そして、彼らは『英雄』になる。
「砲撃戦用意!」
海斗の声が艦橋に響いた。
「主砲、目標“戦艦棲姫”!」
「了解!」
砲術担当の妖精が端末を操作すると、艦首側に集中配置された二基の巨大な砲塔が、唸りを上げながら旋回を始めた。
31cm三連装電磁加速砲、二基六門。
艦娘母艦「建御雷」が備える、最大の直接火力だった。
就役当初、これらは通常の大口径砲として搭載されていた。だが、十年以上に及ぶ改修と技術の進歩によって、その中身は大きく変わっている。
阿賀野型巡洋艦の20.3cm砲や秋月型駆逐艦の12.7cm砲に用いられた技術を応用し、さらに大口径化した、国防海軍でも最大級の電磁加速砲である。
その莫大な電力需要を支えているのが、近代化改修によって搭載された二基の核融合機関だった。
「主砲、充電開始!」
「第一、第二機関とも出力上昇!」
「射撃諸元入力!」
次々と報告が上がる。
艦の奥深くで生み出された膨大な電力が、電力制御系統を通じて主砲へ供給されていく。砲塔内部では装填機構が作動し、巨大な砲弾が発射位置へ送り込まれていた。
一方、前方にいる“戦艦棲姫”も、こちらへ砲口を向けている。
相手との距離は、なおも縮まり続けていた。
海斗は戦況表示を睨みながら、命令を飛ばす。
「接近しながら回避運動! 速度を上げろ!」
「了解!」
続いて、美香が艦長席から指示を出した。
「面舵二十。機関は戦速から順次増速」
「面舵二十!」
操舵担当の妖精が復唱し、舵を切る。
間を置かず、機関室からも応答が返ってきた。
『機関、増速!』
巨大な船体が海面を押し分け、大きく進路を変えた。
「速度三十二ノット!」
「まだ上げられる?」
『問題ありません!』
「三十五まで上げて」
『了解!』
二基の核融合機関が、さらに出力を増していく。
「建御雷」は、決して最初から完成された艦ではなかった。
初陣では、未成熟な新型機関を酷使した結果、十五ノットすら出せなくなったこともある。それ以外にも、就役以来、数え切れないほどの不具合や改修を経験してきた。
しかし、今は違う。
二基とも核融合機関へ換装され、推進系統も幾度となく改良されている。巨大な艦体は安定して加速し、その速力を着実に高めていった。
『三十三!』
『三十四!』
『三十五ノット!』
「主砲、射撃準備完了!」
海斗が顔を上げる。
前方では、“戦艦棲姫”が僅かに姿勢を変えていた。
「……動くぞ」
その直後、相手は海面を蹴るように大きく横へ跳んだ。
「撃て!」
六門の主砲が、一斉に火を噴いた。
遅れて轟音が響く。
だが、かつての大口径砲が発していたものとは、少し違う。
火薬の爆発によって砲弾を押し出すのではなく、電磁力によって一気に加速させる。その砲弾が砲口を飛び出し、大気を引き裂いた瞬間、凄まじい衝撃波が発生した。
一瞬遅れて、その衝撃が艦橋まで伝わってくる。
海の向こうで、“戦艦棲姫”が身を翻した。
高速の砲弾が次々と海面へ突き刺さり、巨大な水柱が立ち上がる。
だが。
「一発、掠った!」
砲術担当の妖精が叫んだ。
“戦艦棲姫”の肩口で爆発が起こり、黒煙が一瞬、その姿を覆い隠した。
「命中判定、確認!」
「よし!」
海斗が声を上げた。
艦橋の後方では、美香も観測映像を確認していた。
「効いてるね!」
「ああ! 次弾装填!」
「了解!」
砲塔内部で、再び装填機構が作動する。
しかしその直後、“戦艦棲姫”の艤装から、赤黒い光が走った。
「来るぞ!」
海斗の声と同時に、美香が命じた。
「取舵一杯!」
「取舵一杯!」
「機関、瞬間最大!」
『了解!』
バウスラスターも併用し、巨大な船体が強引に進路を変える。
直前まで「建御雷」がいた場所を、赤黒い砲弾が貫いた。
海面が炸裂する。
巨大な水柱と爆風が、艦の右舷側を叩いた。
「近い!」
「構うな! 次!」
海斗が叫ぶ。
「第二斉射、準備完了!」
「撃て!」
再び、六門が咆哮した。
通常の大型艦と深海棲艦による砲撃戦とは、とても思えない光景だった。
