで辿り着く。

 

「おー!」

 

希空は零を抱き上げた。

 

「すごいすごい! もう普通に歩けるじゃん!」

 

「んふ……」

 

褒められた零は、少しだけ嬉しそうだった。

 

これも一応、訓練である。一刻も早く零を戦力として完成させるため、歩く、物を掴む、身体を動かす、意思を伝えるといった幼児期の動作そのものも、希空は日々のトレーニングとして扱っていた。

 

もっとも、傍から見れば、六歳の姉がまだ一歳にも満たない弟と、ただ楽しく遊んでいるようにしか見えない。実際、半分くらいはその通りだった。

 

「もう一回やる?」

 

「ん」

 

「じゃあ、あっちまで───」

 

その時、研究室の扉が開き、妖精が一人、顔を覗かせた。

 

「失礼します」

 

希空と零が振り向く。

 

「建造終了。上手くいったみたい」

 

希空の顔が、ぱっと明るくなる。

 

「りょーかい!」

 

零を床へ下ろし、手を差し出す。

 

「じゃあ零、行こっか」

 

「うん」

 

小さな手が、希空の指を握った。

 

 

 

工廠 『釜』正面

 

「どうかなぁ……」

 

希空は期待と不安の入り混じった顔で、閉ざされた扉を見ていた。

 

零を造った時とも違う。穂乃果と凛の時とも違う。

 

今回、問われているのは、一人の特殊個体を完成させられるかではない。これを次も、その次も繰り返せるか、第二世代艦娘を兵器体系として本当に成立させられるのか、その最初の答えが扉の向こうにいる。

 

「……よし」

 

希空は息を整えた。

 

「開けるよ」

 

ロックが外れ、重い扉が開く。白い蒸気が工廠へ流れ出し、視界が一時、完全に覆われた。

 

そして、少しずつ晴れていく。

 

「…………」

 

希空は釜の中を覗き込んだ。

 

 

そこに、小さな赤ん坊がいた。

 

金色の髪、青い瞳。まだ髪そのものが短いため、はっきりとした髪型など出来ていない。それでも何故か、希空は将来、その前髪を妙に弄りたくなりそうな予感がした。

 

容姿には、少し外国人のような雰囲気が混ざっている。それも、艦魂に刻まれた長い記憶と経歴が、人間の身体へ反映された結果だった。

 

各種数値を確認し、希空はゆっくり頷く。

 

「うん」

 

顔が満足そうに緩む。

 

「問題なし」

 

そして、その名を呼んだ。

 

 

「───軽巡洋艦“阿武隈”、建造完了」

 

 

零が姉の隣から、釜の中を覗く。

 

「……あぶくま?」

 

「うん。“阿武隈”」

 

希空は弟を見る。

 

「初めての妹だよ、零」

 

零に、艦娘として初めての妹が出来た瞬間だった。

 

 

 


 

 

 

では、何故、最初の量産型第二世代艦娘に“阿武隈”が選ばれたのか。

 

それには、二つの『阿武隈』が関係している。

 

今日生まれた少女の艦魂は、かつて帝国海軍に存在した長良型軽巡洋艦、六番艦『阿武隈』。こちらが、彼女自身の直接的な前世に当たる。

 

だが戦後、その名前はもう一度、日本の海へ戻ってきた。

 

1955年、昭和30年。敗戦後の日本が初めて自分達の手で新造した、本格的な国産巡洋艦。その艦へ、『阿武隈』という名前が与えられた。

 

戦後型ミサイル巡洋艦『阿武隈』。まだ国防海軍が再建の途上にあった時代、米国から供与されたフレッチャー級などと共に、新しい海軍を支えた艦である。

 

 

その設計へ至る道には、1948年に解体寸前で救われた巡洋艦「利根」がいる。

 

半ば切り開かれた古い巡洋艦を、技術者達は測り、調べ、修理した。大型巡洋艦とはどういうものなのか、船体、機関、弾薬庫、砲塔、配管、重量配置を実物から学び直したのである。

 

そうして取り戻した技術が新造巡洋艦「阿武隈」へ渡り、さらにその発展型である川内型ミサイル巡洋艦へと繋がっていった。

 

国防海軍にとって、『阿武隈』という名は単なる古い艦名ではない。敗戦から、もう一度、自分達の巡洋艦を造れるようになった、その証だった。

 

今日生まれた“阿武隈”自身は、その戦後巡洋艦よりも前の『先代』に当たる存在である。

 

それでも、一度途切れかけたものを次の時代へ渡した、その名前が持つ意味まで考えれば、量産型第二世代艦娘の第一号、JK-2-01の番号を最初に与える相手として、これほど相応しい艦名も無かった。

 

そして、この理由は、これから生まれる三人にも繋がっていく。

 

“川内”、“神通”、“那珂”。

 

帝国海軍で川内型軽巡洋艦だった三人の名も、戦後、国防海軍の川内型ミサイル巡洋艦へと受け継がれた。

 

昔の海軍と新しい海軍、その両方へ同じ名前を持つ艦がいる。第二世代最初期の量産艦娘として彼女達が選ばれたことは、偶然ではなかった。

 

 

 


 

 

 

希空は“阿武隈”をそっと抱き上げると、零のところまで連れてきた。

 

「零」

 

「ん?」

 

「抱っこ、してみる?」

 

「……うん」

 

普通なら、生後八ヶ月の赤ん坊に、生まれたばかりの赤ん坊を預けるなどという発想は、まず出てこない。

 

だが、ここは艦娘技術研究所である。

 

