“言い方変えただけのオマージュ”の大量発生。
追記:一週間空きます。
2012年10月
艦娘技術研究所 専用演習場
「───っ、はぁぁぁぁあっ!!」
零の叫び声が、広い演習場へ響き渡った。
胸の奥が熱い。そこにある『何か』を、自分の意思で無理矢理動かそうとする。普段なら意識する必要さえないものへ意識を向け、もっと速く、もっと強く、と命令する。
零の全身へ取り付けられた計測装置から、大量の数値が送られてくる。少し離れた場所では、希空がモニターへ張り付いていた。
「出力上昇……まだ推定標準値には届いてない。でも、ちゃんと上がってる!」
希空が顔を上げる。
「もうちょっと! 頑張って、零!」
「ぐっ……!」
姉の声を聞いて、零はさらに踏ん張った。
意識を集中する。
身体の中心、心臓。いや、それだけではない。自分を生かしている何か、身体を動かしている何かが、確かに存在している。そして、それは自分の意思へ反応していた。
「ぐぐっ……うぅぅぅぅ……!」
数値が上がる。一段、さらに一段。
しかし、それ以上は続かなかった。
「───っ!」
身体から力が抜け、零はその場へ膝をつくと、そのまま前へ倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「───計測終了!」
希空がすぐに駆け寄る。
「よく頑張ったね」
荒い呼吸を繰り返す零の隣へしゃがみ込み、その頭を優しく撫でた。零は答える余裕もなく、ただ床へ身体を預ける。
そんな弟を見ながら、希空はもう一度モニターへ目を向けた。
先週より高い。まだまだ足りない。だが、確実に上がっている。
二人が行っていたのは、零の中核機関『タキオンドライヴ』の出力計測であり、同時に、零自身が自分の心臓を使いこなすための訓練だった。
一週間前
「零、戦闘訓練はどんな感じ?」
研究所内の訓練区画で、希空が弟へ声を掛けた。
零はちょうど、一人で基本的な格闘動作を反復していた。構える、踏み込む、拳を出す、身体を捻る、蹴る、着地する。
動作自体は、二歳児が行っているとは到底思えない。それでも、完成度が高いかと言われれば話は別だった。
頭の中には正解がある。拳をどう握るか、足を何処へ置くか、重心をどう移動させるか、相手の攻撃へどう反応するか。知識としては知っているし、映像としても分かる。理屈も理解している。
だが、自分の身体で実際に行えば、少しずつずれる。
踏み込みが深過ぎる。力み過ぎる。重心移動が遅れる。
覚えている動きと、実際に出来る動きの間には、まだ明確な差があった。以前に士達も気付いた通り、インストールされた知識は経験の代わりにはならない。
「ん?」
零が動きを止めた。
「どうしたの、姉さん?」
「そろそろ、インストールだけじゃどうにもならない部分を本格的に教えようと思って」
「インストールだけじゃ出来ない部分?」
「うん」
希空は零の胸元を指差す。
「例えばさ、タキオンドライヴの使い方は? って聞かれたら、零、説明出来る?」
「…………」
零は少し考えた。
タキオンドライヴ。自分の中にある。それは知っている。名前も知っているし、何のための機関なのかも、ある程度は知っている。
けれど。
「……分かんない」
どう動かすのか、自分の意思でどう出力を上げるのか、何処へどう力を回すのか。そう聞かれると、答えが無かった。
「だよね」
希空は当然のように頷いた。
「それは零が悪いんじゃないよ。だって、タキオンドライヴを搭載した存在なんて、零が世界で初めてなんだから」
「……あ」
「私が零へ入れたのは、基本的に既に存在している知識。格闘技なら教本も映像もあるし、戦術なら昔から積み上げられたものがある。銃の撃ち方も、剣の振り方も、船の動かし方も、誰かが既にやってる」
だが、タキオンドライヴは違う。
