自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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年上の妹たち。



49. 年の瀬の来訪者

 

 

2014年12月31日

 

釧路近郊にある東堂家の屋敷は、朝から白い雪に包まれていた。

 

敷地の外に広がる林は静まり返り、遠くの道路を走る車の音も、雪に吸われるようにして薄くなる。

吐く息は白く、縁側の向こうに見える庭には、昨夜から降り続いた雪が柔らかく積もっていた。

 

大晦日。

 

一年の終わりの日。

 

本来なら、神崎家と東堂家にとっても、ただ慌ただしくも穏やかな年末であるはずだった。

 

だが、今年だけは違う。

 

呉襲撃事件から、まだ八ヶ月も経っていない。

呉軍港は機能の多くを失い、国防軍の上層部も大きく揺れた。

小林と田村は帰らず、加奈の大学生活も壊れた。

“阿武隈”たちの傷も、零が戦場に立った事実も、誰の中でも過去にはなっていない。

 

それでも、年は暮れる。

 

だからこそ、ここに集まった者たちは、せめて今日くらいはと、年末の支度をしていた。

 

屋敷の広間では、子供たちの声が響いている。

 

「零、そこ違うよ。そっちじゃなくて、こっち」

 

少しつんとした声で言ったのは、神崎凛だった。

 

洋平と“鳳翔”の次女。

双子の妹であり、もうじき五歳になる少女である。

 

凛は小さな手で積み木を並べながら、零の置いた位置を見て、やや不満そうに眉を寄せていた。

 

「違う?」

 

零が首を傾げる。

 

「違う。そこに置いたら、屋根が変になる」

 

「でも、こっちの方が高くなる」

 

「高ければいいってものじゃない」

 

「そうなの?」

 

「そう」

 

凛はきっぱりと言った。

 

その横で、姉の穂乃果がほんわかと笑っている。

 

「でも、高いお屋敷も、ちょっと見てみたいかも」

 

「穂乃果はすぐそうやって甘やかす」

 

凛が少しだけ頬を膨らませる。

 

「甘やかしてないよ。零くんの考えも面白いなって」

 

「面白いだけじゃ駄目」

 

「じゃあ、凛ちゃんの屋根と、零くんの高いところ、両方合わせたら?」

 

「……それなら、まあ」

 

凛は少しだけ考え込む。

 

その様子を見て、“川内”が笑った。

 

「凛、零には厳しいよね」

 

「厳しくない。普通」

 

「普通かなあ」

 

“那珂”が畳の上で足を揺らしながら言う。

 

「那珂には、凛ちゃんって結構ツンツンしてるように見えるけど」

 

「ツンツンしてない」

 

「してるしてる」

 

「してない」

 

凛が即答する。

 

“神通”が困ったように微笑み、“阿武隈”が小さく笑った。

 

零は、凛と穂乃果の間で、真剣な顔のまま積み木を眺めている。

 

年齢で言えば、零と穂乃果、凛は近い。

希空は零にとって姉であり、先生であり、保護者に近い存在でもある。

だが、穂乃果と凛はもう少し違った。

 

零にとって、彼女たちは希空よりも年の近い姉のような存在だった。

 

穂乃果は柔らかく、凛は少し厳しい。

それでも、二人とも零を弟のように見ている。

 

そして、零もそれを嫌がってはいなかった。

 

「零」

 

凛が言う。

 

「次はちゃんと考えて置いて」

 

「分かった」

 

零は頷く。

 

穂乃果が笑う。

 

「でも、失敗しても大丈夫だよ。崩れたら、また作ればいいんだから」

 

その言葉に、“阿武隈”が少しだけ目を細めた。

 

崩れたら、また作ればいい。

 

簡単な言葉だった。

子供の遊びの中で出た、何気ない一言。

 

だが、それは今の彼女たちには、少しだけ眩しい言葉でもあった。

 

広間の少し離れた場所では、洋平が年末の支度を確認していた。

 

「穂乃果、凛。お茶はこぼすなよ」

 

「はーい」

 

穂乃果は素直に返事をする。

 

凛は小さく頷いただけだった。

 

「返事」

 

洋平が言う。

 

