今回から第一章開始です。時系列は2000年代まで遡り、人類とSUE(深海棲艦)の初接触の話です。
1. 長き戦いの始まり
西暦2000年
東西冷戦の終結から、およそ十年。
半世紀前の敗戦を経て、1948年に再出発した日本国防軍も、創設から五十年以上が経過していた。
その間、日本は独自の軍事力を整備し、技術を発展させ、湾岸戦争では大規模な実戦も経験した。戦後の混乱から立ち直るために生まれた軍隊は、今や世界でも有数の戦力を有する組織へと成長していたのである。
そして、そんな日本国防軍もまた、新たな時代を迎えようとしていた。
世界はミレニアムイヤーという節目に沸いていた。西暦の数字が大きく変わったことへの期待感は社会の至るところに広がり、新世紀を目前に控えた人々は、それぞれの思いを胸に新しい時代を待ち望んでいた。
それは、日本も例外ではなかった。
2000年10月3日
日本国防空軍 百里基地
「バイパーゼロ……遂に配備開始されるんだ」
滑走路の向こうに並ぶ航空機を見つめながら、一人の少女が感慨深そうに呟いた。
この日、百里基地では、国防空軍の新型戦闘攻撃機───零式戦闘攻撃機F-2、通称“Viper Zero”の初配備を記念した式典が開催されていた。
新世紀の日本の空を守る、次世代の主力機。
その晴れ舞台とあって、基地には軍関係者や招待客が数多く集まっている。
そして、その中に三人の若い男女がいた。
「美香、F-2の配備をずっと楽しみにしてたもんな」
「そりゃあね。だって、ようやく実物が見られるんだよ?」
そう言いながら、少女は滑走路へ視線を戻した。
直後、何かに気付いたように表情を輝かせる。
「あっ! 来た来た! 海斗、洋平兄さん、見て見て! カッコいい〜!」
「おお……まあ、カッコいいのは分かるけどな」
「正直、F-16の色違いにしか見えないよ、美香」
「ちょっと二人とも!」
先ほどまで嬉しそうに機体を眺めていた少女が、途端に振り返った。
「見た目が似てるだけで、全然違うんだよ! 試験機にはF-16をベースにしたものもあったけど、量産型のF-2はちゃんと日本独自の設計なんだから! 中身だって別物なの!」
「ああ、うん……」
「全く、神崎家の長男次男が揃ってそんなんじゃダメでしょ。ほら、教えてあげるから! まず主翼の形なんだけど───」
「いや、別にそこまで説明してくれなくても……」
「いいから聞いて!」
少女は二人の反応などお構いなしに、目の前のF-2について語り始めた。
似ているようで異なる機体形状。開発経緯。搭載される装備。そして、従来の戦闘機から何が進歩したのか。
どうやら彼女にとって、F-2が単なるF-16の色違いと評されたことは、到底看過出来ない問題だったらしい。
そんな少女の名は、神崎美香。
そして、彼女の隣で少々気の抜けた反応を返しているのが、双子の兄弟である神崎洋平と神崎海斗だった。
三人とも、年齢は十八歳。
古くから続く名家、神崎家の子供達であり、両親も軍人として国防軍に所属している。
今回の式典には、そうした家柄や軍との繋がりもあって招待されていたのだった。
もっとも、当の三人には、名家の子息として振る舞っているという意識はあまり無いらしい。
少なくとも、今のやり取りを見る限りでは。
「……そういや兄貴」
美香によるF-2講座が一段落したところで、海斗がふと思い出したように口を開いた。
「父さんと母さんから言われたこと、忘れてないよな?」
「……覚えてるわ! ええっと、確か───」
「『神崎家の次期当主として、対外的なお披露目も兼ねているんだから、しっかりとした態度で臨め』だよ、兄さん」
「ああ、そうだそうだ! それそれ!」
美香がすかさず答えると、洋平は何事もなかったかのように頷いた。
海斗が呆れた顔になる。
「ったく、大丈夫かよ……マジで」
「大丈夫だって。ちゃんと覚えてたんだから」
「今、美香に教えてもらっただろうが」
「細かいことは気にするな!」
「気にしろよ。次期当主だろ、あんた……」
そんな二人を見て、美香は思わず笑ってしまった。
洋平は、神崎家の次期当主にあたる人物である。
ただ、普段からどこか抜けているところがあり、弟や妹に突っ込まれることもしばしばだった。
本人に全く自覚が無いわけではないのだが、こういう場面であまり気負わないのも、洋平らしいところではあった。
「はぁ……それにしても」
海斗は小さく息を吐き、遠くの滑走路へ目を向けた。
「俺らも、高校卒業したら兵学校に進むのかなぁ。なあ、兄貴」
