自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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───大集合。



54. 深海の本気

 

重い扉が、ゆっくりと左右へ開いていく。

 

その向こうにあったのは、これまでの通路とは比較にならないほど広大な空間だった。

 

高い天井と黒く濡れた壁面、その一部には明らかに人工物と分かる鋼材やコンクリートが残り、その上から深海棲艦特有の黒い構造物が覆い被さるように広がっている。

 

人間が造った基地を、そのまま別の何かが呑み込んだような場所だった。

 

 

 

ここは、日本から遥か遠く離れた太平洋の中央───ハワイ。

 

かつてアメリカ軍が太平洋における最大級の拠点を置き、多数の艦艇と航空機、人員を集めていた島々だったが、今ではその姿はない。

 

埠頭には米軍艦艇が一隻もおらず、広い飛行場から航空機が飛び立つこともない。残された格納庫や燃料施設、滑走路、壊れた建物だけが、ここがかつて人類側の一大軍事拠点だったことを物語っている。

 

星条旗も、もう無かった。

 

ハワイから米軍は既に撤退し、その跡地を支配しているのは、人類ではなく深海棲艦だった。

 

扉を潜った深海棲艦は広間の中ほどまで進むと足を止め、その先にいる二人の上位個体へ頭を下げる。

 

一人は、このハワイ基地を預かる古参───“中枢棲姫”。

 

彼女の役目は太平洋全体の軍を動かすことではなく、この島と、ここに存在する深海棲艦側の中枢を守ることだった。

 

そして、もう一人は対照的にまだ新しい。

 

巨大な異形の艤装を従えたその姿からは、生まれてからさほど長い時間が経っていないとは思えないほどの力が感じられる。

 

“太平洋深海棲姫”。

 

太平洋方面軍───大西洋方面軍、インド洋方面軍と並ぶ、深海棲艦軍最大級の方面組織、その最初の一つを率いる存在である。

 

元々、太平洋方面の実務は女王陛下自身が見ていた。

 

しかし、より広く世界全体を見る必要が生じたことで、自らの実務を代行する者として彼女を生み、太平洋を預け、その海域を表す名を与えた。

 

故に───“太平洋深海棲姫”。

 

 

 

「女王陛下ガ、オ待チダ」

 

“中枢棲姫”の声を受け、やって来た深海棲艦が改めて頭を下げる。

 

「ハッ」

 

“太平洋深海棲姫”は何も言わず、一度だけその者を見ると、そのまま広間の奥へ視線を向けた。

 

そこにいた。

 

広間の最奥、他の深海棲艦とは明らかに異なる存在感を放つ女。

 

この軍に属する者で、その姿を知らない者はいない。

 

女王陛下。

 

彼女が座っているだけで、周囲の空気そのものが重くなる。

 

“中枢棲姫”も、“太平洋深海棲姫”も、深海棲艦の中では間違いなく強大な存在である。

 

それでも、彼女の前では同列ではなかった。

 

「陛下」

 

「ドウシタ?」

 

先ほどまでRBDの人間と話していた深海棲艦が頭を下げる。

 

「日本側ノ研究施設ニツイテ、報告ガ」

 

女王陛下の視線が向けられた。

 

「話セ」

 

「北海道。少ナクトモ、釧路ヨリ北。ソコマデ絞リ込ンダト」

 

「正確ナ位置ハ?」

 

「未ダ不明デス。シカシ、日本側ノ防衛行動ヲ見レバ、更ニ絞リ込メルト」

 

その報告に、“太平洋深海棲姫”が僅かに目を細める。

 

「現在、日本ノ第一世代艦娘ハ消耗。第二世代ハ建造ガ進ンデイルモノノ、未ダ実戦投入ニ耐エナイ個体ガ多イ」

 

「……成程」

 

女王陛下は、それだけ答えた。驚いた様子は無く、報告した深海棲艦もそのまま続ける。

 

「RBD側ハ、政治面カラ艦娘戦力ヲ弱体化サセテイル。今ナラバ、日本側ノ反応ヲ引キ出スコトモ容易カト」

 

