久しぶりの海外提督。
「外国にも、第二世代の建造技術を供与しなきゃね」
希空がそう決めたのは、2012年5月のことだった。
前年三月に“阿武隈”を建造してから、一年以上が経っている。その間に、“川内”“神通”“那珂”を含む初期量産型の建造経験を積み、設計変更や標準化、コスト削減、建造工程の見直しも進めてきた。
その結果、ようやく『量産型第二世代艦娘』と呼べる仕様が固まりつつあった。
もちろん、まだ完成ではない。建造時の肉体年齢をどこまで引き上げられるか、大型艦へ対応出来るか、艤装や教育をどう標準化するかなど、解決すべき問題はいくらでも残っている。
それでも、
『人間の少女を素体にせず、艦娘を最初から一人の人間として建造する』
という根幹技術については、もはや日本だけで抱え込む段階ではなくなっていた。
深海棲艦と戦っているのは、日本だけではない。
アメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア。
三年半ほど前のG5秘密協議をきっかけに、主要艦娘保有国同士の技術協力は既に始まっていた。当時、希空が語っていた第二世代艦娘は、まだ未来の構想に過ぎなかったが、その未来が今、現実になったのである。
二週間後、艦娘技術研究所の応接室。
「───それで、こうして再び集まった訳か」
米海軍のロックハート大佐が、懐かしそうに室内を見回した。
「遂に、この時が……!」
隣では、伊海軍のアルベローニ大佐が、分かりやすいほど喜んでいる。
三年半前、この場所で彼らが聞かされたのは、
『いずれ第二世代艦娘なら、第二次世界大戦期の艦艇も含め、本格的に建造出来るようになる』
という話だった。
当時は、あくまで構想であり、研究計画であり、未来予想だった。
「早いものだな。以前はまだ、出来るかどうかを議論していた段階だったというのに」
英海軍のウォード少将が、感慨深そうに呟く。
独海軍のグーテンベルグ大佐も頷いた。
「僅か数年、ですか……」
ふと、一人の少女の顔を思い出す。
「あの少女の力……なんでしょうか」
誰のことを言っているのか、説明する必要は無かった。
この研究所で、幼児の姿をしながら世界最高峰の頭脳を振るっている少女、神崎希空。
今回も、その希空から秋吉や洋平を通して招集が掛かった。
単なる技術供与だけなら、資料と技術者を送れば済む。極秘通信で必要な情報を共有する方法もある。それなのに、わざわざ四人全員を日本まで呼んだということは、それ以外に何かあるのだろう。
四人とも、それくらいは察していた。
その時、応接室の扉が開いた。
「お待たせー」
入ってきたのは、予想通り希空だった。
そして、その隣にはもう一人、小さな男の子がいて、希空の手を握りながら歩いている。
「…………」
四人の視線が、揃って下へ向いた。
秋吉はいない。多忙な洋平が来られないのは分かる。しかし、国際的な機密技術供与を話す会議の説明役が希空一人であること自体、三年半前を知る彼らにとっては、もう驚くほどのことではなかった。
問題は、その隣にいる幼児である。
どう見ても二歳にもなっていない。しかも、普通に歩いている。
何故、この場に幼児がいるのか。
ウォード少将が代表して尋ねた。
「希空さん」
「ん?」
「その子は?」
「ああ」
希空は、ごく普通のことのように答えた。
「この子は零。私の弟だよ」
「弟……」
「それと、第二世代技術の特殊試作個体。型式番号はJK-2-X-00」
四人の表情が変わった。
「……この子が?」
「うん」
希空は零の頭を軽く撫でる。
「量産型じゃないけどね。第二世代のために開発した技術を、採算とか量産性とか色々無視して突っ込んだ、プロトタイプみたいなもの」
零は、特に嫌がるでもなく撫でられている。
四人は、改めて彼を見た。
第二世代艦娘が実用化されたという報告自体は受けているし、資料も見ている。だが、実際にその技術によって生み出された人間が目の前に立っていると、紙の上の成功報告とはまるで重みが違った。
