割と初めてな加奈メイン回。
2013年4月
加奈は東京の大学に進学した。
元々は、士と同じく海軍兵学校に進学することも考えた。神崎流を会得していたこともあり、体力や戦闘技術に関して言えば、普通の同年代よりは遥かに自信があった。
何より、士がそこにいた。
なら自分も同じ場所へ行く。そう考えるのは、加奈にとっては自然なことだった。
だが、その考えは周囲から止められた。
士からも、洋平からも、海斗からも。
「加奈まで軍に来なくて良い」
そう言われた時のことを、加奈は今でも覚えている。
納得していなかったわけではない。むしろ、皆が自分を危険から遠ざけようとしてくれていることくらい、分かっていた。
けれど、士が兵学校へ進み、兄達や希空が世界の未来に関わることをしている中で、自分だけが普通の大学へ通うことには、ほんの少しだけ疎外感があった。
それでも一年経てば、生活にも慣れる。
講義に出て、友人と昼食を食べ、課題に追われ、休みの日には街へ出る。
それは確かに、士が加奈に送ってほしいと願った、普通の大学生活だった。
───その周りにあるものが、決して普通ではないことを除けば。
1年後
2014年4月下旬
加奈はそれなりに大きめの講義室で、いつも通り数人の友達と一緒に講義を聞いていた。ゴールデンウィーク直前というのもあってか、室内にはどことなく浮ついた空気が漂っている。
「……もうすぐゴールデンウィークだけど、みんなどうするの?」
少しトーンを落とした声で、隣の席に座っていた友達が聞いた。
講義中にする話ではない。だが、教授の声が少し遠く聞こえる程度には、教室全体がざわついていた。
「一旦実家帰るかな〜」
「私は彼氏と出かける予定!」
「ずっと家の中にいるかも……」
「それはそれで贅沢じゃない?」
「でしょ?」
各々の予定が出揃っていく中、
「加奈は?」
そう聞かれた。
「私は……」
素直に答えるのが恥ずかしかったので、誤魔化そうかと考えた。
───士に会いに行く。
ただそれだけのことなのに、口に出そうとすると妙に照れくさい。
士が海軍兵学校へ進学したのは、2011年4月。あれから三年、会えるのは夏休みや年末年始くらいになっていた。昔のように、会おうと思うまでもなく会える、そんな距離ではない。
だから、ゴールデンウィークに会えることを、加奈は結構楽しみにしていた。
ブッ…
「……!」
その時、加奈のスマホにメッセージが来た。
送り主は士。
画面に表示された名前を見て、加奈は慌ててスマホを伏せようとした。
だが、一瞬遅かった。
「……あっ、これもしかして!」
「例の婚約者?」
「えーっと内容は、っと……」
「あっちょ、見ないでって!」
通知を見られて、バレてしまった。指紋認証で既にロックが外れていたため、簡単に文面が見えてしまった。
『GWにこっち来る件、大丈夫か?行き方分かるか?』
内容は至って普通の、士からの心配。
でも、話のネタには充分だった。
「婚約者に会いに行くの?」
「うわ、やっぱりそうじゃん!」
「しかも“こっち来る件”って、向こうに行くんだ?」
「え、どこ? 遠距離?」
一斉に視線が集まる。
加奈は頬が熱くなるのを感じながら、小さく呟いた。
「……江田島」
「えたじま?」
「離島?」
「うん。広島にある。士が、海軍兵学校にいるから」
その瞬間、友人たちの目が露骨に輝いた。
囁きながらも声のトーンが上がる。
「婚約者が海軍!?」
「何それ、設定盛りすぎじゃない?」
「しかも幼馴染でしょ?」
「え、少女漫画?」
「違うから……」
加奈は反射的に否定したが、説得力はあまりなかった。
実際、事情だけ聞けばそう見えるのだろう。
由緒ある家の生まれ。
分家の跡取りである婚約者。
幼い頃からの付き合い。
