誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
生存可能エリアの縮小を受け、羅刹とラットは島の中央へ向け全力で走っていた。
猛然と二人の背に追い縋る紅い雪。いつの間にか遮蔽物のないを平原エリアに出ていたが、白い雪の勢いも益々増しているので狙撃の心配はなかった。
落ち着いたころには、また人が減っていた。アナウンスは聞き逃したようだ。
〈生存人数 33〉
〈残り時間 67:02〉
ラットは肺が爆発しそうだった。酸欠と寒さで手足の感覚はとっくにない。何キロメートルを全力疾走したのだろう。肉体的には間違いなく人生で一番苦しい経験だった。それでもなぜか楽しい。手を引いてくれる誰かがいるからだろうか。
手を引かれるラットのくるぶしに、紅い雪が落ちる。神経に底なしの冷たさが染みて、全身が硬直し、枝に足を取られる。その直後、毒雪の届かない生存可能エリアへ到着した。手を繋いでいた羅刹もろとも頭から地面へ二度目の激突。
「デジャブだなぁ……大丈夫かいー?」
横でげろげろ、と胃の内容物をぶちまけるラット。羅刹も走りすぎで臓器がひっくり返る感覚に襲われ、止める気力はない。死にかけのセミのように、ひっくり返って呼吸を繰り返す。
他のプレイヤーに見られたら即殺されるが、動くくらいなら死んだ方がマシだ。痙攣の止まらぬ足先では、毒雪が一つの線から先には決して吹いてこない。いきなり強風が吹いて即死、なんてことは起きなさそうだ。そんなことを考えながらも、たっぷり一時間失神と復活を繰り返す。
発汗した肌に風が吹き付ける。涼しくて心地よいのは一瞬で、すぐに心まで冷えていく。
ようやく、具体的な行動を考える余裕が出てきた。
「行ける?」
手招きするとラットは無言でついてきた。ひよ鳥のように柔らかかった髪は泥と血で曲がり固まり、純白のワンピースや防寒着もボロボロ。
「醜いアヒルの子。バナナのナス、バナナス。滂沱するボーマンダ、滂マンダ。」
適当なこと言った。
今そんなこと言ってる場合か、というツッコミを期待したのだが、ラットは無言で付いてくる。さっきまでの興奮はどこへやら、一度落ち着くと躁鬱の鬱の方へ心が行ってしまったようだ。
(若い子は情動激しくて良いねえ。)
しばらく、白い雪を踏みしめる音だけが響く。毒雪は安全圏の境界で止まり、赤い壁のようなものを作っている。強風で即死の心配はなさそう。ぐぅ、とお腹も空いた。手足から微量だが常に出血している羅刹は燃費が悪い。食料は双子たちから逃げる際に全て投げ捨ててしまっていた。
(食料なし、武器なし、防寒着なし。それに、アイツに殺されるのだけは絶対に御免だ。)
ゲーム開始から五時間。投了レベルの下振れ。
特に、ルーシーが死んだのは残念だ。彼女は短い間だったが羅刹の心強い味方で、いずれライバルになるかもしれない少女だった。彼女が死んだ原因は羅刹にある。羅刹がもっと強力なリーダーシップを持っていれば。あるいはあの双子を秒殺できるPSがあれば。……いや、後悔するならやることやってからだ。見捨てなければいけなかった一番の原因。
「借りは返すよ。バステト。」
決意を込めて呟く。しかし、それだけで状況は好転しない。左手の地図を確認し、冷静に道を選ぶ。毒雪の近くは危険だが、人間の方が怖い。
羅刹とラットは補給ポイントにたどり着いた。紅い雲の近くにいる判断が功を奏したのか、幸運にもまだ漁られていなかった。近くにはボロいが小屋もある。とにかくその中に補給ポイントの箱に入っていた中身を運び込む……
「うお。」羅刹は思わず口を押さえた。
死体が二つ。抱き合った二人の手には自決用の外れ銃があり、さらに側頭部から穴が開いている。
心中か。手を合わせてから忘れ物をいただき、荷物置きに移動していただく。物資をかき集める。
「お、やった〜〜〜。魚の缶詰ですよ。」
「………」
「でもそれ以外は微妙だね。弾薬がいくらかありますが、テーザー銃もいつの間にか置いてきちゃったし。」
ラットは下を向いたまま、応えない。
「でも、せっかくの魚をほぼ凍ったまま食べるのはな〜。」
「...」
「知ってるかな〜摩擦で火起こしする方法。」
「……」
「この辺の板をちょちょいと拝借して……持ち手に、包帯を巻いてですねぇ……」
「......」
「......」
羅刹の盛り上げようとする言葉はぞっとするほど響かない。
「なんで?なんで、助けたのが私なんですか?」
ラットが凍えるような声で沈黙を割いた。
ああそうか、さっきの話の続きか。
