自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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割と初めてな加奈メイン回。



39. 戦火の足音

 

 

2013年4月

 

加奈は東京の大学に進学した。

 

元々は、士と同じく海軍兵学校に進学することも考えた。神崎流を会得していたこともあり、体力や戦闘技術に関して言えば、普通の同年代よりは遥かに自信があった。

 

何より、士がそこにいた。

 

なら自分も同じ場所へ行く。そう考えるのは、加奈にとっては自然なことだった。

 

だが、その考えは周囲から止められた。

 

士からも、洋平からも、海斗からも。

 

「加奈まで軍に来なくて良い」

 

そう言われた時のことを、加奈は今でも覚えている。

 

納得していなかったわけではない。むしろ、皆が自分を危険から遠ざけようとしてくれていることくらい、分かっていた。

 

けれど、士が兵学校へ進み、兄達や希空が世界の未来に関わることをしている中で、自分だけが普通の大学へ通うことには、ほんの少しだけ疎外感があった。

 

それでも一年経てば、生活にも慣れる。

 

講義に出て、友人と昼食を食べ、課題に追われ、休みの日には街へ出る。

 

それは確かに、士が加奈に送ってほしいと願った、普通の大学生活だった。

 

 

───その周りにあるものが、決して普通ではないことを除けば。

 

 


 

 

1年後

2014年4月下旬

 

加奈はそれなりに大きめの講義室で、いつも通り数人の友達と一緒に講義を聞いていた。ゴールデンウィーク直前というのもあってか、室内にはどことなく浮ついた空気が漂っている。

 

「……もうすぐゴールデンウィークだけど、みんなどうするの?」

 

少しトーンを落とした声で、隣の席に座っていた友達が聞いた。

 

講義中にする話ではない。だが、教授の声が少し遠く聞こえる程度には、教室全体がざわついていた。

 

 

「一旦実家帰るかな〜」

 

「私は彼氏と出かける予定!」

 

「ずっと家の中にいるかも……」

 

「それはそれで贅沢じゃない?」

 

「でしょ?」

 

 

各々の予定が出揃っていく中、

 

「加奈は?」

 

そう聞かれた。

 

「私は……」

 

素直に答えるのが恥ずかしかったので、誤魔化そうかと考えた。

 

───士に会いに行く。

 

ただそれだけのことなのに、口に出そうとすると妙に照れくさい。

 

 

士が海軍兵学校へ進学したのは、2011年4月。あれから三年、会えるのは夏休みや年末年始くらいになっていた。昔のように、会おうと思うまでもなく会える、そんな距離ではない。

 

だから、ゴールデンウィークに会えることを、加奈は結構楽しみにしていた。

 

ブッ…

 

「……!」

 

その時、加奈のスマホにメッセージが来た。

送り主は士。

 

画面に表示された名前を見て、加奈は慌ててスマホを伏せようとした。

 

だが、一瞬遅かった。

 

「……あっ、これもしかして!」

 

「例の婚約者?」

 

「えーっと内容は、っと……」

 

「あっちょ、見ないでって!」

 

通知を見られて、バレてしまった。指紋認証で既にロックが外れていたため、簡単に文面が見えてしまった。

 

『GWにこっち来る件、大丈夫か?行き方分かるか?』

 

内容は至って普通の、士からの心配。

でも、話のネタには充分だった。

 

「婚約者に会いに行くの?」

 

「うわ、やっぱりそうじゃん!」

 

「しかも“こっち来る件”って、向こうに行くんだ?」

 

「え、どこ? 遠距離?」

 

一斉に視線が集まる。

 

加奈は頬が熱くなるのを感じながら、小さく呟いた。

 

「……江田島」

 

「えたじま?」

 

「離島?」

 

「うん。広島にある。士が、海軍兵学校にいるから」

 

その瞬間、友人たちの目が露骨に輝いた。

囁きながらも声のトーンが上がる。

 

「婚約者が海軍!?」

 

「何それ、設定盛りすぎじゃない?」

 

「しかも幼馴染でしょ?」

 

「え、少女漫画?」

 

「違うから……」

 

加奈は反射的に否定したが、説得力はあまりなかった。

 

実際、事情だけ聞けばそう見えるのだろう。

 

由緒ある家の生まれ。

分家の跡取りである婚約者。

幼い頃からの付き合い。

そして、その相手は海軍兵学校へ進学している。

 

普通の大学生からすれば、十分に現実離れした話。

 