巨大な艦体を持つ「建御雷」が、海面を縦横に駆け回っている。
対する“戦艦棲姫”も、異常な機動力で砲弾を避けながら、次々と攻撃を繰り出してきた。
互いに相手の動きを読み、回避先へ砲口を向ける。
まるで、海上で行われるドッグファイトだった。
「敵、砲撃!」
「右三十度変針!」
「了解、右三十!」
「速度落とせ!」
『減速!』
急減速した「建御雷」の艦首前方を、赤黒い砲弾が通り抜けていく。
海斗は、敵の動きを追い続けていた。
「……今だ!」
「主砲、斉射!」
今度は二発が命中した。
爆炎の中で、“戦艦棲姫”の身体が大きく仰け反る。
「当たった!」
「まだだ!」
海斗は、すぐに次の情報へ目を向けた。
戦況表示には、これまで蓄積されてきた“戦艦棲姫”との交戦記録が呼び出されている。
呉での戦闘、両特務艦隊との交戦、そして先日の北方海域で“出雲”が撃破されるまでの記録。
回避方向、砲撃の間隔、照準の取り方、攻撃へ移る直前の僅かな予備動作。
一つ一つは、決して確実なものではない。
しかし、長年にわたる戦闘で収集され、実際の交戦結果と照合されてきた情報だった。
その中には、今も艦内にいる“出雲”が残した記録も含まれている。
「……次、右へ避ける!」
海斗の予測を受け、美香は即座に命令を飛ばした。
「右十五度! 砲戦針路を維持!」
「了解!」
“戦艦棲姫”が動いた。
そして、その移動先へ向けて。
「撃て!」
電磁加速された31cm砲弾が飛翔する。
そのうち一発が、巨大な艤装へ直撃した。
爆発と共に装甲片が飛び散り、“戦艦棲姫”の身体が大きく揺れる。
「───ッ!」
明らかに、表情が歪んだ。
海斗が笑う。
「……痛ぇだろ」
「効いてるね」
「ああ」
艦橋の端末へ映し出されているその光景は、医療区画の近くにある補助端末にも表示されていた。
そこには、“出雲”がいた。
戦うな。
勝手に甲板へ出るな。
何かあれば、必ず指示に従え。
そう繰り返し言われ、艦橋から下がらされたのである。
そして彼女自身、今の身体で戦うつもりは無かった。
だが、目を逸らすことも出来なかった。
自分があれだけ戦い、それでも倒し切れなかった相手。
最後には、自分を海へ沈めた相手。
その“戦艦棲姫”へ、今度は「建御雷」の主砲弾が届いている。
砲撃が通じているのは、明らかだった。
しかし“出雲”は、そこで楽観することなど出来なかった。
相手は、ほんの少し前、限界まで力を引き出した自分を、殺すつもりで叩き潰した上位個体である。
通常艦艇一隻で、簡単に覆せるような戦力差ではない。
そんなことは、海斗も美香も理解していた。
それでも。
「次!」
「主砲、再装填!」
『機関、まだ余裕あります!』
「なら、使えるだけ使え!」
『了解!』
「建御雷」は、走り続けた。
戦闘開始から、暫く時間が経過した。
最初に異常を知らせたのは、右舷だった。
「被弾!」
赤黒い砲弾が船体を掠め、轟音と共に艦橋が激しく揺れた。
「右舷上部構造物、損傷!」
「火災発生!」
「自動消火、作動!」
『排水系統、正常!』
「航行への影響は?」
美香が尋ねる。
『ありません!』
「現針路維持!」
「了解!」
「主砲!」
海斗が続けた。
「第一砲塔、異常なし! 第二砲塔も射撃可能!」
「撃て!」
再び六門が火を噴く。
“戦艦棲姫”は身を翻し、一発が脚部のすぐ近くへ着弾した。
「外れ!」
「次だ!」
相手も撃つ。
「左から来ます!」
「取舵!」
美香の命令に、操舵担当が即座に反応した。
「取舵一杯!」
だが、今度は避け切れなかった。
「来る!」
轟音。
船体が、横から思い切り殴りつけられた。
「ぐっ……!」
海斗の身体が、座席へ押しつけられる。
「左舷被弾!」
「第三区画、浸水!」
「隔壁閉鎖!」
「排水開始!」
次々と警報が鳴り響き、損傷箇所が表示されていく。
艦内では、応急班の妖精たちが一斉に動き始めた。
工具を抱え、消火器を持ち、損傷区画へ駆けつける。破損した配管を塞ぎ、浸水の拡大を防ぎ、使えなくなった設備を切り離していく。
「応急班、第三区画へ!」
