自我持つ兵器の英雄譚   作:Nyappy-

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戦闘パートです。



2. First Bloods

 

「ソニックブームって、すげぇ迫力だな!」

 

「吹き飛ばされるかと思ったよ」

 

百里基地の観覧席では、洋平と海斗が先ほどの轟音に興奮していた。

 

二人とも、戦闘機の飛行展示を間近で見るのは初めてではない。しかし、超音速飛行に伴う衝撃波を直接体感したのは、今回が初めてだった。

 

「にしても、すげぇ音だったなぁ。あんな凄いもんなんだな、美香!」

 

洋平は興奮冷めやらぬ様子で妹へ振り返った。

 

「……美香?」

 

だが、返事がない。

 

美香は二人とは違い、既に空を見上げていなかった。

 

眉をひそめ、何かを確かめるように遠くへ視線を向けている。その表情には、先ほどまでの楽しげな様子がほとんど残っていない。

 

「……今の音は……?」

 

「音? ソニックブームの音だろ? さっき教えてくれたじゃねーか」

 

「ううん。そうじゃなくて……」

 

美香は首を横に振った。

 

「それとは違う方向からも、何か聞こえたの」

 

「違う方向?」

 

「うん。聞き慣れない音が混ざってたし……タイミングも少しズレてた」

 

彼女はもう一度、東の空へ目を向けた。

 

確かに、F-2が通過した際の衝撃波も聞こえた。だが、それに重なるように、もう一つ別の音が響いたように感じたのだ。

 

それも、飛行展示とは全く関係のない方向から。

 

「……そうか?」

 

海斗もつられて同じ方向を見る。

 

しかし、当然ながら、そこには遠くまで広がる空があるだけだった。

 

「俺らと違って、聞き慣れてたから気付けたのかもね」

 

「そうかな……」

 

「でもよ、だったら何の音なんだ?」

 

洋平に尋ねられ、美香は少し考え込んだ。

 

軍用機の爆音なら聞き慣れている。爆発音についても、映像や記録でなら何度も聞いてきた。

 

だが、今の音が何だったのかと問われても、確信を持って答えることは出来なかった。

 

「……分かんない」

 

それが正直な答えだった。

 

三人はしばらく考えてみたものの、結局、何も分からなかった。

 

ただ、式典とは全く関係のないところで何かが起きたのではないか。

 

そんな小さな疑問だけが、美香の胸に残っていた。

 

 

 


 

 

 

同時刻、西太平洋。

 

日本国防海軍、汎用駆逐艦「如月」。

 

「……今のは、何だったんでしょうか」

 

「さあな。分からん。だが、警戒は怠るな。恐らく……何かの爆発だ」

 

艦橋に立つ艦長は、水平線の彼方を見つめながら答えた。

 

西太平洋で哨戒任務に就いていた「如月」でも、先ほどの轟音は確認されていた。

 

もっとも、こちらは百里基地とは比較にならないほど音源に近かったらしい。

 

単なる大きな音では済まなかった。

 

突然の轟音が艦橋の窓を震わせ、艦体そのものへ伝わるほどの衝撃が走ったのである。観測機器にも、ごく弱いながら衝撃波と思われる反応が記録されていた。

 

そのため、艦長は直ちに警戒態勢の強化を命じていた。

 

「ですが艦長、レーダーには何も映っていません」

 

「……あれだけの轟音だ。そう遠くないはずなんだがな」

 

艦長は腕を組み、表示された情報を睨んだ。

 

対水上レーダーには、それらしい艦影が一つもない。

 

無論、微弱な反応まで皆無というわけではなかった。海面反射に紛れた小さな反応はいくつも拾っている。

 

しかし、どれも軍艦はおろか、小型船舶として識別するにも小さ過ぎるものばかりだった。

 

「目視では?」

 

「異常ありません。水平線上に船影なし」

 

「対空レーダーは?」

 

「こちらも異常なし。航空機の反応はありません」

 

「……そうか」

 