希空が理論を作り、設計し、零のために造った。使った人間など、一人もいない。
つまり。
「零が一号機だから、零用の教本も無いの」
「じゃあ、どうするの?」
零は素直に聞いた。
「インストール出来ないなら、どうやって覚えるの?」
勉強という概念そのものは知っている。教科書を読む、問題を解く、繰り返す、覚える。それも全部、知識としては理解している。
しかし、自分自身が『知らないことを、失敗しながら覚える』という経験は、まだほとんど無かった。
希空は笑った。
「私が直接教える」
「姉さんが?」
「うん」
希空は零の胸へ、軽く指先を当てる。
「生命維持に必要な最低限の制御は、最初から本能で出来るようにしてある。そこまで自分で意識しないと心臓が止まる、なんて設計にはしてないからね」
「うん」
「でも、戦うために使うのは別」
希空の表情が少しだけ真面目になる。
「出力を上げる。必要な場所へエネルギーを回す。身体を強くする。防御に使う。移動に使う。攻撃へ使う。それを同時にやる」
零は、自分の胸を見る。
「……難しい?」
「多分、かなり」
希空はあっさり答えた。
「何ヶ月かは掛かると思うよ」
「そんなに?」
「むしろ短いと思う」
それから、ぱっと笑う。
「というわけで、今日からしばらくは毎月が『タキオンドライヴ制御訓練月間』です!」
「毎月?」
「終わるまで!」
「……ずっと月間じゃん」
「細かいこと気にしない!」
零は少し笑い、それから頷いた。
「分かった!」
「相変わらず素直だね」
「だって、大好きな姉さんの言うことだから」
「…………」
今度は希空が止まった。
「……そっか」
少しだけ頬が赤い。
「ありがと、零」
こうして零にとって初めての、『頭の中に答えが無いことを、自分で覚える訓練』が始まった。
そして、一週間後。
零は床へ大の字になったまま、天井を見上げていた。
「……つかれた」
「お疲れ様」
隣に座った希空が笑う。
一週間、毎日何度も胸の奥へ意識を向けた。最初は何も分からなかったが、次第に何となく反応があることへ気付き、それから少しずつ、『こうすると上がる』という感覚が分かってきた。
それでも現状は、ようやく戦闘時に想定している標準出力へ近付き始めた程度である。安定して到達することさえ出来ない。まして、その出力を身体強化や防壁、兵装へ正確に振り分ける段階には程遠かった。
普通の機械なら、レバーを倒す、スロットルを開く、制御装置へ命令を出す。それで出力は上がる。
零の場合は違う。
タキオンドライヴそのものがバイタルパートの一部であり、生命維持中枢でもある。零にとって、それは機関であると同時に、本当に心臓でもあった。
だから、自分で出力を上げる感覚は、『もっと強く心臓を動かせ』と意思だけで命令しているようなものだった。
普通の人間が心拍数そのものを自在に操作出来ないように、零にも最初から感覚的に理解出来るものではない。
しかも、その先にはもう一段階ある。
出力を上げるだけでは足りない。生み出したエネルギーを、必要な場所へ回さなければならない。
全身、神経、防御、移動、攻撃。
将来的には、それらを戦闘中に瞬時に切り替え、場合によっては同時に使うことになる。今の零には、到底出来ない。
「……ねぇ、姉さん」
「ん?」
零は身体を起こした。
「これさ」
少し間を置く。
「本当に、俺が強くなるのと関係あるの?」
希空が目を瞬いた。
零にとっては、かなり重要な問題だった。何故こんな苦しい訓練をしているのか。希空は、『出来るようになれば強くなる』と言った。
しかし現状、零自身は強くなった実感など無い。ただ疲れる。胸の奥へ意識を集中して、唸って、力んで、数字が少し上がる。それだけだ。
「タキオンドライヴを上手く動かせるようになったら、本当に戦えるようになるの?」
