第二章開幕。
52. いびつな回復
2016年1月 日本近海
「敵巡洋艦、撃沈!」
「右舷、敵駆逐艦二!」
「航空隊、第二波来ます!」
次々と報告が飛び交う。
艦娘母艦「建御雷」。
その艦橋中央で、神崎海斗は戦況表示から目を離さなかった。
「航空隊は?」
「国防空軍が交戦中!海軍航空隊もこちらへ向かっています!」
「なら空は任せる。艦娘隊は水上戦に集中させろ!」
「了解!」
参謀妖精が答える。
通常戦力による支援。
日本近海で戦うことの、大きな利点の一つだった。
艦娘だけで戦う必要はない。
各地の航空基地、沿岸部の陸上部隊、各軍港の所属艦艇。戦場が日本列島へ近ければ近いほど、それら通常戦力から濃密な支援を受けられる。
少し前にも、深海棲艦の航空隊がこちらへ接近するより早く、陸上基地から飛び立った国防空軍の戦闘機群が迎撃に入っていた。
その後方から海軍航空隊も加わる。
空ではミサイルの航跡が交錯し、海では艦娘たちが砲火を交える。
「出雲!」
「分かってる!」
海面を赤い砲弾が抉った。
“出雲”が水面を蹴る。寸前まで彼女がいた場所に巨大な水柱が立ち上がった。
敵はリ級。
だがその身体には、通常個体には無い真紅が混じっている。
───elite。
「磐手、右!」
「見えてる!」
“磐手”の砲が火を噴く。
砲弾が敵艦の側面へ命中。しかし、一発では沈まない。そのまま砲口がこちらを向く。
「っ!」
“磐手”が回避。
その頭上を、轟音と共に何かが通過する。一瞬遅れて、水平線近くに爆発。
国防空軍のF-2ASだった。
低空まで降り、艦娘と交戦していた深海棲艦へ誘導弾を叩き込んで、そのまま上昇していく。
「助かった!」
『こちらも仕事だ。…まだ来るぞ』
無線越しに短い返答。
“磐手”は笑った。
「言われなくても!」
再び海面を蹴る。
別方向。
“出雲”の周囲へ、二隻の深海棲艦が回り込む。
「邪魔!」
旋回。
一隻へ砲撃。
命中。
そのままもう一隻へ接近。
回避しつつ反撃。砲声の後、巨大な爆発。
海面へ炎が広がる。
何とか沈める。
だが、息つく暇もなく次が来る。
装甲はあまり信じられない。特にeliteが相手では。
避けて、避けて、撃って、どうにか倒す。
……そして、ようやく。
「右舷前方、敵反応消失!」
「残存敵艦隊、北東へ離脱していきます!」
海斗は表示を確認した。
「追うな。深追いする必要はない」
「周辺警戒を継続。艦娘部隊を収容する」
「了解!」
雲の低い冬の海。
その向こうから、戦闘を終えた艦娘たちが戻ってくる。
先頭は“出雲”。少し遅れて“磐手”。
その後ろに数人。
海斗は、一人ずつ数えた。
───全員いる。
それを確認してから、ようやく小さく息を吐いた。
「今回は全員いるね」
隣で美香が言った。
「ああ」
「……よかった」
「ああ」
それだけだった。
全員が帰ってきた。
今では、それだけで十分に喜べるようになっていた。
───去年は、必ずしもそうではなかったから。
2015年。
それは第二特務艦隊にとって、ひたすら海を走り続けた一年だった。
太平洋、オホーツク海、日本海に東シナ海。
日本列島を囲む海域を、「建御雷」と第二特務艦隊は転戦し続けた。
敵が出たら向かい、戦って、帰る。
補給して、修理して、また出る……その繰り返し。
横須賀、佐世保、舞鶴、大湊。
寄港地だけなら多い。
呉だけは、
前年の襲撃から未だ立ち直れていなかった。
軍港機能そのものが大打撃を受け、
復旧工事は続いているものの、主力艦隊の根拠地として以前と同じように使うには、まだ時間が必要だった。