 

───現実離れ、か。

 

加奈は苦笑しかけて、すぐに表情を整えた。

 

本当に現実離れしているのは、そんな表向きの話ではない。

 

艦娘。深海棲艦。

艦娘技術研究所。希空。

そして……零。

 

自分はそれらの存在を、普通の人よりも遥かに近い距離で知っている。

 

知ってはいけないものを知りすぎている、とまでは言わない。けれど、自分が下手に口を滑らせれば、それだけで誰かが困るかもしれない。

 

そんな薄い自覚は、ずっと加奈の中にあった。

 

「でもさ、加奈もそういうところ行くのかと思ってた」

 

友人の一人が、ふと思い出したように言った。

 

「ほら、前に言ってたじゃん。家がそういう……軍人さんの家? なんで普通の大学にしたの?」

 

「んー……まあ、考えなかったわけじゃないよ。海軍兵学校」

 

ほぼ軍人だし。護衛任務だってやったことある。

そこまで言いかけて、口を噤む。

 

だが実際、要人の護衛任務の経験があり、APASを装填したM500を実用レベルで連射出来るような自分を、普通の民間人だと言うには少々無理があることは理解している。

 

 

「やっぱり!」

 

「でも、止められたから」

 

「婚約者に?」

 

「士にも。あと、親戚にも」

 

機密に関わる可能性を考えてぼかしたが、正確には、親戚という言葉では足りない。

 

神崎洋平。神崎海斗。

 

二人とも、加奈にとっては実の兄であり、同時に国防軍の中枢にいる人間でもある。

 

彼らが何を見てきたのか、加奈は知っている。

 

だからこそ、彼らが自分を軍へ入れたがらなかった理由も、分かっていた。

 

「過保護じゃない?」

 

「まあ、そうかも」

 

加奈は少し笑った。

 

「でも、心配してくれてるのは分かるから」

 

「加奈ってさ、そういうところで妙に大人だよね」

 

「そう?」

 

「普通なら、もっと反発しそうじゃん。婚約者と同じ学校行きたいとかさ」

 

「……行きたくなかったわけじゃないよ」

 

思わず、本音が漏れた。

友人たちが少しだけ静かになる。

 

「でも、士は士でやることがあるし。私まで同じ場所に行ったら、逆に邪魔になるかもしれないし」

 

「邪魔ってことはないんじゃない?」

 

「そうかな」

 

「少なくとも、向こうは嬉しいと思うけど」

 

その言葉に、加奈はすぐには返せなかった。

 

士は喜んだだろうか。

 

……多分、喜んだ。

少なくとも、嫌がることはなかったはず。

もっと小さい頃は、「一緒に戦う!」なんて言っても、「おう!」などと言って笑っていたくらいだから、そこは今だって同じはず。

 

けれど同時に、士はきっと困った顔をした。

 

「加奈を危険な場所へ近づけたくない」

 

そう言ったと思う。

 

 

「……まあ、でも」

 

そう言って加奈はスマホの画面をもう一度見る。

 

『GWにこっち来る件、大丈夫か?行き方分かるか?』

 

いつもの、必要最低限のようでいて、妙に心配性な文面。

 

それを見ていると、自然に笑みが浮かんだ。

 

「会えるのは、楽しみかな」

 

「はい言った!」

 

「今の顔、完全に彼氏に会いに行く顔だった!」

 

「婚約者だから彼氏より上でしょ」

 

「やめてってば!」

 

加奈は慌てて声を抑える。講義中だということを思い出したからだ。

 

だが、友人たちのからかいは止まらない。

 

「じゃあさ、あとで学食で詳しく聞かせてよ」

 

「何を?」

 

「婚約者の話」

 

「江田島旅行の話」

 

「神崎家の話」

 

「最後のはダメ」

 

「えー」

 

「ダメなものはダメ」

 

加奈は苦笑しながらも、少しだけ安心していた。

 

彼女たちの興味は、あくまで恋バナや家柄への好奇心。

その奥にあるものまでは、踏み込んでこない。

踏み込ませるわけにはいかない。

 

自分は普通の大学生としてここにいる。

けれど、自分の周りにあるものは、決して普通ではない。

 

その境界線を間違えてはいけない。

 

そう思いながら、加奈はスマホをポケットへしまった。

 

講義が終わると、加奈たちはそのまま学食へ向かった。

 

 

 