『了解!』
「第一発電系統、一部停止!」
「第二系統へ切り替え!」
「主砲への給電を維持!」
その一連の作業は、決して特別なものではなかった。
何度も訓練を重ね、実戦でも繰り返してきたことだったのである。
艦内の補助端末を見つめていた“出雲”の横を、妖精たちが駆け抜けていった。
一人、また一人。
全員が、自分の仕事をするために走っている。
これまで何度も、彼らは“出雲”が出撃している間に「建御雷」を支えてきた。
艦娘たちが戦場へ出ている時も。
傷ついて帰ってきた時も。
補給や整備を受けている時も。
常に、この艦を動かしてくれていた者たちだった。
“出雲”は、そんな妖精たちの姿を見送った。
そして、再び画面へ視線を戻す。
海斗は戦況全体を見渡し、美香は艦の状態を把握しながら各部署へ指示を送っている。
操舵手が舵を切り、機関員が出力を調整し、砲術担当が主砲を撃ち、応急班が船体を支える。
「建御雷」は止まらなかった。
しかし、それでも。
“戦艦棲姫”の攻撃は、少しずつ、確実に「建御雷」を削り始めていた。
「右舷対空火器、半数沈黙!」
「電探一基、損傷!」
「第二射撃管制系統に異常!」
「予備へ切り替え!」
「第一砲塔、装填速度低下!」
「手動補助を入れろ!」
海斗は戦況表示を睨み、美香は次々と送られてくる損害報告を確認する。
“戦艦棲姫”は、まだいる。
損傷していないわけではない。
こちらの砲撃は確実に通じており、巨大な艤装にも幾つもの傷が刻まれていた。
だが、それでもなお、敵の動きはほとんど鈍っていなかった。
一方の「建御雷」は、主砲こそ健在だったものの、次第に回避運動にも制約が生じ始めている。
「……まずいね」
美香が、小さく呟いた。
「ああ」
海斗も頷く。
艦の被害が増えれば、回避に使える余力も減る。
回避が難しくなれば、被弾が増える。
その繰り返しだった。
もっとも、だからといって攻撃を止められる状況でもない。
「敵、砲撃!」
「取舵!」
直撃は避けた。
しかし、至近弾が海面を炸裂させ、大量の海水と破片が船体へ降り注ぐ。
「艦橋前部、損傷!」
「主砲は!」
「撃てます!」
「なら撃て!」
六門が火を噴いた。
そのうち一発が“戦艦棲姫”の艤装へ食い込み、爆発。
装甲が抉れ、敵の身体が僅かに揺れた。
「よし!」
だが、その直後。
“戦艦棲姫”の砲口が、一斉に光った。
「回避!」
美香の命令を受け、操舵担当が即座に舵を切る。
一発目は外れ、二発目は至近弾。
しかし、三発目が直撃した。
「第二砲塔被弾!」
艦全体を突き抜けるような衝撃が走る。
「第二砲塔大破、旋回不能!」
「弾薬庫誘爆なし!」
「注水準備!」
「第一砲塔は!」
「生きてます!」
「なら、三門で続けろ!」
海斗は即答した。
「撃てるものは全部撃て!」
砲術担当の妖精が、残された第一砲塔の状態を確認する。
その間にも、艦内には新たな警報が響き始めていた。
「第四区画、浸水拡大!」
「右舷消火系統、圧力低下!」
「補助電源、一系統喪失!」
「速力、三十ノットまで低下!」
美香が、損害表示へ目を落とす。
まだ動ける。
まだ撃てる。
しかし、今後も同じように戦い続けられる保証は無かった。
「……海斗」
「ああ」
彼も、同じ表示を見ていた。
二基六門あった主砲は、既に半減している。
対空火器や補助兵装も損傷が増え、艦の各所では浸水と火災が続いていた。
まだ戦える。
だが、長くは保たない。
海斗は艦内の人員配置を確認した。
負傷した妖精もいる。
それでも、現時点では全員の所在が把握出来ていた。
「……よし」
小さく頷く。
そして、美香へ目を向けた。
美香も、彼の意図を理解したらしかった。
二人の視線が、一瞬だけ合う。
「……そうだね」
美香が答えた。
海斗は端末を操作した後、通信を開いた。
『───総員へ。退艦準備』
各部署の応答が、一瞬遅れた。
『……退艦、ですか?』
『繰り返す。妖精乗員は全員、退艦準備。持ち場を整理し、指定区画へ移動しろ』
