Flamme Blue 作:どらぐらど
迷惑をしているか、と問われれば
生まれてこの方、15年。迷惑を受けなかった事の方が片手で足りる数なのだから。
「またやってる…………」
窓枠に頬杖をついて、眼下を見下ろす礼二。
彼が見る先では三人の男子生徒が、多数の鬼の形相の女子生徒に追い回されている状況だ。
その追われている三人の内、礼二と同じ茶髪の髪をした少年こそ、彼の実の兄にあたる。
兵藤一誠。その名はここ、駒王学園に置いて悪い意味で有名だった。主に、覗きと猥談その他。とにかく変態行為に関して。
弟である礼二が苦言を呈しても一度として改められた事はない。
「騒がしい人たちですね」
「ん?ああ、こんにちは塔城さん」
冷めた目で兄たちを見送った礼二の背中に、不意に声が掛けられた。
彼が振り返れば、そこに居たのは白い髪をした小柄な少女。
塔城小猫は、礼二の隣に並ぶと窓から外を見下ろした。
「お兄さん、でしたか。あの人たちの中に居るの」
「まあね。昔から、ああなんだ。不幸中の幸いは、直接的に手を出すような事はない点、かな。覗きや盗撮は最低最悪だとは思うけど」
麻痺してるなぁ、と礼二は反転して腰を窓枠に預けつつ天井を見上げた。
覗きも盗撮も十分にやってる事は犯罪級だ。それこそ、相手の女性陣が自らの手で血祭に上げんと折檻するお陰で何とかなっているようなもの。
横目に憂いを帯びた顔を見る小猫。
兄である一誠に似た茶髪の髪だが、彼と違って毛質が柔らかいのかストレート気味のショートヘアー。アンダーリムの銀縁眼鏡を掛けており、身長は一つ上の一誠よりも僅かに高い172センチ。
性格は、真面目な穏和型。ただ、どこか疲れた雰囲気を常に纏っており、ともすれば何処か老爺染みた面も持ち合わせていた。
性格の後半を形成する上で大きな影響を与えたのが、実兄である一誠の存在。
「…………お兄さんが嫌いですか?」
「え?……そう、だね。複雑かな」
眼鏡の位置を戻しながら、礼二は言葉を選ぶ。
「確かに、兄さんが居た結果僕が苦労した事は山の様にあるよ。グーで殴ってやろうと思ったことも何度もある。でもまあ、変態で馬鹿でスケベな兄さんだけど、それでも家族だからね。それに悪い部分だけじゃなく、良い部分もちゃんとあるからさ」
家族の情。結局、そこに帰結する。
出来れば家以外で関わりたくはないが、だからと言って消えてほしいとか死んでほしいとか、そんなネガティブな感情を向ける事は愚か、抱く事も無い。
良い面も悪い面もあるのが人間だと、礼二はそう思うから。
老け過ぎである、この高校一年生。
一方で、小猫は淡々と語った少年を見やり眉を寄せた。
彼女もまた、身内との蟠りを抱えている身の上であったからだ。もっとも、ソレをこの場で口に出すような事は無いが。
ただ、彼女は身内が頭痛の種である親近感と、その問題に正面から向かい合っている少年への僅かな嫉妬がないまぜとなった感情を押し殺して空を見上げた。
そんな会話のあった夜、兵藤家にて事は起こった。
「礼二!聞いてくれ!」
「はいはい。言っとくけど、エロ本は要らないよ」
「チゲェよ!というか、せめてシャーペンは置いてくれ。兄ちゃん、真面目な話なんだ」
自室にて課題を終えて予習をしていた礼二の元へと駆け込んできた一誠は、普段見る事の無い真面目腐った態度で切り出してくる。
流石に無視する訳にもいかず、礼二はペンを置いて椅子を回すと実兄へと身体を向けた。
「……なに?」
「実は、な。兄ちゃん…………彼女が出来ました!」
「…………………………………………頭の病院ってまだ開いてるかな?あ、それとも精神科?」
「待て待て待て待て!病気じゃないから!病んでもないし、幻見ても無い!」
「じゃあ……薬でもキメた?流石に僕も、手が出るよ、ソレは。父さんたちも悲しむからね」
「だから違うって!……今日告白されたんだよ。いやー、遂に俺にも人生の春って奴が来たのかな!」
嬉々として報告してくる一誠に、礼二は二の句を噤んだ。
色々と言いたい事はある。どこの誰が、変態魔神である一誠に告白するのか、とか。学内学外の自分の評価を知らない訳じゃあるまいし、とか。
普段の彼の素行を知っていれば、そもそも告白に踏み切ろうとする女子がいったいどれほどいるだろうか。
そんな諸々を、礼二は飲み込む。
(まあ、折角喜んでるし……ね)
変態スケベ野郎である一誠が、存外ピュアな恋愛観を持っている事を礼二は知っていた。割と、ボーイミーツガール的なラブコメか少女漫画的なプラトニックな恋愛を好むのだ。
端的に言えば、初心である。それこそ、エロ知識はあくまでも知識止まりであり、経験は皆無。
「とりあえず、変態っぷりは抑えてね。デート初日に振られるとか笑い話にもならないよ」
「なッ…………どうしたら良いと思う?」
「僕に聞かないでよ。僕だって彼女とか居た事ないし」
「うごごご…………礼二!」
「他を当たって」
「手伝っ……っておい!断るの早いって!」
「だから、僕も女性経験ないってば。結局、兄さんがどうしたいかって事じゃないかな」
「俺が、どうしたいか………」
弟の言葉を受けて、一誠は考え込む。
彼の脳裏を過るのは、黒髪の美人の姿。
「…………楽しんでほしい、かな」
「エロい事をしたい、とかじゃないんだ」
「バッ!?………そ、そりゃあ、俺だってそういう事したいけどさ!!でも、その…………だ、段取りとかあるだろ?」
顔を赤くしてそっぽ向く一誠に、礼二は苦笑い。
こう言う所が初心なのだ。
そのささやかな願いが、至極あっさりと裏切られるなど思いもせずに