「なるほど……」
ロックハート大佐は零を暫く見た後、希空へ視線を戻す。
「その子のことは分かった」
「うん」
「だが、何故この場に?」
「零がいた方が説明しやすいかなって」
「説明?」
「技術供与の方もそうだけど、特にもう一個のお願い」
「……お願い?」
何とも言えない顔で聞き返したロックハートへ、横から妙に落ち着いた声が飛んできた。
「泣いたりはしないから、大丈夫」
「…………」
ロックハート大佐が固まった。
一秒、二秒。そして、ゆっくりと零を見る。
「……今」
「喋ったな」
ウォード少将が呟いた。
「喋りましたね……」
グーテンベルグも目を丸くする。
アルベローニに至っては、隠す気も無く零を凝視していた。
「しかも……」
ロックハートは、今度こそ本気で困惑する。
「英語だったよな?」
「うん」
零は英語で答えた。
発音も語彙も、普通に会話する分にはほとんど問題が無い。
「…………マジか」
歩いていることなど、急にどうでも良くなった。
見た目だけなら二歳間近なので、『言葉を発する』こと自体は、まだ理解出来なくもない。問題は、話し方と内容、そして言語だった。
四人とも、零が普通の幼児ではないことだけは、開始数分で十分理解した。
「えへへ」
何故か希空が得意そうに笑う。
「零、頭良いから」
「それで済ませていいのか……?」
ロックハートは頭を抱えた。
それから約一時間、希空から説明された第二世代艦娘の技術供与については、内容そのものだけを見れば単純だった。
三年半前のG5協議で話していたものが、実用技術として成立した。それだけである。
第一世代のように、生きている少女へ艦魂と艤装を後付けする必要は無い。艦魂の情報を基礎に、人間としての肉体と艦娘としての機能を、最初から一体で構築出来る。
そのため、これまで第一世代化が難しかった艦艇でも、第二世代なら建造出来る可能性が大きく広がった。
第二次世界大戦期の艦艇、既に実艦が存在しない艦、各国が歴史上保有してきた多数の軍艦。それらを今度は、最初から艦娘として生み出せる。
もちろん、技術さえ受け取れば明日から何十人も造れるわけではない。建造設備、艦魂の確保、設計、資材、教育、艤装、運用制度、何より、生まれてきた彼女達を一人の人間として育てる環境が必要になる。
必要なものはいくらでもある。
だが、道は開いた。
「……本当に、ここまで来たのか」
ウォード少将が、資料を見ながら呟く。
三年半前、夢物語に近かった構想が、今は技術資料として目の前にある。
「これなら……」
アルベローニ大佐は、かなり嬉しそうだった。
「今まで諦めていた艦も……」
「可能性はあるよ」
希空が答える。
「ただ、何でも一気に造ろうとしないでね。日本でも、まだやっと量産仕様が固まってきたところだから」
「承知している」
グーテンベルグが頷いた。
技術供与を受ける側も、流石にその点は理解している。
艦娘一人を造るということは、兵器一基を製造することではない。一人の人間を社会へ生み出すことでもあるのだ。
「それで」
希空は手元の資料を閉じた。
「こっちの話は以上」
「……こっち?」
ロックハートが眉を上げる。
希空は頷いた。
「うん」
そして、少しだけ姿勢を正す。
「もう一つ、話したいことがあるんだけど……良い?」
四人が顔を見合わせる。
断る理由は無い。
「構わない」
ウォード少将が代表して答えた。
希空は、少し安心したように笑う。
「あのね」
一拍置いてから、希空は続けた。
「四人に、協力してほしいことがあるんだ」
「協力?」
ウォードは少し意外そうだった。
「私達に出来ることが?」
世界最高峰の技術者であり、自分達の国が欲しがっている技術を次々と生み出している少女、その希空から『手伝って』と言われる。むしろ、何を求められるのかという興味の方が強かった。
「うん。その……」
希空は少しだけ言い辛そうに、四人を見る。
「みんな、最近結婚したんだよね?」
「……ああ」
「したな」
