誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
☆ 時間は少し遡る。
「うゔぁ」
その子がそんな低い声を出したのは人生で始めてだったろう、きっと。誰からも愛されていそうな、優しい顔の少女だった。
彼女は脇腹に拳を突き立てられていた。よろけた隙に、背後から伸びた手が素早く耳を抜かれ、絶命する。
下手人……識別名・キリエは今回で10回目のゲームに当たる。自分で言うのもなんだが、才能が在る方だ。転がった2つの死体がそれを証明している。
キリエが組んだ4人からはぐれた隙に前後を囲まれたが、とくに危なげなく迎撃した。特に戦闘訓練を積んだわけではない。嫌いな言葉だが……才能の差、という奴だった。
「ようー。大丈夫だった?」
「うん。」
診療所跡にたどり着き、チームメイトと合流する。仲間というより、利害が一致した一時的な戦友だ。はぐれた時の集合場所としてここを決めていた。4人全員が、かつての荒々しい人生を思わせる鋭い目つきとオーラを持つベテランだ。誰も慌てず、怯えず、平常心でデスゲームに臨んでいる。口には出さないが、「生き残るのは自分たち」と確信していた。
「順調だなあ。なんか暇してきたなぁ。」
「良いことだよ。」
「良くねぇ〜。俺様は一人でも多くのモツを掻き出してぇから………あっ」
バタフライナイフを振り回していた少女――プレイヤーネーム「ジャック」が、眼をポロリと落とした。部位欠損は今や簡単に治療できるが、繰り返すと拒否反応でこうなるらしい。
「拾って!拾って!...よーしサンクス!」
他人から見るとかなり悲惨なのだが、殺人目当てでデスゲームに入り浸っているので救えない。近づきたくはないが、暴力装置としては絶対的な信頼を置いていた。
「アンタ、目が見えなくなってまでこんなゲームしてるの?」キリエは雑談が好きではない。だから話しかけたのはただのきまぐれだ。
「ん?まあね!」
「しょーもない死に方をするぞ、そのうち。」
「デスゲーム引退したらもっとしょーもない死に方するよ!できたらさ、ゲームの中でめちゃくちゃ強い人と壮絶な死闘の末に葬られてぇ〜〜〜!」
ジャックの死生観はやや極端だ。まあでも、キリエだって実社会で生きられない人間。理解できないことは無かった。
「マスター・羅刹とか?」
「そうそう!」
羅刹。九九回もデスゲームをクリアした達人。殺人術、生存術、ともに極限の領域まで鍛え上げられている。それでいて切迫した様子はなく、常に誰よりも楽しそうに戦う。あれこそキリエやジャックの目指す理想の姿だ。
「話は聞かせて頂きました。ちなみに羅刹さまはその呼び方を嫌っておられまするよ?」
「……お?」
とてとて、と。とにかく、毒気のない歩み方だった。まるで自分の教室にでも入るように診療所に入ってきた。教室にいきなり猫が入ってきたような感覚。
しかし、キリエの理性は火花のように真っ赤になった。現れたのは、短刀一本だけを持つ細身の人物。5人を相手にするにはあまりに貧弱な装備だ。裏に仲間がいるのか? 手榴弾でも投げ込んでくるのか?
「然らば、わたくしがお相手務め上げましょー。……はて、何を惚けているのやらー?」
侵入者は線の細い顔を傾げる。ただの阿呆か?いや違う、と直感が警報を鳴らしていた。今までにない手合いだ。舌なめずりするチームメイトを押し留めようとしたが「ジャック、気を付け……」無駄だった。
「ひゃっほう!血みどろー!」
ジャックはバタフライナイフを振り上げ、しかし突風を巻き起こすほどのスピードで突進した。あと一歩で脳天をかち割れる、そのはずだった。
『jackが死亡しました。』
〈生存人数 29〉
「わたくしはバステト。冥土の土産に覚えていかれませー。」
どこか気の抜けたセリフと共にジャックの首は飛び上がった。侵入者……バステトは無傷どころでそこに立っていた。長い睫毛をショッキングピンクの血が光る。
何が起こったか理解できないままだが、キリエは思考を切り替える。残る3人と共に銃口を向ける。
4人は一斉に発砲。キリエの武器はアサルトライフル「ブラックロータス」。装弾数30発、単発・連射の切り替えが可能。連射の精度は低いものの、この距離なら関係ない。銃弾の軌道が読もうがハチの巣だ。
「……あ?」
だが、掃射が終わった瞬間、バステトは無傷でそこに立っていた。
「引き金は、引くのに0.2秒掛かるのです。そこの間隙をつけばこれ、このように。」
そんなはずはない。予測だけで100発近い銃弾を避けるなんて不可能だ。バステトの動きは見えず、まるで瞬間移動したかのよう。