では、一体何があの音を発生させたのか。

 

遠方で爆発事故が起きたのなら、何らかの煙や閃光を確認出来てもおかしくない。しかし、水平線の向こうには何も見えなかった。

 

艦長はもう一度、レーダーの表示へ視線を戻した。

 

何かがおかしい。

 

あれほどの轟音を発する何かが、この近くに存在している。

 

少なくとも、そう考える方が自然だった。

 

それなのに、肝心の発生源が見つからない。

 

レーダーの故障か。

 

しかし、複数の系統が揃って同じ異常を起こしているとは考えにくい。

 

「……電子妨害か?」

 

思わず、そんな言葉が漏れた。

 

実際には、この時点で「如月」のレーダーが完全に妨害されていたわけではない。各種装置も正常に作動している。

 

それでも、目の前の状況を説明出来る理由が他に見当たらなかった。

 

何かが存在するはずなのに、見つからない。

 

その事実が、艦長の胸に得体の知れない不安を生じさせていた。

 

「……警戒を継続。見張り員にも、些細な変化を見逃すなと伝えろ」

 

「了解!」

 

命令を受け、艦橋の乗組員達が再び周囲の監視へ意識を集中する。

 

 

 

だが、その努力が報われることはなかった。

 

 

 

数分後。

 

突如、「如月」の左舷後方で海面が爆ぜた。

 

凄まじい衝撃が艦尾を襲い、巨大な水柱が船体後部を覆い隠す。ほとんど同時に鈍い振動が艦全体へ伝わり、艦橋にいた者達も思わず身体を支えた。

 

「なっ……!?」

 

一瞬遅れて、艦内に警報が鳴り響いた。

 

「何が起きた!?」

 

艦長が叫ぶ。

 

「爆発! 左舷後部に被害!」

 

「推進器損傷! 回転数が落ちています!」

 

「何だと!? 警戒はどうした! 何か探知出来なかったのか!?」

 

「出来ませんでした! 攻撃方向、不明!」

 

「クッ……どこからだ……!?」

 

報告が次々と飛び込んでくる。

 

爆発の直撃を受けた艦尾付近では、鋼板が大きく変形し、破損した配管から海水が噴き出していた。爆発に最も近かった区画では、乗組員の一部が何が起きたのか理解する間もなく命を奪われている。

 

艦内では隔壁の閉鎖が始まり、応急班が損傷区画へ向かって走った。

 

乗組員達の動きそのものは、訓練通りだった。

 

長年にわたって整備されてきた国防海軍の損害対処手順は、突然の被弾にも対応出来るように考えられている。

 

しかし、それで解決出来るのは、あくまで艦内に生じた被害への対処だけである。

 

敵が何処にいるのか分からなければ、反撃も回避も出来ない。

 

「速力回復出来ません!」

 

「操舵系統にも異常! 舵が効きません!」

 

「予備系統は!?」

 

「切り替えましたが、応答なし! 航行不能です!」

 

「……ッ!」

 

艦長は歯を食いしばった。

 

正体不明の攻撃。

 

敵影なし。

 

攻撃方向すら不明。

 

そして、艦は航行不能。

 

あまりにも悪い状況だった。

 

一瞬、頭の中が真っ白になる。

 

 

だが、それも僅かな時間だった。

 

艦長はすぐに顔を上げた。

 

「……そうだ、通信だ! 司令部へ緊急通信! 現在位置と被害状況を送れ! 救援要請だ!」

 

「はい!」

 

経験を積んだ艦長だった。

 

攻撃を受け、艦が航行不能になった以上、今出来ることは限られている。

 

まず司令部へ状況を伝え、救援を求める。

 

そして、可能な限り艦と乗組員を守りながら、救援の到着まで持ちこたえる。

 

当然の判断である。

 

通信員が送信装置へ手を伸ばし、緊急電文の送信を開始しようとした。

 

 

その時だった。

 

再び、海面に閃光が走った。

 

今度は艦の中央部。

 

一発目とは比較にならない、凄まじい爆発だった。

 

