天使と悪魔は鬼を狩る   作:もく 

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13話 月と蝶

月詠が2人と出会って3ヶ月後。

 

悲鳴嶼の屋敷の外周を、二つの小さな影が走っていた。

一定の速度を保ち、息を乱しながらも足を止めない。

 

その様子を、縁側に座りながら月詠は見ていた。

 

基礎体力作り――

本人が口にした通り、派手さはない。だが確実に力になる鍛錬だった。

 

背後から、静かな気配が近づく。

 

「……順調か?」

 

振り向かずとも分かる声、悲鳴嶼だった。

 

「はい。問題ありません」

 

短く答えてから、少しだけ間を置く。

 

「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか」

 

「構わない」

 

「あなたが、あの二人の申し出を最初に断った理由。

多忙だから、ではありませんよね」

 

敬意を含んだ口調だった。

月詠が、意識して使い分けている話し方。

 

悲鳴嶼行冥は、しばらく沈黙した。

 

やがて、低く息を吐く。

 

「……そうだ」

 

そして、ぽつりぽつりと語られた過去。

子供を守れなかったこと。

信じた者に裏切られた夜のこと。

自分が再び“導く側”に立つ資格があるのか、分からなくなったこと。

 

月詠は、黙って聞いていた。

 

すべてを聞き終えたあと、静かに口を開く。

 

「……俺もガキですよ」

 

意外な言葉だったのか、悲鳴嶼はわずかに眉を動かす。

 

「私には、そうは感じないが」

 

「一緒です」

 

月詠は視線を前に向けたまま、続けた。

 

「俺もあいつらと同じで、あなたが避けてる存在の側ですよ。

でも――」

 

一瞬、言葉を選ぶように間を置く。

 

「あなたは子供たちへの愛を隠しきれてない」

 

その言葉に、悲鳴嶼は僅かに目を見開いた。

七歳も年下の少年から向けられる言葉としては、あまりに核心を突いていた。

 

「……気になるんでしょう。あの二人のことが」

 

悲鳴嶼は、ゆっくりと頷いた。

 

「ああ……君のおかげで、両親は生きている。

あの日のことも、鬼のことも忘れて、普通の少女として生きる方がいいのではないかと……」

 

月詠は、即答しなかった。

 

「俺も、そう思ってました」

 

正直な声だった。

 

「でも、子供って一度決めたこと、あんまり変えないんですよね」

 

少しだけ、苦笑する。

 

「だから俺も、ガキらしく決めたんです。

この二人を導くって」

 

そのとき。

 

「なに話してるの〜!」

 

軽やかな声が、風に乗って飛んできた。

 

走りながら、しのぶがこちらを見ている。

 

月詠は即座に切り替えた。

 

「今後の方針だ。

しのぶ、あと十周。カナエは十二周!」

 

「増えてる!五周も増えてる!

ひどい!最低!ご飯減らしてやる!」

 

「うるせえ!」

 

そんなやり取りを、悲鳴嶼は少し戸惑いながら眺めていた。

 

「……いつも、こんななのか?」

 

「根はいい子ですよ」

 

月詠は即答する。

 

「意思が弱かったら、五周増やした時点で諦めます。

でも、あの二人は食らいついてくる」

 

視線を、再び走る少女たちへ。

 

「実戦で無理なら、俺が守ってそのまま両親のもとへ返します。

だから……二人の気持ち、尊重してやってくれませんか」

 

悲鳴嶼は、静かに笑った。

 

「……私は意思が弱いようだ」

 

懐から、一枚の紙を取り出す。

育手宛の紹介状だった。

 

「たまに、見てやってあげなさい」

 

月詠は、深く頭を下げる。

 

「……はい。必ず」

 

 

鍛錬を終えた二人が駆け寄ってくる。

 

「で、なんだったの?」

 

しのぶが息を切らしながら聞く。

 

「育手への紹介状だ。

明日からそっちで鍛錬しろ。ここでの俺の指導は終わりだ」

 

「やったわね、しのぶ」

 

カナエは嬉しそうに笑った。

 

「……そう」

 

しのぶは、ほんの少しだけ寂しそうな顔をする。

 

それを見て、月詠は少しだけ顔を赤くして目を逸らしつつ言った。

 

「……まあ。たまには顔出しに行ってやるよ」

 

「本当!?」

 

「……最初から、そのつもりだったし」

 

「もう!」

 

しのぶが怒りつつも嬉しそうに月詠を叩く。

 

その様子を、悲鳴嶼は静かに見守っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数ヶ月後。

 