「この二年くらいで、綺麗に全員」
「しかし、それが何か?」
話の方向が、突然分からなくなった。
四人の結婚、第二世代艦娘、技術協力。一体、何処で繋がるのか。
希空は、そんな四人へ核心を投げた。
「───子供を、艦娘として建造しない?」
沈黙。
ロックハートが一度、目を瞬く。ウォードも、グーテンベルグも、アルベローニも同じだった。
「……子供?」
「うん」
「我々の?」
「うん」
「艦娘として?」
「うん」
三回確認し、三回とも肯定された。
「……なるほど」
ロックハートは、何とかそこまで言った。
意味そのものは理解出来る。目の前には零がいる。人間の両親から受け継いだ遺伝情報を基礎に、建造技術を使い、普通では有り得ない能力を与えて人間を誕生させる。技術的には、もう出来る。
問題は、
「何故、我々の子供なんだ?」
そこだった。
希空は待ってましたというように、零の肩へ手を置いた。
「ここで零を連れてきた意味が出てくるの」
四人の目が、再び零へ向く。
「零はね」
希空は説明を始めた。
「言ってみれば、汎用型なんだ」
「汎用型?」
「うん。まあ普通の艦娘も、基本はそうなんだけどね」
戦う、走る、飛ぶ、考える、情報を処理する、周囲を見る、武器を扱う、損傷へ耐える、指揮をする。様々な能力を一人の身体の中へ、ある程度均等に持たせる。
零は、その全てを異常なほど高い水準へ引き上げた、極端な高性能汎用型だった。
「逆に、私は」
希空は自分の頭を指差した。
「頭脳特化型」
「……まあ」
ロックハートが呟く。
「それは分かる」
「でしょ?」
希空は少し笑った。
「私は戦闘なんてほとんど考えないで造られてる。その代わり、脳とか情報処理とか、そっちへ物凄く偏ってる」
つまり、何をどこまで伸ばすかという話だ。全てを同じだけ高性能にする必要はない。一人の人間を構成するために使える技術的余裕、生体機能、演算能力、神経、感覚を、何処へ重点配分するか。
「リソース配分の話なんだ」
希空は続ける。
「零みたいに全部強くするんじゃなくて、一個の仕事に思いっ切り寄せる」
そして、はっきりと言った。
「じゃあ、そのリソースを───“指揮機能”へ全振りしたら?」
空気が少し変わった。
「それは……」
グーテンベルグが考え込む。
アルベローニが呟いた。
「人間の……CIC?」
「もっとだよ」
希空は即答した。
「CICの中にいる一人じゃない」
机の上へ、一枚の簡単な概念図を置く。
中央に一人。その周囲に多数の情報が並び、レーダー、ソナー、通信、航法、火器、味方艦、航空機、戦況といった要素が、全て一本の線となって中心へ集まっている。
「CICそのものを、一人の頭でも扱えるくらいにしたい」
「…………」
「もっと言えば、艦一隻だけじゃない」
線が増える。二隻、三隻、十隻、そして艦隊。
「艦隊全体」
ロックハートの表情が変わった。
「待て」
図を見る。
「……そういうことか」
ウォードも気付いた。
「人員不足への対策……」
「うん」
希空は頷いた。
「今、どこの海軍も人が足りないでしょ?」
深海棲艦との戦争は、艦娘だけが死ぬ戦争ではない。艦艇、航空機、基地、司令部、輸送、護衛、偵察など、数え切れない場所で人員が消耗している。
特に開戦初期、十分な対策も経験も無いまま戦った世代は、各国で大量の人員を失った。
「特に日本は酷いけどね」
希空は少し困ったように笑う。
「ミレニアム・ショックと、その後の初期戦闘で上級士官がかなり減っちゃったから」
「……それで艦艇の自動化か」
グーテンベルグが言う。
「うん」
希空は新しい資料を開いた。
「国防海軍では、艦艇の半自動化を研究してる」
乗員を減らし、一人の人間が担当する機能を増やす。機関、操舵、航法、火器管制、損傷制御、通信、索敵などを、可能な限り機械へ任せる。
それ自体は、特別奇妙な発想ではない。機械化、自動化、省力化は、軍艦も長い時間をかけて進め続けてきた。
だが、問題は大きく二つあった。
「一つ目。人間を減らし過ぎると、その艦そのものの技量が落ちる」