爆炎が艦橋の窓いっぱいに広がり、衝撃によって乗組員達の身体が投げ出される。

 

何かが引き裂かれるような、巨大な金属音。

 

そして、猛烈な炎と黒煙。

 

「如月」の船体は大きく折れ、瞬く間に海面へ傾いていった。

 

通信は、最後まで送信されなかった。

 

 

日本国防海軍、汎用駆逐艦「如月」。

 

沈没。

 

 

 


 

 

 

数時間後。

 

「如月」の異常が国防省へ伝わったのは、その日の夕方だった。

 

定時通信の時刻になっても、応答がない。

 

艦隊司令部から何度呼び掛けても、返事は返ってこなかった。

 

最初は通信機器の故障も疑われたが、それにしては状況がおかしい。

 

そのため、司令部は直ちに哨戒機を派遣し、「如月」がいるはずの海域を捜索させた。

 

 

しかし。

 

『目標海域に到達。該当艦影を確認出来ず』

 

「……何だと?」

 

『付近の海域も捜索しましたが、それらしい艦艇は見当たりません』

 

「漂流物は? 救命筏や発煙筒は確認出来ないのか?」

 

『現在のところ、発見出来ていません』

 

哨戒機から届く報告は、どれも同じだった。

 

 

「如月」がいない。

 

 

それだけである。

 

船体を発見出来ないばかりか、漂流物すらすぐには見つからなかった。

 

無論、広大な海である。仮に事故によって沈没していたとしても、短時間の捜索で全てを発見出来るとは限らない。

 

だが、哨戒任務中の駆逐艦が、救難信号すら出さずに消息を絶つというのは、あまりにも異常だった。

 

これを受け、国防海軍は第一艦隊へ出撃を命じた。

 

航空母艦、一隻。

 

ミサイル駆逐艦、二隻。

 

汎用駆逐艦、四隻。

 

合計七隻からなる艦隊である。

 

湾岸戦争から、およそ十年。

 

当時の第一艦隊は、日本が中東へ派遣した海上戦力の中核として、最新鋭艦を集中配備された強力な艦隊だった。

 

しかし現在、その編成は大きく変わっている。

 

湾岸戦争での損耗、冷戦終結後の軍備再編、そして対中国正面への新鋭艦優先配備。

 

様々な事情から、新型艦艇の多くは他の艦隊へ振り分けられ、第一艦隊には球磨型ミサイル駆逐艦や睦月型汎用駆逐艦といった、装備世代だけを見ればやや古い艦が多く残されていた。

 

とはいえ、決して弱い艦隊ではない。

 

湾岸戦争を始め、長年の実戦と訓練で積み重ねられてきた経験。

 

それを部隊の中に残し、後進へ受け継いできた運用能力。

 

艦艇の性能だけでは測れない強さを、第一艦隊は確かに持っていた。

 

 

そして何より、この艦隊には、一人の男がいた。

 

 

 


 

 

 

第一艦隊旗艦、航空母艦「瑞鶴」。

 

「───艦長」

 

「はい?」

 

「『如月』は、撃沈されたと思うか?」

 

「……いきなり何ですか、司令官」

 

艦長が露骨に嫌そうな顔をした。

 

「不吉なこと言わんで下さいよ」

 

「馬鹿。通信が途絶えた。何度呼んでも応答なし。哨戒機が航路を探しても見つからない。なら、一番悪い可能性から考えておくべきだろう」

 

「それは……そうですが」

 

「事故ならまだいい。だが、もし何者かに襲われたんだとしたら、こっちも同じ目に遭う可能性がある」

 

男は海図へ視線を落とし、現在位置を確認した。

 

「戦闘準備だ。何がいるのかは知らんが、何かあってからじゃ遅い」

 

艦長は一瞬だけ男の顔を見た。

 

そして、すぐに頷いた。

 

「了解。総員、戦闘配置! 航空隊は発艦準備を整え、待機せよ!」

 

命令が艦内へ流れていく。

 