「ソウカ」

 

「神崎家モ、研究施設ト深ク関係シテイル可能性ガ高イ」

 

その名が出た時だけ、女王陛下の声音が僅かに低くなった。

 

「……アノ一族カ」

 

 

 

神崎家。

 

長年に渡り、深海棲艦にとって邪魔になり続けている一族、その研究、その技術、そして最近では、姫級である“重巡棲姫”を撃沈した少年まで現れた。

 

まだ幼く、一人で戦況そのものを覆せるほどではない。

 

それでも、放置して良い存在ではなかった。

 

 

 


 

 

 

報告を終えた深海棲艦が下がると、暫しの沈黙が広間を包み、その中で“太平洋深海棲姫”が口を開いた。

 

「陛下」

 

「何ダ?」

 

「一ツ、宜シイデショウカ」

 

「言エ」

 

“太平洋深海棲姫”は少し間を置いてから尋ねる。

 

「何故、戦艦棲姫ヲ更迭シナイノデスカ?」

 

“中枢棲姫”が僅かに彼女を見るが、“太平洋深海棲姫”は構わず続けた。

 

「日本方面ニオケル作戦失敗ハ、一度ヤ二度デハアリマセン。二年程前ニハ重巡棲姫マデ撃沈サレタ。戦力運用ノ責任ヲ問ウナラバ、既ニ交代サセテ然ルベキカト」

 

実務を預かる者としては、当然の疑問だった。

 

結果だけを見れば、“戦艦棲姫”は失敗を重ねている。それでも女王陛下は、彼女を切らなかった。

 

「ソウダナ」

 

女王陛下は、それを否定しない。

 

「デハ、何故?」

 

「ソレデ十分ダッタカラダ」

 

“太平洋深海棲姫”の表情が僅かに動いた。

 

「十分……?」

 

「今マデハ、ナ」

 

女王陛下はゆっくりと背もたれへ身体を預ける。

 

「我々ガ人類ヨリ強イ。ソレヲ見セラレレバ良カッタ」

 

人類の艦隊を沈め、沿岸へ圧力を掛け、海上交通を脅かし、艦娘を少しずつ削り、抵抗すれば損害が増えると理解させる。

 

それで十分だった。

 

「人類ヲ完全ニ滅亡サセル必要ハ無イ」

 

「……一部ヲ残ス、ト?」

 

「ソノ方ガ都合ガ良イ。人類ガ全テ消エレバ、ソレデ終ワリトイウ話デモ無イ。利用出来ルモノハ利用スレバ良イ。働カセルコトモ出来ル。作ラセルコトモ出来ル」

 

女王陛下は何でもないことのように言い、続けた。

 

「アル程度ハ居テクレタ方ガ、我々モ暮ラシ易イ」

 

それは、共存などではなかった。

 

対等に手を取り合う未来を、女王陛下は考えていない。人類が生き残ること自体は許すが、それは深海棲艦の下で、従属する存在としてだった。

 

「統治スレバ良イ」

 

それだけだった。

 

だから、これまでの戦いで十分だった。

 

“戦艦棲姫”が何度か敗れようと、人類に深海棲艦の脅威を刻み、艦娘を削り続けている限り、急いで切り捨てる理由は無い。

 

 

───だが。

 

「……トハ言エ」

 

女王陛下が立ち上がる。

 

ただそれだけの動作で、広間にいた者たちの空気が変わった。

 

「最近ノ人類ハ、少々調子ニ乗リ過ギテイル」

 

通常兵器は強くなり、艦娘技術も進んでいる。

 

今は未熟な第二世代も、時間を与えれば完成し、その上、姫級を撃沈出来る存在まで現れた。

 

 

女王陛下の口元が、僅かに歪む。

 

「マァ……一度、本気ヲ見セルト言ウノモ悪ク無イナ」

 

“太平洋深海棲姫”が即座に姿勢を正した。

 

「御命令ヲ」

 

