いくらスペックが高くても。
横須賀の海上では、今日も小さな航空機が何度も空へ上がっていた。
「赤城さん、三番機が遅れています。自分の艦載機だけではなく、編隊全体を見てください」
「はい!」
“鳳翔”の指摘を受け、“赤城”は慌てて視線を巡らせる。
頭上を飛んでいるのは、九五式艦上戦闘機を中心とした艦娘用の航空隊だった。実物の航空機をそのまま人間サイズへ縮めたものではなく、艦娘の艤装と同じく艦魂や妖精技術を利用して作られた、空母艦娘専用の艦載機である。
それを操縦しているのも、小さな搭乗員妖精たちだった。
「三番機、速度を合わせて! 二番機も少し右!」
“赤城”の声に妖精たちが反応し、崩れかけていた編隊を整えていく。
空母艦娘の訓練は、本人だけが上手くなれば終わりというものではなかった。
艦載機を発艦させ、上空の状況を把握しながら航空隊を管制する空母艦娘と、実際に機体を操り戦う搭乗員妖精。その双方が噛み合って初めて、一つの航空戦力として成立する。
妖精たちもまた、発艦から編隊飛行、空中戦、爆撃、雷撃、帰投、着艦までを繰り返しながら腕を磨いていた。
空母側が完璧でも搭乗員が未熟なら戦えず、逆に妖精たちがどれほど優秀でも、それを束ねる空母艦娘が周囲を見失えば、航空隊はまともに機能しない。
だからこそ、“鳳翔”はその両方を見ていた。
「加賀さん、次の隊を出してください」
「分かりました」
少し離れた場所にいた“加賀”が短く答えると、飛行甲板を模した艤装から複数の機体が次々と飛び立っていく。
九五式艦上戦闘機、
九六式艦上爆撃機、
九六式艦上攻撃機。
いずれも複葉機であり、現時点で艦娘用として実戦運用されている航空機の中では最新鋭に属する。
その次に位置する九六式艦上戦闘機をはじめとした単葉世代も開発は進められているが、まだ訓練部隊へ普通に配備出来る段階には達していない。
現在の空母艦娘たちは、日本海軍における複葉艦上機の最終世代を使いながら、空母としての基礎を身につけている最中だった。
「赤城さん、帰投機が来ますよ」
“鳳翔”の声に、“赤城”がはっとして空を見上げる。
「えっ───はい!」
先ほど飛ばした第一陣が戻ってきていた。しかし、その時には第二陣もまだ上空に残っており、“赤城”は自分へ近付く帰投機を確認すると、すぐに旋回を続ける別の隊へ視線を移す。
それだけではない。
周囲を動く他の艦娘、海面上の標識、訓練空域の境界まで、同時に把握しなければならなかった。
一機だけなら、随分上手くなった。
二機でも出来る。
数機程度なら、少し余裕も出てきた。
だが、そこから扱う機数が増えるにつれて、難しさは急激に跳ね上がる。
「二番隊、そのまま待機! 一番隊から───あっ」
言葉が詰まった。
一機が予定より早く進入し、別の一機は間隔を広げ過ぎている。さらに上空では、妖精搭乗員の一人が判断に迷ったのか編隊位置までずれ始めた。
“赤城”の視線が忙しく動く。
「赤城さん」
その時、“鳳翔”の穏やかな声が届いた。
「一度止めましょう」
「……はい」
悔しそうに返事をした“赤城”へ、“鳳翔”は責めるような顔をせず、ゆっくりと言い聞かせる。
「一機を飛ばせることと、空母として航空戦を行えることは別です。焦らなくても大丈夫ですよ」
“赤城”は小さく頷いた。
その隣では“加賀”も帰投機を受け入れていた。こちらは赤城より多少落ち着いているものの、まだ自分の周囲を処理するだけで精一杯なのは変わらない。
見た目だけなら、二人は既にそれなりに空母艦娘らしく見える。
巨大な砲を背負っているわけでもなく、砲撃の反動で転ぶこともない。艤装そのものも現在の身体に合わせて調整されているため、一見すれば大きな問題など無いようにも思えた。
