天使と悪魔は鬼を狩る 作:もく
藤襲山に、静かな緊張が満ちていた。
夜の森を駆ける隊士候補者たちを、二つの影が見下ろしている。
一人は白い羽織を揺らし、静かに状況を観察する少年。
もう一人は炎のような気配を纏い、木の幹に腰を下ろしていた。
照と、煉。
今回の最終選別における監視役だった。
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鬼に追い詰められ、地面に倒れ込んだ隊士候補者の前に、白い影が降り立つ。
一閃。
鬼の腕が宙を舞い、悲鳴と共に地に落ちた。
「……助かった……?」
候補者が呆然と顔を上げる。
照は、静かに刀を納めた。
「残念ですが、あなたは今回は棄権になります」
その言葉に、男の顔が歪む。
「ふ、ふざけるな!俺はまだ――」
「……今は実力不足です」
照は感情を乗せず、淡々と続けた。
「実際に、死にかけて感じたはずです」
男は言葉を失った。
照は少しだけ間を置き、指を三本立てる。
「選択肢は三つあります」
「隠として隊士を支えるか」
「一年修行して、次回また受けるか」
「あるいは、鬼狩りへの道を諦めるか」
候補者は俯いたまま、拳を震わせている。
「隠も立派な仕事です」
照の声は、わずかに柔らいだ。
「僕も何度も助けられました。
僕たちは――その人たちの想いも背負って、鬼と戦っているんです」
照は候補者の肩を支え、入口の方へと導く。
「下山したら、じっくり考えてください」
「判断は、ご自身にお任せします」
その背中を見送ったとき――
「……あ?」
背後から、乱暴な声がかかった。
「なんでお前、ここにいるんだ?」
振り向くと、血にまみれた少年が立っていた。
鋭い目つき、荒い息遣い。
実弥だった。
「監視役だよ」
照はあっさり答える。
「昔は、不合格者の救済までは人手不足でできなかったけど……
今は僕たちで相談して、入ることになったんだ」
実弥の全身を一瞥する。
「結構、傷だらけだね。棄権する?」
「しねえよ」
即答だった。
「俺、稀血ってやつらしくてよ。
これで鬼を酔わせて、ぶっ殺してんだ」
照は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。
「稀血は……鬼を呼び寄せちゃうからね」
「できるだけ、人がいないところでやってほしいかな」
「わーったよ」
実弥は不機嫌そうに言い捨て、森の奥へと消えていった。
「……またな」
照はその背中を、しばらく見送っていた。
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四日目、昼。
二人は木陰で状況を整理していた。
「結構キツいな……」
煉が頭をかきながら言う。
「やっぱ数はいるし、説得も大変だ」
「そうだね」
照は頷く。
「誰か、合格できそうな人はいた?」
「蝶の髪飾りを付けた姉妹だ!」
煉は即答した。
「動きが良かった!速いし、安定感もある!」
「月詠の教えた子たちだね」
「あの二人のことだったのか!さすがだな」
照は少しだけ微笑む。
「こっちは、この前話した子が有力候補かな」
「なるほどな!じゃあ今日からそっち見ていいか?」
「うん。僕も気になってたし」
「引き続きよろしくな!」
「こちらこそ」
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五日目、夜。
実弥は四体の鬼に囲まれていた。
呼吸は荒く、足取りも重い。
首を狙うが、数の差で思うように動けない。
一体の首に踏み込み――
その瞬間、背後から影が迫る。
「しまっ……!」
炎が、夜を裂いた。
「炎の呼吸 壱ノ型――不知火!」
煉が割り込み、鬼を一刀両断する。
残りは二体。
数が減ったことで、実弥の動きは一気に鋭くなった。
ほどなく、二つの首が地に落ちる。
「……クソッ……」
実弥は肩で息をしながら、煉を睨む。
「介入あったから、不合格かァ?」
「いや?」
煉は屈託なく笑った。
「照が言ってた通り、実力は十分だぜ」
そして、指を立てる。
「でもな。その戦い方なら、包囲された時の対処もちゃんとしとけよ!」
実弥は一瞬黙り込み――
「……お前、照のダチか?」
「まあ、そうだな」
「……そうか」