「日本方面軍ヲ主力トシロ。北方海域、日本近海ト太平洋ノ境界付近ヘ戦力ヲ集メル」

 

RBDから伝えられた情報では、研究所があるのは北海道、少なくとも釧路より北。

 

正確な位置は、まだ分からない。

 

ならば、

 

「攻メレバ、守リニ来ル。何ヲ、ドノ程度ノ戦力デ、ドコカラ守リニ来ルカ」

 

その全てが情報になる。

 

研究所そのものへ直接攻撃する必要すらない。

 

周囲へ圧力を掛ければ、日本側が守ろうとするほど、自分たちから場所を教えることになる。

 

「ソシテ、今、海ニ出テイル艦娘モ減ラセ」

 

“太平洋深海棲姫”が頭を下げる。

 

「承知シマシタ」

 

「上位個体ノ使用ヲ許可スル」

 

その言葉には、“中枢棲姫”さえ一瞬だけ女王を見る。

 

一体現れるだけでも、人類にとっては大きな脅威となる存在。

 

それを今回は、一体や二体では終わらせない。

 

「必要ナ者ヲ集メロ」

 

命令は、すぐに太平洋各地へ飛んだ。

 

 

 


 

 

 

最初に応じた者の一人は、やはり“戦艦棲姫”だった。

 

「……ヤットカ」

 

伝えられた命令に、彼女は笑う。

 

これまでより明確に大きな戦力を動かすことが許され、日本、あの国の艦娘、そして自分たちの仲間を沈めた存在へ再び牙を剥けるのだから、断る理由など無い。

 

“重巡棲姫”も動いた。

 

一度は零に撃沈され、長い時間を掛けて存在を再構築した彼女にとっても、日本へ向かう理由は説明されるまでもない。

 

 

 

だが、全員が彼女たちのように人類を憎んでいるわけではなかった。

 

命令を受け取った“空母棲鬼”は、暫く何も言わず、静かに海面を見ている。

 

「……本気、ネェ」

 

行けと言われたのなら行く。

 

それだけである。

 

拒否して女王陛下に目を付けられるよりは余程いいし、何より最近、女王陛下の周囲には新しい顔が増え始めていた。

 

まだ数こそ少ないが、古参上位個体とは明らかに違う。

 

最初から女王陛下の部下として生まれ、命令されることを当然として受け入れている者たちであり、その中でも“太平洋深海棲姫”は別格だった。

 

生まれてから長くないにもかかわらず、既に太平洋方面軍そのものを預けられている。

 

自分たちがいなくとも、いずれ代わりは生まれる。

 

その事実を理解するには、それで十分だった。

 

「……仕方ナイカ」

 

“空母棲鬼”の周囲を黒い気配が包み、艤装が軋みながら輪郭を変えていく。

 

 

これまで彼女を形作っていたものが崩れたわけではない。同じ存在のまま、より強く、より戦うために適した姿へ、身体と艤装そのものが組み替わっていく。

 

やがて黒い気配が晴れた時、そこに先ほどまでの姿は無かった。

 

 

“空母棲鬼”ではない。

 

“空母棲姫”。

 

 

この戦争が始まって以来、人類側が未だ確認したことのない変化だった。

 

当然、人類には知る由もない。

 

深海棲艦が、姿を変えることが出来るという事実を。

 

 

 


 

 

 

さらに別の海域では、“防空棲姫”が命令を受けると何も言わずに進路を変え、“駆逐棲姫”もそれに続いた。

 

そのさらに先では、“水母棲姫”も召集命令を受け、北へ向かって動き始める。

 

そして、二人並んでいた軽巡級の上位個体───“軽巡棲鬼”と“軽巡棲姫”。

 

同じような名を持ちながら、同じ個体ではない。

 

外見も違えば力の性質も違う。

 

だが、二人の距離は近かった。

 

「行ク?」

 

“軽巡棲鬼”が尋ねる。

 

「命令ダカラ」

 

“軽巡棲姫”は短く答える。

 