「……はい」

 

凛が渋々答える。

 

それを見て、美香が笑った。

 

「凛ちゃん、相変わらず洋平には厳しいね」

 

「美香に言われると複雑だな」

 

洋平は苦笑する。

 

「私はちゃんと優しいよ?」

 

「自分で言うか」

 

海斗が静かに突っ込んだ。

 

その隣で、士が年越しの準備に使う荷物を運んでいる。

加奈は台所と広間を行き来しながら、湯呑みや菓子を並べていた。

希空は、縁側近くに座り、妖精たちが持ち込んだ小さな端末を見ながら、時折零たちの様子へ視線を向けている。

 

完全な休暇ではない。

 

それは全員が分かっていた。

 

この屋敷には“出雲”と“磐手”もいる。

二人は普段着に近い姿ではあったが、位置取りは明らかに護衛のそれだった。

 

“出雲”は廊下側が見える場所に座り、“磐手”は庭へ続く窓に近い場所にいる。

二人とも子供たちの遊びを見守っているように見えるが、実際には屋敷の外の気配にも気を配っていた。

 

一応の警戒。

 

それはしている。

 

だが、ここは艦娘技術研究所ではない。

軍事施設でもない。

東堂家の屋敷である。

 

人が暮らす家だ。

 

だからこそ、零はここに来ていた。

 

年末年始だけでも、研究所の外で過ごす。

家族と同じ食卓につき、雪を見て、年越しを待つ。

同じ年頃の子供たちと遊び、普通の家の空気を知る。

 

人間としての成長のため。

 

それが、秋吉や希空、洋平たちが出した判断だった。

 

零を研究所に閉じ込めておけば、安全ではある。

だが、それでは零は兵器に近づいてしまう。

人を守るために生まれた子が、人と暮らすことを知らないままではいけない。

 

だから、年末年始の東堂家滞在は、いつしか慣例のようになっていた。

 

「鳳翔はまだか?」

 

海斗が湯呑みを受け取りながら言う。

 

洋平は時計を見た。

 

「そろそろ着くはずだ。昨日のうちに横須賀を出ている」

 

「この雪で大丈夫なのか?」

 

「運転してるのは妖精だからな。下手な人間より安全だ」

 

「……それはそうだな」

 

海斗は納得した。

 

“鳳翔”はまだこの屋敷にいない。

だが、昨日には横須賀を出発している。

 

洋平の娘である穂乃果と凛の世話は、しばらく洋平が見ていた。

もっとも、二人はもう五歳近く、赤ん坊のように手がかかるわけではない。

むしろ、凛に関しては口うるさいくらいだった。

 

「お父さん」

 

凛が積み木から顔を上げる。

 

「さっきのお餅、まだ?」

 

「まだだ。年越しの前に食べ過ぎるな」

 

「食べ過ぎない」

 

「昨日もそう言って食べただろう」

 

「昨日は昨日」

 

「屁理屈を覚えたな」

 

洋平が呆れる。

 

穂乃果がくすくす笑った。

 

「凛ちゃん、お餅好きだもんね」

 

「好きだけど、別にたくさん食べたいわけじゃない」

 

「じゃあ少しでいい?」

 

「……少し多め」

 

「ほら」

 

洋平が言うと、広間に笑い声が広がった。

 

その時、屋敷の外から車の音が聞こえた。

 

“出雲”と“磐手”の視線が同時に動く。

柔らかな空気の中であっても、その反応は速かった。

 

希空が端末を確認する。

 

「登録車両。鳳翔さんだよ」

 

洋平は小さく息を吐いた。

 

「着いたか」

 

零が顔を上げる。

 

「鳳翔?」

 

「うん」

 

穂乃果が嬉しそうに言う。

 

「お母さん、着いた」

 

凛も立ち上がった。

 

「遅い」

 

「凛ちゃん、迎えに行く?」

 

「行く」

 

即答だった。

 

広間にいた子供たちが、そろって玄関の方へ向かう。

零もその後に続いた。

“阿武隈”たち四人も、何となくついていく。

 

 

 

玄関を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。

 

屋敷の前には一台の車が停まっている。

雪を被った車体から、白い息のように排気が上がっていた。

 