希空は指を一本立てた。
「当然だな」
ウォードが頷く。
機械は命令を正確に繰り返す。だが、戦場は常に予定通り動くわけではない。故障、誤認、通信途絶、損傷、想定外の敵など、プログラムの規定外で起きる事態はいくらでもある。
そこに必要なのは、長年海で鍛えられた人間の勘や経験、技量だ。それを単純な自動化だけで置き換えるのは難しい。
「二つ目」
希空は中央の旗艦から、多数の艦艇へ線を伸ばす。
「じゃあ、随伴艦を半無人化して、旗艦からまとめて管理しようってなると───」
「旗艦側が死ぬな」
ロックハートが言った。
「そう」
情報が集まり過ぎるのだ。
自艦、十隻、二十隻、航空機、敵、天候、損傷、弾薬、燃料、通信、戦術。全てを中央で処理しようとすれば、機械側の演算負荷も、人間側の認知負荷も巨大になる。
「今、その二つで四苦八苦してるの」
「……日本」
アルベローニが、若干引いた顔をする。
「思っていた以上に、人が足りてないんだな……」
「流石に我々も、そこまで極端な省力化までは必要としていないぞ」
ロックハートも苦笑する。
「こっちは、本当に色々いなくなったからね……」
希空も少し遠い目をした。
だが、次の瞬間には顔を上げる。
「だから私、考えたんだ」
嫌な予感を、四人は同時に感じた。
こういう顔をした希空は、大抵、何か常識の外にあることを思い付いている。
「もう、私がシステム作っちゃえば良いって」
「……何を作っているんだ?」
「今は高性能なスーパーコンピューター。それと、量子コンピューターも並行研究中。秋吉所長と一緒にやってる」
ここまでは、まだ普通だった。未来的ではあるが、理解出来ない話ではない。
「艦内の各システムを一つに纏める。航法、通信、火器管制、センサー、損傷制御、戦闘情報処理。出来るだけ一個の統合システムにする」
現時点ではまだ名前さえ無い。ただの『艦艇用統合コンピューターシステム』に近いものだ。
そして希空は、その中心を指した。
「で、そのシステムの能力を最大限使うための、中枢を考えてる」
「……中枢?」
「うん」
希空は、とても自然に言った。
「───脳を極限まで強化した人間」
「…………」
四人は黙った。
予想はしていた。何となく分かっていた。ここまで話を聞けば、そうなるのだろうと理解も出来る。
それでも、実際に口から出ると重かった。
「希空さん」
ウォードが、ゆっくり確認する。
「つまり、人間をコンピューターへ組み込む、と?」
「あっ」
希空は四人の顔を見て、すぐに手を振った。
「違う違う! 身体を機械の中に埋め込んで、一生出られないとかじゃないよ!」
「……そういう意味ではない?」
「うん。『組み込む』って、システム構成上の話。普通に外で生活出来るし、学校も行けるし、遊べるし、寝られるし、ご飯も食べられる」
希空は零を指差した。
「この子と同じ。一人の人間だよ」
零は、何となく自分が指されたので、四人を見る。
「……俺は普通に動けるよ」
「それは見れば分かる」
ロックハートが即答した。若干、疲れた声だった。
希空は気にせず続ける。
「必要な時だけシステムと繋いで、人間の判断力とか、直感とか、経験とか、そういう機械だけじゃ足りないところを補うの」
機械と人間のどちらか一方へ、全てを任せるのではない。
機械が大量の情報を処理、整理、制御し、人間がそこから意味を読み取り、優先順位を付け、決断する。
希空がこの時点で思い描いていたのは、まだ粗い概念だった。最終的にそれがどこまで巨大な体系になるのか、彼女自身も知らない。
「ただ」
希空は指を立てる。
「いきなり、本番用の子を造るのは流石に怖い」
「……そこで」
ウォード少将は、ほぼ答えが分かったという顔で四人を見る。
「我々の子供か」
「うん」
希空は頷いた。
「言い方は良くないけど、実証試験」
そして、すぐに付け加える。
「でも、実験するためだけに子供を造って、終わったら要らない、みたいなことは絶対しないよ」