だから、第二特務艦隊は、呉を除いた日本各地の軍港を渡り歩いた。
……その度に、少しずつ人数も変わった。
最初は、一人だった。
ある戦闘の後、
いつも食堂の端で妖精たちと話していた艦娘がいなくなった。
次の大きな戦闘では二人。
また別の戦闘では、
帰投した艦娘の一人がそのまま担架で運ばれていった。
当たり前だが、被害は場合によって異なる。
長期入渠、艤装損傷、身体損傷、戦闘不能。
復帰まで数週間、数ヶ月。
───或いは、帰ってこない。
「……またか」
ある日の「建御雷」執務室。
海斗は、更新された艦娘編成表を見ていた。
美香が横から覗き込む。
「三人?」
「一人は長期入渠。修復自体は記憶再現式が使えたから、後は調整だけ」
「残り二人は?」
海斗は答えなかった。
美香も、それ以上は聞かなかった。
聞く必要がなかった。
その頃にはそういう会話も、珍しくなくなっていた。
理由は、深海棲艦が急に無敵になったからではない。
人類側も強くなっている。
対SUE弾薬、誘導兵器、高性能化したレーダーに電子戦装備。
国防空軍、国防海軍航空隊、通常水上艦艇。
開戦した2000年頃とは比較することすら馬鹿らしいほど、通常戦力だけでも深海棲艦を殺せるようになった。
通常個体なら、それで十分だった。
艦娘、水上艦艇、航空隊、沿岸部隊。
持てる戦力の全てを組み合わせれば、日本近海の深海棲艦を押し返すことは出来る。
だが、真紅を纏うelite個体は違った。
硬い、速い、火力が高い。
何より、数が増えた。
以前なら、一戦場に一隻現れれば警戒した。
それが、いつしか普通の深海棲艦艦隊に混じって現れる。
一隻なら倒せる。二隻でも、三隻でも。
一回なら勝てる。二回でも、十回でも。
だが、それが一年続けば……
いつか、避けられない砲弾が来る。
いつか、一発を受ける。
いつか、誰かが沈む。
それでも第二特務艦隊は戦い続けた。
それが、日本近海を守るために編成された彼女らの仕事だったから。
……問題は、失った分が戻ってこないことだった。
『───続いて国会です』
テレビ画面が切り替わる。
『本日の国防委員会では、深海棲艦戦争における艦娘戦力の今後について議論が行われました』
映し出された議場に、一人の議員が立っている。
『通常兵器による対深海棲艦能力は、この十数年間で飛躍的に向上しています』
『一方で、艦娘という存在には、建造、運用、維持に多額の費用を要するだけではなく、その生命倫理上の問題も存在します』
『特に第一世代艦娘は、人間を素体とする技術です』
『我々は今一度、艦娘という兵器体系への依存を続けることが本当に正しいのか、考える時期に来ているのではないでしょうか』
別の議員が問う。
『これは艦娘戦力そのものを廃止すべき、という主張でしょうか』
『直ちに廃止せよとは申し上げておりません』
『では?』
『通常国防戦力の発達を踏まえ、予算配分の適正化を進めるべきだ、と申し上げています』
それだけを聞けば、筋は通っていた。
少女を戦場へ送ること。
その身体を兵器へ変えること。
人としての人格を持ちながら、法制度上は兵器に近い扱いを受け続けていること。
第一世代艦娘が抱えている問題は、現実に存在する。
通常兵器が進歩していることも、また事実だった。
『国防省としても、通常部隊の対深海棲艦能力向上を踏まえた戦力配分について継続して検討しています』
官僚が答える。
『今年度の艦娘関連予算については?』
『新規建造および既存艦娘の維持費について、一部見直しを───』
