強襲上陸と陸上戦闘。
呉鎮守府庁舎を呑み込んだ爆炎は、港の空を赤く染めた。
砲撃の直撃を受けた建物は、もはや指揮所としての機能を保っていない。
崩れ落ちた壁面。
折れ曲がった鉄骨。
吹き飛ばされた窓枠と、黒煙を吐く瓦礫。
その光景を背に、“重巡棲姫”は海岸線へと歩みを進めていた。
「ヴェアアアアアアアア!」
咆哮と共に、彼女の艤装が再び火を噴く。
重巡洋艦級、それも上位個体の砲撃。
人の形をしていながら、そこから放たれる火力は常軌を逸したものだった。
港湾施設が砕け、岸壁が抉れ、停泊していた小型艇がまとめて吹き飛ばされる。
防衛側が体勢を立て直すよりも早く、彼女は砲撃だけで海岸線の一角を制圧していた。
橋頭堡。
そう呼ぶには、あまりにも乱暴な確保だった。
だが、深海棲艦にとってはそれで十分だった。
“重巡棲姫”の背後で、海面が不気味に盛り上がる。
姿を現したのは、多数の“ワ級”。
本来は輸送艦や補給艦に分類される下位個体でありながら、その丸みを帯びた巨体は、今この瞬間に限っては揚陸艦そのものだった。
“ワ級”の集団がその身体を揚陸させる。
そこから次々と這い出してきたのは、艦艇型の下位個体ではない。
陸上戦闘を前提とした深海棲艦。
“砲台小鬼”を主力とする、陸戦専門の個体群だった。
主砲に脚が生えたような異様な姿。
小鬼という名に反して、その砲身が向けられるだけで普通科隊員にとっては死を意味する。
さらにその周囲には、陸上を這う小型個体や、港湾施設へ取り付く破壊工作型の個体も混じっていた。
“重巡棲姫”が無理やりこじ開けた裂け目へ、深海棲艦の陸戦部隊が流れ込んでいく。
呉は、海と空だけでなく、陸からも食い破られようとしていた。
強襲上陸部隊への初動対応に当たったのは、呉に常駐していた海軍陸戦隊と、基地警備部隊だった。
鎮守府中枢が砲撃を受けた直後であり、指揮系統は混乱している。
それでも現場の判断は早かった。
「対地戦闘用意!」
「港湾区画へ敵上陸! 砲台型多数!」
「避難誘導班は民間区域へ回れ! 戦闘班は岸壁側を押さえろ!」
機関銃、携行ミサイル、装甲車両の機関砲。
使えるものは全て投入された。
“砲台小鬼”の一体へ、対深海棲艦用に改良された弾薬であるAPAS、APHE-AS、HEAT-ASが命中する。
爆炎が上がり、脚部の一部が吹き飛ぶ。
倒れた。
だが、完全には止まらない。
“砲台小鬼”は砲身を地面に引きずりながら、なおも旋回し、こちらへ砲口を向ける。
直後、反撃の一発が陸戦隊の遮蔽物を丸ごと粉砕した。
「───効いてはいる! だが止まり切らん!」
「距離を取れ! 正面から受けるな!」
近隣の空軍基地からも警備部隊が駆けつける。
しかし、彼らの本来任務は基地防衛であり、上陸した陸上型深海棲艦の群れを単独で押し返すことではない。
時間稼ぎ。
それが彼らにできる最大の役割だった。
国防陸軍の初動は、遅れた。
決して無能だったからではない。
空襲。
水上打撃部隊。
呉鎮守府庁舎への砲撃。
そして、“重巡棲姫”の強襲上陸。
あまりにも短時間に、あまりにも多くの事態が発生していた。
それでも、陸軍は動き出す。
まず火を噴いたのは、後方に展開していた砲兵部隊だった。
99式自走155mm榴弾砲。
75式自走155mm榴弾砲。
そして、多連装ロケットシステム。