その声だけは、少し真面目だった。
「みんなの、本当の子供として造る。ちゃんと家族として育ててもらう。その上で、第二世代の技術を使って、情報処理とか指揮能力を強める」
四人は黙って聞いている。
「普通の第二世代より、戦闘能力そのものは抑えても良い。その分、頭を強くする。沢山の情報を同時に見て、整理して、判断して、人へ伝える能力」
一人で全てを決める、独裁的な超人司令官を造るという話ではない。
人間一人では扱えない量の情報を扱えるようにする。それでも最終的には、人間として考え、周囲と相談し、自分で決断する。
そういう存在だった。
「将来、艦隊司令官とか、参謀とか、そういう仕事に向く子になると思う」
希空は言う。
「まあ、絶対にその仕事しろって頭に命令を書き込むわけじゃないけどね」
ロックハートが少しだけ眉を上げた。
「出来るのか?」
「出来るかもしれないけど、やらないよ」
即答だった。
「それ、人じゃなくなるもん」
零が隣で希空を見る。
その言葉を聞いて、少し嬉しそうだった。
「向いてるようには造る」
希空は続ける。
「沢山の情報を扱うのが得意で、指揮とか戦術とかを覚えやすくて、艦娘とも繋がりやすい。生まれた後の教育も、そういう方向になると思う」
だが、好きになるか嫌いになるか、何を選ぶか、誰と仲良くなるか、どういう指揮官になるか。そこまで設計図で決めるつもりはない。
「……その方が」
ウォード少将が、ゆっくり頷く。
「我々としても、受け入れやすい」
グーテンベルグも同意した。
「能力を与えることと、人格を固定することは別ですからね」
「うん」
「それに」
アルベローニが笑った。
「そもそも、子供が欲しくなかったら、この話は成立しないだろう?」
「そういうこと」
希空も笑う。
今回、四人が最近結婚したことは、そこにおいて重要だった。
勿論、この場で即決して全てが終わるわけではない。
本人達だけではなく、妻の意思も必要になる。各国政府、軍、医療、研究、法制度についても、確認しなければならないことは大量にあった。
そして何より、生まれてくる子供を単なる国家の実験材料として扱わせないための取り決めが必要だった。
四人は希空から、安全性、既存の第二世代建造例、想定される能力、未知の部分について説明を受けた。
零本人が目の前で元気に立っている。“阿武隈”達も既に生まれ、育っている。建造技術によって人間を生み出せることに、疑う余地は無い。
問題は、その技術を自分達の子供へ使うかどうかだった。
「……私は」
ウォード少将が最初に口を開いた。
「妻と、改めて話をする」
希空は静かに頷く。
「うん」
「その上で、彼女も同意するなら」
一拍置いて、ウォードは続けた。
「協力しよう」
ロックハートが小さく笑った。
「俺もだ」
グーテンベルグも頷く。
「私も、まず家族と話します。それで問題が無ければ」
最後に、アルベローニが口を開いた。
「こっちは多分、妻の方が乗り気になると思うぞ」
「えっ」
「話したら『面白そう』と言い出しかねない」
「……似た者夫婦?」
「否定出来ないな!」
笑いが起こり、少しだけ空気が軽くなった。
希空も安心したように息を吐く。
「じゃあ、決まりだね」
「まだ妻に話していない!」
ロックハートが即座に突っ込む。
「ほぼ決まり!」
「縮めるな!」
零は、そのやり取りを見ながら、くすりと笑った。
それから約三ヶ月後、四人は今度はそれぞれの妻を伴い、再び艦娘技術研究所へ集まった。
話し合いは終わり、各国の承認も得られた。そして何より、両親となる八人が建造へ同意した。
「……よし」
工廠には、四組の夫婦、秋吉、希空、研究員達、そして零が集まっている。その前には、建造装置『釜』があった。
ただし、今回の四人は全く同じ条件で造るわけではない。
第二世代建造技術は、ちょうど新しい段階へ踏み込もうとしていた。
これまでは基本的に、乳児や幼児として生まれ、そこから成長させていく。しかし、身体を最初からある程度成長した状態で建造出来れば、育成期間を大幅に短縮出来る。