航空母艦「瑞鶴」。

 

かつての帝国海軍で数々の戦場を駆け抜けた武勲艦、その名を受け継ぐ現代の大型航空母艦である。

 

全長三百メートル級の巨体を持ち、湾岸戦争後に就役した新世代の通常動力空母。

 

現在の日本国防海軍を代表する主力空母の一隻だった。

 

 

そして、その「瑞鶴」に第一艦隊司令長官として座乗している男。

 

神崎家の現当主、神崎洋一。

 

十年前、洋一は中東派遣艦隊を率いて湾岸戦争へ参加していた。

 

当時の旗艦は航空母艦「蒼龍」。

 

彼は海上戦力だけでなく、陸軍、空軍、多国籍軍との連携、補給や救難までを含めた大規模な作戦を指揮し、激しい戦闘と幾度もの損害を経験しながら、艦隊の大半を日本へ連れ帰った。

 

戦後、その功績を称えて人々は彼を「湾岸の英雄」と呼ぶようになった。

 

 

だが、洋一本人にとって、過去の栄誉など今はどうでもよかった。

 

それよりも気になることがある。

 

「如月」の消息だ。

 

(……何かが起きたのは間違いない)

 

通信機器の故障。

 

機関事故。

 

座礁や衝突。

 

考えられる可能性はいくつもある。

 

だが、どれもしっくりこない。

 

「如月」の乗組員はベテラン揃いであり、艦自体も適切に整備されている。

 

それが、何の報告も残さず、船体ごと消えた。

 

(……急襲されたとすれば、一応は辻褄が合う)

 

通信を送る暇さえなく攻撃され、そのまま沈没した。

 

最悪の想定ではあるが、それなら説明はつく。

 

しかし、それはそれで妙だった。

 

相手が人間の軍隊であるなら、何らかの兆候を掴めたはずである。

 

そもそも、現在の日本と交戦状態にある国家など存在しない。

 

(……分からんな)

 

洋一は小さく息を吐いた。

 

「もうすぐ消息地点だ」

 

海図に示された海域へ視線を落としながら、彼は命じた。

 

「レーダー、ソナー。何かあるか?」

 

「対水上、対空レーダー共に異常なし」

 

「護衛艦からのソナー情報も、明確な反応はありません」

 

「……そうか」

 

あまりにも静かだった。

 

波は穏やかで、周囲に船影も見えない。

 

異常が起きた場所だというのに、その痕跡が見つからない。

 

その静けさが、かえって洋一の警戒心を強めていた。

 

───その時だった。

 

「司令官!卯月被弾!」

 

「何!?」

 

突然、戦闘指揮所へ報告が飛び込んできた。

 

「艦尾付近から炎上を確認! 攻撃方向不明!」

 

洋一が顔を上げる。

 

「どこから撃たれた!?」

 

「卯月からも、敵影を確認出来なかったと!」

 

「どういうことだ……!?」

 

艦隊の右翼前方に展開していた汎用駆逐艦「卯月」。

 

その艦尾付近から、黒煙が上がっていた。

 

しかし、周囲には敵艦がいない。

 

航空機も確認されていない。

 

ミサイルの接近警報も出ていなかった。

 

「レーダー記録を洗い直せ! 微弱反応も捨てるな!」

 

「はっ!」

 

「見張り員! 目視索敵を徹底しろ! 海面まで見ろ!」

 

命令を受け、艦隊の各艦が周囲を捜索し始めた。

 

対水上レーダー、対空レーダー、赤外線、光学照準器、ソナー。

 

そして、乗組員自身の目。

 

使える手段を全て投入し、正体不明の襲撃者を探す。

 

だが、敵の姿は見つからなかった。

 

それどころか。

 

「睦月被弾! 航行不能!」

 

「弥生にも着弾! 損傷発生!」

 

「今度は球磨か! 畜生!」

 

次々と損害報告が飛び込んでくる。

 

最初に襲われた「卯月」だけではない。

 