画面の前で美香が小さく息を吐いた。
「言ってることだけ聞けば、間違ってないのよね」
海斗は書類から視線を上げない。
「そうだな」
「第一世代の問題だって本当にあるし」
「ああ」
「普通の軍隊が強くなるのだって、悪いことじゃない」
「むしろ良いことだ」
「……だから余計に面倒」
美香は机へ頬杖をついた。
海斗の目の前には、別の数字が並んでいた。
第二特務艦隊の艦娘戦力。
現有、戦闘可能、入渠中、長期離脱、喪失。
そして……補充予定。
「今年度、これだけ?」
「これだけだ」
「……足りないよ」
「分かってる」
「第一世代の追加建造は?」
「予算が通らない」
「研究所は?」
「第二世代関係の予算は、希空たちが何とか確保したらしい」
「そっちは削れないものね」
「ああ」
第二世代艦娘。
第一世代の問題を解決するために作られた、次の世代。
そちらまで止めてしまえば、艦娘技術そのものに未来が無くなる。
だから、第二世代の建造費、育成費、新型艤装の開発費、必要な研究費。
そこは辛うじて残されている。
だが今、海の上で減っている第一世代を直ちに埋めるための金は無い。
艦娘技術研究所であろうと、何でもタダで生み出せるわけではない。
材料、設備、電力、研究者、妖精、艤装、弾薬、訓練施設。
そして、結局のところ……金がいる。
「また一特艦から?」
美香が聞く。
「……その方向で調整してるらしい」
「それじゃ向こうが持たないじゃない」
「こっちも持たない」
「分かってる」
答えは、それしかなかった。
第一特務艦隊から第二特務艦隊へ、
一人、また一人と、艦娘を転属させる。
二特艦の戦力は一時的に戻る。
そして戦い、減る。また補充する。
当然、その度に第一特務艦隊が痩せていく。
横須賀
艦娘母艦「建御名方」
「……本末転倒だな」
洋平は机の上に広げた編成表を見ながら呟いた。
“鳳翔”が隣に立っている。
「はい」
「二特艦を維持するために一特艦を削る」
洋平は紙を指で叩く。
「一特艦が動けなくなれば、本土側の即応戦力が薄くなる」
「ですが」
“鳳翔”は静かに答えた。
「第二特務艦隊を止めれば、その分だけ外側の戦線がこちらへ近付きます」
「分かってる」
洋平は椅子へ背を預けた。
「分かってるからやってる」
第一特務艦隊はまだ存在している。
別に解散したわけではない。
だが、艦隊単位で大規模な出撃を続けられるほど、艦娘戦力には余裕がなかった。
横須賀に残って本土防衛や特務艦隊司令部の支援に徹しつつ、緊急時の予備戦力としても振る舞う。
そして、もう一つ。
「鳳翔」
「はい」
「お前を二特艦に回せって話も、まだ出てる」
「そうですか」
“鳳翔”は驚かなかった。
「どうする」
「以前と同じです」
「私は横須賀に残ります」
即答だった。
「だよな」
「はい」
理由は戦いたくないからではない。
むしろ逆。
“鳳翔”には、ここでなければ出来ない仕事があった。
第二世代空母艦娘の育成だ。
第一世代艦娘の中で、空母艦娘は“鳳翔”しかいない。
艦載機の発着艦に複数機の同時管制。
航空隊全体を見る。
艦娘として海上を動きながら、さらに空も支配する。
空母艦娘には、他の艦種とは明確に違う難しさがある。
それを実戦経験込みで教えられる者は、今の日本では“鳳翔”しかいなかった。
彼女は言った。
「日本近海なら通常航空戦力の支援を受けられます」
「空軍も海軍航空隊もいる」
「はい。私が一人、第二特務艦隊へ加わるよりも」
少しだけ横須賀の海へ目を向ける。
「───今は、あの子たちを育てる方が先です」
