カムイが保護した少女、エリ。治崎曰く娘だが、血の繋がりがあるにしろないにしろ、あれは便利な道具を見る目でしか無かった。
『だから保護した、と?』
「怖がりようからしてもありゃ相当な扱いを受けてたな」
『一歩間違えれば誘拐犯よ』
「だろうな。つーか虐待防止どうにかしろよ、立証が難しいとかで放置された子供が世界恨んで
障子なんて思いっきり
『それは
「それもそうだ…………まあ、被害届出されたら流石に不利だが………そうでもないか」
『その辺りの風評は操作できるけど…………出生届のない娘に、ヒーローを殺そうとしてまで固執する。恐らくは公的機関は頼らないでしょう』
更にいえば日本でヤクザの力はそう強くない。
裏社会を支配していたのは過去の時代。昨今の組織と名ばかりのチーマーと異なりれっきとした組織だが資金が潤沢というわけでもない。
出来ることは限られている。公安のセーフハウスを見つけることはないだろう。
「個性発現の年齢と治崎が動き始めた時期的に、あのガキが計画に関わってる可能性は高い」
『治崎が自由に動けるようになったのは組長が寝たきりだからでしょう?』
「だから、寝たきりにしたんだろ。そういう事ができる個性だ」
『────治崎の組長への忠義は本物よ』
「忠誠を誓うのと忠実は違う。治崎がどれだけ組長に憧れていようと、組長を理解してるとは限らねえからな」
ヤクザと呼ばれながらも人の道を外れる気がない組長だが、治崎は『ヤクザの組長』という枠のみで見て人の道を歩けという言葉を理解していない可能性も十分ある。
「
例えば緑谷なんかは爆豪の強さに憧れていても人間としてあれだということは理解している。その上で嫌ってないが。爆豪は爆豪で理解しているから畏れ遠ざけている節もある。
「組長の為に、で暴走してる可能性がある。んで、人間誰かの為にってなると
『…………その子の保護は継続して良いわ。ただ………』
「分かってんよ。仕事はする……八斎會は俺が潰す」
『公的手段でよ』
「逮捕状を出させろってことか。それは俺じゃなくてナイトアイとかの領分だろ」
『連合と接触したのが問題なのよ………』
というかぶっちゃけ、公安は八斎會を
根が深かろうと、組織間の繋がりがあろうと、ヒーローに目をつけられ滅ぼされた組織の残党を保護する連中もそうはいない。
公安が真に警戒しているのは連合……の駒の一つ、脳無。
対オールマイト用に調整された個体や、雷業の死体を使った個体などはトップヒーローを凌駕する性能を持つ。
まだ在庫があるのか、そもそも新しく補充出来るのか………連合は脳無という駒のみで危険視されている。その連合と接触したヤクザ。特に治崎の個性なら脳無を量産できるかもしれない。だから監視しろ、というわけだ。
「ん〜〜!」
熱せられ柔らかくなり、それでも僅かに残るシャキシャキとした食感。シナモンの香りが鼻を抜けリンゴと砂糖の甘みが口の中に広がり目を輝かせるエリ。
「まあ、ナイトアイが動いたら俺も動けばいいんだろ? だから俺も八斎會を警戒してるって形をとったわけだし」
『ええ。可能なら名を売れれば、と思ったけど計画に使われる少女がいる以上、それが少女だけで成り立たないと解るまでは慎重に動きなさい』
要するに公安もエリを目立たせる気はないと。
「エリだけで成り立ってもだ。悲劇のヒロインの救出劇にガキを使うな」
『…………解ったわ』
「ならいい」
通話は終わった。
エリに視線を向けると物音を立てないようにかソファの上で丸くなっていた。
「取り敢えず風呂入れ」
溺れないよう湯船になるお湯は半分。カムイが入る際に足せばいい。
「1人で体は洗えるか?」
「う、う………あ、はい!」
「んじゃ、入れ。その間に服の買い足し………」
「…………!」
部屋から出ちゃ駄目、というように玄関に繋がる扉の前で両手を広げる。カムイは寮のテレビで女子達が騒いでいた動物番組のミナミコアリクイを思い出した。
「…………取り敢えず俺のシャツ貸してやる」
「………長袖ありますか」
「手が出ねぇぞ」
「…………………」
「……………わかったわかった」
用意しとくから風呂に入れ、とエリを脱衣所に押し込む。
「……………よし!」
さて、実を言えばエリは一人でお風呂に入れない。両親と暮らしていた頃は母親と入っていたし、その後もお手伝いさん……………その後は「汚いな……」と怖い人が怖い顔で他の人に体を洗わせた。強くて痛くて、嫌だったけどあれも入れてもらった記憶だ。
「………えっと、これ?」
確か頭を押して液体を出して髪を洗う。見様見真似でやってみるエリ。だけど泡立たない。
「あ、あれ?」
量が足りないのだろうか? と量を足す。やはり出ない。
どうして? 3つあったけど、別のボトル? 残り2つのどっちだろう。
白い方のが身体を洗う時に使われてた。ここにあるのは赤と青。赤は2つで、その片方を使っても泡立たないからきっと青!