異なる位置に展開していた艦艇が、ほとんど一方的に攻撃を受けていた。

 

「哨戒機からは!?」

 

「敵艦らしきもの、確認出来ず!」

 

「『らしきもの』じゃなくていい!」

 

洋一が怒鳴った。

 

「船じゃなくてもいい! 海面に動くものがあれば全部報告させろ!」

 

戦闘指揮所の乗組員達が、一斉に作業へ取り掛かった。

 

今までの索敵方法では駄目だ。

 

艦艇や航空機として認識出来る目標を探していても、敵は見つからない。

 

ならば、何を探すべきなのか。

 

洋一にも答えは分からなかった。

 

だが、少なくとも、既存の目標識別基準から外れた何かが存在することだけは確かだった。

 

「微弱反応を全て表示しろ。海面反射として除外したものもだ」

 

「了解!」

 

各艦のセンサー情報が集約され、これまで雑音として処理されていた反応が、次々と画面へ現れていく。

 

波、海面反射、海鳥、浮遊物。

 

その中に、僅かながら不自然な動きを見せる反応が混ざっていた。

 

一定の方向へ進み、時折速度を変え、まるで何らかの目的を持っているかのように移動している。

 

「……何だ、これは」

 

乗組員の一人が呟いた。

 

小さい。

 

あまりにも小さ過ぎる。

 

軍艦どころか、小型艇として認識することさえ難しいほどの反応だった。

 

だが、それが偶然の雑音ではないとすれば。

 

「……まさか」

 

洋一が何かを言い掛けた、その時。

 

「ソナーに反応!」

 

新たな報告が飛び込んできた。

 

「小さいです! ですが……何かいます! 複数!」

 

「追尾出来るか!?」

 

「やります!」

 

水中にも何かがいる。

 

しかも、複数。

 

洋一は即座に判断した。

 

「捕捉したものから叩け! 対潜戦闘!」

 

「了解!」

 

指示を受けた駆逐艦側でも、水中の不審目標に対する追尾が始まった。

 

「目標捕捉!」

 

「射撃諸元入力完了!」

 

「対潜魚雷、発射!」

 

艦体側面から、魚雷が次々と海中へ投下されていく。

 

狙う相手は、通常の潜水艦とは比較にならないほど小さかった。

 

本来の魚雷戦で想定する標的とは、大きさも反応もまるで違う。

 

それでも、追尾出来るのであれば攻撃は可能だ。

 

誘導装置は海中の目標を追い続け、魚雷は進路を修正しながら接近していった。

 

そして、海面の下で連続した爆発が起きた。

 

「命中!」

 

「水中目標の反応、消失!」

 

「捕捉していた目標は、全て沈黙しました!」

 

戦闘指揮所に、初めて敵へ打撃を与えた報告が届いた。

 

だが、歓声は上がらなかった。

 

それどころか、洋一は表示されたデータを見つめ、眉をひそめていた。

 

「……妙だな」

 

「司令官?」

 

「目標の大きさと、爆発の規模が合わん」

 

ソナーが捉えた反応は、人間か、せいぜい小型艇程度の大きさだった。

 

それなのに、撃破した際には、標的側でも異常なほど大きな反応が発生していたのである。

 

まるで、小さな標的の中に、もっと巨大な何かが詰め込まれていたかのようだった。

 

もっとも、今はその正体を考えている余裕などない。

 

「損害状況!」

 

「球磨、睦月、航行不能! 卯月中破! 多摩、弥生、皐月は戦闘継続可能!」

 

「卯月は応急処置後、戦線から離脱を開始! 皐月が護衛についています!」

 

「……半分近く持っていかれたか」

 

洋一が短く息を吐いた。

 

七隻の艦隊。

 

そのうち複数の水上戦闘艦が、ろくに敵の姿を見ることもなく戦闘能力を失っている。

 

こちらも水中の敵へ反撃したとはいえ、敵の全容は未だ分からない。

 

これ以上、無闇に戦闘を続ける理由はなかった。

 