「ソッカ」

 

「嫌ナノ?」

 

「別ニ。行ケッテ言ワレタナラ、行クヨ」

 

“軽巡棲鬼”が肩を竦めると、二人は並んだまま動き始めた。

 

 

人類への強い憎悪があるわけでも、積極的に滅ぼしたいわけでもない。

 

それでも、命令された以上、戦場では手を抜かない。

 

それが今、この軍で生きていくということだった。

 

 

 

そこへ、比較的新しい上位個体も一隻加わる。

 

“水母水姫”。

 

少なくとも、“戦艦棲姫”たちのような最古参ではなく、ほんの少し前までは彼女たちの方が「新顔」と呼ばれる側だった。

 

“水鬼”。

 

“水姫”。

 

それらの名を持つ上位個体は、古くから存在する“棲鬼”“棲姫”と比べれば、全体として後から現れ始めた者も多い。

 

ところが今、そんな彼女たちの前に、自分たちよりさらに新しい者が現れている。

 

女王陛下が自ら生み出した、新しい“子供達”。

 

生まれた時から女王の下にいて、自分たちより平均して高い性能を持つ者たち。

 

気付けば、“水母水姫”まで古参と一纏めにされる側へ回っていた。

 

本人からすれば、いくらか納得がいかない話ではある。

 

「……ワタクシモ、モウ古イ側ナノデスカ?」

 

誰にともなく漏らした言葉へ、返事は無かった。

 

 

ただ、行けと言われた以上は行く。

 

その点だけは、他の者と何も変わらない。

 

 

 


 

 

 

そして、前へ出る者だけではない。

 

女王陛下から示された戦力表を見た時、“中枢棲姫”は僅かに目を細めた。

 

前衛だけで九体。

 

“戦艦棲姫”、“空母棲姫”、“重巡棲姫”、“防空棲姫”、“駆逐棲姫”、“軽巡棲鬼”、“軽巡棲姫”、“水母棲姫”、“水母水姫”。

 

人類側からすれば、一体現れただけでも艦隊規模の対応を迫られる上位個体が、同じ戦場へ九体も向かう。

 

まともに考えれば、馬鹿みたいな数だった。

 

 

それでも、今回はまだ終わらない。

 

その後ろには、“空母水鬼”、“戦艦水鬼”、“深海海月姫”、“駆逐水鬼”、“駆逐古姫”。

 

さらに五体。

 

 

前衛九体、後詰め五体。

 

合計十四体。

 

 

これだけの上位個体を一つの海域へ集めること自体、深海棲艦側から見てもそう頻繁にあることではない。

 

各地の戦線や方面軍で、それぞれが普段から役割を持っている以上、上位個体を何体でも好きなだけ一ヶ所へ集められるわけではないからだ。

 

それを、一つの国を叩くために十四体。

 

明らかに過剰だった。

 

 

もっとも、それでも女王陛下自身が出るわけではなく、“太平洋深海棲姫”もハワイを離れず、“中枢棲姫”も同様である。

 

深海棲艦全軍を太平洋へ集めたわけでもないのだから、本当の意味での総力戦とは程遠い。

 

それでも、

 

「一度、本気ヲ見セルト言ウノモ悪ク無イ」

 

その言葉が虚勢ではないと示すには、十分過ぎる戦力だった。

 

 

後詰めに回された者たちも、必ずしも古参ばかりではない。

 

“水鬼”、“水姫”の名を持つ個体が多くいる。

 

だが今では、もっと新しい者がいる。

 

女王陛下から見れば、“戦艦棲姫”も“空母水鬼”も“駆逐水鬼”も、まとめて以前からいる側、古い側、既存戦力だった。

 

 

「……何カ、納得イカナイ」

 

“駆逐水鬼”がぼそりと呟く。

 

近くにいた“駆逐古姫”が首を傾げた。

 

「何ガ?」

 

「イヤ……別ニ」

 

言ったところで仕方ないし、“駆逐古姫”という名の彼女に慰めを求めるのも、何か違う気がした。

 

