戦闘パートです。
「ソニックブームって、すげぇ迫力だな!」
「吹き飛ばされるかと思ったよ」
洋平と海斗は、初めて間近で体感した戦闘機のソニックブームに興奮していた。
「にしても、すげぇ音だったなぁ。あんな凄いもんなんだな、美香! ……美香?」
───返事がない。
美香は二人と違って空を見上げることもなく、どこか遠くへ意識を向けるように眉をひそめていた。
「……今の音は……?」
「音? ソニックブームの音だろ? さっき教えてくれたじゃねーか」
「ううん。それと違う方向からも、何か聞こえたの」
「そうか?」
「うん。聞き慣れない音が混ざってたし……タイミングも少しズレてた」
海斗も先ほど音が聞こえてきた方角へ目を向ける。
当然、ここから見えるものなど何もない。
「俺らと違って、聞き慣れてたから気付けたのかもね」
「でもよ、だったら何の音なんだ?」
「……分かんない」
三人はしばらく考えてみたものの、答えが出るはずもなかった。
同時刻 西太平洋
日本国防海軍 汎用駆逐艦「如月」
「……今のは、何だったんでしょうか」
「さあな。分からん。だが、警戒は怠るな。恐らく……何かの爆発だ」
西太平洋の領海哨戒任務に就いていた「如月」でも、同じ轟音は確認されていた。
百里基地とは比べものにならないほど近い。
艦体を震わせるほどの轟音に加え、ごく弱いながら衝撃波まで観測されている。
艦長は直ちに警戒態勢の強化を命じていた。
「ですが艦長、レーダーには何も映っていません」
「あれだけの轟音だ。そう遠くないはずなんだがな……」
監視員が何度確認しても、対水上レーダーにそれらしい艦影はない。
海面反射に紛れる微弱な反応はいくつかある。
だが、どれも軍艦はおろか、小型船舶として処理するにも小さ過ぎた。
艦長は腕を組み、表示された海面情報を睨む。
……何かがおかしい。
あれほどの音を発生させる何かが、この近くに存在している。
そう考えるのが自然だった。
ならば、その何かはどこにいる?
レーダーの故障か。
しかし複数系統が一斉に、都合よく同じ異常を起こすとは考えにくい。
「……電子妨害か?」
思わず、そんな言葉が漏れた。
実際には、この時点で「如月」のレーダーが完全に妨害されていたわけではない。
ただ、乗組員達はまだ知らなかった。
自分達が探しているものが、そもそも現代の対水上レーダーが「敵艦」として捉えるには、あまりにも小さ過ぎるということを。
艦長の胸に、理由の分からない不安が広がっていく。
そして数分後。
その不安は、誰一人として予想しなかった形で現実となった。
突如として、「如月」の左舷後方で海面が爆ぜた。
凄まじい衝撃。
直後、巨大な水柱が艦尾を覆い隠す。
「何が起きた!?」
艦長が叫んだ。
「爆発! 左舷後部に被害!」
「推進器損傷! 回転数が落ちています!」
「なっ……!? 警戒はどうした! 何か探知出来なかったのか!?」
「出来ませんでした! 攻撃方向、不明!」
「クッ……どこからだ……!?」
爆発に最も近かった区画では、一部の乗組員が何が起きたのか理解する間もなく命を奪われた。
艦内警報が鳴り響く。
隔壁が閉鎖され、応急班が走る。
訓練通りの動きだった。
それでも、敵がどこにいるのか分からないという事実だけはどうにもならない。
「速力回復出来ません!」
「操舵も効きません! 航行不能!」
「……ッ」
一瞬、艦長の頭が真っ白になる。
だが、それも僅かな時間だった。
「……そうだ、通信だ! 司令部へ緊急通信! 救援要請を送れ!」
「はい!」
経験を積んだ艦長だった。