理屈の上では可能だった。
ただし、まだ不安定でもある。
「一気に同じ年齢で揃えるより、今、安全に造れる条件でやる」
希空は説明した。
結果として、四人の建造時肉体年齢は異なることになった。
2人は三歳相当、1人は二歳相当、もう1人は一歳相当。
技術的には少し不揃いだが、全員が同じ年、同じ計画、同じ技術によって生まれる。
姉妹ではない。
それでも、何処か姉妹に近い四人になる。
建造が始まった。
釜が動き、研究員達がモニターを監視する。希空は四人分のデータを行き来しながら確認し、零もその傍で様子を見ていた。
かつて自分が生まれた装置が、今度は新しい四人を世界へ送り出そうとしている。
それが何を意味するのか、零にはまだ完全には理解出来ない。それでも、希空がずっと楽しそうにしていることだけは分かった。
数時間後、建造が終了した。
最初の扉が開き、白い蒸気が晴れる。
そこに少女がいた。
一人、また一人。
それぞれ顔も髪も違い、身体の大きさも異なっている。それでも全員が、同じ日、同じ場所、同じ目的のために生まれた。
アメリカ、ロックハート夫妻の娘。
『アンジェリカ・ロックハート』
二歳相当の身体で生まれた彼女は、まだ幼いながらも、周囲を見る目が妙に強かった。
イギリス、ウォード夫妻の娘。
『リリー・ウォード』
三歳相当で生まれた彼女は、四人の中では年長組にあたる。
ドイツ、グーテンベルグ夫妻の娘。
『ソフィア・グーテンベルグ』
一歳相当で生まれた彼女は、四人の中で最年少だった。
イタリア、アルベローニ夫妻の娘。
『ロゼッタ・アルベローニ』
三歳相当で生まれた彼女は明るく、それでいてしっかりしていた。
四人に血の繋がりは無い。
国も違えば、家族も違い、育つ場所も違う。
だが、同じ年に、同じ研究所で、同じ技術と同じ目的のもとに生まれた。
父親達は三年半前、G5で出会い、各国の艦娘運用について協力を続けてきた。そして今、その次の世代が生まれたのである。
後に四人は、まとめて『ユニバーサル・シスターズ』と便宜上呼ばれるようになる。
正式な部隊名でも、国際機関名でもない。ただ、あまりにも分かりやすかった。
四つの国、四人の父、四人の娘。同じ場所から始まった、次世代の艦娘達だった。
希空の目的も達成された。
四人は、単なる外国向け第二世代艦娘ではない。通常よりも情報処理、指揮、判断の能力を強く意識して設計されている。
その建造データからは、神経系、情報処理、生体演算、人間と機械の接続について、大量の新しい知見が得られた。
希空はそれらを一つずつ回収し、整理し、自分の研究へ戻していく。
「……いける」
モニターを見ながら、希空は小さく呟いた。
人間の判断、機械の演算、艦艇の制御を一つに繋ぐ構想の輪郭が、少しずつ見えてきた。
今はまだ、スーパーコンピューター、量子コンピューター、艦艇半自動化、統合制御が、それぞれ別々に研究されている。
だが、いずれは全てを一つの体系へ纏める。
この日に生まれた四人のデータは、そのための重要な一歩となった。
彼女達自身が、そのシステムの中に閉じ込められるわけではない。
四人はそれぞれ両親のいる国へ帰り、家族と共に育ち、学び、遊びながら、自分の人格を形作っていく。
その上で、生まれ持った能力、環境、教育、周囲からの期待が重なり、四人はやがて驚くほど自然に同じ方向へ歩いていくことになる。
艦娘を率いる指揮官への道を、誰かに脳へ命令として刻まれたからではない。
その仕事へ向いた力を与えられ、その力をどう使うかを学び、最後には自分達で選ぶからだった。
いずれにしても、この時の四人は、ただ生まれたばかりの少女達に過ぎなかった。
そして希空は、四人から得られたデータを抱え、次の研究を始める。
人間の判断と巨大な計算機、艦艇と艦隊を一つに繋ぐ、まだ名前の無いシステムの研究を。
続く
あ と が き
4人の女の子たちの活躍については、気長に待っていてください。
次回 知っていることと出来ることは別