洋平も同じ方向を見る。
「……そうだな」
今すぐ一人増やすか、数年後に何十人もの空母艦娘を戦力化するか、それは考えるまでもなかった。
それに、現場では誰一人、まだ訓練途中の第二世代を前線へ送るつもりなど無かった。
そのためにこそ“鳳翔”は横須賀に残る。
結果として、第一特務艦隊は実働艦隊としては事実上の機能不全へ近付いていった。
ただし、それは悪いことばかりでもなかった。
「建御名方」と特務艦隊司令部が横須賀へ常駐するようになったことで、洋平は特務艦隊司令長官としての業務へ以前より集中出来る。
そして、必要なら……
「お前たち、休め」
「……は?」
2015年12月
「休暇を取れ」
海斗が、目の前の洋平を見た。
「今?」
「今だ」
「この状況で?」
「この状況だからだ」
美香も口を挟む。
「待って。私たちが抜けたら───」
「俺が代わる」
「洋平兄さんが?」
「何のために俺が横須賀に張り付いてると思ってる」
「司令長官の仕事で過労死するため?」
「違う」
「最近見てると、そうとしか思えないんだけど」
「美香」
洋平が額を押さえる。
少し離れて“出雲”と“磐手”も話を聞いていた。
「出雲、磐手」
「ん?」
「お前たちもだ」
“出雲”が瞬きをした。
「私も?」
「二人とも」
“磐手”が少し笑った。
「長官命令?」
「そうだ」
「なら仕方ないね」
「磐手」
“出雲”が横を見る。
「だって出雲も最近寝てないでしょ」
「寝てる」
「何時間?」
「……」
「ほら」
「磐手も同じ」
「私は出雲より寝てるよ」
「三十分くらい」
「三十分は大きいよ」
「誤差」
「誤差じゃない」
洋平は、今度は海斗を見る。
「お前も似たようなもんだ」
「俺は寝てる」
「美香、どうなんだ」
「寝てない」
「即答するな」
「だって寝てないもの」
「お前もだろ」
「私は寝てるよ?」
「何時間?」
「……」
「ほら」
今度は海斗が返した。
「とにかく」
洋平が言う。
「命令だ。休め」
海斗は何かを言おうとして……止めた。
自分でも分かっていた。
疲れている。
自分も、美香も、出雲も、磐手も、まだ戦える。
だが、戦えることと休まなくていいことは違う。
「……分かった」
海斗が言った。
「休む」
「最初からそう言え」
「ただし」
「何だ」
「何かあったら呼べ」
「呼ばないために休ませるんだ」
「それでもだ」
「……分かった」
洋平はそこでようやく、少しだけ笑った。
「行ってこい」
だから、2015年のクリスマス。
釧路近郊の東堂家には、
海斗、美香、“出雲”、“磐手”、
そして、希空や零たちがいた。
あの日、雪の中で零と“瑞鶴”が初めて出会った。海斗も、美香も、“出雲”も、“磐手”も、皆穏やかだった。
実際に穏やかだった。あの時間だけは。
ただそれは、戦況に余裕があったから生まれた休日ではない。
休ませなければ、いずれ誰かが壊れる。
そう判断されて半ば強制的に作られた休暇だった。
そして、そこに洋平はいなかった。
横須賀の「建御名方」艦内、特務艦隊司令部。
彼はそこで働いていた。
年が明け、2016年。
短い休暇ではあったが、それでも意味はあった。
「出雲、状態は?」
「問題ない」
“出雲”は答えた。
「機関良好。艤装も異常なし」
“磐手”も横から手を挙げる。
「私も大丈夫」
「なら今日は休め」
海斗が言った。“磐手”が首を傾げる。
「……今帰ってきたばっかりなのに?」
「だからだ」
「司令官、長官みたいになってきたね」
「去年、嫌というほど言われたからな」