すぐに、複数の通信が返ってきた。
『司令官!』
『まだ戦えます!』
『損傷箇所も、応急処置を続ければ───』
「分かってる」
海斗は、落ち着いた声で答えた。
「お前らがまだ戦えるのは、分かってる」
少しだけ間を置く。
「だが、ここから先まで付き合う必要は無い。退艦しろ」
『ですが!』
「命令だ」
通信の向こうが静かになる。
「……全員だぞ」
美香も、通信へ入った。
『艦長命令。妖精乗員は総員退艦。負傷者も、動けない者も、全員連れていって』
『艦長……』
『あとのことは、私たちがやるから』
その言葉を聞いた“出雲”は、補助端末の前で立ち上がった。
「……え?」
───退艦。
対象は妖精乗員、全員。
海斗と美香は、入っていない。
それがどういう意味なのか、考えるまでもなかった。
「……待って」
彼女は、通信端末を操作した。
「待ってください!」
『出雲?』
海斗の声が返る。
「私も残ります!」
『駄目だ』
「でも!」
『お前は妖精たちを連れて帰れ』
「嫌です!」
即答だった。
「私だって、ここに───」
『出雲』
今度は、美香の声だった。
『艦橋まで来て。話があるから』
“出雲”は一瞬だけ黙った。
それから、通信を切って駆け出した。
艦橋へ入った“出雲”を迎えたのは、海斗と美香だった。
二人とも、まだ自分の持ち場に座っている。
戦況表示には、こちらへ向かってくる“戦艦棲姫”の姿が映し出されていた。
「司令官!」
「来たか」
「……何を考えてるんですか」
“出雲”は、まっすぐ海斗を見た。
「総員退艦って……二人はどうするつもりなんですか!」
「この艦に残る」
あっさりとした返事だった。
“出雲”の表情が変わる。
「だったら、私も残ります!」
「だから、駄目だって」
「どうしてですか!」
「お前には、別の仕事があるからだ」
海斗が、艦内の人員表示を指差した。
退艦の指示を受けた妖精たちが、指定された区画へ集まり始めている。
「……こいつらを連れて帰ってくれ」
「それなら、二人も一緒に───」
「俺たちは、もう少し敵の相手をする」
「そんな……!」
“出雲”は、思わず言葉に詰まった。
それが何を意味しているのか、理解していないわけではない。
むしろ、理解出来てしまうからこそ、納得出来なかった。
“戦艦棲姫”は、自分たちを狙っている。
既に艦は大きな損傷を受け、戦力も半減していた。
それでも、敵の注意を引き続けることは出来る。
少なくとも、他の者が逃げる時間くらいは稼げるかもしれない。
だからこそ、海斗と美香は退艦を命じたのだ。
「……嫌です」
“出雲”が言った。
「私も、ここにいます」
「駄目だ」
「嫌です!」
その声は、普段の彼女からは考えられないほど強かった。
海斗が何か言おうとした時、美香が立ち上がった。
「……出雲」
“出雲”が顔を向ける。
美香は彼女の前まで歩いてくると、少しだけ屈んで視線を合わせた。
「お願い。この子たちを連れて帰って」
「……でも」
「あなたなら、出来るでしょ?」
美香が、退艦準備を進める妖精たちへ目を向ける。
“出雲”も、それを追った。
妖精たちは、人間と同じ大きさで艦内の仕事をしてきた。
しかし、本来の小さな姿へ戻ることも出来る。
そして、今の“出雲”には艤装が無いものの、艦娘としての身体能力そのものが失われたわけではなかった。
海へ入ることは出来る。
泳ぐことも、潜ることも出来る。
少なくとも、普通の人間より遥かに長く水中で活動することが可能だった。
その身体に、小さくなった妖精たちを乗せれば。
「……出来ます」
“出雲”は、俯いたまま答えた。
「……でも、二人は」
「俺たちは、まだ戦える」
海斗が言った。
「この艦も、まだ動く」
「だからって!」
「出雲」
海斗は、椅子から立ち上がった。
そして、まっすぐ彼女を見る。
「……希空と零を頼む」
“出雲”の表情が止まった。
「……そんな言い方」
「頼む」
「嫌です」
「出雲」
「……嫌です!」
声が震えた。
「そんな……それじゃ、まるで……」