だが、空母には空母の問題がある。
発艦、着艦、周辺空域の監視、索敵情報の整理、敵航空隊と味方航空隊の位置、帰投機や損傷機への対応、各航空隊の燃料と弾薬、それに自分自身の位置。
実戦なら、そこへ海上にいる味方艦隊と敵艦隊の動きまで加わる。
それらを同時に把握しながら、何十という機体と搭乗員妖精を一つの航空隊として動かし続けなければならない。
成長途中の彼女たちには、まだそれだけの情報を処理し続ける余裕が無かった。
身体が育てば艤装もそれに合わせて成長し、扱える航空戦力の規模も増えていく。
だが、単に艤装が大きくなれば済む話でもない。
本人の経験、判断力、集中力、航空隊との呼吸、そして妖精たち自身の技量。
その全てを育てる必要があった。
空母艦娘は、直接敵艦と砲火を交えることを主目的としないため、大口径砲の反動という分かりやすい壁こそ無い。
それでも、成長途中のまま戦場へ送り出せるわけではなかった。
「もう一度お願いします」
“赤城”が言うと、“鳳翔”は微笑んだ。
「はい。では今度は、先ほどより一機減らしてやってみましょう」
「減らすんですか?」
「失敗したまま数だけ増やしても意味がありませんから」
「……分かりました」
少し不満そうではあったが、“赤城”は素直に頷いた。“加賀”も次の訓練へ備え、自分の航空隊を整えていく。
その姿を見ながら、“鳳翔”は安心したように目を細めた。
この子たちは、いずれ戦えるようになる。
それは間違いない。
ただ、その「いずれ」は、まだ今日ではなかった。
艦娘技術研究所では、艦娘関連予算そのものに逆風が吹き続ける中でも、第二世代艦娘の建造費や新型艤装の開発費、必要な訓練設備に関する予算だけは、秋吉や希空がどうにか確保していた。
第一世代の補充まで十分に行えるほどの余裕はない。
それでも、次の世代まで止めてしまえば本当に未来が無くなる。
だから研究所では今も、新たな艦娘の建造と装備開発が続いていた。
その一角にある専用訓練区画では、零が一人で複数の標的を相手に動き続けている。
正面から一つが来れば、それを避けた直後に側面から別の標的が動き、射撃距離を取れば攻撃が飛んでくる。逆に距離を詰めれば近接戦へ移行し、目の前の一体へ意識を集中し過ぎれば後方から別の攻撃が加わった。
単独で対複数。
しかも、想定されている敵にはelite級や上位個体まで含まれている。
まだ幼い少年へ課す内容としては、どう考えても難度がおかしい。
それでも零は、攻撃を避け、反撃し、位置を変えながら、淡々と次の標的へ向かっていく。
判断を誤ればその場で修正し、身体が追いつかなければ同じ動きを何度でも繰り返した。
知識を与えただけでは、戦えるようにはならない。
どこへ動けばよいかを知っていても、実際に身体をそこへ動かせるとは限らない。攻撃方法を知っていても、その瞬間に正しいものを選べるとも限らない。
だから身体へ覚え込ませ、考えるより先に動けるところまで繰り返す。
それは、零自身が最も早い段階から証明してきたことだった。
普段なら、その様子を希空か秋吉が見ていることも多い。
だが今日は、どちらもそこにはいなかった。
二人がいたのは、研究所内の別の演習場だった。
かつて“出雲”や“鳳翔”も使っていたその施設には、横須賀で訓練している者たちよりさらに建造から日が浅い、数人の第二世代艦娘が並んでいた。
建造から一ヶ月、長くても二ヶ月程度。
まだ艤装そのものへ慣れるところから始めている者もいる。
「次。“長門”」
秋吉が呼ぶと、その中の一人が顔を上げた。
「分かった」
小さな身体が前へ出る。
前年、戦艦「長門」の進水日に合わせて建造された、“長門”。
