無理ゲーを運ゲーに変える“技量”と、
その運ゲーを生き残る“幸運”。
江田島の空は、既に戦場の色を帯びていた。
遠く、呉の方角で幾度も爆炎が上がる。
遅れて届く轟音が、海を渡り、山肌を震わせ、兵学校の敷地にいる者たちの胸を打った。
それは、ただの空襲ではない。
豊後水道を突破した深海棲艦機動部隊による、呉軍港と江田島への同時攻撃だった。
国防海軍と国防空軍は迎撃に出ていた。
戦闘機隊も、防空艦も、沿岸部の対空火器も、持てる限りの火力を注ぎ込んでいる。
だが、深海棲艦の艦載機は小さかった。
通常の航空機よりもはるかに小さく、低く、そして奇妙な軌道で飛ぶ。
機影を捉えたと思った次の瞬間には、ふっと高度を落とし、建物の陰や山の稜線を這うように抜けていく。
江田島にも対空火器はあった。
だが、ここは本来、前線基地ではない。
ここは学校だ。
未来の士官を育てる場所であって、機動部隊の空襲を正面から受け止めるための要塞ではなかった。
鳴り響く警報。
走る教官たち。
避難誘導を受けて移動する生徒たち。
その混乱の中を、黒い影がいくつもすり抜けてくる。
最初から江田島へ向かっていた編隊。
そして、呉上空で激しい迎撃を受け、進路を変えた編隊。
それらが合流するように、兵学校の上空へと殺到していた。
少し離れた山中。
木々の隙間から兵学校を見下ろせる場所に、数名の男たちが伏せていた。
彼らは国防軍の制服を着ていた。
正式な身分もある。
その気になれば、兵学校の敷地内に立ち入ることも不可能ではない。
だが、彼らはそこにいなかった。
深海棲艦の攻撃目標が、この一帯であることを知っていたからだ。
どれだけ味方を装っていようと、誤爆されて死んでは意味がない。
「……始まったな」
双眼鏡を覗く男が、小さく呟いた。
兵学校の敷地に爆炎が上がる。
だが、攻撃は妙に限定的だった。
市街地や民家へ向かう機体は少ない。爆撃の中心は、あくまで兵学校の施設とその周辺に絞られている。
“空母棲鬼”側が、民間人への積極攻撃を避けている。
この場の観測員たちは、その判断をありがたがる気などなかった。ただ、自分たちが巻き込まれないことにだけ安堵していた。
「東堂士と神崎加奈は?」
「まだ確認できません。避難者の列にも、山側へ向かう一団にも、それらしい姿はありません」
「逃げ遅れたか。あるいは……」
男は双眼鏡を動かす。
爆煙の上がる兵学校から、視線を港の方へ移した。
港は、まだ大きな被害を受けていない。
艦影がいくつか見える。
その中に、一隻だけ古い影があった。
大戦の名を引きずった、旧式駆逐艦。
「……まさかな」
男は眉をひそめた。
「……加奈!?」
「あっ、士!」
爆音と悲鳴が飛び交う中で、士はその姿を見つけた。
避難しているはずの加奈が、そこにいた。
軍の敷地内で、周囲を見回しながら、今にもどこかへ走り出しそうな顔をしている。
「バカ、避難しろって言われてただろ!」
「でも……!」
言い返しかけた加奈の声を、爆発音がかき消した。
すぐ近くで土煙が上がる。
深海棲艦の艦載機が、低空で校舎の屋根を掠めるように飛び抜けていった。
「「うわ……っ!」」
衝撃に煽られ、二人は思わず身を伏せた。
「爆撃……!?」
「迎撃しなきゃ! 対空砲とか無いの!?」
「あるにはあるけど、この状況じゃあ……!」
また爆発。
建物の陰で、誰かが怒鳴っている。
避難誘導の声と、行方知れずの者を呼ぶ声と、対空火器の射撃音が重なって、何が起きているのかすら分からない。
士は歯を食いしばった。
「取り敢えずここから逃げるぞ!」
「う、うん!」
だが、そう言って加奈が走り出した方向は、山側ではなかった。
「……っておい加奈!? そっちは港だ───」
港。
普通に考えれば、今この状況で最も危険な場所の一つだ。
艦艇が停泊しているなら、敵に狙われる。
