誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
〈残り時間 39:00〉
五階建てのホテル、海が見える一室に灯りが灯っていた。吹雪の中でもはっきり見えるくらいの灯り。そこにいる、ということを隠す気もないようだ。
作戦通りラットはホテルからやや距離を置いた針葉樹裏に隠れた。二人は割れたガラスの隙間を縫うように飛び、無音でホテルへ入る。ラットに見張りを躱すスキルはないから、突入すればすぐにそのことが知れてしまう。足音のない二人が侵入して、油断している敵を戦闘開始前に首を書き切る。それがベストだった。
ラットが突入して火力支援するのは、あくまで次善。出番がないことを祈りながらも、指を温める。そのラットに、ゆっくりとホテルの正面から手を降って近づいて来る影があった。………羅刹?片割れ?どちらにしても早いお帰りだ。何があったのだろう……と素直に手を振替して。直後、突き出された剣閃で己の愚かさを知る。
「兎がまた、罠にかかりましたねー。」
「………え?」
鼻先に突き出された日本刀。構えるのは、全身にツギハギタトゥーのある猫少女。そこで気がつく。ラットの潜伏していた木に、針金のようなものがある。あれが鳴子の役割を果たしたのだ。
(………読まれていた)
思考が凍る。震えるラットを見つめながら、バステトはにたにたと笑いながら、ゆっくりといたぶるように、大きく両手を広げて迫る。見え透いた戦略だった。羅刹ならこうする。バステトはしっかりそこを把握していた。
「優しいあの人ならー、『初心者は勝ち確にしてから戦場に放り込んで爽やかな成功体験をしてほしいよね』みたいなことを考えておられるのではー?ふふ、あなたのクビを持ってあの人に逢いにゆきましょう。」
☆
羅刹は踊るような動きでロビーを抜け、階段、廊下をかける。単なる爆弾から迂闊に進めば首から上と泣き別れになるワイヤーまで、内部には無数のトラップが仕掛けられている。例外なく致死性で、上手く隠されている。しかし隠蔽を図ったのはプレイヤーだ。敵意、作意、そういったものの残り香がプンプンしている。それらを嗅ぎつけ、トラップを安安と回避してゆく。
ラットの窮状を知らず、死なせたくないなあ、なんて間抜けな思考を浮かべながら。
☆
(――――――死)
予感したのは明確な死だった。……だが、そうはならかった。
ビュッ!と吹雪を鉤爪が切り裂く。バステトは大きく飛んで躱すが、1秒遅ければ耳を切り裂かれていただろう。
「片割れさん……!」
「嫌な予感がして。戻って正解。」
「ちぇっ。ああ、いつかの武士くずれでしてー?」
「………」
片割れは息を吸い込むと、猛攻を続ける。相手に反撃の体制を整えさせてはならない。
「勘が良くても、其方では力不足でしてー。あの人がわたくしに気づいたのかとどきどきしたのですがー。あなたがたは分断されて死ぬしかないのですー。」
片割れは絶え間なく攻めるが、バステトは髪を弄りながら下半身のステップのみで避け続ける。隙が見えた瞬間、鋭いローキックを繰り出そうとして。
「参りま――っ!?」
バステトが体制を大きく崩した。日本刀が空中へ投げ出される。ローキックを読んでの踏み潰し。完全に読まれた上で、強化されたスピードで強引に回避した。もしやられていたら、足首から先が叩き折られていただろう。
片割れが羅刹にかつてやられた手だ。バランスを崩したバステトの顎を強く蹴り上げる。スピード任せに蹂躙してきたバステトと、上司の代わりに命を賭けてきた片割れのPSの差だった。もんどり打って倒れ込むバステトに、片割れその腹に膝蹴りを見舞い、耳に両手を伸ばす。マウントポジション。さしものバステトも流石に目を見開いて、増援を期待するようにホテルの方を見る。
しかし、その中から響くのは悲鳴。
ぎゃっっっっっ、なんて絹を裂くような音。
☆
(誰か来た……?)
凪羽は目元が羅刹っぽかったからとバステトに生かされていた少女だ。それが屈辱的だったが、実際恩義も感じていた。だから、羅刹がするするとトラップをくぐりながら廊下を侵入してきた時、逃げるかの判断に迷った。貴重な銃もあるのだし……キャリーするとは言ってくれたが、ただ逃げるというのも申し訳がたたない。
(バステトさん曰く、殺していいんだよね?できるなら……)
羅刹はこちらに気づかず、部屋を一つ一つチェックしていく。後ろの四人の同意を求め、恐る恐る発砲する。銃声。豆粒ほどの人影は倒れない。
(当たった?)
ぐるん、と羅刹の光る瞳がこちらを見つめたのが分かった。直後、何かのスイッチを入れたように、急接近を始める。トラップなど全て見抜いているかのように、まるでチーターのような速度で接近する。銃声が続くが、当たってくれなかったようだ。恐れおののき、凪羽は二発目まで頭が回らない。ただ、皆んなして右に回れして走り出した。背後からチームメイトの罵声。たまたま足を滑らせた一人が犠牲者に。彼女はフードを被り、丸まってウサミミを守る。
そんなもの羅刹は歯牙にもかけなかった。前蹴りで両手を弾きとばし、犠牲者のあどけない顔を正面から見据える。血走った瞳だった。
「ごめん、急いでる。」
耳の引き抜かれる音と悲鳴が響いた。