「司令官。撤退しますか?」

 

「ああ」

 

判断は早かった。

 

「これ以上の損害は出せん。全艦、撤退───」

 

 

 

『サセル訳無イダロウ?』

 

 

 

「───ッ!?」

 

声が聞こえた。

 

少なくとも、洋一にはそう感じられた。

 

しかし、その声は耳から入ってきたものではなかった。

 

通信装置から聞こえたわけでもない。

 

まるで、誰かが頭の中へ直接言葉を送り込んできたかのような、不気味な感覚。

 

洋一は思わず言葉を詰まらせた。

 

その一瞬の後。

 

大海原に、轟音が響き渡った。

 

それは、ミサイルの発射音ではなかった。

 

もっと重く、もっと鈍い。

 

洋一が過去の記録で何度も聞き、実戦でも耳にしたことのある、ある種の兵器特有の音だった。

 

砲声。

 

「……まさか」

 

海面の向こうで、閃光が瞬いた。

 

直後。

 

「多摩───直撃!!」

 

巨大な水柱が立ち上がった。

 

遅れて爆炎が膨れ上がり、黒煙が空へと昇っていく。

 

戦闘指揮所に、悲鳴にも似た報告が響いた。

 

「多摩轟沈!」

 

一瞬、誰も言葉を発せなかった。

 

「あの水柱……」

 

「今の音……」

 

乗組員の一人が、呆然とした表情で呟いた。

 

「艦砲射撃……だと……?」

 

二十一世紀を目前に控えた、この時代。

 

海上戦闘の主役は、既にミサイルや航空機へ移っている。

 

遠距離から敵艦を探知し、誘導弾や航空攻撃によって打撃を与え、可能なら相手の射程へ踏み込む前に戦闘を終わらせる。

 

それが現代の海戦だった。

 

無論、艦砲が無用になったわけではない。

 

現代の軍艦にも砲は搭載されているし、対水上戦闘や対地攻撃など、今なお必要とされる場面は数多く存在する。

 

だが、かつての戦艦同士のように、大口径砲弾を撃ち合うことを主眼とした海戦は、もはや過去のものとなっていた。

 

少なくとも、今日までは。

 

何十キログラム、何百キログラムもの砲弾が高速で飛来し、艦体へ叩き込まれれば、時代など関係なく船は破壊される。

 

しかも現代艦艇の多くは、かつての戦艦のように大口径砲弾を受け止めるための重装甲を持っていない。

 

そのような攻撃を一方的に浴びせられれば、ひとたまりもない。

 

 

「敵影確認!」

 

「何!?」

 

「小さい……人間!? 人間大の何かが、海上を高速移動しています!」

 

ようやく、見張り員がその姿を捉えた。

 

海面すれすれを駆け抜ける、小さな影。

 

距離はある。

 

それでも、望遠光学装置を通して見える姿は、明らかに通常の船舶とは異なっていた。

 

人間のような形をした何かが、海の上を移動している。

 

しかも、その周囲には砲身らしきものまで見えていた。

 

「……何だ、あれは」

 

誰かが、そう呟いた。

 

答える者はいなかった。

 

その間にも、小さな影は海面を滑るように移動し、再び閃光を放つ。

 

「砲撃、来ます!!」

 

次の瞬間、無数の砲弾が艦隊へ襲い掛かった。

 

「対空火器、迎撃開始!」

 

CIWSが唸りを上げ、飛来する砲弾の一部を空中で砕く。

 

だが、全てを撃ち落とせるわけではない。

 

迎撃を抜けた砲弾が、護衛艦や「瑞鶴」の周囲へ次々と着弾していく。

 

海面が爆ぜ、水柱が立ち上がり、その中から艦体へ命中するものまで現れた。

 

「艦後部に被弾!」

 

「損傷発生!」

 

「速力低下!」

 

「クソッ……!」

 

「瑞鶴」の艦体が大きく揺れた。

 

飛行甲板周辺にも破片が降り注ぎ、艦内では消火班と応急班が走り回っている。

 