「そうだな……俺ら二人は、家系的にもほぼ決まりだろうし」
「だよなぁ」
高校卒業までは、あと半年ほど。
十八歳という年齢は、そろそろ自分の進路を本格的に考えなければならない時期でもある。
まして、神崎家は代々軍と深い関わりを持ってきた一族だ。
洋平は次期当主という立場にあり、海斗もまた、幼い頃から軍人という職業を身近に見て育ってきた。
二人にとって、卒業後に兵学校へ進むことは、既にある程度決まっている未来だった。
だが。
「……でも、美香はいいの?」
海斗が隣へ顔を向けた。
「別に、無理して軍人の道に進まなくても……」
その言葉に、美香は少しだけ表情を変えた。
先ほどまでF-2へ向けていた視線を落とし、暫く黙り込む。
そして。
「……もう、ひとりぼっちは嫌だもん」
小さな声だった。
「それに……『パパ』と同じ道に進みたいし」
「……そっか」
海斗は、それ以上何も言わなかった。
美香が何を思ってそう言ったのか、彼にはよく分かっていたからだ。
美香が神崎家へやって来たのは、およそ十年前のことだった。
彼女の実の父親は、洋平と海斗の父である神崎洋一の親友だった。
国防空軍に所属する戦闘機パイロットで、F-1戦闘攻撃機を操縦していた彼は、湾岸戦争へ日本が本格参戦した際、中東派遣部隊の一員として出撃した。
そして、その戦場で命を落としたのである。
美香は、まだ幼かった。
母親はそれ以前に家を出ており、何故そうなったのか、美香自身も詳しい事情を聞かされていない。
父親を失った後、彼女は一人残され、親戚の家を転々とすることになった。
そんな美香を最終的に引き取ったのが、父の親友であった洋一だったのである。
こうして、彼女は神崎家の娘となった。
それから十年近い歳月が流れ、今では洋平や海斗とも本当の兄妹同然に暮らしている。
もっとも、そのことと、美香が実の父親を忘れたかどうかは別の話だった。
彼女は、父が大好きだった。
幼い頃から軍人である父の背中に憧れ、自分もいつか同じようになりたいと思っていた。
父の死後も、その思いが消えることはなかったのである。
むしろ、年齢を重ねるにつれて、憧れはより具体的な進路として形になっていった。
そして、父親を追いかけるように軍事関係の知識を身につけているうちに、いつの間にか本人も否定出来ないほどのミリタリー趣味まで獲得していた。
先ほどのF-2に対する熱狂ぶりも、その一端である。
「でも、その割には空軍じゃなくて海軍志望なんだな」
海斗が首を傾げる。
父と同じ道を歩みたいというのなら、空軍を志望してもおかしくはない。
だが、美香は海軍へ進むつもりだった。
その理由を、彼女はあっさりと口にした。
「ひとりぼっちは嫌だからね」
「……なるほど」
海斗が納得したように頷く。
すると、隣で聞いていた洋平がニヤリと笑った。
「どうせ海斗とイチャつきたいだけだろ?」
「……うるさいなぁ」
美香は少し頬を赤らめ、ぷいっと顔を逸らした。
図星だったらしい。
実は、海斗と美香は既に婚約している。
二人は幼い頃から共に過ごしてきたが、その関係はいつしか兄妹という枠を越え、今では互いに将来を約束する仲になっていた。
早ければ、高校を卒業した辺りで結婚する予定である。
もちろん、軍人となる以上、必ずしも同じ場所へ配属されるとは限らない。
それでも、最初から別々の道を選ぶよりは、一緒にいられる可能性を残しておきたかったのだろう。
「まっ、二人が幸せなら俺も嬉しいぜ」
洋平は笑いながら、二人の肩を軽く叩いた。
「末永くな」
「「そりゃあもちろん」」
返事が、綺麗に重なった。
そのあまりの息の合い方に、洋平は思わず吹き出してしまった。
「ははっ! やっぱお前ら、似た者同士だわ!」
「そうか?」
「そうかな?」
今度は首を傾げるタイミングまで同じだった。
「……ほらな?」
洋平がそう言うと、海斗と美香は顔を見合わせた。
そして、二人揃って笑い出した。
そんな他愛もない会話を交わしているうちに、基地内へアナウンスが流れた。
《只今より、F-2の配備を記念した祝賀飛行を行います》
「おっ、飛んでるところが見られるのか」
洋平が滑走路へ視線を戻した。
「そうだよー! しかも操縦してるの、腕利きのパイロットだってさ!」
「「へぇー」」
「……お願いだから、もうちょっと興味持ってよ」
美香は呆れたように肩を落とした。
どうやら、二人の反応が今ひとつ物足りなかったらしい。
だが、それも実際に機体が飛び始めるまでのことだった。
数分後。
ゴオオオオオオオォォォォ……!