「いい傾向じゃない」
美香が笑う。
「海斗もちゃんと休むようになったし」
「美香も休め」
「休んでるよ」
「昨日三時間」
「……どうして知ってるの?」
「同じ部屋にいるからだろ」
「それは……そうだけど」
“磐手”が吹き出す。“出雲”もほんの少しだけ口元を緩めた。
去年の後半には、ほとんど見られなくなっていた空気だった。
失った者は戻らない。戦争も終わっていない。
だが、今は四人とも立っている。
戦える、笑える。
それだけで……十分だった。
一方、横須賀。同じ2016年初頭。
軍港には、大勢の人間が集まっていた。
国防軍関係者に造船所関係者。
政治家に報道陣も。
岸壁にはカメラが並ぶ。
その無数のレンズの先で、
一際目を引く艦が、堂々と停泊していた。
阿賀野型ミサイル巡洋艦。
一番艦「阿賀野」。
その隣には二番艦「能代」。
そして、周囲を固めるように並ぶ複数の駆逐艦。
先頭には、
秋月型汎用駆逐艦一番艦「秋月」。
いずれも真新しい船体。
国防海軍第一艦隊、その再建を象徴する新造艦就役記念式典だった。
第一艦隊の再建は決して順調ではなかった。
2000年、ミレニアム・ショック。
深海棲艦による世界規模の侵攻。
それ以来、艦隊再建計画は何度も組み直された。
戦力が減れば他艦隊へ艦を回す。
新造艦を建造している途中でまた損害が出る。ならばそちらを補充する。
予算を組み直し、建造計画も変更する。
そして2014年、呉襲撃事件。
再び大きく予定が狂った。
それでも、少しずつ艦は造られていた。
そして今回、建造中だった新造艦群を第一艦隊へ集中的に配備するといういささか強引な方法ではあったが、
それによって、ようやく第一艦隊は一個艦隊としての形を取り戻し始めていた。
『ご覧ください!』
テレビ中継。
リポーターの背後に「阿賀野」が映っている。
『本日、横須賀基地において、国防海軍新造艦艇の就役記念式典が行われています!』
カメラが横へ動く。
「能代」に「秋月」、その後ろにも新造駆逐艦。
『今回、国防海軍は初めて、その動力機関について核融合炉を使用していることを正式に発表しました』
その言葉は、日本国内だけではなく世界へ駆け巡った。
核融合。
研究段階ではない。
実験設備でも、発電実証でもない。
軍艦を動かす実用機関としての核融合炉。
世界で初めて、
それを公に認めた国家───日本。
当然、海外メディアも騒いだ。
『日本が核融合動力軍艦を実戦配備』
『次世代海軍戦力、その実像』
『世界初の実用核融合艦隊』
『国防海軍の技術的飛躍』
だが、驚くべき部分は機関だけではなかった。
『阿賀野型の主砲は、20.3センチ電磁加速砲』
アナウンサーが説明すると同時に砲塔が映る。
『また、秋月型汎用駆逐艦には12.7センチ電磁加速砲が搭載されています』
核融合炉から得られる莫大な電力。
それを、センサー、電子戦、通信、ミサイル管制、推進、そして……主砲へ。
国防海軍は、次世代艦でありながら砲戦能力を決して捨てていなかった。
むしろ、新しい機関だからこそ出来る方法で、艦砲そのものを次の時代へ進めていた。
阿賀野型に秋月型。
その姿をテレビ越しに見れば、確かにこう思う者がいても不思議ではなかった。
───もう、艦娘など必要ないのではないか。
高速、高火力、高性能レーダー、強力なミサイル兵装に電磁加速砲。
核融合機関。
人間を改造する必要も無い。
少女の姿をした兵器を海へ送り出す必要も無い。
普通の軍艦で深海棲艦と戦える。
なら、こちらの方が健全なのではないか?