正体不明の攻撃を受け、艦が航行不能になった。
ならばまず状況を報告し、救援を求める。
当然の判断だった。
……だが。
通信員が送信操作へ移った、その瞬間。
容赦なく二発目が来た。
艦中央部で閃光が走る。
今度は一発目とは比べものにならない爆発だった。
「如月」の船体が大きく折れ、炎と黒煙が海面を覆う。
致命傷だった。
通信は最後まで送信されなかった。
汎用駆逐艦「如月」沈没。
数時間後。
「如月」の異常が国防省へ伝わったのは、その日の夕方だった。
定時通信が途絶えた。
呼び掛けにも応答しない。
不審に思った艦隊司令部が哨戒機を派遣し、「如月」がいるはずの海域を捜索させたものの、艦影を確認することは出来なかった。
漂流物すら、すぐには見つからない。
これを受け、国防海軍は第一艦隊へ出撃を命じた。
航空母艦、一隻。
ミサイル駆逐艦、二隻。
汎用駆逐艦、四隻。
計七隻。
湾岸戦争から、およそ十年。
当時の第一艦隊は、最新鋭艦を集中させた中東派遣艦隊の中核として激しい実戦を経験していた。
しかし現在は、湾岸戦争での損耗、冷戦終結後の再編、そして対中国正面への新鋭艦優先配備などにより、球磨型や睦月型を中心とした、装備世代だけを見ればやや古い艦隊となっている。
だが、弱い艦隊ではない。
長年積み重ねた実戦経験と、その経験を後進へ受け継いできた運用能力。
第一艦隊は、装備の古さをそれで補う艦隊だった。
そして何より、
その艦隊を率いている男がいた。
第一艦隊旗艦 航空母艦「瑞鶴」
「───艦長」
「はい?」
「『如月』は、撃沈されたと思うか?」
艦長が嫌そうな顔をする。
「いきなり何ですか、司令官。不吉なこと言わんで下さい」
「馬鹿。通信が途絶えた。何度呼んでも応答なし。哨戒機が航路を探しても見つからない。なら、一番悪い可能性から考えておくべきだろう」
「それは……そうですが」
「戦闘準備だ。何がいるのかは知らんが、何かあってからじゃ遅い」
艦長は一瞬だけ司令官を見た後、すぐに頷いた。
「了解。総員、戦闘配置! 航空隊は発艦準備を整え、待機せよ!」
号令が艦内へ流れていく。
航空母艦「瑞鶴」。
旧海軍の武勲艦だった先代「瑞鶴」の名を受け継ぐ、全長三百メートル級の大型通常動力空母。
湾岸戦争後に就役し、現在の日本国防海軍を代表する主力航空母艦の一隻である。
その艦に第一艦隊司令長官として座乗しているのが、神崎家現当主───神崎洋一だった。
十年前。
洋一は若くして中東派遣艦隊を率い、湾岸戦争を戦った。
海軍だけではない。
空軍、陸軍、多国籍軍、補給、救難。
あらゆる戦力を組み合わせ、幾度も損害を受けながら艦隊の大半を日本へ連れ帰った。
戦後、人々は彼を「湾岸の英雄」と呼んだ。
その洋一の経験が、今は一つの警告を発している。
……何かがおかしい、と。
(「如月」に何かが起きたのは間違いない)
事故、機関故障、或いは通信障害。
考えられる可能性はいくつもある。
だが、海軍で長く実戦を経験してきた洋一には、どうしてもそれだけとは思えなかった。
(急襲され、通信を送る暇さえなく沈んだ……そう考えれば、一応は辻褄が合う)
だからといって、簡単に納得出来る話でもない。
「如月」の乗組員はベテラン揃いだ。
相手が人間の軍隊であるなら、何らかの兆候を掴むはずだった。
まして、現在の日本と交戦状態にある国家など存在しない。
「もうすぐ消息地点だ」
洋一が海図へ視線を落とす。
「レーダー、ソナー。何かあるか?」
「対水上、対空レーダー共に異常なし」
「ソナーにも明確な反応はありません」
「……そうか」