開けた場所なら、空から見つかりやすい。
避難先としては最悪に近い。
だが、加奈は立ち止まらなかった。
「港は、攻撃されてない!」
「何……?」
士は走りながら港の方を見た。
確かに、妙だった。
兵学校の敷地や建物からは黒煙が上がっている。
それなのに、港方面はまだ大きな火の手が見えない。
まるで、敵が意図的に避けているように。
加奈はその光景を見て、昨日のことを思い出していた。
士が得意げに指差した、港に佇む一隻の艦。
士は言っていた。
呉へ行くための“足”がある、と。
「士!」
「何だよ!」
「昨日言ってたよね!? あの艦、1人でも動かせるって!」
「……は?」
一瞬、士は加奈が何を言っているのか分からなかった。
だが、すぐに理解した。
理解してしまった。
「お前、まさか……!」
「そのまさか!」
「あれは呉に行って帰るだけならって話だ! 戦闘なんか想定してない!」
「でも、何もしないよりはマシでしょ!」
「そういう問題じゃ───」
言い返そうとした士の言葉が、再び爆発音に飲み込まれた。
加奈は止まらない。
港へ向かって走る。
昨日、二人で歩いた道を、今度は爆煙と悲鳴の中で逆走する。
やがて、視界が開けた。
そこに、昨日と同じ艦がいた。
かつて数々の激戦を戦い抜き、名前を変え、二つの国を渡り歩いた武勲艦。
記念艦であり、練習艦であり、艦艇半自動化計画の試験艦。
昨日見た時と同じように、静かに。
けれど今は、まるで二人を待っていたかのように。
その艦は、港の端に佇んでいた。
「──────雪風」
士の口から、自然とその名が零れた。
2人は停泊する「雪風」に駆け寄っていく。
その中で、士には船体後部が僅かに音を立てているのが分かった。
「雪風」の主機が。
核融合炉が、動いている。
「……なんで機関が動いてんだ? さっきまで誰か乗ってたのか?」
「私は特に誰ともすれ違ってないよ?」
「昨日見た時は普通に停まってたよね……?」
「ああ。少なくとも、出港準備なんかしてなかったはずだ」
「じゃあ……」
加奈は、艦内へ踏み込む直前に、少しだけ船体を見上げた。
「雪風が、動く気になってくれたのかな」
「……そんなわけあるかって言いたいところだけど」
士は、昨日自分が言ったことを思い出す。
希空が全面的に関わった高性能な制御システム。
自我を持っているんじゃないかと思えるほどの完成度。
もちろん、本当に自我があるなどと本気で思っていたわけではない。
だが、艦娘という存在を知っている以上、完全に否定することもできなかった。
「まぁ良い。考えてる時間はない!」
二人は艦内へ飛び込み、士の記憶を頼りにCICを目指した。
古い艦だ。
だが、完全な旧式艦ではない。
艦艇半自動化計画のテストベッド。
練習艦でありながら、装備そのものは現代化されている。
見た目こそ昔の駆逐艦に近く残されていたが、その中身は別物に近かった。
「昨日聞いた時は、便利な練習艦って感じだったのに……」
「俺だって、こんな使い方するとは思ってなかったよ!」
「でも、動かせるんでしょ?」
「動かすだけならな。艦のほとんどが自動化されてるから、やろうと思えば俺たち二人でもいける。けど……」
「問題あり、な感じ?」
「大ありだ。確かに装備は最新だ。けど、こんな老朽艦一隻で何が出来るってんだよ……」
「おばあちゃん、だもんね」
「そのおばあちゃんで空襲部隊相手にしようとしてるんだからな、俺たちは」
「でも、ただのおばあちゃんじゃないでしょ?」
「……まあな」
士は端末を叩き、システムの状態を確認する。
機関、起動済み。
操舵系、反応あり。
火器管制、初期化中。
対空兵装、使用可能。
あり得ないほど、都合よく準備が進んでいる。
「まぁこうなりゃヤケクソだ。やるだけやってみるけどさ!」
「私も協力する!……一緒なら、きっと大丈夫だから!」