ゴールデンウィーク前の学食は、講義室以上に浮ついた空気に包まれていた。帰省の予定、旅行の予定、アルバイトのシフト。あちこちの席から、そんな話が聞こえてくる。

 

加奈たちは空いているテーブルを見つけ、そこに腰を下ろした。

 

 

「───で、詳しく」

 

「何を……?」

 

「東堂士くんのこと」

 

「……名前覚えてるの怖いんだけど」

 

「だって加奈の婚約者でしょ? 覚えるでしょ」

 

「海軍兵学校ってことは、将来は国防軍の軍人さん?」

 

「うん。本人も昔からそう言ってた」

 

「かっこいいじゃん」

 

「まあ……昔から、そういうところは真面目だったから」

 

士は幼い頃から、自分が何を背負っているのかを理解していた。

 

軍人になることを、当たり前の未来として見ていた少年。

 

 

「でもさ、遠いと寂しくない?」

 

友達の何気ない一言に、加奈は一瞬だけ動きを止めた。

 

「……寂しいよ」

 

今度は、誤魔化さずに言った。

 

「昔はずっと一緒だったから。士が江田島に行ってからは、夏休みと年末年始くらいしか会えなくなったし」

 

「そっか」

 

「だから、今回会えるのは本当に楽しみ」

 

言った後で、加奈は少しだけ恥ずかしくなった。

 

だが、友人たちは茶化さなかった。

 

ほんの数秒だけ、柔らかい沈黙が流れる。

 

そして次の瞬間、

 

「じゃあ、お土産買わなきゃね」

 

「服もちゃんと選ばないと」

 

「髪型どうする?」

 

「だから、そういうのじゃないって!」

 

結局、また茶化された。加奈は困ったように笑う。

 

その笑顔は、

少なくともその場では、

どこにでもいる普通の女子大学生のものだった。

 

 

 

 

 

だから加奈は気づかなかった。

 

少し離れた席で、こちらに背を向けたまま日替り定食を頬張る一人の男が、彼女たちの会話を聞いていたことに。

 

男はモグモグしながら、

手元の端末へ、短い文章を入力する。

 

───対象、GW中に江田島へ移動予定。

 

───接触対象、東堂士。

 

送信。

 

それだけを済ませると、男は何事もなかったかのように食事に戻り、やがて席を立った。

 

大学の学食に関係者以外が訪れるのはよくあること。だから不審がられることも特になかった。

 

もっとも、男にとって重要だったのは、学食に入れたことではない。

神崎加奈が、予定通り東堂士の元へ向かう。

その事実を確認できたことだった。

 

そもそも男は、今日初めて加奈を見つけたわけではない。

彼女がこの大学に通っていることも、普段どの講義を受けているかも、既に把握していた。

 

 

 


 

 

2日後

 

未明にはもう、加奈は出発した。

 

東京駅へ向かい、駅弁を買って新幹線に乗る。

数時間の後、広島駅に到着。フードコートで昼食を食べた後、すぐさまライナー電車に乗り、呉へ。

 

呉に着いた後は、一度鎮守府へ寄った後、市街を港へ向け歩く。陸に浮く潜水艦と巨大な砲身を視界に入れつつ、フェリー乗り場へと向かう。

 

フェリーの所要時間はそこまで長くない。

すぐに江田島に到着した。

 

港から出ている路線バスに揺られて、島を縦断する。やがて、『兵学校前』と名前が付くバス停に到着し、そこで降りた。

 

海軍兵学校の正門では、士が守衛と話しながら待っていた。それなりに仲が良いのか、何かイジられている様子。

 

加奈は守衛には存在を気づかせつつ、口に人差し指を当てたジェスチャーを送りその意図を理解させ、こっそりと近づいた。

 

 

「───つーかさっ!」

 

「……加奈か、びっくりした」

 

どうやら士は気づいていたらしく、言うほど驚いてはいなかった。でも、それでよかった。

 

近づいてくる気配に気づかない士ではない。

元からバレてるとは思っていたし、ただじゃれつきたいだけだったから。

 

 

その後、守衛と敬礼し合ってから、加奈は士と共に敷地内へと入っていった。

 

神崎家の一員。

敷地内に入れる理由に、それ以上は不要だった。

 

 

 

2人は、並んで道路脇を歩く。

 

時々、車両やランニング中の集団とすれ違う。

走っている学生は皆、士を見ると敬礼をして行く。

士は別に上官ではないというのに。

 