静か過ぎる。彼はそう思った。
───その時だった。
「司令官! 卯月被弾!」
「何!?」
「艦体より炎上を確認! 攻撃方向不明!」
洋一が顔を上げる。
「何処から撃たれた!?」
「卯月からも『見えなかった』と!」
「どういうことだ……!?」
艦隊右翼前方に展開していた汎用駆逐艦「卯月」。
その艦尾付近から黒煙が上がっていた。
だが、周囲に敵艦はいない。
航空機もいない。
ミサイル警報もない。
「レーダー記録を洗い直せ! 微弱反応も捨てるな!」
「はっ!」
「見張り員! 目視索敵! 海面まで見ろ!」
第一艦隊全艦が、襲撃者を探し始める。
レーダー、赤外線、光学照準器、目視、ソナー。
海上、空中、海中。
使えるものを全て使った。
……それでも。
「睦月被弾! 航行不能!」
「弥生にも着弾!」
「今度は球磨か! 畜生!」
「瑞鶴」の戦闘指揮所へ、損害報告だけが次々と入ってくる。
「哨戒機からは!?」
「敵艦らしきもの、確認出来ず!」
「『らしきもの』じゃなくていい!」
洋一が怒鳴った。
「船じゃなくてもいい! 海面に動くものがあれば全部報告させろ!」
その命令を受け、情報員達がレーダー記録を再び洗い直していく。
そこで初めて、妙なものが浮かび上がった。
海面反射、波、鳥、浮遊物。
これまでそう処理されていた反応の中に、僅かながら規則性を持って移動するものが混ざっている。
だが、小さい。
あまりにも小さい。
軍艦として認識するどころか、通常なら脅威目標として扱う理由すらないほどに。
「……こんなものが?」
誰かが呟く。
答えが出るより先に、新たな報告が飛び込んだ。
「ソナーに反応!」
全員が振り向いた。
「小さいです! ですが……何かいます! 複数!」
「追尾出来るか!?」
「やります!」
洋一は即座に命じた。
「捕捉したものから叩け! 対潜戦闘!」
「了解!」
駆逐艦側でも同じ反応を掴んでいた。
「目標捕捉!」
「対潜魚雷、発射!」
「撃てぇ!!」
魚雷が海中へ飛び込む。
相手は小さい。
あまりにも小さい。
本来想定していた潜水艦とは、比較にすらならない。
それでも誘導装置は追尾を続けた。
───そして。
海中で、連続した爆発が起きた。
「命中!」
「反応、消失!」
「全目標、沈黙!」
戦闘指揮所に、初めて敵へ打撃を与えた報告が届く。
だが、歓声は上がらなかった。
洋一は海中爆発の規模を示すデータを見つめた。
「……妙だな」
「司令官?」
「目標の大きさと、爆発の規模が合わん」
ソナーが捉えた反応は、人間か、せいぜい小型艇程度。
だというのに、撃破した際の反応はまるで潜水艦を沈めたようだった。
目標サイズと、内包する何かの規模が噛み合っていない。
それだけで、十分に気味が悪い。
「損害状況!」
「球磨、睦月、航行不能。卯月中破。多摩、弥生、皐月は戦闘継続可能!」
「卯月は戦線を離脱。皐月が護衛につきました!」
「……半分近く持っていかれたか」
洋一が短く息を吐く。
「司令官。撤退しますか?」
「ああ」
判断は早かった。
敵の正体も、数も、能力も分からない。
既に複数艦が戦闘不能。
ここで戦い続ける理由などない。
「そうするしかない。全艦、撤退───」
『サセル訳無イダロウ?』
「───ッ!?」
……声。
そう感じた。
耳から聞こえたのではない。
直接、頭の中へ何かを押し込まれたような感覚。
洋一の言葉が、一瞬だけ止まる。
その一瞬には、もう遅かった。
大海原に、轟音が響いた。
ミサイルの発射音ではない。
もっと古い。
洋一が資料でも、湾岸の戦場でも耳にしたことのある種類の音。