 

その少し離れた場所では、“水母水姫”が“深海海月姫”の側へ寄っている。

 

二人は行動を共にすることが多く、“深海海月姫”が本格的に動く前には“水母水姫”が先行し、敵を探し、道を開け、邪魔になる戦力を排除し、必要なら自分が最初に戦う。

 

露払いと呼べば、確かにその通りだった。

 

だが、単なる先遣役というだけでもない。

 

“水母水姫”にとって、“深海海月姫”は相棒だった。

 

「今回ハ、ワタクシガ前ニ出マスワ」

 

“水母水姫”が言う。

 

「……ソウ」

 

“深海海月姫”は短く答えた。

 

今回は“水母水姫”が前衛、“深海海月姫”が後詰めであり、普段の関係がそのまま作戦配置になったようなものだった。

 

「貴女ノ出番マデ回サナケレバ、ソレデ終ワリデス」

 

「……ソレナラ、楽デイイ」

 

“深海海月姫”の返答に、“水母水姫”が僅かに笑う。

 

 

実際、その可能性は高かった。

 

前衛九体で足りない状況が、どれほどあるのか。

 

後詰め五体の出番まで来ること自体が、想定外に近い。

 

だからこその、後詰めだった。

 

 

 


 

 

 

「私モ行ク」

 

その召集へ、別の一人が名乗り出た。

 

“潜水棲姫”。

 

“太平洋深海棲姫”は、その申し出を聞いて暫く彼女を見る。

 

「必要ナイ」

 

「……ハ?」

 

“潜水棲姫”の眉が動いた。

 

「水上戦力ダケデ十分。今回、潜水艦隊ヲ前ニ出ス必要ハ無イ」

 

「デモ───」

 

「前衛九。後詰メ五。コレ以上、何ヲ足スト?」

 

“潜水棲姫”が黙る。

 

確かに、馬鹿みたいな数だった。

 

「北方海域周辺マデハ来テモラウ。周辺警戒ト情報連絡ヲ」

 

つまり、戦場そのものには必要ないという意味だった。

 

“潜水棲姫”は何かを言い返しかけてからやめ、明らかに不満そうな表情のまま答える。

 

「……了解」

 

 

古い。

 

より新しく、高性能な潜水上位個体も現れ始めている。

 

女王陛下の周囲には、これからもっと新しい者が増えるのだろう。

 

自分がいなくても代わりはいる───その感覚は、“潜水棲姫”だけのものではなかった。

 

少し前まで新参だった“水鬼”“水姫”たちですら、既に似たものを感じ始めているのだから、もっと古くからいる者ならなおさらだった。

 

だからこそ命令には従い、自分がまだ使えることを見せ、自分には価値があると証明する。

 

女王陛下は、それを止めない。

 

むしろ、そうなることを分かった上で、新しく生まれた者たちを自分の近くへ置いている。

 

 

 

“太平洋深海棲姫”が、集まった上位個体たちを見渡す。

 

「今回ノ作戦ハ、女王陛下直々ノ御命令デス」

 

返事は無い。

 

必要も無かった。

 

全員が、その意味を理解している。

 

「日本側ノ現在戦力ヲ叩ク。同時ニ、防衛行動ヲ観察シ、艦娘研究施設ノ位置ヲ絞リ込ム」

 

“太平洋深海棲姫”の視線が、一体ずつを捉えていく。

 

 

前衛。

 

“戦艦棲姫”、“空母棲姫”、“重巡棲姫”、“防空棲姫”、“駆逐棲姫”、“軽巡棲鬼”、“軽巡棲姫”、“水母棲姫”、“水母水姫”。

 

 

後詰め。

 

“空母水鬼”、“戦艦水鬼”、“深海海月姫”、“駆逐水鬼”、“駆逐古姫”。

 

 

そして、戦列には加わらない“潜水棲姫”。

 

 

改めて並べてみれば、おかしい。

 

一つの国、一つの作戦、一つの海域へ、上位個体十四体。

 