護衛艦側も反撃を開始していた。

 

「目標、右舷方向!」

 

「主砲、射撃開始!」

 

砲口から閃光が走り、現代の艦砲が一斉に火を噴く。

 

だが、相手が小さ過ぎた。

 

通常の水上艦艇であれば、一度捕捉してしまえば継続追尾はさほど難しくない。

 

しかし、相手は人間程度の大きさしかない。

 

それが、波間を縫うように高速で移動しているのである。

 

レーダーで追尾しようとしても、反応は海面の雑音へ紛れ込む。

 

光学照準で捉えても、砲弾の到達までに相手は別の位置へ移動してしまう。

 

ようやく照準を合わせたと思えば、次の瞬間には大きく進路を変えている。

 

「照準が追いつきません!」

 

「くそっ、ちょこまかと……!」

 

その一方で、敵側の砲撃は正確だった。

 

大型艦艇であるこちらは、向こうからすれば遥かに大きな標的である。

 

相手は高速で動きながら砲撃を加え、こちらが反撃しようとすれば再び位置を変える。

 

しかも、その砲弾には現代艦を破壊するだけの威力があった。

 

だがある時、遂に反撃の一撃が届いた。

 

海面が爆ぜて、敵の一体が水柱に消える。

 

そして一瞬の後、傷を負いながらも飛び出してきた。

 

無傷ではないのが、余計に恐ろしさを強めていた。

 

「ヤツら……こっちの攻撃を耐えながら、一発一発で艦を壊してくる……!」

 

乗組員の一人が、呻くように言った。

 

「こんなの、まるで……」

 

言葉が震えていた。

 

「戦艦じゃないか……!!」

 

 

 

洋一も、戦闘指揮所の表示を見つめながら歯を食いしばっていた。

 

敵の姿は、ようやく見えた。

 

だが、だからといって戦況が好転したわけではない。

 

これまで知っていた軍艦とは、あまりにも違い過ぎる。

 

人間ほどの大きさしかない標的。

 

それでいて、軍艦を撃沈出来る火力。

 

現代の水上戦闘艦でも到底真似出来ないような機動。

 

そして、通常の索敵装置では捕捉することすら難しい特性。

 

まるで、軍艦という存在を人間大まで小さくしてしまったような怪物だった。

 

「司令官!弥生、応答途絶!」

 

「……ッ!」

 

洋一は海図を睨んだ。

 

既に艦隊は壊滅状態に近い。

 

こちらも敵に損害を与えてはいる。

 

だが、その数も正体も分からないままでは、戦いを優位に進めることなど出来なかった。

 

それでも。

 

「……まだだ」

 

洋一は顔を上げた。

 

「撃てる艦は撃ち続けろ! 目標を一つでも捕捉したら、絶対に逃がすな!」

 

「了解!」

 

艦砲が再び火を噴く。

 

海面に無数の水柱が立ち上がり、敵の進路を塞ぐように砲弾が降り注いだ。

 

幾つかの不審な影が、それを避けて散開していく。

 

その動きに合わせ、残存する護衛艦が照準を修正した。

 

「撃てぇ!!」

 

再び斉射。

 

相手は決して攻撃の届かない存在ではない。

 

捕捉さえ出来れば、こちらの兵器でも対抗する余地はある。

 

それを、洋一は既に水中目標への攻撃で確認していた。

 

問題は、相手がこちらの攻撃を受けてくれるとは限らないことだった。

 

 

そして、向こうは一瞬の隙さえ見逃さない。

 

新たな砲弾が飛来する。

 

「瑞鶴」の船体に衝撃が走った。

 

続いて、艦の中央部で爆発。

 

火災が広がり、黒煙が飛行甲板の上へ流れていく。

 

「消火急げ!」

 

「機関出力低下!」

 

「浸水発生! 隔壁閉鎖!」

 

洋一は艦橋から見える海面へ、短く視線を向けた。

 

既に、第一艦隊は取り返しのつかない損害を受けている。

 