二人がCIC併設の艦橋へ駆け込んだ瞬間、待っていたかのように艦の制御システムが完全に起動した。
照明が灯る。
モニターに外部映像が映る。
各部の状態表示が一斉に流れ始めた。
「はぁ? なんで……加奈、何か触った?」
「ううん、何も」
「じゃあ、勝手に起動したのか……!?」
「昨日、士が言ってたじゃん」
「何を」
「自我を持ってるんじゃないかってレベルだ、って」
「いや、あれは制御システムの話で……!」
「じゃあ、その制御システムが戦いたがってるんじゃない?」
「んなわけ……」
士はそう言いかけて、言葉を止めた。
艦娘が存在する。
艦艇の魂が、人の姿を取って戦う時代だ。
それなら。
「……いや、充分あり得る話か」
「取り敢えず結果オーライ、って感じじゃない? これですぐにでも戦えそうだよ!」
「そうだな。……居るのか分かんないけど、よろしくな、雪風」
───その瞬間。
二人は、目の前に一人の少女が立っているのを見た気がした。
茶色の髪。
白いワンピース。
首から下げた大きな双眼鏡。
少女は、何も言わなかった。
ただ、小さく頷いたように見えた。
「雪風、出撃します!」
加奈が叫ぶ。
士は火器管制席に着き、半自動システムへ可能な限りの命令を叩き込んでいく。
「俺は火器管制をやるから、加奈は舵を頼む!」
「───私が操艦!? 無理だよ!」
「大丈夫! 制御システムが補助してくれる。回避運動とかもある程度自動でやってくれるから!」
「それなら出来る、かも?」
「かも、じゃなくてやるんだよ!」
古い駆逐艦の船体が、ゆっくりと岸壁を離れる。
その動きは、練習艦のものとは思えないほど滑らかだった。
まるで、艦そのものが久しぶりの戦場に身を震わせているように。
港を離れた直後、敵機の動きが変わった。
これまで兵学校の建物へ向かっていた数機が、進路を曲げる。
海上へ出た「雪風」へ向けて、低く、鋭く突っ込んでくる。
「……おい、なんかこっち来てないか?」
「来てるよね!?」
「くっそ、やっぱ動けば目立つか!」
士は歯を食いしばり、対空火器を起動する。
近代化改修を受けた機関砲が旋回し、接近する艦載機へ火線を伸ばした。
何発かが空を裂き、一機の敵機を海面へ叩き落とす。
「当たった!」
「まだ喜ぶな、次が来る!」
敵は一機ではなかった。
二機、三機、さらに後続。
「雪風」の船体を、爆風が叩く。
海面に水柱が立ち、破片が甲板を弾いた。
それでも雪風は進む。
港から離れ、兵学校から敵機を引き剥がすように、外海へ向かっていく。
「出港を確認」
山中の観測員が、低い声で告げた。
「艦名は?」
「雪風。記念艦兼練習艦です」
「乗員は?」
「不明。ただ……東堂士と神崎加奈が港方面へ移動した後、姿が確認できません」
男は双眼鏡の向こうで、海へ出ていく旧式駆逐艦を見た。
あり得ない。
だが、状況はそれを示している。
「昨日、東堂士が神崎加奈を港へ案内していたな」
「はい。雪風の前で会話していたところまでは確認しています」
「なら、乗っている可能性は高い」
「空母棲鬼側へ送りますか」
「送れ。標的は雪風に乗艦した可能性大。攻撃を集中しろ、と」
通信員が短く返事をする。
数十秒後。
江田島上空を旋回していた敵機の一部が、明らかに「雪風」へ向けて針路を変えた。
「ぐあっ……!」
「きゃ……!!」
直撃ではない。
だが、至近弾だった。
爆風に煽られ、艦橋が大きく揺れる。
モニターの一部が乱れ、警告音が鳴り響いた。
「被弾したか……! 加奈、怪我してないか!?」
「大丈夫……! 雪風は?」
「航行に支障は無い! 制御システムは……ちっ! 少し壊れたか!」
「何がダメそう?」
「ご丁寧に火器管制だけぶっ壊れやがった……。こっから先は全部手動でやらなきゃダメか!」
「行けそう?」