まだ幼く、見た目だけなら小学校低学年ほどにしか見えない。
だが、その背に備わる艤装には、小さな身体からは想像も出来ない兵装が組み込まれていた。
41センチ連装砲。
もちろん、今の“長門”へ巨大な砲塔をそのまま背負わせているわけではない。
艤装は現在の身体に合わせて縮小されており、彼女が成長すれば、それに合わせて艤装側も徐々に大きくなっていく。
それでも戦艦用艤装であることに変わりはなく、駆逐艦や巡洋艦のそれと比べれば、幼い身体の背後に並ぶ連装砲は十分に大きい。
「調子はどう?」
希空が聞くと、“長門”は少し得意げに胸を張った。
「問題ない。今日は当てるぞ」
「昨日も似たようなこと言ってなかった?」
「昨日より上手くなったからな」
「自信満々だな」
秋吉が笑うと、“長門”は当然だと言わんばかりの顔で答えた。
「私は長門だぞ」
言葉だけなら妙に堂々としているが、まだ幼い顔で一生懸命胸を張っている姿まで見れば、どうしても可愛らしさの方が勝つ。
希空は笑いをこらえながら射撃位置を示した。
「それじゃあ、やってみようか」
「ああ。任せておけ」
“長門”が前へ出る。
射撃位置へ着いた途端、先ほどまで残っていた幼さが少しだけ薄れた。
標的を見て距離を測り、姿勢を整えた後、砲身を旋回させる。
僅かに動かして止め、もう一度だけ細かく修正する。
その様子を見ていた秋吉の表情が変わった。
建造されてから、それほど時間は経っていない。
……だが、悪くない。
教え込まれた手順を順番になぞっているだけではなく、自分で距離を見て、自分で考え、自分の感覚で砲を合わせている。
「希空」
「うん」
希空も気付いていた。
“長門”は、思っていた以上に射撃のセンスがある。
「準備よし」
小さな声だったが、そこに迷いは無かった。
脚を開き、腰を落とし、身体全体で反動を受け止める姿勢を取る。
秋吉が最後に確認した。
「反動、来るぞ」
「分かっている」
“長門”は標的から目を離さず、一度だけ大きく息を吸った。
「───撃てぇっ!」
次の瞬間、演習場から音が消えたように錯覚した。
それほどの轟音だった。
爆発にも似た砲声が空気を叩き、41センチ砲の砲口から巨大な炎が噴き出す。
衝撃波が地面を走り、希空の髪を大きく揺らした。
放たれた砲弾は目で追うことすら出来ない速度で飛び去り、ほんの一瞬を置いて、遠方の海面へ突き刺さる。
炸裂。
海そのものが持ち上がったかのような巨大な水柱が、標的のすぐ横から天へ向かって立ち上がった。
辺り一面へ海水が吹き飛び、遅れて届いた爆音が演習場をもう一度震わせる。
希空が目を見開き、秋吉も着弾地点を見たまま息を呑んだ。
標的そのものには命中していない。
だが、至近弾だった。
建造から大して時間も経っていない艦娘の射撃として考えれば、十分過ぎる結果だった。
何より、威力が違う。
巡洋艦砲とも、駆逐艦砲とも違う。
演習用の制限を掛けてなお、戦艦の主砲というものが他の艦種とは根本から異なることを、たった一発で理解させるだけの力がある。
「……すごい」
見学していた別の艦娘が、思わず声を漏らす。
その言葉を聞くより早く、“長門”自身も標的の横に立つ巨大な水柱を見て、顔をぱっと明るくした。
だが……喜ぶ暇は無かった。
発砲した直後、41センチ砲が生み出した反動が、小さな身体へ真正面から襲い掛かっていた。
「───うわっ!?」
踏ん張る間もなく、両足が地面から離れた。
小さな身体が艤装ごと後方へ押し飛ばされ、数歩分の距離を完全に宙へ浮いたまま飛んでいく。
「長門!?」
希空が叫んだ直後、“長門”は背中から盛大に地面へ転がった。
遠くでは、先ほどの砲弾が作った巨大な水柱がまだ海へ崩れ落ちている。