それでも戦闘は続いていた。

 

残された砲が火を噴き、艦内の乗組員達は必死に損害を抑え込もうとしている。

 

誰一人として、まだ諦めてはいなかった。

 

しかし、敵の砲撃は止まらない。

 

艦体を穿つ砲弾。

 

炎上する甲板。

 

次々と沈んでいく護衛艦。

 

爆発に呑まれて消えていく命。

 

「瑞鶴」もまた、幾度となく攻撃を受け、その巨大な船体を海へ沈めつつあった。

 

やがて、艦内のあちこちから炎が噴き上がり、飛行甲板の上を濃い黒煙が覆い始めた。

 

その時。

 

燃え盛る艦上から、ある乗組員が遠くの海面を見た。

 

黒煙の向こうに、何かが立っている。

 

人影だった。

 

海面の上に、人間のような姿をした何かが立っている。

 

 

黒い髪。

 

青い瞳。

 

そして、その両腕に装着されているのは、人間の身体にはあまりにも不釣り合いな、巨大な艤装。

 

戦艦の主砲を思わせる、恐るべき兵装だった。

 

 

その“女”は、燃え盛る「瑞鶴」を見つめていた。

 

まるで、自らが沈めようとしている巨大な軍艦を眺めることが、何よりも楽しいとでも言うように。

 

笑っていた。

 

 

 


 

 

 

日本国防海軍、第一艦隊。

 

旗艦、航空母艦「瑞鶴」沈没。

 

神崎洋一第一艦隊司令官以下、第一艦隊司令部。

 

総員戦死。

 

第一艦隊は、この戦闘によって壊滅した。

 

最終的に横須賀へ帰還出来たのは、戦闘序盤に被弾して離脱していた「卯月」と、その護衛についていた「皐月」の二隻だけだった。

 

だが、この二隻が第一艦隊本隊から離脱を開始したのは、戦闘が終結するよりも前のことである。

 

その時点では、まだ戦場からそれほど遠ざかってはいなかった。

 

にもかかわらず。

 

何故、この二隻だけは追撃を受けずに逃げ切ることが出来たのか。

 

 

 


 

 

 

「瑞鶴」は沈んだ。

 

第一艦隊も壊滅した。

 

神崎洋一もまた、乗艦と運命を共にした。

 

 

 

───だが。

 

彼らは、ただ一方的に沈められたわけではなかった。

 

 

 

「テメェら……!」

 

西太平洋の空を、複数の機影が駆け抜ける。

 

「よくも俺達の帰る場所を……!!」

 

その機影は、日本国防海軍の艦上戦闘攻撃機。

 

F/A-18J/DJホーネット。

 

「瑞鶴」が致命傷を負う直前、艦に搭載されていた航空隊は、全機の発艦に成功していたのである。

 

彼らは母艦から離れた空域で攻撃態勢を整えながら、眼下の戦況を見ていた。

 

炎上する「瑞鶴」。

 

次々と沈んでいく護衛艦。

 

そして、その周囲を我が物顔で動き回る、正体不明の敵。

 

パイロット達にとって、それが何者であるかなど、もはや関係なかった。

 

ただ一つ、確かなことがある。

 

自分達の母艦が沈められた。

 

共に戦ってきた仲間達が、殺された。

 

ならば。

 

「……絶対に、許さねぇ」

 

戦闘機の翼下には、搭載可能な限りの爆弾と対艦ミサイルが吊り下げられている。

 

その全てを、眼下の敵へ叩き込むつもりだった。

 

航空隊は大きく旋回し、再び戦闘海域へ機首を向けた。

 

幾つもの機影が編隊を整え、次々と加速していく。

 

スズメバチの大群が、反転する。

 

目標は、海上に展開する正体不明の人型生命体。

 

 

第一艦隊の戦いは、まだ終わっていなかった。

 

 

 

 

 

続く





あ と が き

まあ、うん、
最初の戦没艦にするならね……。

ごめんね如月。


次回 反撃
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