誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中   作:覚絵テネ

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世界で一番気持ちいい逃げ

 銃撃を受けている。それよりも、少し前に見かけたあいつのせいで胸のざわめきが止まらなかった。

 

(あいつ。あいつが何でここにいるんだ。このまま引退まで会わなければと思っていたのに。)

 

「ど、どうしたんです……?」

 

「……このゲームにもチーターが居るって言ったら、信じる?」

 

「ちーたー?え、デスゲームにチートとかやる余地がないですよね……?」

 

「混乱するよな。やっぱ後にしようか。」

 

 いや、それより目の前の問題だ。

 きゅ、きゅ、きゅ、と積り始めた雪を踏む音。おそらく他のグループだ。こちらの敗走がわかっているのか、慎重に、しかし躊躇いなく近づいてくる音がする。接敵まであと七秒というところか。

 

 体は消耗しきり、最初の銃撃で裂けた手もじんじん痛む。

 

「あ、あう……。」

 

 ラットは疲労困憊とショックが重なり、瞳孔がマトモに定まっていない。双子に反撃した時のギラつきはまだ戻らないようだ。小動物が怖がる姿は正直癖になる……が、羅刹も今は運命共同体だ。

 

「ラットちゃん、テーザー(電撃銃)貸してもらってよかったりします?」

 

 すなおに渡された。それを素早く構え、引き金に指を添える。案外こういう時は慎重にやるより、とりあえず打ってしまったほうが当たったりするものだ。

 

「え、えっとそれ!最後の一発...!」

 

「案外いけるもんさ。」

 

 顔を出すわけにもいかない、聴覚半分、直感半分のノールックショット。緑の雷撃が走り、一瞬遅れて悲鳴。命中を悟る。

 

 それだけでこちらに近づいてくる足音が止まった。

 

 しばらく寒風の音だけが響く。

 

「大人しく狩られるウサギじゃないって理解してくれたみたいだね。」

「ひぇい...」

 

 とはいえ、この膠着状態は永遠には続かない。敵はおそらく五人そろっている。遠ざかってくれる気配はない。まあ、このゲームは戦ってアドを稼ぐのが一番の正攻法だ。羅刹たちみたいに弱ってる獲物相手に逃げるわけにはいかないだろう。風の音に紛れて、少しずつ、少しずつ距離を詰めてくる。

 

 落ち着いて考える羅刹と違い、ラットは悲鳴が漏れないよう自分の口を押さえた。目をつぶって外界を遮断しようとする。

 

 ラットなりに戦況を考える。もし踏み込まれたら、たぶん終わりだ。こちらの武装は、羅刹があの双子から逃げる時に掠めたサバイバルナイフ一本。相手は銃を持っている。近接戦だろうが、銃は圧倒的に素手より強い。

 

 あの双子より弱かったとしても、この消耗しきった状態で迎え撃てるか?たぶん、否。心臓の音がうるさい。やばい、詰んだかも。死ぬ、何もなければ。

 

「ラットちゃん。怯えてばかりじゃ苦しくない?」

 

 目を開くと、羅刹はまぶしいくらいの笑顔を浮かべていた。命の危険なんて一ミリも感じさせない輝かしさ。

 近所にいた気さくなバンドをやっていたお姉さんを思い出す。自分は知らない快感をたくさん知っている人特有の色気。少しよろめけば唇が触れるくらいの距離から、甘い息と共に紡がれた言葉。それで羅刹が感じている快感の招待を理解する。

 

()()()()よ。命を賭けてるだけ。何処までいってもこれはゲームだ、ぜ?」

 

「……っ」

 

 気が狂うような、常人には致死量のヒリつき。

 ラットは悟った。これこそ、人生に求めてきたものだ。生まれてきた意味も死ぬ意味も、全てを忘れさせてくれるもの。

 

「お、おじさんは好きだなあ、その目。」

 

「………」ラットはうまい言葉が思いつかなかったが、一時的に恐怖を押し殺すことに成功した。

 

「今どんな気持ち?怖い?それとも、ワクワクが止まらない?へへへ、順応早いね?いや一時的な躁状態?なんでもいいや、来るよ。」

 

 敵チームが踏み込んでくる直前だった。

 ビーッ。スマートウォッチから警告音が。表示される島の外周が、赤いグラデーションで覆われる。

 

「ちょっと、これ、何だあ?!」遮蔽物の向こうから動揺の声がする。そろそろ来る頃合いだと思っていた。

 

「これは……パルス的な?エリア制限ですか?」ラットは素早く答えにたどり着いた。

 

「十中八九そう。これ系のゲームには定番だろー?」

 

 パルス。バトロワの定番。島の中央へプレイヤーを追い込む仕掛け。危険範囲内にいるプレイヤーは避難を強制され、戦っている暇なんてない。

 羅刹が外周へ逃げたのは、これを逆手に取るためだ。海を見ると、人工雲が異常なスピードで島を囲む。外周から、真っ赤な毒雪が降り始める。

 直後、連続して電子音が響く。

 

『田中圭介が死亡しました。』

『ああああが死亡しました。』

〈生存者:37〉

〈生存者:36〉

 

「ま、また人が死にました。あの雪、まさか...」

 

「うん。毒霧ならぬ、毒雪だろーね。しかもわりと致死的な。」

 

「洞窟とかに潜ればやり過ごせたりしないですかね。」

 

「試してみる?」

 

「嫌です……。」

 

 雲は輪を狭める。左手のレーダーを見る限り、羅刹たちの位置も致死範囲内。中央へだいぶ走らなければ。

 

「走りますか。シャトルランみたいに。」ラットが提案するが、自殺行為だ。

 

「いやいや、今戦闘中。」

 

「へっ?囲んでる奴らだって逃げるでしょう?」

 

「アイツらは島の内側にいる分、おじさんたちより逃げへの猶予が長いの。……待ち構えるでしょうね。」

 

 言ってるうちにも紅い雪は羅刹たちに迫る。一つ風にさらわれて目の前に落ちてきた。その赤は蛇の舌のような、不吉で毒々しい赤。

 

「いつ逃げるんです?」

 

「もうちょっと待って。」 

 

 そろそろ逃げなきゃ、と羅刹も思ってる。が、抑えて手を動かす。立ち上がろうとしたラットの手をエスコートするように優しく摘む。

 

「もうちょっと待って。」

 

 2、3秒。永遠に思える時間。直前、ワンピースで包んだ小石と枝を上空へ投げる。飛び出す。石が砕ける音。豹のように筋肉を伸ばし、銃声の方向へナイフを投擲。

 

「ぎがゃっ!?」

 

 プレイヤーの悲鳴が聞こえた。よし!二発目の可能性は切り捨てる。

 

「走りますよ!!!」

「あははっ!」

 

 降ってきた山道を今度は登る。先行した他プレイヤーに追いついてしまわないよう、斜めに向かって。前方で誰かの転ぶ音がした。アキレス腱に真っ赤な傷跡。羅刹がつけたものだろう。そのせいか、立ち上がる気配がない。

 

「まって、まって、助けてぇ!」

 

 ラットは、何故かその顔が強く印象に残った。

 黒髪を三つ編みにして、丸眼鏡をかけている。見た目通りの年齢なのだろうか。家族はいるのか。あるいは友人は。そういう疑問をラットは切り捨てる。走るほど声は遠ざかり、次第に聞こえなくなった。

 

 人を殺そうとした因果応報、なんて言う気はない。それを言うなら、羅刹なんてとっくに死ぬべきだ。死ぬべきやつが死んで、生きるべきやつが生きた。それだけのことだ。

 

『クソゲーGG が死亡しました。』

 

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