観測ヘリと前線偵察車両から送られてくる座標をもとに、港湾区画へ近づく深海棲艦の集団へ向け、砲弾とロケット弾が降り注ぐ。
爆発が連続する。
“砲台小鬼”の群れが爆風に呑まれ、脚部を砕かれ、砲身を折られていく。
小型の個体は破片に裂かれ、岸壁の上で黒い泥のように崩れた。
下位個体には効く。
それは間違いなかった。
だが、敵は多い。
倒れた個体の後ろから、また別の“砲台小鬼”が這い上がってくる。
“ワ級”が吐き出す陸戦部隊は、まだ尽きない。
そしてその奥で、“重巡棲姫”だけは爆炎の中を平然と歩いていた。
砲弾の雨を浴びても、彼女は止まらない。
爆風が髪を揺らし、煤が白い肌を汚す。
それだけだった。
「……ヴェアア」
低い笑いのような声が、砲煙の奥から漏れる。
その存在だけが、戦場の常識から外れていた。
次に動いたのは、装輪車両を中心とした偵察部隊だった。
87式偵察警戒車。
96式装輪装甲車。
一部には89式装甲戦闘車も随伴する。
彼らの任務は、正面から敵を撃破することではない。
敵の配置を探る。
進路を誘導する。
味方の砲兵と航空部隊が叩きやすい場所へ追い込む。
道路を駆け抜ける装輪車両が、港湾施設の隙間を縫って前進する。
87式の25mm機関砲が火を噴き、小型個体の群れを削る。
89式の35mm機関砲が“砲台小鬼”の脚部へ集中砲火を浴びせた。
機動力は、こちらにあった。
だが火力と防御力は、決して十分ではない。
“砲台小鬼”の反撃が道路を削る。
舗装が爆ぜ、装輪車両が横転する。
生き残った車両は煙幕を張り、ビルの影へ滑り込むように退避した。
「偵察二班、被弾! 後退する!」
「敵砲台、脚部損傷を確認! まだ撃ってくる!」
「足を止めるな! 当てたら動け!」
撹乱はできる。
だが、押し返すには足りない。
そして、“重巡棲姫”に対しては、その全てが牽制にすらならなかった。
遅れて、主力戦車部隊が到着する。
74式戦車。
90式戦車。
冷戦を潜り抜け、湾岸の砂漠を経験し、既に開戦から15年が経とうとしているこの深海棲艦戦争の中で幾度も改修を受けてきた国防陸軍の主力である。
「APFSDS、装填!」
「目標、自走トーチカ! 脚部から砕け!」
戦車砲が轟く。
74式の砲弾が“砲台小鬼”の胴体へ直撃し、ひしゃげた砲身ごと吹き飛ばす。
90式が滑るように前進し、次弾を撃ち込む。
随伴する87式自走高射機関砲が、近距離へ入り込もうとした小型個体を35mmの弾幕で薙ぎ払った。
ようやく、戦線が形を取り始める。
陸上型深海棲艦の前進速度が落ちた。
155mm榴弾砲のHE-AS弾による面制圧。
戦車の直接射撃。
装輪車両の偵察と誘導。
海軍陸戦隊と普通科部隊の粘り。
全てが噛み合い、呉の防衛線は崩壊寸前で踏みとどまった。
だが、不利は変わらない。
敵は岸壁付近に食い込んでいる。
“ワ級”はなおも新たな個体を吐き出している。
“砲台小鬼”は、倒すのに手間がかかる。
そして何より、戦場の中心には“重巡棲姫”がいた。
90式の120mm砲弾が彼女の艤装へ直撃する。
爆炎が上がる。
だが、彼女はわずかに体を傾けただけだった。
「……嘘だろ」
砲手の誰かが、そう呟いた。
直撃した。
確かに直撃した。
だが、傷がない。
“重巡棲姫”は、ゆっくりと砲口を向ける。
次の瞬間、戦車小隊の前方で爆発が起きた。
一方、呉上空の制空権は、人類側が握りつつあった。
“空母棲鬼”の第一次攻撃隊は、国防空軍と翔鶴航空隊によって抑え込まれている。