花の香りが、山道に満ちていた。

柔らかな風に揺れる草木の奥に、見覚えのある屋敷が見える。

 

月詠は、静かにその門をくぐった。

 

「久しぶりね、月詠君」

 

出迎えたのは胡蝶カナエだった。

以前よりも、どこか大人びた表情をしている。

 

「久しぶり」

 

軽く会釈をしてから、周囲を見渡す。

 

「……しのぶは?」

 

その問いに、カナエは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 

「実は……」

 

語られたのは、残酷なほど現実的な言葉だった。

 

体格と筋肉量。

鬼の首を斬るには致命的だと告げられた。

 

それを聞いた瞬間、月詠は踵を返していた。

 

「どこだ」

 

「森の奥……たぶん、あの辺り」

 

返事を聞き終える前に、月詠の姿はもうなかった。

 

 

森の奥。

湿った土と、何度も刻まれた刃痕。

 

そこに、しのぶはいた。

 

小さな身体で、何度も何度も刀を振る。

狙いは一本の太い木。

鬼の首を想定した、高さ。

 

だが――

 

キン、と乾いた音が響くだけで、刃は食い込まない。

 

「……っ」

 

歯を食いしばり、再び振るう。

それでも、結果は変わらない。

 

「しの……」

 

思わず名前を呼んだ、その瞬間。

 

「来ないで!」

 

鋭い声が飛んできた。

 

月詠は足を止めた。

それ以上、近づくことはしなかった。

 

遠くから、ただ見守る。

 

やがて、刀が地面に落ちる。

 

しのぶは膝をつき、その場に崩れ落ちた。

 

「……やっぱり、私じゃ……」

 

声は震え、言葉は途切れた。

 

姉と誓った。

鬼を倒すと。

人を救うと。

 

その決意を、正面から否定された痛みは、あまりにも大きかった。

 

しばらくして、月詠はそっと近づいた。

 

今度は拒まれなかった。

 

何も言わず、ハンカチを差し出す。

 

しのぶは最初、それを見ようともしなかったが――

やがて、ぎゅっと握りしめた。

 

泣き止むまで、月詠はそこにいた。

 

 

「……鬼の首を斬るだけが、鬼殺隊の戦い方ってわけじゃない」

 

静かな声だった。

 

「朝まで固定して、陽光で焼く方法もある。

毒を使うって手もある…まだ誰も作ってないがな」

 

しのぶは、俯いたまま小さく首を振る。

 

「でも……私は……」

 

「親を失う苦しみを、他の子にさせたくない」

 

月詠の声が、少しだけ強くなる。

 

「そのために鬼を殺すって、決めたんじゃなかったのか?

手段が一つ潰れたくらいで、諦めるのか?」

 

沈黙。

 

やがて、しのぶは顔を上げた。

目は赤く腫れていたが、そこにあったのは迷いだけではなかった。

 

「……私は」

 

小さく、しかし確かな声。

 

「姉さんと一緒に戦いたい。

一人でも多くの人を救いたい」

 

拳を、ぎゅっと握る。

 

「何年かかるかわからないけど……

鬼を殺せる毒を、作ってみせる」

 

その言葉を聞いて、月詠は――

ほんのわずか、安心したように微笑んだ。

 

「……手伝ってやるよ」

 

 

「鬼は藤の花を避ける、作るならそこからだろ」

 

「首が斬れない以上、突き技が主になってくるだろうから昼間は鍛錬で花の呼吸を上手く派生させろ。刀は俺が頼んでやる」

 

実験は、そこから始まった。

 

藤の抽出。

濃度の調整。

効果が現れるまで何分か。

 

時には、月詠が鬼の腕を運んできては、実地での検証も行った。

 

失敗して、やり直して。

何度も、何度も繰り返した。

 

そして――2ヶ月後

 

ついに、結果が出た。

 

「……できた」

 

しのぶの手の中で、小瓶が静かに揺れる。

 

月詠はそれを見て、ゆっくり頷いた。

 

「よかったな」

 

その声は、いつもよりずっと柔らかかった。

 

厳しい言葉。

容赦のない鍛錬。

 

それらの裏に、時折見せる優しさと笑顔。

 

その横顔を見つめながら、しのぶの胸に――

今まで知らなかった感情が、静かに芽生え始めていた。

 

まだ名前のない、淡い想いとして。

 

今後の投稿について

  • 全部時系列順に書く
  • 一気に原作開始まで飛ばす
  • ある程度は時系列順、必要なときに回想
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