加奈にはそれだけで、如何に士がダントツの主席、憧れの存在なのかが感じ取れた。士が軽く手を上げて返す様子からも、それが珍しいことではないのだと分かった。

 

 

大きな主砲塔が見える場所まで来た辺りで、加奈が言った。

 

「鎮守府で、小林長官と田村参謀長に会ってきた」

 

「おっ、元気そうだったか?」

 

「うん。……っていうか士の方がいっぱい会ってるんだろうし、聞かなくても分かるでしょ」

 

「そうは言っても、前回会ったの半月前だしな。その前は2ヶ月前か」

 

「結構頻繁に会ってるじゃん」

 

「阿武隈たちはどうだ?」

 

「元気だったよ。もうみんな普通に歩いて喋ってた」

 

「成長早いよな」

 

「そうだね」

 

 

2人は、やがて港へと近づいた。

 

「……でも、よくそんなに会いに行けるね?」

 

「まあ、会いに行くための“足”はあるしな」

 

「足?」

 

「ちょうど見えてきた。……ほら、アレ」

 

そう言って士が指差した先にいたのは、一隻の艦艇。

静かに、でもどこか堂々と、港に佇んでいる。

 

「あれは……」

 

「記念艦兼練習艦の、雪風だ」

 

停泊していたのは、伝説の駆逐艦「雪風」だった。

 

「雪風……って確かドック入りしてたんじゃなかった?」

 

加奈が、以前希空から聞いたことを口にする。

聞かされた時の士の反応が面白かったために、よく覚えていた。

 

「最近、それが終わったんだ」

 

「なるほど」

 

士が語った至極当然な答えに、加奈は納得した。

そして、話は本筋に戻る。

 

「……っていうかこの話の流れでいくと、“足”って雪風のこと?」

 

「ああ」

 

「……いいの?っていうか、乗れるの?」

 

「ああ」

 

「……どうやって?」

 

あまり詳しくは知らないまでも、「雪風」を呉鎮守府へ行く足に使うって、どういうこと?…と加奈は思った。

 

「加奈、覚えてるか?あの時希空が言った、“海軍の新しい構想に適したテストベッド”って話」

 

「うん、覚えてる」

 

「───艦艇半自動化計画って言ってな。艦艇に制御システムの搭載とそれに対応する各部の改修をやって、制御システム側で一括制御しよう、って話だ。要するに艦艇の運用に必要な人員を削減するための計画だ」

 

「そのテストベッドに、雪風が?」

 

「ああ。お陰で少人数でも充分実用レベルで動かせるようになった。場合によっては俺一人でも、動かせる」

 

「士が、一人で?」

 

「ああ、出来る」

 

「出来るのは良いとして、良いの?一人で動かして」

 

「主席だし」

 

「絶対それだけじゃ無理だと思う……」

 

2人して苦笑した後、実用部分の話に。

 

「……まあ、流石に一人で戦闘はキツい。ただ呉に行って帰ってくるだけだからどうにかなるってだけだ」

 

「流石にそうだよね」

 

「───でも、本当に高性能な制御システムだ。改装には希空が全面的に関わってるから、納得ではあるけど……本当に凄い。それこそ、自我を持ってるんじゃないかってレベルで」

 

「そんなに凄いんだ……」

 

加奈は「雪風」を見る。その姿は、ゆっくり港で休んでいるはずなのに、どこか『常在戦場』を体現しているかのような佇まいだった。

 

 

その後、加奈は士の自室へと入り、そのまま夜を過ごした。

 

 

 


 

 

その頃 日本近海

 

 

深く暗い海底。

 

月明かりも、星の光も届かないその場所で、海水だけが重く沈黙していた。

 

そこから、複数の影が海面へと浮き上がる。

 

水面を割って現れた彼女たちの周囲には、深海から引き上げられた冷気のようなものが漂っていた。

 

 

「───準備ハ良イカ、空母棲鬼」

 

「戦艦棲姫……貴様ニ言ワレルマデモナイ」

 

「フン……」

 

“戦艦棲姫”はとても気合いが入っている様子。

対して“空母棲鬼”は「呼ばれたから来ただけ」とでも言いたげな様子。

 

「随分ト気合イガ入ッテイルワネ」

 

「当然ダ!漸ク、漸クアノ憎キ艦娘派ニ“強烈ナ一撃”ヲ叩キ込メルノダカラナ!」

 

「……人類側ノ協力者ノオ陰デ、ネ」

 