運転席に座っていたのは、人間ではない。

 

等身大になった、艦載機パイロット妖精だった。

 

小さな飛行帽に、どこか誇らしげな表情。

妖精はハンドルから手を離すと、こちらに向かってぴしりと敬礼した。

 

「お疲れ様です」

 

“鳳翔”が助手席から降りながら言う。

 

穏やかな声だった。

 

「ただいま到着しました」

 

「お母さん!」

 

穂乃果が駆け寄る。

 

“鳳翔”は膝を折って、娘を抱き止めた。

 

「ただいま、穂乃果」

 

少し遅れて、凛も近づく。

 

「遅い」

 

“鳳翔”は微笑む。

 

「ごめんなさい、凛。雪で少し時間がかかりました」

 

「……おかえり」

 

凛は小さく言った。

 

“鳳翔”はその頭を優しく撫でる。

 

「はい。ただいま」

 

その後で、“鳳翔”は車の後部座席へ振り向いた。

 

「皆さん、着きましたよ」

 

直後。

 

後部座席のドアが勢いよく開いた。

 

「着いたー!」

 

緑色の服の少女が、元気よく飛び出してくる。

 

続いて、橙色の服を着た少女も、負けじと外へ出た。

 

「わっ、雪! 本当に積もってる!」

 

二人とも、六歳ほどの見た目だった。

零よりは少し年上に見える。

元気で、目がよく動き、屋敷や雪景色を興味津々に眺めている。

 

穂乃果の顔がぱっと明るくなった。

 

「蒼龍ちゃん! 飛龍ちゃん!」

 

「穂乃果!」

 

緑色の方……“蒼龍”が笑顔で手を振る。

 

橙色の方……“飛龍”も凛の方を見る。

 

「凛も久しぶり!」

 

「久しぶり」

 

凛はそっけなく返した。

だが、その足はすぐに二人の方へ向かっていた。

 

 

“蒼龍”と“飛龍”。

 

二人は建造からまだ間もない空母艦娘だった。

“蒼龍”は建造から一週間ほど。

“飛龍”は建造から一ヶ月ほど。

見た目の年齢は、どちらも六歳前後である。

 

横須賀にいる洋平、海斗、美香、“出雲”、“磐手”、穂乃果、凛にとっては、すでに見慣れた顔だった。

特に穂乃果と凛は、この二人と仲が良かった。

 

穂乃果は“蒼龍”の手を取り、凛は“飛龍”の前で少しだけ胸を張る。

 

「雪だるま、作るから」

 

“飛龍”は笑った。

 

「いきなり?」

 

「大晦日は雪だるまを作る日」

 

「そんな決まりあったっけ」

 

「今決めた」

 

“蒼龍”が穂乃果と顔を見合わせて笑う。

 

その様子に、零は少しだけ目を瞬かせた。

 

周りの反応はとても自然だった。

それだけ、彼女たちが横須賀側の生活に馴染んでいるということでもある。

 

“鳳翔”が穏やかに紹介した。

 

「蒼龍さんと飛龍さんです」

 

“蒼龍”は笑顔で手を上げた。

 

「よろしくね!」

 

“飛龍”も続ける。

 

「よろしく! あなたが零?」

 

零は少しだけ驚いた顔をした。

 

「うん。零」

 

“蒼龍”と“飛龍”は、顔を見合わせる。

 

「……本当に小さい」

「でも、零なんだ」

 

「小さい?」

 

零が首を傾げる。

 

“飛龍”は慌てて手を振った。

 

「あ、悪い意味じゃないよ。ただ、話には聞いてたから」

 

「上位個体を倒したって聞いてたから、もっとこう、怖い感じなのかと思ってた」

 

“蒼龍”が素直に言う。

 

その言葉に、“阿武隈”が少しだけ表情を揺らした。

零は気づいたが、何も言わなかった。

 

 

次に、もう一つのドアが開いた。

 

赤い服の少女が、落ち着いた動作で車から降りてくる。

七歳ほどの見た目。

背筋が伸びていて、表情は柔らかいが、どこかしっかりしている。

 

その後ろから、妙に堂々とした少女が降りてきた。

 