完全に空が安全になったわけではない。
だが、少なくとも“重巡棲姫”率いる上陸部隊の頭上を、深海棲艦側の航空戦力が覆っているわけではなかった。
それは、敵が制空権を軽視していたからではない。
主目標は、既に達成されていた。
呉鎮守府庁舎は砲撃を受けた。
小林長官と田村参謀長は討たれた。
あとは、限界まで暴れ、呉の戦力を削ればいい。
だからこそ、空軍は暴れられた。
岩国基地から飛来した流星五六型の部隊が、低空へ侵入する。
“帝国海軍の亡霊”の一角。深海棲艦戦争に合わせて改修を重ねた近接航空支援機。
蒼空や霊山といった癖の強い機体も並んでいる岩国の格納庫から飛び出してきた、ターボプロップの襲撃機。
その機体が、港湾区画へ接近する“砲台小鬼”の群れへ対地ロケット弾を叩き込む。
さらに、流星五六型甲。
より重武装化された機体が、誘導爆弾を投下する。
砲兵部隊の弾着と重なるように、敵集団の中心で爆炎が膨れ上がった。
続いて、上空から別の機影が降りてくる。
F-2AS/BS。
通称、F-2スーパー改。
対深海棲艦戦へ大きく振り切った改修を受けた、国防空軍の主力戦闘攻撃機である。
流星五六型が低空から敵を削るなら、F-2スーパー改は少し高い位置から戦場全体を見下ろし、動きの速い個体や艤装を持つ中型の下位個体を狙い撃つ。
「スーパー改隊、目標捕捉。砲台群後方、艤装持ちの中型個体」
「地上部隊からの座標を受信。攻撃許可を確認」
「了解。高G対応対艦弾、投下!」
F-2スーパー改から切り離された誘導弾が、急角度で海岸線へ落ちていく。
深海棲艦特有のジャミングで軌道は乱れる。
だが、機体側の対深海棲艦用火器管制と地上部隊からの目標情報がそれを補正した。
直撃。
“砲台小鬼”の後方にいた中型下位個体が、艤装ごと爆炎に包まれる。
さらに別の機体が広域破片弾頭をばら撒き、小型個体の群れをまとめて薙ぎ払った。
空からの火力は、明確に効いていた。
下位個体を相手にする限り、国防空軍と陸軍航空隊は強い。
重装甲の“砲台小鬼”であっても、砲兵と戦車の攻撃で足を止め、航空攻撃で上から叩けば撃破できる。
小型、中型の下位個体なら、流星五六型、F-2スーパー改、攻撃ヘリの連携で十分に押し返せる。
AH-1Sがロケット弾を撃ち込み、AH-64Dが側面からミサイルを放つ。
機甲部隊の前進に合わせて、ヘリが上空から敵の弱点部位を探り、砲兵へ座標を流す。
下位個体は減っている。
確かに削れている。
呉の陸上防衛線は、航空部隊の支援を受けて息を吹き返しつつあった。
だが、まだ足りない。
深海棲艦の上陸部隊は、数が多すぎた。
そして、上位個体───“重巡棲姫”がいる限り、防衛側は決して楽にはならない。
そこへ、遅れて新たな車列が到着した。
10式戦車。
国防陸軍が深海棲艦戦争の経験を踏まえて開発した、最新鋭主力戦車。
配備数はまだ限られている。
だが、その性能は従来の戦車とは明らかに違っていた。
データリンクにより、砲兵、航空隊、偵察車両から得た情報が即座に共有される。
敵の位置。
損傷状況。
次に撃つべき個体。
味方の射線。
それらが部隊全体で整理され、10式の砲口が滑るように動いた。
「目標、自走トーチカ3。優先順位、自走砲へ照準中の個体から」
「APFSDS-AS、装填完了」
「撃て!」
10式の主砲が火を噴く。
命中。