「わたし、あそこで死ぬべきでした。また、またやっちゃった。小さい頃から感情が抑えきれなくて。それでパパもママも先生も、みんな悪くないのに酷い目に合わせて。私に優しくしてくれる人いっぱい居たのに、全部フイにして。差し出された救いを全部捨てて。こんな地獄に落ちても、自分のサガを抑えられなくて。ルーシーさんを撃った時、やっちゃった、と思ったんです。......やっと終わりなんだ、とも。やっともう、こんな思いをせずに済むって。思ったのに。......何で、死なせてくれなかったんですか。」
涙ながらに、とぎれとぎれに彼女は慟哭した。困った。安っぽい同情を求めているわけではない、本気の涙。デスゲームに参加しているのは吹っ切れた狂人が多いが、そういうやつらとは致命的に違う。
何をどう言えばいいのやら。
敵もいないし、話を聞くしかない。火はついたが、缶詰が温まるまでまだかかる。
とりあえず、思いついたままのことを言った。
「一緒に遊んで楽しそうだったから。おじさんはゲーマー、あくまで判断基準はそこだよ。」
一応笑ってはいたが、口角を無理に挙げているのがバレバレのひどい顔だった。うーんフォロー失敗、ラットの精神は限界のようだ。
でも、今のくだりでますますラットのことが好きになった。羅刹は自分を変えようとする人間を無条件に尊敬する。
まあでも、羅刹はカウンセラーではないから目に見える問題にしか対処できない。
「ラットちゃん、怪我はない?」
「いえ……」
「そっか。じゃあこの包帯はおじさんが使うよ。」
最初に被弾したままの左手と、両手首に包帯を巻く。仏様から頂いたものだ。定期的に替えないと。
巻き巻きしてると、その様子を見たラットが目を見開いていた。
「.....なんですか、その色....変色してません?」
流れ出た血は赤ではなく、サイケピンク。
うん、
「変色?」
「変ですよ!人間、みんな、血、
一瞬戸惑ってから、ラットの言わんとすることを理解する。確かに、人間なら生まれた時からその血の色は赤いはずだ。肌の色が違えど血の色は同じ、なんて言葉もあったっけ。血が赤い、と言うのは多くの人にとって当たり前かつ、なくてはならないアイデンティティなのかもしれない。
「このゲーム参加する時に手術されなかった?注射かも。」
「さ、されたかも......なんでですか?」
「〈添加物〉。ここの運営が持つ不思議科学の産物で、注射すると流れ出る体液がピンクになるんだ。あとお排泄物とかも。」
「....は?なんのために?」
「そりゃ、デスゲームって観客のおかげで成り立つエンタメだからね。世の中ゴア好きってのは居ても、内臓や糞便が撒き散らされるシーンまで見たい人はいないでしょ?流石に醜い。」
「そ、そういうのじゃなくて...。」
あとはルミノール反応が検出されなくなったり、異臭を抑えてくれる。だから〈添加物〉っていうんだね。羅刹は何気なく言ったが、ラット信じられない顔で肌を触る。
「...そんな見せ物のために、脳いじられて、血の色まで変えられて。そんなのヒトに対する扱いじゃ……」
うぷっ、と言い終わる前に再び喉が変な音を立てた。
嫌な予感がしたので素早く後ろに飛ぶ。
言い終わる前に吐き気を催し、ショッキングピンクの液体を吐き出す。改造の効果だ。観客には吐血かゲロかわからない。
(別におじさんたちにとっても悪いことばかりじゃないんだけどなあ。バイキン入らないから病気にならないし、傷口が壊死したりもしない。)
「う、うううううううううううううう.......あー、ああああーーーー、あー!!!!!」
ラットが発狂したように叫びだした。これからラットにどう心を立て直してもらうかを考えていた。そこで思いもよらないことに気がつく。
「...ん?」
ぴっぴっぴっ、と恐ろしく早いペースで左手のウォッチが音を立てた。これは脱落者が出た時の音だ。
「ありゃありゃありゃりゃ...。」
ぴっ。
ぴっ。
ぴっ。
ぴっ。
これ自体は何気ない、そこらのサイトにでもあるような電子音とアナウンス。けど、その裏では死をカウントしているはずだ。
ぴっ。
ぴっ。
ぴっ。
音は断続的に続き、10回鳴ったところで止まる。一気に10人が脱落したようだ。一体何が起こっているのやら。
(……決まってるよねえ。
思い浮かべるのも腹立たしい、チーターの名前。
ただでさえストレスがやばいのに、発狂したラットの絶叫が響き渡る。羅刹はキチゲが溢れそうになるのを自覚した。
「あーーーー!ぐぐぐぐ、ぎぎ、あああああああーーーーー!」
「UOHHHHHHHHHH!AHOOOOOOOOONNNNNNN!!!!!」
ラットに対抗するように叫ぶ。
羅刹とラットは苛立つのが馬鹿らしくなるまで叫び続けた。
某遊戯然り、見せ物にするために体の内側改造されるのめっちゃえっちじゃないですか?