そして、その相手は海軍兵学校へ進学している。
普通の大学生からすれば、十分に現実離れした話。
───現実離れ、か。
加奈は苦笑しかけて、すぐに表情を整えた。
本当に現実離れしているのは、そんな表向きの話ではない。
艦娘。深海棲艦。
艦娘技術研究所。希空。
そして……零。
自分はそれらの存在を、普通の人よりも遥かに近い距離で知っている。
知ってはいけないものを知りすぎている、とまでは言わない。けれど、自分が下手に口を滑らせれば、それだけで誰かが困るかもしれない。
そんな薄い自覚は、ずっと加奈の中にあった。
「でもさ、加奈もそういうところ行くのかと思ってた」
友人の一人が、ふと思い出したように言った。
「ほら、前に言ってたじゃん。家がそういう……軍人さんの家? なんで普通の大学にしたの?」
「んー……まあ、考えなかったわけじゃないよ。海軍兵学校」
ほぼ軍人だし。護衛任務だってやったことある。
そこまで言いかけて、口を噤む。
だが実際、要人の護衛任務の経験があり、APASを装填したM500を実用レベルで連射出来るような自分を、普通の民間人だと言うには少々無理があることは理解している。
「やっぱり!」
「でも、止められたから」
「婚約者に?」
「士にも。あと、親戚にも」
機密に関わる可能性を考えてぼかしたが、正確には、親戚という言葉では足りない。
神崎洋平。神崎海斗。
二人とも、加奈にとっては実の兄であり、同時に国防軍の中枢にいる人間でもある。
彼らが何を見てきたのか、加奈は知っている。
だからこそ、彼らが自分を軍へ入れたがらなかった理由も、分かっていた。
「過保護じゃない?」
「まあ、そうかも」
加奈は少し笑った。
「でも、心配してくれてるのは分かるから」
「加奈ってさ、そういうところで妙に大人だよね」
「そう?」
「普通なら、もっと反発しそうじゃん。婚約者と同じ学校行きたいとかさ」
「……行きたくなかったわけじゃないよ」
思わず、本音が漏れた。
友人たちが少しだけ静かになる。
「でも、士は士でやることがあるし。私まで同じ場所に行ったら、逆に邪魔になるかもしれないし」
「邪魔ってことはないんじゃない?」
「そうかな」
「少なくとも、向こうは嬉しいと思うけど」
その言葉に、加奈はすぐには返せなかった。
士は喜んだだろうか。
……多分、喜んだ。
少なくとも、嫌がることはなかったはず。
もっと小さい頃は、「一緒に戦う!」なんて言っても、「おう!」などと言って笑っていたくらいだから、そこは今だって同じはず。
けれど同時に、士はきっと困った顔をした。
「加奈を危険な場所へ近づけたくない」
そう言ったと思う。
「……まあ、でも」
そう言って加奈はスマホの画面をもう一度見る。
『GWにこっち来る件、大丈夫か?行き方分かるか?』
いつもの、必要最低限のようでいて、妙に心配性な文面。
それを見ていると、自然に笑みが浮かんだ。
「会えるのは、楽しみかな」
「はい言った!」
「今の顔、完全に彼氏に会いに行く顔だった!」
「婚約者だから彼氏より上でしょ」
「やめてってば!」
加奈は慌てて声を抑える。講義中だということを思い出したからだ。
だが、友人たちのからかいは止まらない。
「じゃあさ、あとで学食で詳しく聞かせてよ」
「何を?」
「婚約者の話」
「江田島旅行の話」
「神崎家の話」
「最後のはダメ」
「えー」
「ダメなものはダメ」
加奈は苦笑しながらも、少しだけ安心していた。
彼女たちの興味は、あくまで恋バナや家柄への好奇心。
その奥にあるものまでは、踏み込んでこない。
踏み込ませるわけにはいかない。
自分は普通の大学生としてここにいる。
けれど、自分の周りにあるものは、決して普通ではない。