人類側からすれば、それぞれが一体だけでも重大事案になり得る存在を、まとめて投入する。

 

深海棲艦側から見ても、割と中々あり得ない規模だった。

 

「相手ハ、既ニ消耗シテイル」

 

現在戦える第一世代艦娘は減り、次に主力となる第二世代は、まだ育ちきっていない。

 

狙うなら今。

 

「失敗ハ許サレマセン」

 

それは命令というより、確認だった。

 

もっと言えば、既存の上位個体たちへの問い掛けだった。

 

 

───まだ、お前たちは必要か。

 

答えは、戦場で示せ。

 

 

“戦艦棲姫”が、その空気を知ってか知らずか笑う。

 

「丁度良イ。今度コソ、纏メテ沈メテヤル」

 

その周囲に黒い艤装が展開される。

 

“空母棲姫”は何も言わず、“防空棲姫”も、“駆逐棲姫”も、“水母棲姫”も黙っている。

 

“軽巡棲鬼”と“軽巡棲姫”は互いに顔を見合わせ、“水母水姫”は後方にいる“深海海月姫”へ一度だけ視線を向けた。

 

“重巡棲姫”だけは、ある一人の少年の姿を思い出したのか、僅かに表情を険しくする。

 

後方では、“駆逐水鬼”がまだ少しだけ納得のいかない顔をしていた。

 

 

それぞれ思うことは違う。

 

戦いたい者もいれば、どうでもいい者もいる。

 

命令だから来ただけの者も、自分の立場を守りたい者も、女王陛下へ逆らう気など最初から無い者もいる。

 

 

だが、戦場に出れば関係ない。

 

敵として立つ以上、全員が本気で戦う。

 

やがて一隻、また一隻と、人類側ならその一体を確認しただけでも大規模な警戒態勢へ移行するような存在たちが、ハワイから姿を消していく。

 

 

向かう先は一つ。

 

北方海域、日本近海。

 

 

 


 

 

 

その頃、日本側でも異変は捉えられ始めていた。

 

 

横須賀 第二特務艦隊司令部

 

 

「───北方海域付近で深海棲艦の活動が急増?」

 

報告書を受け取った海斗が眉を寄せる。

 

「はい。複数方面から艦隊規模の反応が北上、あるいは西進しています。正確な数はまだ」

 

「目的は?」

 

「不明です」

 

海斗は机上の地図へ目を落とした。

 

オホーツク海、北海道東方、北太平洋。

 

複数の報告を重ねれば、確かに敵の動きが一つの地域へ集中しているように見えるが、それが何を意味しているのかまでは分からない。

 

「第二特務艦隊、出撃準備。“建御雷”を中心に、現在動ける艦娘を集める。通常部隊にも警戒を上げさせろ」

 

「了解!」

 

人員が動き始める。

 

また、大規模攻勢かもしれない。

 

その程度の認識だった。

 

第二特務艦隊はこれまでも何度となく大規模な深海棲艦部隊と戦ってきたのだから、敵が多いのなら迎え撃つ、今回もいつも通りそうするだけだと、誰もが考えていた。

 

 

 

まだ誰も知らなかった。

 

今回、北方海域へ向かっているものが、これまで相手にしてきた「大艦隊」とは、まるで意味が違うことを。

 

 

上位個体、十四体。

 

そのうち、実際に前へ出るだけで九体。

 

 

それだけ揃えてなお、ハワイには“中枢棲姫”がいて、“太平洋深海棲姫”がいる。

 

そして、そのさらに奥には女王陛下がいる。

 

つまり、これほど馬鹿げた戦力を動かしてなお、深海棲艦という勢力は、まだ全てを出してはいない。

 

 

それでも、一つだけは間違いなかった。

 

女王陛下が口にした、

 

「一度、本気ヲ見セルト言ウノモ悪ク無イナ」

 

という言葉。

 

 

少なくとも今回に限っては、それは決して嘘ではなかった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

上位個体、舐めプ解除。


次回 袋の鼠
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