「ふふん、ここが東堂家の屋敷か。なかなか立派やん」

 

やや誇らしげな声。

 

ただし、その関西弁はどこかぎこちなかった。

 

“鳳翔”が少し困ったように微笑む。

 

「赤城さんと龍驤さんです」

 

赤い服の少女、“赤城”は丁寧に頭を下げた。

 

「初めまして。赤城です。お世話になります」

 

「龍驤や。よろしゅうな」

 

“龍驤”は胸を張った。

実際に幼い以上、特に違和感もない。

 

“川内”が小声で言う。

 

「なんか、すごく堂々としてる」

 

“那珂”も頷く。

 

「でも、ちょっと喋り方が不思議」

 

“龍驤”は聞こえていたらしく、すぐに反応した。

 

「不思議やない。これは由緒正しい喋り方や」

 

“磐手”が、少しだけ笑う。

 

「それ、ほんとに?」

 

“龍驤”は一瞬だけ詰まった。

 

「……たぶん」

 

“赤城”が静かに補足する。

 

「龍驤さんは、横須賀に来てから関西方面の映像資料をたくさん見ていました」

 

「言わんでええ!」

 

“龍驤”が慌てる。

 

そのやり取りに、穂乃果が楽しそうに笑った。

 

“赤城”と“龍驤”は、建造からおよそ九ヶ月が経っていた。

見た目の年齢は七歳前後。

艦娘技術研究所で建造された後、横須賀の「建御名方」へ移され、“鳳翔”のもとで空母艦娘の基礎や弓道の訓練を行う生活を続けてきた。

 

ただし、“龍驤”はすでに“鳳翔”の直接指導からは一歩離れつつあった。

 

非弓系空母艦娘の長姉。

 

その立場を自覚している彼女は、自分自身の鍛錬を続けながら、弓を用いない汎用的な発艦マニュアルの作成にも関わっている。

もちろん“鳳翔”も手伝っているが、“龍驤”にとってそれは、誰かに教えられるだけの段階から、誰かのために形を残す段階へ進み始めたということでもあった。

 

そのためか、彼女の振る舞いは年齢の割に妙に堂々としている。

 

もっとも、今のところ、その堂々とした態度は、少し背伸びにも見えた。

 

 

最後に、車の奥から青い服の少女が降りてきた。

 

動きは静かだった。

表情もほとんど変わらない。

七歳ほどの見た目でありながら、どこか周囲を観察するような目をしている。

 

“鳳翔”が紹介する。

 

「───そして、加賀さんです」

 

“加賀”は一歩前へ出て、短く言った。

 

「加賀です」

 

それだけだった。

 

“蒼龍”が笑う。

 

「加賀、短いよ」

 

“飛龍”も続ける。

 

「もっと何か言えば?」

 

“加賀”は少しだけ首を傾げた。

 

「必要ですか?」

 

「必要っていうか、ほら、初対面だし」

 

“赤城”が穏やかに言う。

 

「よろしくお願いします、くらいは言ってもいいと思います」

 

“加賀”は零を見る。

 

「よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく」

 

零は素直に頷いた。

 

“加賀”は、建造から一ヶ月ほど。

“飛龍”とほぼ同じ時期に生まれた空母艦娘である。

見た目の年齢は七歳前後。

表情は乏しいが、周囲への興味がないわけではない。

 

むしろ、彼女は明確に零を見ていた。

 

それは“赤城”も同じだった。

 

“赤城”と“加賀”は、“鳳翔”から零のことを聞いていた。

第二世代艦娘の長兄に当たる存在。

呉で上位個体を撃沈した存在。

それでいて、まだ自分たちよりも幼い少年。

 

二人は、その零に興味を持ってここへ来ていた。

 

一方で、“蒼龍”と“飛龍”は穂乃果と凛に会えることへの楽しみが勝っている。

“龍驤”は東堂家そのものと、そこに集まる面々を見に来たという雰囲気だった。

 

同じ来訪でも、目的は少しずつ違っていた。

 

しばらく、玄関先に不思議な沈黙が落ちた。

 

零と五人の空母艦娘。

 