その境界線を間違えてはいけない。
そう思いながら、加奈はスマホをポケットへしまった。
講義が終わると、加奈たちはそのまま学食へ向かった。
ゴールデンウィーク前の学食は、講義室以上に浮ついた空気に包まれていた。帰省の予定、旅行の予定、アルバイトのシフト。あちこちの席から、そんな話が聞こえてくる。
加奈たちは空いているテーブルを見つけ、そこに腰を下ろした。
「───で、詳しく」
「何を……?」
「東堂士くんのこと」
「……名前覚えてるの怖いんだけど」
「だって加奈の婚約者でしょ? 覚えるでしょ」
「海軍兵学校ってことは、将来は国防軍の軍人さん?」
「うん。本人も昔からそう言ってた」
「かっこいいじゃん」
「まあ……昔から、そういうところは真面目だったから」
士は幼い頃から、自分が何を背負っているのかを理解していた。
軍人になることを、当たり前の未来として見ていた少年。
「でもさ、遠いと寂しくない?」
友達の何気ない一言に、加奈は一瞬だけ動きを止めた。
「……寂しいよ」
今度は、誤魔化さずに言った。
「昔はずっと一緒だったから。士が江田島に行ってからは、夏休みと年末年始くらいしか会えなくなったし」
「そっか」
「だから、今回会えるのは本当に楽しみ」
言った後で、加奈は少しだけ恥ずかしくなった。
だが、友人たちは茶化さなかった。
ほんの数秒だけ、柔らかい沈黙が流れる。
そして次の瞬間、
「じゃあ、お土産買わなきゃね」
「服もちゃんと選ばないと」
「髪型どうする?」
「だから、そういうのじゃないって!」
結局、また茶化された。加奈は困ったように笑う。
その笑顔は、
少なくともその場では、
どこにでもいる普通の女子大学生のものだった。
だから加奈は気づかなかった。
少し離れた席で、こちらに背を向けたまま日替り定食を頬張る一人の男が、彼女たちの会話を聞いていたことに。
男はモグモグしながら、
手元の端末へ、短い文章を入力する。
───対象、GW中に江田島へ移動予定。
───接触対象、東堂士。
送信。
それだけを済ませると、男は何事もなかったかのように食事に戻り、やがて席を立った。
大学の学食に関係者以外が訪れるのはよくあること。だから不審がられることも特になかった。
もっとも、男にとって重要だったのは、学食に入れたことではない。
神崎加奈が、予定通り東堂士の元へ向かう。
その事実を確認できたことだった。
そもそも男は、今日初めて加奈を見つけたわけではない。
彼女がこの大学に通っていることも、普段どの講義を受けているかも、既に把握していた。
2日後
未明にはもう、加奈は出発した。
東京駅へ向かい、駅弁を買って新幹線に乗る。
数時間の後、広島駅に到着。フードコートで昼食を食べた後、すぐさまライナー電車に乗り、呉へ。
呉に着いた後は、一度鎮守府へ寄った後、市街を港へ向け歩く。陸に浮く潜水艦と巨大な砲身を視界に入れつつ、フェリー乗り場へと向かう。
フェリーの所要時間はそこまで長くない。
すぐに江田島に到着した。
港から出ている路線バスに揺られて、島を縦断する。やがて、『兵学校前』と名前が付くバス停に到着し、そこで降りた。
海軍兵学校の正門では、士が守衛と話しながら待っていた。それなりに仲が良いのか、何かイジられている様子。
加奈は守衛には存在を気づかせつつ、口に人差し指を当てたジェスチャーを送りその意図を理解させ、こっそりと近づいた。
「───つーかさっ!」
「……加奈か、びっくりした」
どうやら士は気づいていたらしく、言うほど驚いてはいなかった。でも、それでよかった。
近づいてくる気配に気づかない士ではない。
元からバレてるとは思っていたし、ただじゃれつきたいだけだったから。
その後、守衛と敬礼し合ってから、加奈は士と共に敷地内へと入っていった。