気がつけば間合いに居るバステトが短刀を振り抜いていた。ぼとぼとと指が落ちて、四人は揃って間抜けな悲鳴を上げる。
キリエが今際の際に浮かべたのは疑問だった。才能の差?いや、それだけでここまで一方的には殺されない。まるで、居る世界が違うような隔絶された差。人為的で、悪意に満ちたナニカが_____
「チーター……!」
「事実でも言葉にすると失礼なことはあるのですよー?」
その異常に開いた瞳は普通じゃない。きっと何か薬物の副作用か何かだ。キリエは無常に残酷に死ぬ、そのくらいの覚悟はあった。でもそれはきっと、血湧き肉躍る戦いの末とか、あるいは自分より圧倒的にここでの経験を積み重ねた猛者に依るもののべきで。
こんな、おかしなクスリ決めただけのやつにやられるのは。
「……嫌だ、嫌だ嫌嫌嫌っ!」
「だめ!弑します☆」
キリエは鍛え上げた拳を突き上げた。プロボクサーだってそうそう出せない、人生最速の一撃。しかし、一七倍の速度でバステトの短刀が、皮一枚残して首を絶った。
〈生存人数 26〉
☆ そして時は現在へ
ビーッと音が鳴り、また生存可能エリアが縮小する。今回の縮小率は低く、移動は最小限で済みそうだ。 羅刹たちの休憩する診療所跡が覆われるまでまだ余裕がある。
〈生存人数 19〉
〈残り時間 58:30〉
羅刹たちが滞在していた小屋はもう赤い毒雪に埋もれた頃か。ゲーム開始から一四時間、そろそろ本格的な休息が必要だ。初心者のラットにはなおさら。羅刹が見張っている隙にじっくり寝てほしかったのだが、そうも行かないようだ。
「…………。」
古びたベッドに寝転ぶラットの目は澱み、焦点が合わない。魚のような生気を感じられない顔。そんな目がギョロリと見つめてくるものだから、羅刹は抱えている死体を落としそうになった。
「………何……してるんです?」
「寝かせてあげてるだけだよ。おじさんも、逝く時は安らかなのが良いからさ。」
羅刹は見張りの暇に、死体を壊れたベッドに寝かせて回っていた。人の断末魔の表情というのは案外雄弁なもので、生前の絶望や苦悩が痛いほど伝わってくる。普段良くないことばかり考える人間は、とくに。だからこそ目を逸らさず、口と瞼を閉じて、死に顔だけでも安らかに。
羅刹が九九回のゲームの末にたどり着いた、自分が間接的に生み出した死への向き合い方だった。
「………偽善者」
ぽつりと呟いてラットは奥に引っ込んでいく。ひっでぇ。
「……ん、つまりこれ自体は善行ってことかな?よかった。……きみもおやすみ。」
死後硬直が進んだ死体だが、死体を熟知した羅刹が抱き上げると安堵したように柔らかくなり、持ち運びが楽になる。同じゲームを生きた戦士に当然のマナー。敵対しても憎まず、敗者には最大限の敬意を払う。そういう姿勢こそがその人のゲーム人生をより良くするのだ。
しばらく、ベッドに寝かせる音だけが響く。
〈残り時間 57:30〉
パリン、と控えめな破壊音。フラスコを割って、即席の投げナイフを作った。牽制に使えるかも怪しい。
「うーん、素手のがマシ……ところでラットちゃんは寝れたかな??」
羅節は病室のドアを開ける。
すると、ぎしぎし、と何かの軋む音がした。羅刹にとってこのピンチは、激務の中、つかの間のコーヒーブレイクのようなものだ。受け入れきって、必要以上に心を揺らされることはない。
しかし、ラットにとっては違った。いくら考えても、ラット自身が生き残る道が見えなかった。考えれば考えるほど脳から酸素が恒久的に奪われ、視界が暗くなっていくような気がした。
不意に、ラットはあるスナッフビデオを思い浮かべた。戦場で手首を縛られ、目隠しをされた捕虜たちが大人しく銃殺されていく様。逃げろよ、と思ったものだ。生き残れる可能性が0じゃないのに。
でも今彼らの気持ちがわかった。死の恐怖は死そのものより耐え難い。
☆
ラットは強者を二つに分ける。
一つは「道徳的な強者」。社会的地位が高く、魅力的で、行動は全て正しいとされる。逆らった弱者は悪として社会から排除される。ラットからは遠く、そして軽蔑すべき存在だ。
もう一つは「本来の強者」。優しさや道徳、謙虚さを無視し、欲望を満たすことに躊躇がない。そして誰もそれを止められない。ラットが憧れるのはこちらだ。
ルーシーを撃った後、羅刹との逃避行は楽しかった。強者の腰巾着は居心地がいい。だが、冷静に考えると、羅刹が自分を連れていく保証はない。期待すればするほど、残酷な切り捨てが待っている気がする。
ならば、こんな別れ方が一番いいのかもしれない。
雑に扱われると当然嫌ですが、丁寧に扱われるのもそれはそれで怖いですよね