同じ第二世代艦娘でありながら、彼らはこれまで一度も直接顔を合わせたことがなかった。

 

それは、考えてみれば少し奇妙なことだった。

 

“龍驤”も、“赤城”も、“加賀”も、“蒼龍”も、“飛龍”も、例外なく艦娘技術研究所で建造されている。

零もまた、同じ研究所で生まれた存在である。

 

だが、空母艦娘たちは建造直後、初期調整を終えるとすぐに“鳳翔”のいる横須賀の「建御名方」へ送られる。

その後の訓練も、横須賀を中心に行われる。

 

一方で、零の生活圏は研究所の奥深くにあった。

 

そして、艦娘技術研究所そのものが、増築に増築を重ね、地下深く、横にも広く広がる巨大施設となっていた。

同じ施設にいても、生活圏が違えば、顔を合わせないことは珍しくない。

 

その結果、第二世代艦娘の長兄に当たる零と、すでに建造されていた空母艦娘たちは、この大晦日まで一度も対面していなかった。

 

“赤城”は零をじっと見る。

 

「あなたのことは、鳳翔さんから聞いています」

 

零は少しだけ身構えた。

 

「俺のこと?」

 

「はい。第二世代艦娘の長兄に当たる方だと」

 

その言葉に、“龍驤”が腕を組んだ。

 

「でも、年だけで言えばうちらの方が上やな」

 

“蒼龍”が頷く。

 

「そうだね」

 

“飛龍”も笑う。

 

「じゃあ、零はお兄さん? 弟?」

 

零は真剣に考え込んだ。

 

「……どっち?」

 

その反応に、“那珂”が笑った。

 

「零が困ってる」

 

“阿武隈”も少し笑う。

 

“加賀”は無表情のまま言った。

 

「系譜上は兄。年齢上は弟。両方でよいのでは」

 

“赤城”が微笑む。

 

「それが一番分かりやすいですね」

 

“龍驤”は満足げに頷いた。

 

「ほんなら、うちらは年上の妹分で、零は年下の兄貴分やな」

 

「それ、分かりにくくない?」

 

“川内”が言う。

 

“龍驤”は胸を張った。

 

「ええんや。だいたい合っとる」

 

「だいたいなんだ」

 

“蒼龍”が笑う。

 

零は、まだ少し考えていた。

 

「兄貴分」

 

“龍驤”がにやりとする。

 

「せや。頼りにしとるで、兄貴」

 

「俺、頼られるの?」

 

「そりゃそうやろ。上位個体を倒したんやから」

 

その言葉に、周囲の空気がほんの少しだけ変わった。

 

“鳳翔”が静かに“龍驤”を見る。

 

“龍驤”も、それ以上は言わなかった。

 

零は小さく頷いた。

 

「でも、今日は戦わない」

 

その一言に、“鳳翔”が柔らかく微笑んだ。

 

「はい。今日は大晦日ですから」

 

穂乃果が零の手を取った。

 

「今日はみんなで遊ぶ日だよ」

 

凛も言う。

 

「あと、お餅を食べる日」

 

「凛はそればっかりだね」

 

“飛龍”が笑う。

 

凛は少しむっとする。

 

「大事」

 

「確かに大事かも」

 

“蒼龍”が同意した。

 

“赤城”も静かに頷く。

 

「食事は大事です」

 

その時、美香が玄関の奥から声をかけた。

 

「寒いから、みんな中に入りなさい。自己紹介は広間で続きね」

 

「はーい!」

 

“蒼龍”と“飛龍”が元気よく返事をする。

 

“龍驤”は雪を払ってから、堂々と屋敷へ入った。

“赤城”は“鳳翔”を手伝うように荷物を持ち、“加賀”は無言でその隣に並ぶ。

 

玄関は、一気に賑やかになった。

 

広間へ戻ると、そこには先ほどよりもさらに多くの子供たちが集まった。

 

穂乃果。

凛。

零。

“阿武隈”。

“川内”。

“神通”。

“那珂”。

“龍驤”。

“赤城”。

“加賀”。

“蒼龍”。

“飛龍”。

 

そして、その様子を見守る大人たち。

 

人数が増えたことで、広間はまるで小さな宴会場のようになった。

 