そこまで言ったところで、美香に抱きしめられた。
「……ごめんね」
「…………」
「勝手に乗ってきたの、まだ怒ってるからね」
「……それ、今言います……?」
「帰ったら、ちゃんと説教するつもりだったんだけど」
美香が、少し笑った。
“出雲”は笑えなかった。
「……帰ってくださいよ」
「出来るだけ頑張る」
「絶対って言ってください」
美香は、すぐには答えなかった。
代わりに、もう一度“出雲”を抱きしめる。
それから、そっと身体を離した。
「……出雲」
今度は、海斗が声を掛けた。
“出雲”が顔を上げる。
「俺たちにとって、お前ももう家族みたいなもんだ」
その言葉に、彼女は目を見開いた。
「……え?」
「考えてみれば、随分長い付き合いだからな。希空や零より、ずっと一緒にいる」
海斗は、少し笑った。
「実の娘ってわけじゃないけど……まあ、うちの娘みたいなもんだよ、お前も」
美香も頷く。
「そうだね。もう、他人って感じもしないし」
「……司令官……」
「だから、家族を頼む」
海斗の表情が、僅かに引き締まった。
「希空と零を頼む。あいつらが困ってたら、助けてやってくれ」
美香も、静かに続ける。
「お願い」
“出雲”は、暫く二人を見つめていた。
そして、俯いた。
肩が、小さく震えている。
もう、何を言っても変わらない。
二人が自分を送り出そうとしている理由も、何を守ろうとしているのかも、分かってしまった。
───だからこそ。
「……分かりました」
ようやく、声が出た。
「……任せてください」
海斗が笑う。
「頼んだ」
それから、いつもの調子で付け加えた。
「今度はちゃんと命令聞けよ」
“出雲”は、泣きそうな顔のまま海斗を睨んだ。
「……はい」
「よし」
美香が、傍らの端末へ手を伸ばした。
「みんなをよろしくね、出雲」
「……はい」
“出雲”は頷いた。
退艦準備は、迅速に進められた。
艦内の各部署から集まった妖精たちは、順番に身体を小型化させていく。
人間と同じ大きさだった身体が、みるみるうちに縮んでいった。
海斗たちは、最後にもう一度、人員を確認した。
負傷者も含め、全員の所在が把握されている。
「……よし、揃ったな」
海斗が頷く。
「最後の確認を頼む」
「了解!」
妖精たちは、出雲の身体へ次々と移っていった。
服やポケットの内側、肩や腕にも。
水中へ入っても脱落しないよう、それぞれがしっかりと身体を固定していく。
小さくなった妖精たちが互いに助け合い、負傷者も安全な位置へ収まった。
最後の一人が小型化する。
「全員います!」
「人数確認!」
「……全員、確認!」
“出雲”が頷いた。
艦内通信が入る。
『出雲、聞こえるか?』
海斗だった。
「はい」
『今から、こっちで敵の注意を引く』
「はい」
『海へ入ったら、出来るだけ深く潜れ。そのまま艦から距離を取るんだ』
「分かってます」
『絶対に見つかるなよ』
「……はい」
一瞬、通信を静寂が包んだ後。
『……行け』
“出雲”は、目を閉じた。
そして、もう一度だけ通信へ向かって口を開く。
「……行ってきます」
「───お父さん、お母さん」
通信の向こうで、2人が小さく笑った気配がした。
『……おう』
『行ってらっしゃい』
“出雲”は、それ以上何も言わなかった。
艦内の退艦口から、海へ飛び込む。
水面へ身体が沈むと、そのまま深く潜っていった。
艤装は無い。
しかし、艦娘として備わっていた身体能力までもが消えたわけではなかった。
人間とは比較にならない肺活量と潜水能力。
それらを使い、妖精たちを抱えたまま「建御雷」の船底から距離を取っていく。
海上では、再び砲声が響き始めていた。
敵の注意を引き続けるため、「建御雷」はあえて攻撃を再開していたのである。
“出雲”は、一度も浮上しなかった。
ただ、妖精たちを守ることだけを考えて、泳ぎ続けた。
そして、海上の“戦艦棲姫”は、最後まで「建御雷」から目を離さなかった。
妖精たちが退艦した後の艦内は、驚くほど静かだった。
「……本当に二人になったね」
艦長席へ戻りながら、美香が言った。