「なんとかやってみる。……それよりも、加奈! こっから先は制御システムに頼るな! もう回避アルゴリズムが読まれてる!」
「じゃあどうすれば良いの?」
「全部手動だ! 自分の感覚で舵を切るんだ!」
「手動って、嘘でしょ……!?」
加奈の顔が引きつる。
そもそも彼女は、本来ここにいるべき人間ではない。
軍人でもなければ、訓練を受けた操舵手でもない。
昨日まで、雪風を「士が呉へ行くために使う足」として聞いていただけの大学生だ。
そんな彼女が今、75年の艦齢を持つ駆逐艦の舵を握っている。
「……っ!! やべぇ、爆撃来るぞ!!」
「そんな事言われたって!? ああ〜もう! どうすれば……!」
その時だった。
加奈の右肩に、何かが触れた。
小さな足。
それが、右肩を強く押す。
「……えっ? うわぁ!?」
堪えきれず、加奈の身体が傾いた。
その衝撃で、舵が面舵へ切られる。
「ちょ……っ!!」
直後。
急降下してきた敵機の爆弾が、「雪風」の左舷側へ外れた。
海面が爆ぜる。
水柱が上がる。
だが、船体への直撃はない。
「なんなの、もう……!」
加奈は立ち上がり、再び舵を握る。
息を整える暇もなく、また敵機が来る。
今度は左肩に衝撃が走った。
「ぐぅっ……!」
取舵。
今度も、爆撃は外れた。
加奈は歯を食いしばって踏ん張る。
今度は倒れなかった。
だが、肩を蹴った相手を確かめようとして振り向く。
「えっ……?」
そこにいたのは、先ほど見えた気がした少女だった。
白いワンピースを揺らし、艦橋上部の開いたハッチから身を乗り出すようにして、空を睨んでいる。
首から下げた大きな双眼鏡が、光を反射した。
少女は何も言わない。
けれど、加奈には分かった気がした。
まるで、考えるより先に答えだけが頭に落ちてくるように。
「蹴られた肩の方に舵を切れ……そういう事なの?」
少女は答えない。
だが、次の瞬間、また加奈の左肩を蹴った。
今度は、思い切り。
「ぐぇぇ、すっごい強く蹴るじゃん……!」
加奈は涙目になりながら叫ぶ。
「分かったよ、取舵一杯!!」
「雪風」の船体が大きく左へ傾く。
敵機の機銃掃射が、直前まで彼女がいた空間を裂いていった。
「くっそぉ……当たれ!!」
一方、士も苦戦していた。
CICから各火器を手動で管制し、対空射撃を行っている。
だが、成果は芳しくなかった。
元々が自動追尾を前提とした火器だ。
それを、本来の仮想敵よりはるかに小型で、軌道も読みにくい深海棲艦の艦載機相手に手動で撃つ。
簡単に当たるはずがない。
「当たらねぇ……。どうすりゃ良いんだよ……」
その時、士の腕を小さな手が掴んだ。
「っ!? おい、何だよ!? ……って」
そこにいたのは、加奈のところにいたはずの少女だった。
いや、違う。
同じ存在なのか。
それとも、「雪風」という艦そのものが、艦内のあちこちにいるのか。
士には分からない。
少女は声を出さなかった。
ただ、士の袖を強く引っ張り、どこかへ連れていこうとする。
「……ついてこい、って事か……?」
どうせ、今のままでは当たらない。
士は一瞬迷った後、火器管制席を離れた。
少女に導かれるまま、艦内を走る。
そして辿り着いた先で、士は眉をひそめた。
「コイツは、探照灯?」
少女は探照灯を指差していた。
「本当にコイツを使えっていうのか? でも、何のために───」
言いかけた瞬間、士の脳裏にひらめきが走った。
撃つのではない。
当てるのでもない。
見えなくすればいい。
「まさか……」
士は探照灯の操作系へ手を伸ばした。
横を見ると、少女は首から下げた双眼鏡で空を見ている。
敵機の動向を監視しているのだ。
しばらくして、少女が双眼鏡から目を離した。
そして士の腕を叩き、右舷から接近する敵機を指差す。
低い。
速い。
狙いは恐らく機銃掃射。
装甲など無いに等しい「雪風」にとっては、それだけでも充分な脅威だった。