“砲台小鬼”の砲身基部が弾け飛び、続けざまに別車両の砲弾が脚部を粉砕する。
さらに3両目が、倒れかけた個体へとどめを刺した。
1両で倒すのではない。
1発で終わらせるのでもない。
部隊として敵を止め、崩し、次の火力へ繋ぐ。
それが、10式の真価だった。
戦場の空気が変わる。
これまで押し込まれていた防衛線が、少しずつ前へ出る。
74式と90式が支え、10式が敵の中核を撃ち抜き、流星五六型とF-2スーパー改が上空から穴を広げる。
AH-64Dが側面を叩き、99式自走155mm榴弾砲がその隙間へ砲弾を叩き込む。
海軍陸戦隊と普通科部隊は、破壊工作型の個体を掃討していく。
下位個体を相手にする限り、10式と航空部隊は明確に優位だった。
“砲台小鬼”の群れが崩れる。
“ワ級”が吐き出した陸上型個体が、次々と撃破されていく。
小型個体は35mm機関砲と広域破片弾頭に裂かれ、中型個体はF-2スーパー改の精密打撃で艤装を吹き飛ばされた。
深海棲艦の上陸部隊は、初めて明確に押し返された。
「いけるぞ!」
誰かが叫んだ。
その声には、確かな希望があった。
呉はまだ落ちていない。
陸軍は間に合った。
人類の通常兵器は、まだ深海棲艦と戦える。
その事実が、戦場にいた者たちの背中を押した。
だが。
“重巡棲姫”だけは、変わらない。
10式の小隊が、彼女へ集中射撃を行う。
砲兵が座標を合わせる。
流星五六型甲が誘導爆弾を投下する。
F-2スーパー改が高G対応対艦弾を撃ち込む。
AH-64Dが側面からミサイルを放つ。
爆炎が、“重巡棲姫”を包み込んだ。
120mm砲弾。
155mm榴弾。
誘導弾。
航空爆弾。
通常兵器としては、過剰なほどの集中攻撃だった。
煙が晴れる。
そこに、“重巡棲姫”は立っていた。
傷一つない。
いや、正確には違う。
煤は付いている。
服の一部は焼けている。
髪も乱れている。
だが、戦闘力には何の影響もない。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
「ヴェアアアアアアアア!」
咆哮と共に、“重巡棲姫”の砲撃が放たれる。
最前列の10式が回避機動を取る。
直撃は避けた。
だが、至近弾の衝撃だけで車体が大きく跳ねる。
装甲が軋み、センサーが一瞬白く飛ぶ。
それでも撃破されないのは、10式だからだった。
旧式車両なら、今の一撃で終わっていた。
「下位個体は押せる! だが上位個体は無理だ!」
「足止めに徹しろ! 近づけるな!」
「砲兵、推定姫級の前方へ弾幕! 戦車隊は随伴を削れ!」
陸軍は、戦い方を変えた。
倒すのではない。
止める。
“重巡棲姫”そのものを撃破するのではなく、その周囲の下位個体を削り、進路を制限し、海岸線付近に縛り付ける。
“砲台小鬼”の群れは減っている。
“ワ級”も、航空攻撃と砲撃によって次々に撃破され始めていた。
上陸部隊全体は、確かに押し返されている。
だが、“重巡棲姫”を倒す方法だけがない。
彼女が一歩進めば、防衛線は後退する。
彼女が立ち止まれば、陸軍は砲弾を浴びせて周囲を削る。
押し返す。
押し返される。
また押し返す。
戦線は、海岸線付近で膠着した。
呉はまだ守られている。
しかし、“重巡棲姫”はまだそこにいる。
あ と が き
完全に膠着状態。
でも“重巡棲姫”だけは止められない。
戦場の主導権は、彼女が握っています。
次回 もう一組の抹殺対象