その手前では、それを撃った本人が仰向けになっていた。
「……長門?」
希空が慌てて駆け寄る。
しばらく黙っていた“長門”は、やがてゆっくり身体を起こした。
「……問題ない」
顔が赤い。
「本当に?」
「問題ない」
「痛いところは?」
「無い」
「ほんとに?」
「無いと言っている」
答えだけは堂々としているが、明らかに恥ずかしそうだった。
秋吉も近付いてきて、身体や艤装に異常が無いことを確認すると、小さく息を吐いた。
「怪我が無いなら良かった。今日は終わりだな」
「待て」
“長門”が即座に顔を上げる。
「もう一度だ」
「駄目」
「次は耐える」
「駄目」
「今のは少し油断しただけだ」
「撃つ前に散々、反動に気を付けろって言っただろ」
「……」
そこで初めて言葉に詰まった。
それでも諦めきれないらしく、“長門”は先ほどの標的へ目を向ける。
「惜しかっただろう」
希空が笑った。
「うん、かなり近かった」
「なら、もう一度撃てば当たる」
「その前に長門がまた飛んでいくよ」
「今度は飛ばない」
言い切った。
希空は思わず笑ってしまう。
「射撃そのものは、本当に良かったよ」
「……そうか?」
“長門”の表情が少しだけ緩んだ。
「うん。建造されてからまだそんなに経ってないのに、あそこまで寄せられるとは思わなかった」
「そうか」
「秋吉さんもそう思うでしょ?」
「ああ。照準も悪くない、というよりかなり良い。砲も問題無しだ」
その言葉を聞いた“長門”は、また少しだけ胸を張った。
「当然だ。私は長門だからな」
やはり、その口調だけなら、もう立派な戦艦だった。
問題はそこではない。
砲は十分に強く、“長門”自身にも十分な才能がある。
知識も、射撃の感覚も、既に悪くない。
しかし、現在の身体では、その強大な性能をまだ支えきれない。
艦娘の身体を普通の軍艦に例えるなら、船体に近い。
艤装は、その船体へ載せる兵装である。
艤装の大きさ自体は現在の身体へ合わせて調整出来るが、それだけであらゆる問題が解決するわけではない。
41センチ砲は、小さくしても41センチ砲としての性能を持つ。
高い威力と初速、そして巨大な砲弾を撃ち出せば、当然、それに見合った反作用が返ってくる。
成長しきった“長門”なら、その反動を受け止められる。
だが、今の身体はまだ幼く、筋力、体格、姿勢保持能力、艤装と身体の一体感、その全てが発展途上にある。
口径の小さな砲なら、問題は目立ちにくい。
だが、砲が大きくなればなるほど誤魔化しは効かなくなり、41センチという戦艦主砲の領域まで行けば、一発撃つだけで今の“長門”が吹き飛ぶ。
「……私が弱いのか?」
“長門”が、少し不満そうに尋ねた。
希空は首を振る。
「違うよ」
「では、砲が悪いのか?」
「それも違う」
「なら何だ?」
希空は少し考えた後、“長門”の頭へ手を乗せた。
「まだ小さいだけ」
“長門”は黙って自分の身体を見下ろし、次に艤装へ目をやると、先ほど自分が吹き飛ばされた場所まで振り返った。
「……小さい」
「うん」
「なら、大きくなればいい」
あまりにも真剣な顔で言うので、希空は思わず笑った。
「そういうこと」
「なら問題ないな」
「随分簡単に解決したね」
「よく食べて、よく寝ればいいのだろう」
「まあ、それは大事だけど」
「なら今日からもっと食べる」
「無理して食べる必要はないよ?」
「戦艦には食事も必要だ」
「その理屈、どこで覚えたの?」
“長門”は答えなかったが、その表情は少し得意げだった。
秋吉はそんな二人を見ながら、先ほどの海面へ視線を戻した。
第二世代艦娘は弱いわけではない。
むしろ、完成した時の性能なら第一世代を大きく上回る。