「言ッテオクガ、同盟デハナイ。RBDダカ何ダカ知ランガ、利用出来ル物ヲ利用シタマデダ」

 

「ソノ割ニハ、結構気ニ入ッテイルジャナイ?『艦娘派』トカ言ウ呼ビ方マデ真似シチャッテ」

 

「……」

 

“空母棲鬼”の言葉が完全に図星で、何も言い返せずに黙る“戦艦棲姫”。

 

すぐに話を逸らす。

 

「……改メテ、情報ヲ確認スル」

 

そう言って彼女は、通信端末を取り出す。

 

深海棲艦らしくない外見の端末。

 

明らかに人類製のスマホ。

 

本来ならば、そんなものが彼女の手にあること自体が異様だった。

 

深海棲艦の艤装でも、妖精の技術でもない。

 

人類が作り、人類が使うための端末。

 

その小さな画面だけが、暗い海上で白く光っていた。

 

 

『対象、GW中に江田島へ移動予定』

 

『接触対象、東堂士』

 

 

2日前、メッセージアプリに届いた短い文面。

 

画面に浮かぶ文字は、深海棲艦のものではない。人類の言葉だった。

 

だが今、その言葉は人類を守るためではなく、人類を殺すための道標として使われている。

 

その後、今日も何通か届いていた。

 

「神崎加奈ガ、江田島ヘ入ッタ」

 

「東堂士トノ接触ヲ確認」

 

「呉鎮守府ニ、艦娘派ノ後盾二名ノ存在ヲ確認」

 

「詳細ハ不明ナレド、新型艦娘ノ存在モ確認」

 

判明済みの情報を1つ1つまとめていく。

 

そして、一言呟いた。

 

 

「───条件ハ満タサレタ」

 

 

それは、感情の昂りだけで発せられた言葉ではなかった。

 

待っていた。

 

必要な者が、必要な場所へ集まるのを。

 

守るべき者が、守られるべき場所にいることを。

 

狙うべき者が、一つの海域に揃うことを。

 

そのために、彼女たちは待った。

 

そのために、人間たちは情報を送り続けた。

 

 

その言葉に呼応して、周囲に無数の下位個体が次々と浮上してくる。

 

黒い海面が、次々と割れた。

 

一つ、二つではない。

 

人型の影。魚型の影。大小様々な影。

 

静かな夜の海に、夥しい数の深海棲艦が姿を現していく。

 

海そのものが、敵意を持って浮上してきたかのようだった。

 

その群れの奥で、“戦艦棲姫”だけがまっすぐ日本本土を見ていた。

 

その視線の先にあるのは、軍港だった。

 

鎮守府だった。

 

そして、艦娘派の中枢だった。

 

“戦艦棲姫”は、日本本土を指差して言う。

 

「作戦ヲ開始スル!攻撃目標、呉・江田島。作戦目標ハ……艦娘派中枢ノ抹殺ダ!」

 

「マズ始メニ、空母棲鬼ガ機動部隊デ空襲スル」

 

「水上部隊、特ニ艦娘ハ、私自ラ相手シテヤロウ!」

 

そう力強く言った後、“戦艦棲姫”は視線を“空母棲鬼”の横に向ける。

 

「───ソシテ、直接ノ始末ハ貴様ニ任セル」

 

 

「……了解」

 

闇夜に紛れたそのシルエットは、軟体状の艤装が特徴的だった。

 

 

 

数時間後

 

複数の艦隊に分かれ、深海棲艦日本方面軍は出撃した。

 

海面を滑るように進む影の群れは、夜の闇に紛れて音もなく進んでいく。

 

波を裂く音すら、どこか遠い。

 

だが、その航跡だけは確かに残った。

 

深夜の豊後水道に、夥しい数の航跡が刻まれていく。

 

それは、まだ誰にも見つかっていない侵攻の痕跡だった。

 

哨戒網の隙間を縫うように、黒い艦隊は北へ進む。

 

目指す先は、呉。

 

そして江田島。

 

その頃、そこにいる者たちは、まだ何も知らない。

 

加奈は、久しぶりに会えた士の近くで眠っていた。

 

小林も、田村も、明日の朝がいつも通り来るものだと思っていた。

 

“阿武隈”たちも、呉鎮守府の夜の中にいた。

 

 

 

呉の空に、まだ警報は鳴っていなかった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

第一章の総決算。


次回 瀬戸内海航空戦
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