神崎家の一員。
敷地内に入れる理由に、それ以上は不要だった。
2人は、並んで道路脇を歩く。
時々、車両やランニング中の集団とすれ違う。
走っている学生は皆、士を見ると敬礼をして行く。
士は別に上官ではないというのに。
加奈にはそれだけで、如何に士がダントツの主席、憧れの存在なのかが感じ取れた。士が軽く手を上げて返す様子からも、それが珍しいことではないのだと分かった。
大きな主砲塔が見える場所まで来た辺りで、加奈が言った。
「鎮守府で、小林長官と田村参謀長に会ってきた」
「おっ、元気そうだったか?」
「うん。……っていうか士の方がいっぱい会ってるんだろうし、聞かなくても分かるでしょ」
「そうは言っても、前回会ったの半月前だしな。その前は2ヶ月前か」
「結構頻繁に会ってるじゃん」
「阿武隈たちはどうだ?」
「元気だったよ。もうみんな普通に歩いて喋ってた」
「成長早いよな」
「そうだね」
2人は、やがて港へと近づいた。
「……でも、よくそんなに会いに行けるね?」
「まあ、会いに行くための“足”はあるしな」
「足?」
「ちょうど見えてきた。……ほら、アレ」
そう言って士が指差した先にいたのは、一隻の艦艇。
静かに、でもどこか堂々と、港に佇んでいる。
「あれは……」
「記念艦兼練習艦の、雪風だ」
停泊していたのは、伝説の駆逐艦「雪風」だった。
「雪風……って確かドック入りしてたんじゃなかった?」
加奈が、以前希空から聞いたことを口にする。
聞かされた時の士の反応が面白かったために、よく覚えていた。
「最近、それが終わったんだ」
「なるほど」
士が語った至極当然な答えに、加奈は納得した。
そして、話は本筋に戻る。
「……っていうかこの話の流れでいくと、“足”って雪風のこと?」
「ああ」
「……いいの?っていうか、乗れるの?」
「ああ」
「……どうやって?」
あまり詳しくは知らないまでも、「雪風」を呉鎮守府へ行く足に使うって、どういうこと?…と加奈は思った。
「加奈、覚えてるか?あの時希空が言った、“海軍の新しい構想に適したテストベッド”って話」
「うん、覚えてる」
「───艦艇半自動化計画って言ってな。艦艇に制御システムの搭載とそれに対応する各部の改修をやって、制御システム側で一括制御しよう、って話だ。要するに艦艇の運用に必要な人員を削減するための計画だ」
「そのテストベッドに、雪風が?」
「ああ。お陰で少人数でも充分実用レベルで動かせるようになった。場合によっては俺一人でも、動かせる」
「士が、一人で?」
「ああ、出来る」
「出来るのは良いとして、良いの?一人で動かして」
「主席だし」
「絶対それだけじゃ無理だと思う……」
2人して苦笑した後、実用部分の話に。
「……まあ、流石に一人で戦闘はキツい。ただ呉に行って帰ってくるだけだからどうにかなるってだけだ」
「流石にそうだよね」
「───でも、本当に高性能な制御システムだ。改装には希空が全面的に関わってるから、納得ではあるけど……本当に凄い。それこそ、自我を持ってるんじゃないかってレベルで」
「そんなに凄いんだ……」
加奈は「雪風」を見る。その姿は、ゆっくり港で休んでいるはずなのに、どこか『常在戦場』を体現しているかのような佇まいだった。
その後、加奈は士の自室へと入り、そのまま夜を過ごした。
その頃 日本近海
深く暗い海底。
月明かりも、星の光も届かないその場所で、海水だけが重く沈黙していた。
そこから、複数の影が海面へと浮き上がる。
水面を割って現れた彼女たちの周囲には、深海から引き上げられた冷気のようなものが漂っていた。
「───準備ハ良イカ、空母棲鬼」
「戦艦棲姫……貴様ニ言ワレルマデモナイ」
「フン……」