片方は、既に普通の乳児から大きく外れた身体能力を持つ特殊技術実験個体。もう片方は、生まれた直後から普通の人間とは比較にならない身体強度を持つ第二世代艦娘だ。

 

一応、希空もすぐ支えられる位置に手を添えている。

 

「はい。ゆっくりね」

 

零は、ぎこちないながらも阿武隈を抱いた。

 

「……んぅ」

 

阿武隈が小さく声を出す。

 

まだ、自分が何処にいるのか、何が起きているのかを理解しているようには見えない。ただ、目の前にいる零の顔を見て、暫くじっと眺めた後、

 

「んふぅ……」

 

と笑った。

 

「……!」

 

零も少しだけ目を見開く。

 

その反応を見て、希空も笑った。

 

「おー」

 

二人の顔を交互に見る。

 

「ふふっ。相性良さげだね」

 

そして、どこか安心したように小さく呟いた。

 

「……これなら、大丈夫そうかな」

 

歩き始めたばかりの八ヶ月の男の子が、今日生まれたばかりの女の子を抱いている。その姿を、六歳の少女が母親のような顔で見守っている。

 

文字に起こせば、意味が分からない。実際に見ても、多分、意味が分からない。

 

だが、それこそが、艦娘技術研究所、次世代艦娘開発計画が長い年月を掛けて辿り着いた、一つの結論だった。

 

人間の少女へ軍艦を足すのではない。

 

最初から、一人の人間として、一人の艦娘として生まれてくる。

 

 

第二世代。

 

その最初の一人が、今、ここにいる。

 

 

 


 

 

 

もっとも、“阿武隈”が無事に生まれたからといって、翌日から第二世代艦娘を大量建造出来るようになったわけではない。

 

むしろ、ここから問題が大量に出た。

 

量産品として考えた場合、設計はまだ複雑過ぎるし、高価過ぎた。部品の共通化も足りない。

 

艤装、建造設備、維持費、教育、成長。全てを含めれば、一人造って終わりでは済まない。

 

“ゼロ”という究極の試作品なら、採算を無視出来た。だが、量産型ではそうはいかない。

 

性能を維持しながら、安く、簡単に、安全に、そして同じ品質で何度でも造れるようにしなければならない。

 

そのため、“阿武隈”の建造直後から、設計変更、標準化、コスト削減、製造工程の見直しが次々と始まることになった。

 

結果として、本当の意味で第二世代艦娘を連続建造出来る体制が完成するのは、2012年まで待つことになる。

 

 

だが、2011年に全く建造しないわけでもない。

 

年内には、既に型式番号を付与されていた三人が建造される。

 

JK-2-02、“川内”。

 

JK-2-03、“神通”。

 

JK-2-04、“那珂”。

 

 

ただし、番号順に生まれるわけではない。

 

 

3月24日、最初に建造されたのは、JK-2-04“那珂”だった。

 

続いて10月30日にJK-2-02“川内”、12月8日にJK-2-03“神通”が建造され、三人が揃った。

 

本来なら、一番艦が“川内”、二番艦が“神通”、三番艦が“那珂”であり、型式番号もその順番に振られている。

 

にもかかわらず、三番艦の“那珂”だけが最初に生まれた理由は、単純だった。

 

 

『進水日』である。

 

 

艦魂を使った第二世代建造の実験を重ねる中で、一つ分かったことがある。艦艇がかつて初めて海へ浮かんだ日、その日には艦魂が建造に非常に適した状態になるのだ。

 

だから原則として、第二世代艦娘は元となった艦艇の進水日に建造する。

 

“阿武隈”が3月16日に生まれた理由も、それだった。

 

五日前の3月11日、希空が何としてでも予定を守ろうとした理由の一つでもある。

 

他の日には絶対に建造出来ないわけではない。だが、最初の正式量産型であり、少しでも成功率と安定性を上げたい建造を、わざわざ最適条件から外して実施する理由は無い。

 

 

だから、地震が来るなら、先に何とかする。

 

実に、希空らしい結論だった。

 

 

 


 

 

 

2011年、JK-2-01“阿武隈”、JK-2-02“川内”、JK-2-03“神通”、JK-2-04“那珂”の四人が誕生した。

 

まだ、これだけである。何十人、何百人と次々に生まれる未来と比べれば、ほんの始まりに過ぎない。

 

戦場へ送り出せる年齢になるには、まだ時間が掛かる。訓練も必要であり、艤装の調整も必要だ。知識を持って生まれることは出来ても、経験や技量まで一瞬で得られるわけではない。

 

第二世代が完成したからといって、明日から第一世代全員が戦場を去れるわけでもない。

 

それでも、大きな一歩だった。

 

JK-01“出雲”から始まった艦娘研究は、長い道のりを経て、少女の身体へ軍艦を載せる技術から、少女を犠牲にする必要のない技術へ、そして同じ設計で次々と未来を生み出せるところまで来た。

 

3月11日、希空は地球そのものへ人間の手が届く可能性を見つけた。

 

3月16日、人類は艦娘を生み出す方法を、新しい段階へ進めた。

 

どちらも、この時はまだ、誰もその先が何処まで伸びるのかを知らない。希空自身でさえ、知らなかった。

 

ただ、零の腕の中で安心したように笑う小さな“阿武隈”を見ながら、その日、確かに一つの未来が生まれていた。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

最後の理由から、第二世代艦娘の誕生日は、原則としてその元となった艦艇の『進水日』となります。

今回でEp.3のタイトル要素はほぼやり切ったので、次回より第一章は終盤へ。


次回 試作機(兄)と4人の量産機(妹達)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。