「目標はアレか? 分かったよ!」
士は探照灯を敵機の進路へ向ける。
そして、照射した。
昼間の空に、眩い光が突き刺さる。
ただ明るいだけではない。
現代改修を受けた高出力の照射装置が、真正面から敵機の視界を焼く。
最終進入中だった艦載機が、一瞬だけ姿勢を乱した。
機銃の射線がずれる。
そのまま「雪風」の上空を掠め、制御を失ったように海面へ突っ込んだ。
水柱が上がる。
「……ははっ!」
士の口元に、笑みが浮かんだ。
「そういう事か!何であれ結局、目視が全てだもんな!」
少女は、少しだけ満足そうに頷いた。
「加奈! こっちは探照灯でいける! そっちは避け続けろ!」
「言われなくてもやってる!」
「蹴られてるの間違いじゃないのか!?」
「うるさい! こっちはこっちで大変なの!」
叫び合いながらも、二人は戦い続けた。
士は探照灯で敵機の進入を崩し、時に機関砲で追い撃ちをかける。
加奈は「雪風」の艦魂に蹴られるまま、舵を切る。
面舵。
取舵。
取舵。
さらに取舵。
「───ちょ、ちょっと!? さっきから取舵ばっかりじゃない? 大丈夫なの?」
少女は答えない。
だが、これが答えだと言わんばかりに、また加奈の左肩を蹴飛ばした。
「分かったってば! 取舵一杯!!」
「雪風」が旋回する。
敵機の爆弾が外れる。
海面が爆ぜる。
古い駆逐艦は、信じられないような粘りで空襲を躱し続けた。
それでも、完全に無傷とはいかない。
甲板は焼け、艦橋の外装は傷つき、いくつもの機器が沈黙した。
だが、沈まない。
「雪風」は沈まない。
その姿は、もはやただの練習艦ではなかった。
艦齢75年の老いた船でもなかった。
かつて幾度もの戦場を潜り抜け、それでもなお生き残った艦。
その記憶が、今、二人の手足となっていた。
やがて、敵機の数が減り始めた。
江田島への攻撃そのものが終わったわけではない。
呉方面の戦況も、“重巡棲姫”の進撃も、何一つ解決していない。
それでも、「雪風」へ向けられた攻撃は確実に江田島から逸れていた。
兵学校の敷地には被害が出た。
負傷者もいる。
炎上した建物もある。
だが、「雪風」が港を離れ、敵を引きつけたことで、守られた命も確かにあった。
最後の一機が、探照灯に進入を崩され、機関砲の弾幕に絡め取られて海へ落ちる。
士は肩で息をしながら、操作盤から手を離した。
「……やった、のか?」
「多分……!」
加奈も舵を握ったまま、力が抜けたように座り込む。
その肩は、左右ともに赤くなっていた。
何度も蹴られたせいだ。
「絶対あとで痣になる……」
「生きてるだけマシだろ」
「それはそうだけど……!」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に笑った。
「やったな!」
「ありがとう!」
二人の視線の先に、白いワンピースの少女がいた。
少女は、少しだけ微笑んだ。
けれど、その表情はどこか悲しそうだった。
勝ったからといって、全てを守れたわけではない。
生き残ったからといって、失ったものが消えるわけではない。
そんなことを、彼女は誰よりも知っているようだった。
「あっ……」
少女の輪郭が薄れていく。
加奈が手を伸ばす。
士も、何かを言おうとした。
だが、声になる前に、少女の姿は消えた。
艦橋には、傷だらけの操作盤と、焦げた匂いと、まだ微かに震える船体だけが残された。
士はしばらく黙っていた。
そして、静かに呟いた。
「……本当にありがとな、“雪風”」
返事はなかった。
けれど、船体の奥深くで、何かが小さく鳴った気がした。
まるで、老いた武勲艦が、まだ大丈夫だと告げるように。
「雪風」は、静かに海の上に浮かんでいた。
傷つきながら。
それでも、沈まずに。
続く
あ と が き
不沈艦の名は、伊達ではないのです。
次回 艦隊決戦