零は真剣だった。もっと端的に言えば、『強くなれるなら頑張る』のである。
希空はその顔を見て、少しだけにやりと笑った。
「関係あるかって?」
「うん」
「───大有り」
希空は立ち上がる。
「っていうか、零の戦闘力の要だよ」
「……そんなに?」
「そんなに」
自信満々だった。
「タキオンドライヴをきちんと制御出来るようになって、そこから生まれるエネルギーやタキオン粒子、空間への干渉まで使いこなせるようになったら、零は今とは比べ物にならないくらい強くなる」
「…………」
零は少し疑うように姉を見る。本当に、と顔に書いてある。
希空もすぐ気付いた。
「……まあ、言葉だけじゃ分かんないよね」
「うん」
「即答だね」
希空は苦笑した。
そして突然、後方へ大きく跳んだ。小さな身体が軽々と数十メートルを飛び、着地する。
零が驚いて立ち上がる。
「姉さん?」
希空は、離れた場所から手招きした。
「零!」
「なに?」
「ここまで来て!」
「分かった!」
零が一歩踏み出す。
普通に走れば良い。数十メートルなど、今の零の身体能力ならすぐだ。
だが。
「───ただし!」
希空が声を上げた。
零の足が止まる。
「“光より速く”来て!」
「…………」
零は固まった。
「……どうやって!?」
流石に無茶である。
「光より速くなんて、そんな……」
口を開く。そして、考えるより先に言葉が出た。
「“ワープ”みたいなこと───」
言ったところで、自分自身が止まった。
希空が笑う。
「なんで今、『ワープ』って言ったの?」
「……え?」
「『瞬間移動』でも、『テレポート』でも良かったでしょ?」
「…………」
零には分からない。どうしてその単語が出てきたのか。
だが、言われた瞬間、何か妙な感覚があった。
知っている。ただの言葉としてではない。もっと具体的な、何かを。
希空がヒントを出す。
「タキオンドライヴそのものの制御方法は、零が自分で覚えるしかない」
「うん」
「でもね」
希空は自分の頭を指差した。
「それを使って出来ることの一部と、完成した時にどういう手順で動くかは、設計データとして零の中にも入れてあるよ」
「…………」
零は目を閉じた。
ワープ。そう考えると、そこには普通の単語以上のものがあった。意味だけでもない。
通常空間から一度外れ、別の位相へ移り、空間同士を繋いで目的地へ戻る。どうすれば良いのか、全部を自分の意思だけで実行出来るほどではない。それでも、『何をしようとしているのか』だけは妙に分かる。
「───あ」
零が目を開いた。
希空が笑う。
「見つけた?」
「……うん」
「じゃあ」
希空は両手を広げた。
「おいで」
零は胸の奥へ意識を集中した。
タキオンドライヴ。さっきまでは、ただ出力を上げようとしていたものを、今度は別の使い方をする。
空間へ、繋ぐ。
「……っ!」
一瞬、怖かった。だが、目の前には姉がいる。
「───ワープ!」
次の瞬間、零の姿がその場から消えた。
通常空間の中を加速して光速を越えたわけではない。タキオンドライヴが通常空間と、その外側にある領域との位相接続を形成し、零の身体が一瞬だけ通常の移動経路から外れたのだ。
数十メートルという、ごく短い距離。それでも確かに、零は普通に走るより遥かに速く、その距離を飛び越えた。
そして。
「───わっ」
希空の目の前へ現れる。
勢い余って、そのまま抱きついた。希空が受け止める。
「っと」
二人とも倒れずに済んだ。
「───よく出来ました」
希空は嬉しそうに零を抱きしめ返し、その頭を撫でた。
零は数秒、黙っていた。それから口を開く。
「……分かった」
「何が?」
「『ワープ』だけ、変なくらい細かく分かった理由」
少し興奮している。
「言葉を知ってたんじゃない。使うための流れが入ってたんだ」