と、青に手を伸ばすエリ。コンディショナーを沢山出してヌルヌルになった床で足が滑った。
「ガキ入れる時の注意は………」
と、ネットで調べるカムイ。カムイの中に存在する母の記憶でも、母は生まれるカムイに備えてこういうサイトをよく見ていた。これが子育てというやつか。
と、風呂場からビターンと倒れる音が聞こえてきた。
「んのガキ、一人で入れないならそう言え」
「あ!」
カムイが呆れながら風呂場のドアを開けるとエリは慌てて腕を後ろに隠す。
「あん?」
「あの、ご、ごめんなさい………ごめん、なさい! 一人で入れます、から」
「入れてねぇだろ。なんだこの濃い花の匂い………」
あ、このコンディショナーか。シャンプー、コンディショナー、ボディーソープは公安が選んだ物だが、匂いが安っぽいな。
「あ、泡が出なくて………」
「シャンプーとコンディショナーを間違えたか。じゃ、まずは髪を洗って………取り敢えず後ろで腕組むな。また転ぶ」
水着あるだろうか? あるわけねえから服のまま洗えばいいか。
と、カムイが風呂場に入りエリに後ろを向かせる。その際に、腕が見えた。
当然ではあるがよく転んでつく傷ではなく、刃物で刻まれた傷。ただ切るだけでなく、明らかに肉を剥がすように切ってるなこの傷。
「ご、ごめんなさい………ごめんなさい、嫌な物見せて」
「…………………はぁ」
カムイは上着を脱ぐ。あの女を忘れないために残していた傷だが、傷跡は傷跡だ。
「嫌か?」
「……………!」
ブンブン首を横に振る。大方何処ぞの馬鹿に「気持ち悪い腕だな」とでも言われたのだろう。傷跡は何処まで行っても傷跡でしかなく、本人以外に影響なんざないというのに。
「取り敢えず使い方説明してくぞ。まずは………」
取り敢えずお風呂マットは買おうと決めたカムイ。
夜ご飯は豚丼。デザートはりんごのシャーベット。
テレビ番組は………ニュースでいいか。
「お、梅雨ちゃんと麗日」
「つゆちゃん? うららか?」
「このお姉さん達知り合いのヒーローなんだよ」
早速活躍したらしい。
寝かしつけるのは簡単だったな。あの子がおとなしい子だからだろう。なんだ、子育て余裕じゃないか、と思いつつ二十四時間営業のドラッグストアにやってきたカムイ。
エリがコンディショナーを使いすぎて残りが少ないのだ。
「りんごの香り…」
コンディショナーは意外と種類があるらしい。朝飯はトーストとリンゴジャムにしてやろう。と、その時、ドラッグストアの壁が吹き飛び大男が入ってきた。
「…………………」
カムイが振り向かずに雷撃を放つも半透明な壁に弾かれた。
「おい、こいつで良いのか? いいんだよな! ようし、そこのお前!
「殺すな。奴から聞き出さなくてはならない事がある」
大男と、着物の男。
「八斎會か?」
「いや? だが彼奴らを出し抜きたいだけだ」
「おお、オーバーホールに言われてきた」
「乱破! 余計なことを言うな!」
オーバーホール…………治崎が
「ちょっと待ってろ」
「逃げる気か!? おいおい、ヒーローなんだろお前!」
「会計済ませる。その後だ」
「分かってくれたか。いい奴だ」
と、乱破。無人会計機で会計を済ませていると、妙な悲鳴が聞こえてきた。深夜のドラッグストア、数名いた客が逃げてない?