「ああ」
海斗も司令官席へ座る。
本来なら、これほど巨大な艦を二人だけで戦闘運用するなど不可能だった。
操艦だけでも、複数の人員が必要になる。
そこへ機関制御、火器管制、索敵、通信、損傷制御などを加えれば、必要な人員はさらに増える。
いくら司令官と艦長が優秀でも、人間二人で全ての作業をこなせるわけではない。
しかし、「建御雷」には一つの強みがあった。
艦艇半自動化技術である。
2010年代前半、「雪風」をテストベッドとして進められていた艦艇半自動化計画。
それによって蓄積された技術と運用データは、後に他の艦艇にも反映されていた。
「建御雷」と「建御名方」も、その対象だったのである。
特に、核融合機関への換装と前後して行われた近代化改修では、各種設備の自動制御能力が大幅に強化されていた。
艦内の様々な機能を制御システムが補助し、従来なら複数の人員で行っていた作業の多くを、自動的に処理出来るようになっている。
もちろん、完全な無人運用システムではない。
機械に自我があるわけでも、勝手に戦術判断を下してくれるわけでもなかった。
最終的な判断を行い、命令を出すのは、あくまでも人間である。
だが、判断する者がいれば、それを実行するための多くの作業を機械が肩代わり出来る。
かつて「雪風」は、その技術によって、士と加奈の僅か二人で実戦を行ったことがあった。
そして今。
「建御雷」も、二人だけで戦闘を継続しようとしていた。
「……よし」
美香が端末を操作する。
「操艦系統、艦長席へ統合」
『操艦系統、統合』
「機関制御、自動補助へ移行」
『自動補助、開始』
続いて、海斗も自分の端末を操作した。
「火器管制、司令官席へ。索敵情報もこっちへまとめろ」
『火器管制、統合。索敵情報、転送』
二人の前へ、それまで妖精たちが分担して担当し、退艦に合わせて暫定的にシステム側へ集約されていた情報が表示されていく。
操作する必要のある項目は増えた。
しかし、全てを手作業で行う必要は無い。
各系統の状態を把握し、優先順位を決め、必要な命令を出せばいい。
「……忙しくなるね」
美香が苦笑した。
「ああ。でも、出来なくはない」
海斗も笑う。
「そのための制御システムだからな」
二人は、前方へ目を向けた。
“戦艦棲姫”は、まだそこにいる。
「……行くぞ」
「うん」
海斗が兵装状態を確認した。
『第一砲塔、射撃可能。第二砲塔、使用不能』
『右舷近接火器、使用可能率三十一パーセント』
『左舷近接火器、使用可能率四十六パーセント』
「……十分だ」
美香が、思わず笑った。
「基準低くない?」
「今撃てるなら、全部戦力だ」
「それもそうか」
海斗は、照準を修正する。
「艦長、全速!」
「了解。機関、全速!」
『全速』
二基の核融合機関が出力を上げ、「建御雷」が再び加速を始めた。
『速度、三十五ノット』
「まだ上げられる?」
『推進余力あり』
「三十八まで」
『了解』
前方の“戦艦棲姫”が砲撃した。
「左十五!」
『左十五』
制御システムが即座に応答し、舵が切られる。
艦体が旋回する。
だが、一発が艦尾を掠め爆発。
艦内に警報が響く。
『艦尾区画、損傷。自動消火開始』
「司令官、主砲は?」
「充電完了!」
海斗が敵を睨む。
「撃て!」
残された三門の電磁加速砲が咆哮した。
そのうち一発が、“戦艦棲姫”の艤装へ命中する。
爆発と共に装甲が抉れ、相手が姿勢を崩した。
「よし!」
だが、まだ倒れない。
“戦艦棲姫”の反撃。
だが「建御雷」も区画で耐える。
『左舷排水系統、停止』
『自動消火系統、一部応答なし』
「予備排水へ切り替え!」
『予備系統へ移行』
「射撃管制!」
『第一射撃管制系統、損傷』
「第二へ!」
『切り替え完了』
「近接兵装、使用自由!」
「射撃開始!」
『近接兵装、射撃開始』
制御システムに火器管制が預けられた近接兵装が、自動で敵を追尾し、撃ち始める。
そこへ、再び砲撃。
直撃こそ免れたものの、艦橋側面の外装が吹き飛び、破片が内部へ飛び込んできた。