「正解」
希空は笑う。
「でも、それを実際に使ったのは零だからね」
「俺が?」
「うん」
設計上は可能で、理論上は出来る。知識として手順があったとしても、最後に身体を動かしたのは零自身だった。
「…………」
零は少しだけ嬉しそうにした。
だが、その直後。
「……あれ?」
身体が重い。希空にもたれ掛かる。
「疲れた?」
「……ちょっと」
「でしょ?」
希空は予想していたように笑った。
「だからワープの多用は禁止」
「なんでこんな疲れるの?」
「消費が大きいから」
希空は零を抱いたまま説明する。
「タキオンドライヴ自体の効率が悪いって意味じゃないよ。むしろ物凄く高性能」
「じゃあ、なんで?」
「零がやらせる仕事が多過ぎるの」
生命維持、身体強化、防御、移動、攻撃、自己修復、将来的には艤装への供給まで、一基の機関へ何でもやらせる。
「その中でも、ワープみたいな能力は一回で沢山使うの。今の零は、作って使えるエネルギーも、その振り分け方もまだ未熟だから、一回やっただけでも一気に疲れる」
「……燃費悪い?」
「そういう意味では、かなり悪い」
ゲーム的に言えば。
「MP消費がデカい技ばっかり持ってる感じ」
「……なるほど」
零には、その説明が一番分かりやすかった。
「じゃあ、連続でやったら」
「すぐヘロヘロ」
「戦えなくなる?」
「今はね」
「……それは、やだ」
零は真剣に頷いた。
自分が『燃費の悪い存在である』ということを、この時、かなり深く胸へ刻んだ。
少し休憩した後、希空が尋ねた。
「───さて、他に何か知りたい?」
零は考える。
先ほどまで、あれほど面倒だった出力訓練が、今は少し違って見えた。
「……他には?」
「ん?」
「タキオンドライヴで、他には何が出来るの?」
予想通りだったのか、希空は嬉しそうに笑った。
「そう言うと思った」
「ある?」
「いっぱい」
「本当?」
「本当」
ただし、と希空は続ける。
「ほとんどは、今の零じゃまともに使えないけどね」
「……やっぱり出力?」
「出力も、制御も、身体の強さも」
希空は指折り数える。
「作れるエネルギーが足りない。作れても上手く回せない。回せても身体が耐えられない。あと、一個出来ても二個同時に使えない」
「いっぱいある……」
「だから訓練するの」
ようやく、今毎日やっていることの意味が一本に繋がった。
零の顔が明らかに変わる。希空はそれを見逃さなかった。
「でも」
「?」
「一個だけ、今でも一瞬なら出来そうなものがあるよ」
零の目が輝く。
「なに?」
希空は答えた。
「タキオンウォール」
「……タキオンウォール」
「うん。タキオン粒子と機関出力を使って作る、防護フィールド」
防壁。それなら分かる。敵の攻撃を止めるものだ。
「やってみる?」
「やる!」
即答だった。
しかし、すぐに困る。
「……でも、どうやるの?」
希空は零の胸へ指を向けた。
「まず、タキオンドライヴを感じて」
「うん」
「その周り」
零は目を閉じ、意識を沈める。
心臓、そのさらに奥。さっき出力を上げた感覚の周囲に、何かがある。
機関が安定して動くため、零自身を生かすため、危険な反応や位相変化を外へそのまま漏らさないための、最低限の防護場が自動的に成立している。
それは零自身が普段、意識して使っているものではない。生命維持と同じく、最初から使えるように組み込まれたものだった。
「…………ある」
「分かる?」
「うん」
「何か、囲ってる」
「それ」
希空は頷いた。
「今は機関の周りにある最低限のものだけど、原理は同じ。その感覚を、自分の意思で外側へ持ってくる」
零が目を開く。
「身体の周り?」
「最終的にはね」
しかし、今の出力では足りない。
「全身を覆おうとしたら、多分すぐ消える。だから今日は一ヶ所だけ」
希空は少し考える。