「バリア………」
「おい天蓋、周りの連中うるさい。邪魔だ、喧嘩できないんだから追い出せ」
「それでは駄目だ。市民を巻き込まないなら奴は本気で来るだろう。そうとも、余計な動きを見せるな」
ブン、と更に2枚のバリアが現れ、バリアの片方が大きさを変え間にあった薬棚を押し潰す。
バリアによる切断、みたいな使い方はできないようだ。
と、乱破が天蓋に向かい殴りかかった。尋常ならざる
「余計な事をするな引きこもり。俺は殺したいんじゃない、殺し合いがしたいんだ」
「だ、そうだ。雷さえ使わなければ、人質に手は出さん。好きに殴り合え」
「分かってくれたか。いい引きこもりだ」
やった、とカムイに向き直る乱破。あのバリア、範囲を狭めると硬度が増すのか。
「さあ、やろうぜ!!」
と、乱破が殴りかかってくる。装備は指を守る鉄製のグローブのみ。カムイの拳とぶつかり合い弾かれる。
「おお…………ほほぉ! 拳で応えてくれるか、いい奴だ!!」
楽しそうな乱破。半面天蓋は驚愕している。雷さえ封じればカムイを相手取れると思ったのだろう。
カムイが乱破に対して拳を振るうと二人の間にバリアが生まれ両者の拳が防がれた。バリアは両方向から防ぐようだ。
「天蓋! 使うな!」
「使うに決まっている。お前の拳を弾く威力、一発でも食らうな!」
妙な言い方だな。しかしなるほど、雷を使えば逃げ遅れた市民を殺すと脅し、拳を振るえばバリアで防ぎ、あちらは乱破の拳が飛んでくる。
「………驚きだぜ」
「負けた言い訳か?」
「ちげぇよハゲ。この程度で俺に勝てると思ってる脳みそに驚いてるってんだよ」
ビリと空気が震え天蓋は反射的に最硬防御。乱破は笑みを浮かべた。
「まずはてめぇだ」
「む、無駄だ! 通常時ですら我のバリアは鋼鉄の…………!」
バリンと一瞬で乱破ごと覆うバリアも天蓋周囲のバリアも砕いてカムイの腕が天蓋の首を掴む。そのまま地面に叩きつけた。
「ずるいぞ俺と先に喧嘩しろ!」
制限は無くなったが、カムイは敢えて拳で応えてやる。
互いの拳がぶつかり合い空気が弾ける。
「いいぞ! 肩、あったまってきた!!」
「そうか………んじゃもう死んどけ」
黒く染まる拳が乱破の拳を粉砕。そのまま腹を殴りつける。砲弾のように吹き飛ぶ乱破。ガードレールを引きちぎり道路を転がり向かいのビルの壁に激突。
その身体が溶けた。
「………あ?」
見れば天蓋も溶けていた。液状化………或いは転移の一種…………もしくは
「取り敢えず、ガキが起きる前に帰らねえとなぁ」
警察に何があったか伝えるのもヒーローの仕事一つである。
「後で報告書提出するから良いだろ。夜泣きで起きた時俺いなかったらさらに泣くぞあのガキ」
「え、子持ち?」
「学生じゃ………」
「妹がいんだよ」
「お〜、強すぎ。彼奴等試金石にもならねーなー」
少し離れたビル、その屋上から先程の戦いを見ていたカンナはケラケラ悪う。その横に立つ七海が万が一カムイが周囲を探っていても問題ないよう電磁波を操作している。
「あれが血を分けたお兄ちゃん? あれ超えるのが私の作られた意味!」
「ドクター曰く、血を分けた妹というか…………」
「まあどっちでもいいや! 何時戦うの? 今?」
「今は弔君の指示に従って八斎會のお世話にならないと」
「じゃ~伝えてやらなきゃねえ。お前んとこの幹部、薬で強化した爺もうるさいデカいのも弱くて相手にもなりませんでしたって〜」