“蒼龍”と“飛龍”はすぐに穂乃果と凛を巻き込んで、積み木の続きを始めた。

穂乃果は“蒼龍”に、さっき零が作ろうとしていた高い屋敷の話をしている。

凛は“飛龍”に屋根の形を説明し、“飛龍”は分かったような分かっていないような顔で頷いていた。

 

“龍驤”は、凛と妙なところで張り合い始める。

“赤城”は、穂乃果たちの様子を見ながらも、時折零へ視線を向ける。

“加賀”は最初から零の隣に座り、じっと彼を観察していた。

 

零は少しだけ困っていた。

 

「……何?」

 

“加賀”は答える。

 

「確認しています」

 

「……何を?」

 

「第二世代艦娘の長兄に当たる存在が、どのような方なのか」

 

「……見て分かる?」

 

“加賀”は少し考えた。

 

「分かることもあります」

 

「例えば?」

 

「落ち着いています。でも、少し困っています」

 

零は瞬きをする。

 

“阿武隈”が笑った。

 

「当たってる」

 

“那珂”も頷く。

 

「零、こういう時ちょっと困るよね」

 

零は否定しなかった。

 

「人数、多い」

 

“加賀”は小さく頷いた。

 

「なるほど」

 

“赤城”が、穏やかに口を開いた。

 

「私も、少し分かりました」

 

「何が?」

 

零が聞く。

 

「鳳翔さんが、あなたのことを話す時の顔です」

 

零はさらに首を傾げた。

 

“赤城”は微笑む。

 

「強い戦力の話をしている顔ではありませんでした。大切な子供の話をしている顔でした」

 

零は、少しだけ黙った。

 

その横で、“龍驤”が凛と向き合っていた。

 

「うちはな、もう鳳翔さんに付きっきりで教えてもらう段階は卒業しとるんや」

 

「……だから?」

 

凛が淡々と返す。

 

「だから、年上や」

 

「それは関係ない」

 

「関係あるやろ。うちは非弓系空母の長姉として、発艦マニュアル作りにも関わっとるんやで」

 

「でも、お餅はまだ作れない」

 

「それは今関係ないやろ!」

 

凛は真顔だった。

 

「大晦日では大事」

 

“飛龍”が笑い出し、“蒼龍”もつられて笑う。

 

“龍驤”は悔しそうに唇を尖らせた。

 

「凛、相変わらず手強いな」

 

「普通」

 

「絶対普通やない」

 

二人のやり取りを見て、穂乃果が困ったように笑った。

 

“鳳翔”はその様子を見て、少しだけ目を細めていた。

 

“龍驤”も、“赤城”も、“加賀”も、“蒼龍”も、“飛龍”も、彼女にとっては家族のような存在だった。

空母艦娘として生まれ、横須賀へ送られ、彼女のもとで学び始めた子供たち。

 

穂乃果と凛が自分の娘であるように、彼女たちもまた、“鳳翔”にとっては守り、教え、育てるべき子供たちだった。

 

 

「にぎやかになったな」

 

洋平が“鳳翔”の隣に立つ。

 

“鳳翔”は微笑んだ。

 

「はい。少し、騒がしすぎるくらいです」

 

「嫌か?」

 

「いいえ」

 

“鳳翔”は首を横に振る。

 

「こういう騒がしさは、嬉しいです」

 

洋平はしばらく子供たちを見ていた。

 

「……呉の後だからな」

 

その言葉に、“鳳翔”の表情が少しだけ静かになる。

 

洋平は続けた。

 

「こうして笑っているのを見ると、少しだけ安心する」

 

「はい」

 

“鳳翔”は頷く。

 

「ただ、安心だけではいけません」

 

その視線は、広間の端に座る“出雲”と“磐手”へ向けられていた。

 

二人は会話に混ざっていない。

だが、子供たちを見守りながら、外にも注意を向けている。

 

警戒はしている。

 

それでも、ここは家だった。

 

“鳳翔”は静かに言う。

 

「この子たちを守るためには、家で過ごす時間も、外へ出る時間も必要です。けれど、それは同時に、危うさも生みます」

 

洋平は目を伏せる。

 