「左手にしようか」
「分かった」
零は左腕を前へ出した。
胸の中にある機関から流れるものを感じる。先ほどワープで使った感覚が、まだ少し残っている。
力を集め、左腕へ回す。手の前に、守るための壁を作る。
「ん……っ」
零の表情が歪む。
難しい。単に力を出すのではなく、形を作らなければならない。散らさず、一ヶ所に留め、維持する。
「そう、そのまま」
希空の声が届く。
「焦らなくて良いよ。出力は上げ過ぎないで、まず形───」
その時。
「うわっ!」
零が声を上げた。
左手の前で空間が青白く揺らめき、薄い光の膜が円形に近い形を取る。小さな防壁だった。
「出た!」
希空が笑う。
「それ! それがタキオンウォール!」
「おお……!」
零は左手の前に浮かんだ光へ目を輝かせた。
綺麗だった。そして何より分かりやすい。自分が今、普通の人間には出来ないことをしている。
「……っ」
数秒後、光が揺らぎ、消えた。
「はぁ……」
零は肩で息をする。
たった数秒、左手一枚分。それだけだった。
だが。
「出来た」
「ああ」
希空は満足そうに頷いた。
「初めてなら十分過ぎるよ」
零は自分の左手を見る。何も無い。それでも、先ほどの感覚は覚えている。
「姉さん」
「ん?」
「もっと出力上げられたら、もっと大きく出来る?」
「出来る」
「全身?」
「出来る」
「もっと硬く?」
「出来る」
「一ヶ所だけ、物凄く強くとか?」
「それも出来る」
零の表情が、どんどん明るくなる。
「じゃあさ」
左手を握る。
「これ、身体にくっつけたまま殴ったら強い?」
「……そこ行くんだ」
希空が笑った。
「出来るよ。身体強化と組み合わせれば、近接戦闘にも使える」
「やっぱり!」
タキオンウォールを拳に纏わせ、敵を殴る。二歳児の発想としては妙に戦闘的だった。
もっとも、そうなるよう造ったのは希空本人なので、文句は言えない。
「でもね」
希空は零の右手を取った。
「攻撃に使うなら、もっと直接的なのもあるよ」
「直接的?」
「うん」
右腕を前方へ向け、掌を前へ構えさせる。
「例えば、機関のエネルギーを変換して」
空いた手で零の掌を指す。
「陽電子を使った射撃」
「……ビーム?」
「そういう認識で、今は大体合ってる」
零の目がまた輝く。
「手から撃てるの?」
「出来るようになる」
「おお……!」
「ただし」
希空は指を立てた。
「今やったら、多分まともに出ない」
「…………」
「決まったプロセスがあるから」
「……訓練する」
「よろしい」
希空は笑った。
身体強化、防壁、ワープ、陽電子射撃。どれも同じ、一つの心臓から生まれる。
そして今の零には、その全てへ自由に力を回す能力が無い。だからこそ、学ぶ必要がある。
「あとね」
希空が言った。
「攻撃なら、もう一つある」
「まだあるの?」
「あるよ」
それまで楽しそうに説明していた希空の表情が、少しだけ変わった。零も何となくそれに気付く。
「これは」
希空は零の掌を見る。
「さっきの陽電子射撃より、ずっと大きい」
「どのくらい?」
「……物凄く」
「分かんない」
「だよね」
希空は少し笑ったが、その声は真剣なままだった。
「タキオンドライヴから出せる力を、出来るだけ集める」
胸を指す。
「タキオン粒子とエネルギーを」
腕を辿る。
「一ヶ所へ収束して」
掌で止まる。
「限界まで圧縮して───」
一瞬、手を握る。
「───放つ」
零は自分の掌を見る。そこには何も無い。
だが、想像する。
さっき見た青白い防壁より、遥かに強い光を。
「……凄そう」
零が呟く。
希空は少し間を置いてから答えた。
「うん」
そして、噛み締めるように続ける。
「凄いよ」
希空の設計上、それは最初から存在している。零のために造った、最大級の攻撃手段。
だが、今の零には使えない。