煉は背を向けながら、軽く手を振る。
「これからも頑張れよ!」
炎のような背中が、闇に溶けていった。
七日目の夜。
森の奥で、鬼の身体がゆっくりと倒れた。
「……これもちゃんと効いたわね」
しのぶの声は冷静だった。
細身の刀が、鬼の首元から引き抜かれる。
刃に仕込まれた毒が、確実に体内を巡り――鬼は断末魔も上げられず、静かに絶命した。
「残るのは……」
カナエが視線を落とす。
毒殺ゆえ、首は落ちていない。
鬼の死体が、そこに“残って”しまう。
「行きましょう」
二人が踵を返した、その時。
木の上から、軽い音がした。
「……よっと……」
枝を踏み、白い羽織がひらりと降りてくる。
「……あら?」
カナエが目を瞬かせる。
「……あ」
照は、埋めるために死体へ手を伸ばしたまま固まった。
「やべ……」
しのぶは一瞬、照を凝視し――はっと息を呑む。
「白髪……白い羽織……」
そして、確信に変わる。
「もしかして……あなたが、照さんですか?」
「えっ」
照は目を丸くした。
「……なんで知ってるの?」
⸻
1ヶ月前
毒の調合を終えた夜、三人は火を囲んでいた。
「これが終わったら、最終選別に出られるな」
月詠が言う。
「俺、今年は監視役やらねえんだ。
まあ……お前なら生き残れるし、志望者も死なねえだろ」
「そんなに監視役の人を信用してるの?」
カナエが微笑む。
「どんな人なの?」
「付き合いの長い、俺の親友だな」
「詳しく聞かせて!」
しのぶが身を乗り出す。
「照ってやつでな。白髪で、白い羽織」
月詠は雑に言う。
「鬼殺隊にそんな格好してるの、そいつくらいだからすぐ分かる」
「強いの?」
「ちゃんと手合わせしたことねえけど……」
少し間を置いて。
「俺より強いんじゃねえかな」
「「嘘だ〜!」」
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「月詠君が言ってたわよ」
カナエが楽しそうに言う。
「頼りになる親友だって」
「マジか……」
照は耳まで赤くなる。
「……ちょっと恥ずかしいな……」
「あなた!」
しのぶがずいっと詰め寄る。
「本当に月詠さんより強いんですか!?」
明らかに対抗心を燃やしている。
「ふふっ」
照は思わず笑った。
「月詠から聞いてた通り、面白いね」
少し考えてから、首を振る。
「月詠の方が強いんじゃないかな?」
「やっぱり!!」
しのぶはぱっと表情を明るくする。
「自慢の先生なんだね」
「ち、違うわよ!!」
顔を赤くして否定するしのぶ。
それを、カナエと照は同時に微笑ましく見ていた。
やがて、空が白み始める。
夜明けだ。
「よし」
照は真っ直ぐ二人を見る。
「二人とも合格。下山しようか」
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山を下りると、実弥が腕を組んで立っていた。
その向かいで、煉が何か話している。
「今年の合格者は――三人だな」
煉は手紙を掲げる。
「実弥、胡蝶カナエ、胡蝶しのぶ」
「あまねさんは出産で今年はいねえから…」
煉が照に手紙を渡す。
「説明、頼んだ」
「はいよ」
照は紙を受け取り、軽く咳払いする。
「えっと……合格おめでとうございます」
棒読みだった。
しのぶと実弥と煉は、必死に笑いを堪える。
カナエだけが、優しく微笑んで見守っていた。
「玉鋼はもう選んだし……」
照は指を折りながら続ける。
「隊服も烏も渡したし……階級の説明も終わったから……」
少し考えた後
「……うん。おしまい!」
「七日間、お疲れ様!解散!」
「雑すぎだろ…」
実弥が呆れたように言う。
煉は豪快に笑った。
こうして――
最終選別を終え、
合格者三名、隠五名。
新たな鬼殺隊士たちが、静かに歩み始めた。
今後の投稿について
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全部時系列順に書く
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一気に原作開始まで飛ばす
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ある程度は時系列順、必要なときに回想