誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
〈残り時間 46:15〉
次の行動は決まった。何より必要なのは、盤面から浮いた一人のことだ。
「彼女、協力しない理由、ない、思う。」
「この終盤まで生き残ってるんだから、割とやる奴だって期待していいよね?」
「手分けして探そう。ラットちゃんは集合地点でたい――――」
「――――や、任せてください。今、一人もサボらせてる暇はないと思います。もう一人をスカウトする前に殺されるわけにはいかないので。」
「そう?じゃあラットちゃんも探索に出てもらって、後で集合しようか。」
ラットは自分でも思いがけないくらい、はっきりと返事をした。ヤケか、洗脳か。自分でも意外なくらいにこのゲームにガチってるみたいだ。
ともかく、三人は手分けしてもう一人のキーマンを探しに走り出した。
ふと、ラットは考える。こんな自分でも受け入れる羅刹が、完全に排除を決意するのはどんな相手なのかと。
ところで、時間は遡る。
☆
ゲーム残り時間〈72:00〉
生存人数〈49〉
プレイヤーネーム・ヒスイは普段、同じ教育学部の彼氏に起こされる。二人とも奨学金給付で通っており、世の中を変えたいという熱意があり、とても息が合った。しかし今日目覚めると、凍えるような石灰岩地帯の頂にいた。
カクカクの岩が連なり、まるで拷問用の石抱を長大にしたような荒々しい地形。
頭上のそう遠くない地点から、ポツポツと雪が降っている。なぜか耳がウサみみにすり替えられていて、着るものも薄手のワンピース一枚。脇をカバーしてくれていないため、白く染められた剃り残しが顕になっていてチクチクした。
毛を抜いていると思い出す――ここが、殺人ゲームの世界だということ。参加した理由は金だった。TS体中心のデスゲームだが、そこに天然物が参加すると、得られる賞金は莫大なものになる。その賞金があれば彼女の仕える孤児院の命脈をつなぐことができる。殺人はいかなることがあっても許されることではないと思う。けど、
二律背反に苛まれ、彼女はデスゲームへのチケットを受け取った。
誰かの死を前にしてなお、ヒスイはこのゲームが悪い夢か何かで、そこに放り込まれた自分は絶対的に被害者だと疑わなかった。毅然と耐えていれば神が必ず哀れな子羊を助けてくれるものと信じていた。山頂には時折平手のように厳しい吹雪が吹き付けたし、他プレイヤーの死亡通知は非常に神経を削るものだった。しかし、孤児院で自分の帰りを待つ子どもたちのことを思えば耐えられた。じっと耐えていたヒスイの状況が変わったのは二日目の正午。三〇分に一回のレーダーの探知の時だった。
〈残り時間 43:15〉
「そこにいるのは誰?」
吹雪の中とはいえ全く気づけなかった。紫髪の少女が大岩一つを隔て、前方にいるヒスイを真っすぐと見つめていた。
(どうして…神よ…)
終盤で参加者が減った今になっても、野蛮な殺人者たちが自分を放っておいてくれないのか。ヒスイは内心で訴える。しかしいつまでも嘆いているわけにはいかない。狙撃銃を向け、岩陰から裂帛の気勢と共に姿を表した。
「立ち去ってください。私はこんなイカれたゲームごめんです……!殺す気も殺される気もありません!」
少女は一瞬目を剥いたものの、逃げ出すでも逆上して襲いかかるでもなく、にこりと笑って両手をあげた……降参のポーズ。その慌てもしない態度が、逆に恐ろしかった。
「そんなに警戒しないでくださいよ。私は九九回クリアしたベテランなので、あなたもキャリーしてあげ...」
「話すことなんてありません。立ち去ってください!」
撃つぞ、今にも撃つぞ、とでも言いたげに全身を強張らせて威嚇するが、のれんに腕押しだ。少女は首を傾げるだけで、立ち去る素振りも見せない。
「私はむりやりこんなゲームに連れてこられたんです!卑劣で残酷で非人道的な!悪人よ!どうして私達から奪おうとするのです!私達はこれまで普通に善良に暮らしてきたのに!あるいはそれが許せないとでも言うのですか!」
ヒスイがここまで声量を張り上げたのはきっと人生で初めてだった。自分でその声量にびっくりする。これなら聖書にある英雄のように、敵を追い払えるのではないかと一瞬思いもした。しかし少女はますます笑みを深くする。
「説得のスキルは無いから、単純に事実だけを述べるよ。五人がマップ中央に立てこもっている。キミはそこに居てもいずれ凍え死ぬ。おじさんたちと組んで襲撃しないかい?」
「死ぬ!?何を証拠に...!去りなさい!今すぐに!」
「あはは、その装備を見るにずっとここに芋ってた感じ――――」
「去れと...言いました!」
発砲。引き金を指が緊張したせいだった。しかし、羅刹が上半身を大きくぶらす。紫の髪だけが焦げ、銃弾は空へ飛んでゆく。
「は...?だ、大丈夫ですか?」
「――――『銃弾を避ける』我ながらすごくないですか?お姉さんはおじさんっていう勝ち馬に乗ればいいんですよ。別に弾除けにしようとか考えていません。銃を渡してくれれば、あとは後ろで震えてるだけでいい。」
羅刹はこれでヒスイを仲間にできるかと思っていた。
この申し出を断るのはとんでもないバカか、あるいは。
「――――できません。」
「なぜ?」
「私は――人を助けるのが仕事です。どんな理由があろうと、略奪だけはできません。どれだけ非合理で無茶苦茶だってわかっていても、ここだけは曲げられない。」
決意に満ちた表情だった。
「羅刹さん...そうだ。そんな強さがあるなら、あなたこそ協力してくれませんか?こんなゲーム間違ってる。きっと、これ以上誰も死なずに終わらせる方法がある。私にはわかります、あなたはきっととても優しい人だ。人を殺すたび、あなたの心は泣いている。だから、一緒に、誰もが笑って迎えられるハッピーエンドってやつを――――」
立派だなあ、美しいなあ。まるで、物語の主人公のようだ。ゲームにおいて羅刹が圧倒的格上だと言うことくらいは、理解できたと思う。なのに、その取引を不意にして、命を投げるような決意を堂々と発言できる。きっと、気高く、多くの人に好かれてきた人生なのだろう。
それは矛盾だらけだとしても尊いものだ。羅刹は論破なんか仕掛けない。
「ご立派だなあ。その信条は否定しない。『善く生きよ』?『不殺の精神』?」
羅刹の姿がブレた。一秒後。こきゅ、と人の頚椎が折れるのに必要最低限の音がした。ヒスイの発言はなけなしのプライドを逆撫でするものだった。こんなゲームにも、命を燃やしているプレイヤーはいるのだ。
〈残り人数 8〉
「遅いよそういうの、可哀想な部外者ちゃん。ま、こんなゲームだけど私は好きだからね。否定するなら、それなりの覚悟が欲しいかな。」
こうして羅刹は狙撃銃を手に入れた。さあ、愛すべき、同じ地獄の中に生きてくれるチームメイトのところへ戻ろう。