───砲声。
「……まさか」
遥か海面で、閃光が瞬いた。
次の瞬間。
「多摩───直撃!!」
巨大な水柱と炎が上がる。
「多摩轟沈!」
戦闘指揮所の空気が凍った。
「あの水柱……」
「今の風切り音……」
誰かが呆然と呟く。
「艦砲射撃……だと……?」
もうすぐ二十一世紀を迎えようとしている、この時代。
海上戦闘の主役は、とうの昔にミサイルへ移っていた。
敵艦を遠距離で探知し。
航空機や誘導弾で攻撃し。
相手の射程へ入る前に沈める。
だから、艦砲を撃ち合うような距離で現代艦同士が殴り合うことなど、まず起こらない。
……だが。
砲弾そのものが、時代遅れになったわけではない。
数十キロ先から飛んでくる数十キログラム、あるいはそれ以上の金属塊が高速で艦体へ叩き込まれれば。
いつの時代であろうと、破壊される。
そして現代艦は、大戦期の戦艦のように砲弾を受け止めるための重装甲を持ってはいない。
「敵影確認!」
「何!?」
「小さい……人間!? 人間大の何かが、海上を高速移動しています!」
見張り員がようやく捉えた。
海面すれすれ。
波間を縫う、小さな影。
あまりに小さく、あまりに速い。
その影の周囲で、再び砲火が瞬く。
「砲撃、来ます!!」
無数の砲弾が降り注いだ。
CIWSが唸り、一部の飛翔体を空中で砕く。
だが、撃ち落とし切れない。
「艦後部に被弾!」
艦体が大きく揺れた。
「速力低下!」
「クソッ……!」
「瑞鶴」の飛行甲板周辺でも爆発が起こる。
護衛艦の主砲も応射を始めた。
しかし、人間ほどの大きさしかない目標を、対艦戦を前提とした火器管制で正確に捉え続けるのは容易ではない。
狙いを付けても、動く。
撃てば、躱す。
そして向こうの砲撃は、こちらへ確実に損害を積み重ねていく。
「ヤツら……こっちの攻撃を耐えながら、一発一発で艦を壊してくる……!」
乗組員の一人が叫んだ。
「こんなの、まるで……」
その声が震える。
「戦艦じゃないか……!!」
艦体を穿つ砲弾。
炎上する甲板。
次々に沈んでいく護衛艦。
爆発に呑まれて消える命。
それでも、「瑞鶴」は最後まで戦闘を続けた。
そして、燃え盛る飛行甲板から一人の乗組員が最後に見たもの。
黒煙の向こう。
海の上に、人影が立っていた。
黒い髪。
青い瞳。
両腕には、人間の身体にはあまりにも不釣り合いな、戦艦主砲を思わせる巨大な艤装。
その“女”は。
沈みゆく「瑞鶴」を見つめながら、笑っていた。
第一艦隊旗艦、航空母艦「瑞鶴」沈没。
神崎洋一第一艦隊司令官以下、第一艦隊司令部。
総員戦死。
横須賀へ帰還出来たのは、戦闘序盤に被弾して離脱していた「卯月」と、その護衛についた「皐月」の二隻だけだった。
───だが。
二隻が第一艦隊本隊から離れた時点では、まだ戦場からそれほど遠ざかってはいなかった。
ならば何故。
二隻だけは、追撃を受けずに逃げ切ることが出来たのか。
「瑞鶴」は沈んだ。
第一艦隊も壊滅した。
……だが。
ただでは、沈まなかった。
「テメェら……!」
空を駆ける、いくつもの機影。
「よくも俺達の帰る場所を……!!」
「瑞鶴」が致命傷を負う直前。
搭載していたF/A-18J/DJホーネット航空隊は、全機の発艦に成功していた。
戦闘海域から一度距離を取り、攻撃態勢を整える。
翼下には、積めるだけの爆弾。
そして対艦ミサイル。
スズメバチの大群が反転する。
目標は、海上に浮かぶ正体不明の人型生命体。
第一艦隊の戦いは、
まだ、終わっていなかった。
続く
あ と が き
まあ、うん、
最初の戦没艦にするならね……。
ごめんね如月。
次回 反撃