出力が足りない。制御出来ない。収束出来ない。身体が耐えられない。何より、一つの巨大な力を扱う技量がまだ無い。
だから希空は、まだ名前を付けなかった。今、必要はない。いつか零自身がそこまで辿り着いた時、付ければ良い。
「文字通り」
希空は笑う。
「“必殺技”かな」
「必殺技……!」
その言葉に、零は一瞬で反応した。
「俺、それ覚えたい!」
「やっぱり?」
「覚える!」
「じゃあ、その前に」
希空は演習場を指差した。
「標準出力まで上げられるようになろうね」
「…………」
現実へ引き戻された。
「……はい」
「あと、ワープ一回でへばらない」
「はい」
「タキオンウォール五秒以上」
「……はい」
「エネルギー配分も」
「いっぱいある……」
「だから言ったでしょ?」
希空は楽しそうに笑った。
「インストールだけじゃ足りないんだよ」
知識を頭へ入れることは出来る。理論を最初から教えることも、完成形を設計しておくことも出来る。
だが、自分の心臓を自分の意思で動かすこと、失敗して疲れながら感覚を掴むこと、何度も繰り返して身体に覚えさせることだけは、最初から与えられない。
零自身が手に入れるしかない。
一週間後、彼は標準戦闘出力へまだ届いていない。局所タキオンウォールは数秒、短距離ワープは一回で大きく消耗し、同時に二つの能力を使うことなど、まだ考えられなかった。
それでも一週間前、何をしているのかさえ分からなかった少年は、今、自分の中にある力を少しだけ知った。
そして、その先には『必殺技』がある。
知ってしまった以上、もう止まる理由は無かった。
「姉さん!」
休憩を終えた零が、勢い良く立ち上がる。
「もう一回やる!」
「え、もう?」
「今度はさっきより上げる!」
「疲れてるんだから、少し休もうよ!?」
「大丈夫!」
「そういうところで無茶しない!」
「でも必殺技!」
「必殺技は逃げないから!」
演習場に、今度は姉弟の声が響く。
世界初の機関、世界初の使用者。教本は無く、先例も無い。正解を知っているのは、設計者である希空の頭の中だけだ。
それでも零は、自分の身体で一つずつ答えを作っていく。
タキオンドライヴ制御訓練は、まだ始まったばかりだった。
続く
あ と が き
タキオンドライヴ系は、オマージュ元から設定面もほぼそのまま引っ張って来てます。
零の強さへの説得力にはもってこい。
親がオリジナルシリーズのリアタイ世代。
それ故に幼少期に『英才教育』を受けて以降、大好きな作品。
リメイクシリーズも大好き。あの濃密さが癖になるし、良い感じに日常に余白があるのが、妄想の余地があってありがたい。
最近では本作完結後の零を転移させた二次創作の構想も。
元が群像劇だからオリキャラを入れる余地もあるし。
私の大好きなキャラクターかつ、零とも設定面で相性が良い、洋上艦艇マニアのあの子をヒロインに設定しているせいで、表に出すと一部から怒られそうだけど。
notクロスオーバー。
本作の世界観はオリジナル、零周りの設定はむしろこっちオマージュであり、ぶっちゃけ艦これ関係なく成立するため。
元々、本作はオリジナル架空戦記に艦これ要素をぶち込んだような作品なので。なお製作経緯は真逆。
第六章公開まで、あと3週間。めっちゃ楽しみ。
6/27追記
初日に観てきた。めっちゃ面白かった。
その場での面白さはもちろんあるけど、個人的には後からじんわり染みてくるボディブロータイプの章だった。
各キャラの解像度も上がったし、
描写も生々しくてとても満足。
好きなキャラも活躍していて感謝感激。
聖地巡礼ができるようになったのも良かった。
おまけに、本作において未だ理論的に設定出来ていなかった、後々登場予定の“ある設定”について、向こうからネタをくれたのが本当にありがたかった。
マジ感謝。
次回 日常に迫る不穏な影