“戦艦棲姫”はとても気合いが入っている様子。
対して“空母棲鬼”は「呼ばれたから来ただけ」とでも言いたげな様子。
「随分ト気合イガ入ッテイルワネ」
「当然ダ!漸ク、漸クアノ憎キ艦娘派ニ“強烈ナ一撃”ヲ叩キ込メルノダカラナ!」
「……人類側ノ協力者ノオ陰デ、ネ」
「言ッテオクガ、同盟デハナイ。RBDダカ何ダカ知ランガ、利用出来ル物ヲ利用シタマデダ」
「ソノ割ニハ、結構気ニ入ッテイルジャナイ?『艦娘派』トカ言ウ呼ビ方マデ真似シチャッテ」
「……」
“空母棲鬼”の言葉が完全に図星で、何も言い返せずに黙る“戦艦棲姫”。
すぐに話を逸らす。
「……改メテ、情報ヲ確認スル」
そう言って彼女は、通信端末を取り出す。
深海棲艦らしくない外見の端末。
明らかに人類製のスマホ。
本来ならば、そんなものが彼女の手にあること自体が異様だった。
深海棲艦の艤装でも、妖精の技術でもない。
人類が作り、人類が使うための端末。
その小さな画面だけが、暗い海上で白く光っていた。
『対象、GW中に江田島へ移動予定』
『接触対象、東堂士』
2日前、メッセージアプリに届いた短い文面。
画面に浮かぶ文字は、深海棲艦のものではない。人類の言葉だった。
だが今、その言葉は人類を守るためではなく、人類を殺すための道標として使われている。
その後、今日も何通か届いていた。
「神崎加奈ガ、江田島ヘ入ッタ」
「東堂士トノ接触ヲ確認」
「呉鎮守府ニ、艦娘派ノ後盾二名ノ存在ヲ確認」
「詳細ハ不明ナレド、新型艦娘ノ存在モ確認」
判明済みの情報を1つ1つまとめていく。
そして、一言呟いた。
「───条件ハ満タサレタ」
それは、感情の昂りだけで発せられた言葉ではなかった。
待っていた。
必要な者が、必要な場所へ集まるのを。
守るべき者が、守られるべき場所にいることを。
狙うべき者が、一つの海域に揃うことを。
そのために、彼女たちは待った。
そのために、人間たちは情報を送り続けた。
その言葉に呼応して、周囲に無数の下位個体が次々と浮上してくる。
黒い海面が、次々と割れた。
一つ、二つではない。
人型の影。魚型の影。大小様々な影。
静かな夜の海に、夥しい数の深海棲艦が姿を現していく。
海そのものが、敵意を持って浮上してきたかのようだった。
その群れの奥で、“戦艦棲姫”だけがまっすぐ日本本土を見ていた。
その視線の先にあるのは、軍港だった。
鎮守府だった。
そして、艦娘派の中枢だった。
“戦艦棲姫”は、日本本土を指差して言う。
「作戦ヲ開始スル!攻撃目標、呉・江田島。作戦目標ハ……艦娘派中枢ノ抹殺ダ!」
「マズ始メニ、空母棲鬼ガ機動部隊デ空襲スル」
「水上部隊、特ニ艦娘ハ、私自ラ相手シテヤロウ!」
そう力強く言った後、“戦艦棲姫”は視線を“空母棲鬼”の横に向ける。
「───ソシテ、直接ノ始末ハ貴様ニ任セル」
「……了解」
闇夜に紛れたそのシルエットは、軟体状の艤装が特徴的だった。
数時間後
複数の艦隊に分かれ、深海棲艦日本方面軍は出撃した。
海面を滑るように進む影の群れは、夜の闇に紛れて音もなく進んでいく。
波を裂く音すら、どこか遠い。
だが、その航跡だけは確かに残った。
深夜の豊後水道に、夥しい数の航跡が刻まれていく。
それは、まだ誰にも見つかっていない侵攻の痕跡だった。
哨戒網の隙間を縫うように、黒い艦隊は北へ進む。
目指す先は、呉。
そして江田島。
その頃、そこにいる者たちは、まだ何も知らない。
加奈は、久しぶりに会えた士の近くで眠っていた。
小林も、田村も、明日の朝がいつも通り来るものだと思っていた。
“阿武隈”たちも、呉鎮守府の夜の中にいた。
呉の空に、まだ警報は鳴っていなかった。
続く
あ と が き
第一章の総決算。
次回 瀬戸内海航空戦