「分かっている」

 

「それでも、ここに連れてきた」

 

「そうだ」

 

洋平は、零の方を見る。

 

零は“加賀”に何かを聞かれ、困った顔をしている。

それを見て“蒼龍”と“飛龍”が笑い、“阿武隈”たちもつられて笑っていた。

 

「零には、こういう時間が必要だ」

 

洋平は言った。

 

「穂乃果と凛にも。阿武隈たちにも。赤城たちにもな」

 

“鳳翔”は穏やかに頷いた。

 

「はい」

 

その後、大晦日は賑やかに過ぎていった。

 

子供たちは雪の庭に出て、妖精たちと小さな雪だるまを作った。

“龍驤”は凛と張り合い、どちらの雪だるまが立派かを真剣に比べていた。

“蒼龍”と“飛龍”は雪玉を作りすぎ、“川内”と一緒に小さな雪合戦を始めかけ、“神通”に止められた。

“那珂”は雪の上で歌う真似をして、足を滑らせ、“阿武隈”に支えられた。

 

“赤城”は、用意された年越しの食事を見て、目を輝かせていた。

 

「美味しそうですね」

 

「赤城ちゃん、食べるの好き?」

 

美香が聞く。

 

“赤城”は少しだけ恥ずかしそうに頷いた。

 

「はい。食べることは、大事ですから」

 

「大事だよねえ」

 

美香は楽しそうに笑う。

 

“加賀”は隣で静かに言った。

 

「赤城さんは、食事の重要性をよく理解しています」

 

「加賀さん、それだと私が食べ過ぎるみたいに聞こえます」

 

「違うのですか?」

 

「違います」

 

“赤城”は真面目に否定した。

 

それを聞いて、希空が小さく笑った。

 

「空母艦娘って、燃費が大変そうだよね」

 

“龍驤”が胸を張る。

 

「空母やからな。食べるのも仕事のうちや」

 

「それはちょっと違うと思う」

 

凛が冷静に言う。

 

「細かいことはええんや」

 

「細かくない」

 

また二人が言い合いを始め、穂乃果が間に入る。

 

零はその様子を見ていた。

 

研究所では、こういう騒がしさは少ない。

妖精たちは賑やかだが、それはどこか仕事の音に近い。

訓練室や実験区画の音は、常に何かの目的を持っている。

 

だが、ここにある騒がしさは違った。

 

意味がない。

効率もない。

必要性もない。

 

ただ、誰かが笑い、誰かが怒り、誰かが止めて、また誰かが笑う。

 

それは、零にとってまだ少し不思議なものだった。

 

「零」

 

士が隣に座る。

 

「楽しいか?」

 

零は少し考えた。

 

「うん」

 

「そうか」

 

士は短く答えた。

 

「なら、いい」

 

「士は?」

 

「俺も、悪くない」

 

士らしい言い方だった。

 

加奈がそのやり取りを見て、小さく笑う。

 

「士、もっと素直に楽しいって言えばいいのに」

 

「言ってる」

 

「言ってないよ」

 

「悪くないは、俺の中ではかなり高評価だ」

 

「分かりづらい」

 

加奈は呆れたように笑った。

 

その笑顔は、半年前より少しだけ柔らかかった。

完全に癒えたわけではない。

友人たちのことは、今も彼女の中に深く刺さっている。

 

それでも、ここでは笑えた。

 

零は、その笑顔を見て少し安心した。

 

夜が近づく。

 

大晦日の東堂家は、さらに温かくなっていった。

 

年越しの準備。

こたつ。

湯気の立つ食事。

妖精たちが運ぶ小さな皿。

子供たちの笑い声。

大人たちの静かな会話。

 

その全てが、零にとっては必要なものだった。

 

戦う力ではない。

敵を倒す力でもない。

上位個体を撃沈した事実とも関係ない。

 

ただ、人として過ごす時間。

 

その時間が、そこにはあった。

 

 

 


 

 

 

───だが。

 

その屋敷を、遠くから見ている者たちがいた。

 

東堂家の敷地から離れた道路脇。

雪の積もった林の影。

一台の車が、長く停まっていた。

 