今、目の前でそれを証明するような一発を見たばかりだった。
だが、高性能であることと、今すぐ戦場へ出せることは同じではない。
空母には空母の問題があり、戦艦には戦艦の問題がある。駆逐艦にも巡洋艦にも、それぞれ違った形で、成長途中であることの限界が現れる。
だからこそ、待つしかなかった。
訓練を重ね、経験を積みながら、身体が育つのを待つ。
その時間だけは、どれほど優れた技術でも完全には飛ばすことが出来ない。
文字通り、時間の問題だった。
その頃、日本から遠く離れたどこかの暗い一室では、別の話が進められていた。
「随分と範囲を絞れましたな」
男が、机の上へ広げられた地図を見ながら言った。
そこにあるのは日本列島、その北側に位置する北海道。
地図上には港湾施設、軍用飛行場、艦娘の出撃記録、輸送経路、補給、通信、それに日本側が不自然なほど強く反応した海域まで、いくつもの印が書き込まれている。
男の指が北海道東部へ伸びた。
「北海道。少なくとも、釧路よりは北。……まあ、あまり意味のない補足ですが」
その先には、まだ広い地域が残っている。
「ここまで来れば、後は時間の問題でしょう」
対面する存在は人間ではなく、暗闇の中から地図を覗き込んでいる深海棲艦だった。
「正確ナ位置ハ?」
「まだです。ですが、以前とは違います。日本のどこか、という段階ではありません」
男の指先が、北海道東部からさらに北へ動いていく。
「大規模な艦娘研究施設です。建造設備、演習設備、相当量の物資と人員、それらを完全に隠したまま動かし続けることは出来ない」
深海棲艦は何も言わない。
男はもう一枚、別の資料を机へ置いた。
第二特務艦隊の活動記録、艦娘の損耗、第一特務艦隊の戦力状況。
そして、神崎家。
「守ろうとすれば、動く。動けば、場所が分かる」
男の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「神崎家ノ者達モ、ソコニイル可能性ガ高イ」
「少なくとも、あの研究所と非常に深い関係にあることは間違いありません」
男は椅子へ深く座り直した。
「政治面はこちらで進めています。艦娘への風当たりは強まり、予算も削られつつある。通常戦力が強くなったことで、その主張には世論を納得させるだけの説得力も生まれている」
「艦娘ハ減ッテイル」
「ええ。ですが、新しい世代は育っている」
そこで、男の表情から笑みが消えた。
「だからこそ、今です」
今日戦える者は減っている。
次の世代は、まだ間に合わない。
「神崎家の方々には、ここらで歴史の表舞台からご退場いただきましょう。……それは、そちらもお望みの筈」
深海棲艦はしばらく黙った後、低い声で答えた。
「勿論ダ。アノ一族ハ、我々ノ戦争計画ニオイテ最モ邪魔ナ存在」
視線の先には北海道の地図がある。
まだ一点には絞れていない。
だが、確実に近付いている。
「ソノ排除ハ、女王陛下モオ望ミデアル」
男は満足そうに頷いた。
「では、こちらも予定通りに」
そこで通信が切れ、室内から人間側の姿が消えた。
残された深海棲艦は、しばらくの間、地図から視線を外さなかった。
北海道───釧路───その北───。
まだ答えには届いていない。
だが、確かめる方法はある。
そして、そのためには確認しておかなければならないことがあった。
やがて彼女は静かに踵を返し、暗い通路をさらに奥へ進んでいく。
並の個体なら、近付くことさえ許されない場所。
しばらく進んだ先で、巨大な扉が闇の中に姿を現した。
彼女はその前で足を止め、僅かな沈黙の後、正面を見上げる。
───重い扉が、ゆっくりと開き始めた。
続く
あ と が き
成長を待ってくれるほど、この世界は優しくはない。
次回 女王陛下の勅命