「うわっ!」
海斗が咄嗟に身を屈める。
額を破片が掠め、血が流れた。
「海斗!」
「かすり傷!」
「嘘だよ!」
「今はそういうことにしろ!」
「……分かった!」
美香は、再び操艦へ意識を戻した。
“戦艦棲姫”も、無傷ではない。
31cm電磁加速砲の直撃。
接近しながら何度も撃ち込まれた砲弾。
それらによる損傷が積み重なり、巨大な艤装の動きにも、僅かながら影響が現れ始めていた。
砲塔の一部は破損し、装甲も大きく抉れている。
それでも、相手はまだ十分な戦闘能力を残していた。
対して「建御雷」は、もはや満身創痍だった。
そして、再び爆発。
『第一砲塔、被弾!』
海斗が画面を確認する。
「主砲!」
『第一砲塔、旋回不能』
「砲身は!」
『二門損傷。一門、使用可能』
「固定射撃は!」
『可能』
海斗は、美香を見た。
「艦ごと照準する!」
「了解!」
美香が操艦系統へ指示を入力する。
「目標方位へ、艦首を合わせる!」
『変針開始』
「建御雷」そのものが、砲塔の代わりになる。
巨大な艦首が、ゆっくりと“戦艦棲姫”へ向けられていく。
「方位、あと二度!」
『修正』
「あと一度!」
『目標線、一致』
「撃て!」
最後の一門が火を噴いた。
31cm砲弾が飛翔し、“戦艦棲姫”の胴体近くへ直撃する。
「───ァッ!」
相手の声が、聞こえたような気がした。
しかし、直後だった。
赤黒い閃光が走り、残された主砲塔を吹き飛ばした。
『第一主砲塔、喪失』
『第二主砲塔、喪失』
『主砲、全門使用不能』
海斗は、間髪入れずに尋ねた。
「残存兵装!」
『右舷全損。左舷残存兵装、二基』
「全部撃て!」
残された近接火器は、未だ射撃し続けていた。
機関砲に補助兵装。
撃てるものは、何でも撃った。
だが、それらも一基、また一基と沈黙していく。
『左舷近接火器、一番停止』
『二番、停止』
短い警告音が響いた。
『使用可能兵装───無し』
艦橋に、静寂が落ちた。
海斗は画面を確認した。
全武装、喪失。
「……全部無くなったな」
「うん」
美香も、残存兵装の表示を見ていた。
前方では、“戦艦棲姫”がこちらを見つめている。
傷だらけになり、怒りに満ちた表情を浮かべながら。
海斗は、別の表示へ目を移した。
「……機関は?」
『第一核融合機関、稼働中』
『第二核融合機関、稼働中』
『推進可能』
二人は、ほとんど同時に笑った。
「───なんだ。まだあるじゃん」
美香が言う。
「ああ」
海斗も笑った。
「一番デカい武器が残ってる」
「だね」
海斗は、戦況表示を閉じた。
もう射撃諸元を計算する必要は無い。
敵の回避方向を予測し、未来位置へ砲弾を送り込む必要も無くなった。
残っているのは、目の前の敵と、この艦だけ。
「……艦長」
「うん」
「敵へ艦首を向けろ」
「了解」
美香が、操艦系統へ入力する。
「目標、戦艦棲姫。直進」
『進路設定』
巨大な船体が、真正面から“戦艦棲姫”へ向けられた。
逃げない。
避けない。
残された推進力の全てを、前へ向ける。
「機関全速」
『全速』
海斗は、機関制御系統へアクセスした。
「……出力制限解除」
『推奨されません』
「知ってるよ」
さらに操作を続ける。
『安全制御の解除には、確認が必要です』
「解除」
画面上の警告表示が、赤く変わった。
美香は前方を見つめている。
“戦艦棲姫”もまた、こちらへ全砲門を向けていた。
その動きを確認しながら、海斗が呟く。
「……随分と、怒ってるみたいだな」
「そりゃそうでしょ。結構撃ち込んだもの」
「まあな」
「……それに、あっちからしても、こんな艦にここまでやられるとは思ってなかったんじゃない?」
「そうだろうな」
海斗は、機関出力の表示を確認した。
「……美香」
「ん?」
二人の間には、これだけで充分だった。
「───うん、行こっか」
「───おう」
二基の核融合機関が、さらに出力を増す。
『出力上昇』
『速度、三十八……三十九……』
「建御雷」は、海面を切り裂きながら加速していった。
前方で、“戦艦棲姫”の顔が歪む。
