天使と悪魔は鬼を狩る 作:もく
鬼殺隊の本拠地は、山深い場所にひっそりと存在していた。
外界から隔絶されたその隠れ里では、剣士たちが日々、命を賭して鍛錬を重ねている。
縁壱さんの屋敷に到着すると、休む間もなく呼吸法の基礎を教わることになった。
彼は、僕たちの動きや呼吸、筋肉の付き方を一目見ただけで適性を見抜いてしまう。
「それぞれ向いている呼吸が違う。指導方針を決めさせてもらう」
そう言って、迷いなく指導方針を決めた。
僕には、日の呼吸。
月詠には、月の呼吸。
葵には、水の呼吸。
煉には、炎の呼吸。
僕は縁壱さんに、月詠は縁壱さんの兄である継国巌勝さんに。
葵と煉には、当時の鬼殺隊でも最上位に位置する柱――水柱と炎柱が指導につくことになった。
縁壱さん自身は、「日柱」と呼ばれているらしい。
僕は縁壱さんのもとで、日の呼吸の型と呼吸法を学んでいた。
「照、日の呼吸は君には負荷が大きい」
二ヶ月ほど修行を重ねた頃、縁壱さんはそう言った。
「だから、別の呼吸も併用した方がいい。君は足の筋肉がよく発達している。雷の呼吸も習得させよう」
「はい!」
縁壱さんには、生物の体が透けて見えるらしい。
呼吸を扱える彼は、多くの剣士に、それぞれに適した呼吸を教えてきたという。
「型は、鳴柱に見せてもらったものになるが……雷の呼吸はこうだ」
縁壱さんが、静かに剣を振るう。
壱ノ型 霹靂一閃
弐ノ型 稲魂
参ノ型 聚蚊成雷
肆ノ型 遠雷
伍ノ型 熱界雷
陸ノ型 電轟雷轟
素早い動きが、目に焼き付く。
僕は必死にそれを真似し、何度も失敗しながら体に叩き込んだ。
汗が滝のように流れ、筋肉が悲鳴を上げる。
――それでも、やめる気はなかった。
仲間たちと決めた目標。
それを果たすために、強くならなければならない。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる僕を見て、縁壱さんが声をかける。
「焦りが見える。何をそんなに急いでいる?」
「……早く、鬼を倒さないといけないんです」
息を整えながら、答える。
「みんなと……約束したから……」
縁壱さんは、少し戸惑ったように目を伏せた。
「……そうか。鍛錬に励むのは良いことだが、やりすぎもよくない。今日は、ゆっくり休め」
その声は、とても優しかった。
彼と話していると、時折、父親のような温かさを感じることがある。
縁壱さんは、親になることに憧れていたのだろうか。
その答えを、当時の僕は知らなかった。
月詠は、縁壱さんの兄――継国巌勝のもとへ連れて行かれた。
月柱である巌勝さんは、厳格な剣士だった。
「お前が、縁壱が言っていた子供か」
低く、鋭い声。
「型は一度しか見せない。それで覚えろ」
「……わかった」
月詠は淡々と答えた。
「月の呼吸――壱ノ型。闇月・宵の宮」
――――
「月の呼吸、拾陸ノ型。月虹・片割れ月」
すべてを見せ終えると、巌勝さんは刀を鞘に収めた。
「呼吸法は縁壱から習っているだろう。あとは、自分で身につけろ」
そう言い残し、任務へと向かっていった。
「……型は、見せるためとはいえ遅くされていた」
月詠は静かに呟く。
「試されてるのか……上等だ」
実際、巌勝さんは遠くから月詠を見守っていた。
月詠は、たった一度見せられただけで、16もある型をすべて覚えたという。
その後の指導での厳しい言葉にも動じず、着実に上達していく姿は、いつしか師と弟子の関係を築いていた。
ある日、僕たちは久しぶりに四人で集まった。
「どう?順調?」
「うん。私と煉は、そろそろ任務に行かせてもらえるみたい」
葵が微笑む。
「俺もだ」
月詠が言い、ちらりと僕を見る。
「照は……日の呼吸が、まだ完全じゃないらしいな」
「うん……最後の型が難しくて」
正直に答える。
「だから、今はまだ……決め技、かな」
「でも、もうみんな鬼と戦えるんだね!」
葵の声が弾む。
「これから、たくさんの人を助けよう!」
「うん」
「ああ」
「っしゃ!」
四人の声が、重なった。
やがて僕たちは、剣士として任務を任されるようになった。
その日、僕は単独で鬼と対峙していた。
「雷の呼吸――壱ノ型。霹靂一閃!」
閃光とともに、鬼の首が飛ぶ。
血が飛び散り、鬼の体は崩れ落ちた。
「……にっが……」
気づけば、口の中に血の味が残っていた。
「ちょっと飲んじゃったよ……ぺっ、ぺっ」
吐き出し、手で口を拭う。
――そのときだった。
「……あれ?」
指先が、妙に鋭い。
爪が長い。
嫌な予感がして、僕は川へと駆け出した。
体が、さっきまでより軽い。
水面に映った自分の姿を見て、息を呑む。
角。
鋭い爪。
牙。
変化した瞳孔。
「……鬼、化……?」
理解が追いつかない。
「なんでだ……鬼を増やせるのは、無惨だけのはず……」
考えられるのは、あの一瞬。
鬼の血を飲んだ、その瞬間だけ。
事故か、故意か。
どちらにせよ、僕は――鬼になった。
「……僕、もう鬼殺隊には……」
そう思った瞬間、体が重くなった。
次の瞬間、すべてが元に戻っていた。
角も、爪も、牙も、消えている。
「……なんだったんだ……」
不可解な現象に戸惑いながらも、
まだ人間のままでいられることに、胸をなで下ろす。
僕は何もなかったふりをして、本部へと歩き出した。
天界
「ふふ……驚いてるね。ちょっとしたプレゼントだよ、天使君」
「…仕事してください」
呆れた声が飛ぶ。
「いくら神でも、何してもいいと思ったら大間違いですからね」
「うるさいなぁ……じゃあ、これ記録しといて。あの子たちが戻ったら、中での記憶を外して見せよう」
「……まったく」
天界で交わされたその会話を、
彼らが知ることは、まだない。
今後の投稿について
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全部時系列順に書く
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一気に原作開始まで飛ばす
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ある程度は時系列順、必要なときに回想