滑走路の向こうから、ジェットエンジン特有の轟音が響き渡った。
「おっ……!」
三人が一斉に顔を上げる。
地上を加速していたF-2が滑走路を離れ、青空へと舞い上がっていく。
機体はそのまま高度を上げ、やがて大きく旋回しながら基地上空へ戻ってきた。
「すげぇ轟音だなぁ!」
「はっや!」
「かっこいいなぁ……」
先ほどまで大して興味がなさそうだった洋平と海斗も、いざ実物が飛び始めれば話は別だった。
高速で空を駆け抜け、鋭い旋回を見せるF-2。
陽光を受けて輝く機体が、青空を背景に大きく傾き、再び水平へ戻る。
その一連の動作を、二人とも夢中になって目で追っていた。
「ほら! カッコいいでしょ!」
美香が得意げに胸を張る。
「ああ、うん。これはちょっと認める」
「ちょっとなんだ……」
そんなことを言いながらも、海斗は目の前の機体から視線を離せずにいた。
普段から軍用機を見慣れている人間であっても、最新鋭機の飛行展示を間近で見る機会はそう多くない。
まして、今回は国防空軍の新たな主力となる戦闘攻撃機のお披露目である。
機体が頭上を通過する度に歓声が上がり、その姿を写真へ収めようとする者たちもいた。
F-2は旋回や上昇を繰り返し、時折大きく機体を傾けながら、その性能を披露していく。
美香はもちろん、洋平も海斗も、いつの間にかすっかり飛行展示へ夢中になっていた。
そして、式典はそのまま順調に進んでいった。
やがて、最後の演目が近付いてきた。
F-2が再び速度を上げ、超音速で会場付近を通過するという。
「ソニックブーム、楽しみだな〜」
美香が嬉しそうに呟いた。
「確かアレだろ? 超音速になった時に発生する衝撃波の轟音」
「そうそう! それ!」
美香は大きく頷いた。
「映像とかでは何度も見たことあるけど、実際に体験するのは初めてなんだよね」
「そんなに凄いのか?」
「凄いよ! 何しろ、音の速さを越えて飛んでるんだから!」
「そりゃそうだけどさ……」
「もう、海斗ってば!」
少し呆れながらも、美香は楽しそうだった。
周囲でも、観客たちが空を見上げ始めている。
先ほどまで響いていた歓声や話し声も、次第に小さくなっていった。
遠くから、ジェットエンジンの音が聞こえてくる。
間もなく、最後の飛行展示が始まるのだ。
《頭上通過まで、10、9、8……》
場内放送から、カウントダウンが流れ始めた。
三人も自然と空を見上げる。
洋平は眩しそうに目を細め、海斗は手を額へかざした。
美香は、今にも飛び跳ねそうなほど期待に満ちた表情を浮かべている。
《5》
《4》
《3》
《2》
《1》
そして───
ドオオオオオオオオオオオォォォォォォン……!
カウントダウンの終了と、ほとんど同時だった。
凄まじい轟音が響き渡った。
空気が震え、腹の底まで響くような低い音が周囲を包み込む。
観客たちの間から、驚きの声が上がった。
三人も思わず身を竦める。
だが。
「……え?」
最初に異変へ気付いたのは、美香だった。
彼女は空を見上げたまま、怪訝そうに眉を寄せた。
おかしい。
確かに、轟音は聞こえた。
しかし、それは自分が想像していたものとは明らかに違っていた。
何より。
「……今の、何?」
美香はゆっくりと顔を動かした。
海斗も、洋平も、同じ方向へ視線を向ける。
音が聞こえてきたのは、頭上ではない。
F-2が飛んでいるはずの空でもなかった。
もっと遠く、基地の向こう。
東の彼方。
遥か太平洋の方向からだった。
後に、この祝賀飛行を担当していたパイロットは、あの日をこう振り返っている。
「あの轟音をもって、我々の敵は現代艦から───海を滑る二メートルサイズのバケモノに変わってしまった」
……と。
続く
あ と が き
ちなみにこの時点での日本国防軍の装備は基本的に史実2000年の自衛隊の装備と同一ですが、違う部分も割とあります。
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