そう考えること自体は間違いではない。
少なくとも、テレビに映る新艦隊だけを見れば、それは十分に説得力を持っていた。
「随分派手にやってるな」
少し離れた場所……「建御名方」から、洋平が式典を眺めていた。
“鳳翔”も隣にいる。
「それだけ、期待されているということでしょう」
「世界初の核融合艦隊だからな」
「阿賀野型そのものは、もう少し前から動いていましたけど」
「数が揃って第一艦隊として見せられるようになったのは今だからな」
岸壁に新造艦の乗員たちが整列している。
その中の何人かが、少し離れた場所を通った艦娘へ目を向けた。
───敬礼。
その挨拶に艦娘側も返す。
別に特別なことではなかった。
横須賀を母港とする彼らにとって艦娘は、テレビや新聞で見る妙な人型兵器ではない。
普段から同じ基地にいる。
訓練している。食堂ですれ違う。
出撃していくところを見る。
傷だらけで帰ってくるところも見る。
だから、少なくとも再建された第一艦隊の中では、
「艦娘なんてもういらない」
という空気は、ほとんど無かった。
“普通の軍艦が強くなる”
それはそれ。
“艦娘が必要かどうか”
それはまた別の話だった。
何も考えていない者はいても、積極的に彼女たちを排除したいと考える者は少数だった。
そしてその空気は、
後に大きな意味を持つことになる。
数時間後
海上を小さな航空機が何機も飛んでいる。
国防空軍でも海軍航空隊でもない。
艦娘用艦載機。
海面には、それを操る少女たち。
明らかにまだ幼い。
「赤城さん」
“鳳翔”が呼ぶ。
「はい」
少し離れた場所で、少女が振り返った。
“赤城”。
その横には、“加賀”。
一航戦。
いずれ、日本の空母艦娘戦力を担うことになる二人。
だが、今はまだ訓練生だった。
「今の進入角度、少し高かったですね」
“鳳翔”が穏やかに言う。
“赤城”は自分の艦載機を見上げる。
「はい」
「もう一度やってみましょう」
「分かりました」
“加賀”も自分の艦載機を戻す。
「加賀さんも。着艦直前に速度を落とし過ぎています」
「……はい」
「焦らなくても大丈夫です」
“鳳翔”は微笑んだ。
「まだ何度でも練習出来ますから」
その声は穏やかだった。
だが、教える内容は決して甘くない。
発艦、着艦、編隊、索敵、航空戦。
味方航空隊との連携、艦隊との連携。
敵航空戦力の迎撃。
一つずつ、繰り返す。
“鳳翔”が、第二特務艦隊へ行かず横須賀へ残り続けている理由。
それがここにあった。
第一世代に、空母艦娘は彼女しかいない。
だから、教えられる者も彼女しかいない。
海の向こうで、新造された第一艦隊が式典の陽光を浴びている。
空では国防軍の航空機が飛んでいる。
その手前でまだ小さな“赤城”と“加賀”が艦載機を飛ばしている。
通常兵器の未来。
艦娘の未来。
二つは、どちらか一方を選ばなければならないものではない。
本来なら、一緒に育っていけばいい。
「第二特務艦隊より入電!」
「建御名方」の通信員が声を上げた。
洋平が振り返る。
「内容は?」
「戦闘終了。損害軽微!」
一拍。
「艦娘隊、全員帰投したとのことです!」
洋平の肩から少しだけ力が抜けた。
“鳳翔”も静かに笑う。
「よかったですね」
「ああ」
全員帰ってきた。
少なくとも、今日は。
洋平は再び海を見る。
新しい第一艦隊。
訓練中の第二世代艦娘。
飛び交う通常航空戦力。
確かに日本には未来があった。
以前より強い軍艦がある。
新しい艦娘も育っている。
深海棲艦へ対抗する技術も毎年進歩している。
だが、未来はまだ今日の戦場では戦えない。
今、海へ出ているのは、
海斗、美香、“出雲”、“磐手”、
そして、
少しずつ数を減らし続けている第一世代艦娘たち。
新しい世代が本当の意味で戦えるようになるまで、誰かが前線を支え続けなければならない。
洋平は、
遠くで訓練を再開した“赤城”と“加賀”を見た。
「……早く育ってくれよ」
もちろん、急かすつもりなど誰にも無かった。
あの子たちを未熟なまま戦場へ送るつもりもない。
だからこそ、それまでは今いる者たちで耐えるしかない。
戦争はまだ続いている。
そして、戦い続けている者たちには、
未来が追いつくまで立ち止まる時間など、
ほとんど残されていなかった。
続く
あ と が き
今の一航戦になら、駆逐艦娘の服を着せられますね。
ちょうど小学校低学年くらいの年齢なので。
次回 物理的な限界