同時に、砲門が一斉に光を帯びた。
赤黒い砲撃が「建御雷」の上部構造物を吹き飛ばし、艦橋側面を抉り、船体を貫通する。
それでも、止まらない。
四十ノットに迫る速度。
既に至るところが損傷した巨大な艦体が、海を割りながら突き進んでいく。
“戦艦棲姫”が、回避しようと動いた。
───しかし、もう遅い。
「「沈めぇぇぇぇぇ!!!」」
「建御雷」の艦首が、その巨大な艤装へ激突した。
凄まじい衝撃だった。
鋼鉄の艦首が艤装を砕き、“戦艦棲姫”の身体ごと押し込む。
「───ッ!?」
海面が大きく盛り上がり、飛沫が周囲へ散った。
衝突によって艦首が潰れ、内部構造が次々と破断していく。
しかし、それでも艦は止まらなかった。
破壊された艤装へ艦首が深く食い込み、そのまま“戦艦棲姫”を押し込んでいく。
相手は激しく暴れた。
巨大な艤装を動かし、食い込んだ船体を引き剥がそうとする。
残された砲塔も旋回を始めていた。
「離すかよ……!」
海斗が笑った。
「美香!」
「うん!」
2人は機関制御画面を開いた。
安全装置、出力制御、冷却制御。
損傷した設備を保護するために設けられていた制限を、一つずつ解除していく。
『警告。第一核融合機関、温度上昇』
『警告。第二核融合機関、制御限界』
『緊急停止を推奨』
「却下」
『炉心出力異常』
「もっと上げろ」
『危険です』
「分かってる!」
二基の核融合機関が、通常の制御範囲を外れ始めた。
既に損傷していた冷却系統は、その出力へ対応出来なくなっている。
にもかかわらず、海斗は停止命令を出さなかった。
高出力の運転を継続し、各系統へ流れる電力も、許容範囲を超えて増加していく。
船体内部では異常な熱が発生し、損傷した機関設備や電力系統が次々と限界へ近付いていた。
“戦艦棲姫”も、何かに気付いたらしかった。
「───ッ!」
その表情が変わった。
激しく身体を動かし、艦首から離れようとする。
しかし、「建御雷」の艦首は深く食い込んでいる。
無理に引き剥がそうとすれば、さらに艤装が破壊される。
そして、それでも離脱しようとしたのか。
“戦艦棲姫”は、残された全砲門を「建御雷」へ向けた。
接触状態───もはや外しようもなかった。
「───ねえ、海斗」
「ん?」
「私、幸せだったよ」
「……ああ」
「希空も、零も、……出雲だって」
「随分と、子沢山になったな」
「えへへっ」
海斗も笑った。
「……俺も、楽しかったよ」
「うん」
「色々、あったけどな」
「本当にね」
美香は、小さく笑う。
それから、もう一度だけ前を向いた。
「───ありがとう」
二人とも、最後の最後まで笑っていた。
“戦艦棲姫”の全砲門が、一斉に火を噴いた。
赤黒い光。
もはや、通常の砲撃と呼べるような光景ではなかった。
幾つもの赤黒い光条が、巨大なビームのように「建御雷」を貫いていく。
艦橋から甲板、船底まで、船体の至るところを砲撃が突き抜け、内部では爆発が連鎖した。
弾薬庫に電力系統、残存する燃料や各種設備。
破壊された区画から次の区画へと、誘爆が広がっていく。
しかし、もう遅かった。
二基の核融合機関は、既に制御を失っていた。
異常な熱と電力によって機関設備が次々と破壊され、艦内のエネルギー制御系統にも、深刻な異常が生じている。
「建御雷」の船体内部から、白い光が漏れた。
そして次の瞬間───海が、昼になった。
あまりにも巨大な爆発だった。
凄まじい衝撃波が海面を円状に吹き飛ばし、炎と蒸気、金属片、そして艦内各所の誘爆が、一つの巨大な火球となって膨張していく。
海面が抉れ、水柱が立ち上がった。
爆心に近い位置では、莫大な熱によって海水が一瞬で蒸発し、周囲へ白い蒸気が広がっていく。
艦首へめり込んでいた“戦艦棲姫”も、逃れることは出来なかった。
その身体も、巨大な艤装も、爆炎に飲み込まれる。
───そして。
艦娘母艦「建御雷」は、巨大な爆発の中で跡形もなく砕け散った。
続く
あ と が き
…………どうか、安らかに。
次回 託されたものを携えて