外から見れば、ただの車だった。

年末に親戚の家を訪ねる途中で停まっている車にも見える。

中にいる男たちも、特別な格好はしていない。

 

だが、車内に置かれた機材は普通ではなかった。

 

望遠レンズ。

通信機。

小型端末。

周辺道路の通行記録。

数日分の映像データ。

 

男の一人が、端末の画面を見ていた。

 

そこには、東堂家の屋敷に出入りする人物の記録が並んでいる。

 

神崎洋平。

神崎海斗。

神崎美香。

神崎希空。

神崎零。

東堂士。

神崎加奈。

 

そして、複数の艦娘。

 

“出雲”。

“磐手”。

“鳳翔”。

 

さらに、今回新たに確認された第二世代空母艦娘たち。

 

男は静かに言った。

 

「やはり、年末年始はここに集まるらしい」

 

隣の男が聞く。

 

「偶然では?」

 

「可能性は低い。過去数年の移動記録、神崎家関係者の動向、東堂家周辺の警備変化。完全ではないが、傾向は見える」

 

端末に、別の資料が表示される。

 

東堂家の屋敷。

 

その所在は機密ではない。

当然、軍事施設でもない。

普通の一般人の自宅と比べれば広く、警備もある。

だが、艦娘技術研究所や国防軍施設とは比べものにならない。

 

表札。

土地登記。

近隣住民の記憶。

業者の出入り。

道路の通行記録。

 

調べようと思えば、調べられる。

 

「研究所ではない。横須賀でもない。だが、神崎家と東堂家の接点であり、零とやらが外に出る場所」

 

男は淡々と入力した。

 

年末年始。

東堂家屋敷。

神崎零、滞在確認。

護衛艦娘複数。

ただし施設級隔離環境なし。

恒例行事の可能性あり。

 

「人間としての成長のため、か」

 

別の男が薄く笑った。

 

「兵器として扱われることを嫌う連中らしい判断だ」

 

「そのおかげで、外に出る」

 

「隙になるな」

 

「まだ作戦にはならない」

 

男は端末を閉じる。

 

「だが、慣例は確認した。慣例があるなら、次を予測できる」

 

車内に沈黙が落ちた。

 

遠くの屋敷から、かすかに笑い声が聞こえたような気がした。

雪に吸われ、ほとんど音にはならない。

 

男たちは、それを気にも留めなかった。

 

彼らにとって、そこにあるのは家族の時間ではない。

団欒でもない。

子供たちの笑い声でもない。

 

観測対象。

行動傾向。

警備の穴。

利用可能な慣例。

 

それだけだった。

 

「継続監視する」

 

男は言った。

 

「研究所の位置は未だ不明。だが、零の外部行動、神崎家の移動、横須賀との連絡経路、新型艦娘の輸送経路。点は増えた」

 

「点が増えれば、線になる」

 

「いずれな」

 

「軍上層部は既に我々の手中にある。軍事機密にも触れられる。位置の把握はもはや時間の問題だろう」

 

「長くかかったが……ようやくだ」

 

車のエンジンが静かにかかった。

 

雪の夜に、尾灯の赤い光が滲む。

 

東堂家の屋敷の中では、子供たちが年越しを待っていた。

 

穂乃果が笑い、凛がそっぽを向き、“龍驤”が胸を張り、“蒼龍”と“飛龍”が騒ぎ、“赤城”が食事に目を輝かせ、“加賀”が静かに零を観察している。

“阿武隈”たちも、少しずつ笑える時間を取り戻していた。

 

その中心に、零がいた。

 

守りたいと願われた少年。

人間として育ってほしいと願われた子供。

兵器ではなく、家族の中で年を越すために、そこにいる存在。

 

その願いは、間違っていなかった。

 

だが、間違っていない願いが、隙にならないとは限らない。

 

年の瀬の来訪者は、一組だけではなかった。

 

暖かな屋敷の外で、見えない敵は、静かにその輪郭を掴み始めていた。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

2014年現在、零は4歳。
ある第二世代艦娘が5歳以上の身体で建造されれば、
肉体年齢上は零よりも年上になる。

これが年上の妹が生まれる理屈。


次回 そして再び冬は来る
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