誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
それは、もう新規なんて入ってこない過疎ゲーだった。サービス開始から数年。複雑化したルールは新規を遠ざけ、運営も逆境を跳ね除けるほどの体力がない。ジワジワと死んでいくゲームの中、熟練者達の間で流行りがあった。初心者とマッチしたらリタイアするというもの。貴重な初心者に効率よくゲーム内通貨を稼ぎ、いついてもらうことを狙う。
ラットもたまに初心者とマッチすると、勝ちを確定させた上でリタイアしていた。そうすると、これまでにないような……何か自分が施す側になったような、上に立った気がしたのだ。
☆
ぐぅ、とお腹が空いた。
最後の乾パンはもう羅刹に食べさせてしまって、ラットは丸一日何も食べていなかった。
羅刹が申し訳なさそうに目線を落とす。
「ごめんねー、若者にひもじい思いをさせるなんて。」
「あっいえ!これくらい全然平気ですから……」
〈残り時間 00:12〉
〈残り人数 5〉
ほぼ丸一日、羅刹とラットはホテルの一室で過ごした。入口にはソファーや棚を積み上げ、バリケードにしてある。仮に戦えるのがラットのみの状態で襲われたら死ぬしか無かった。他の参加者もホテル内部に潜んでいるようだったが、仕掛けてくることはなかった。羅刹が瀕死の重傷だと知られていないのが功を奏したか。
生存可能エリアは徐々に狭まったが、ホテルの敷地まで毒雪に覆われることはなかった。危うくも結末は定まり、後は祈るだけのはずだった。
人工音声が何の前触れもなく、ただ、事実を告げた。
『バステト が蘇生しました』
〈残り人数 6〉
祈るだけのはずだった。
☆少し前。庭で倒れていたバステトの話。
バステトは雪にうもれたまま、立ち上がれなかった。ラットによって、額にグレープフルーツほどの銃創が空いていたからだ。眼球を始めとした頭部の組織が崩れ落ち、人体模型のような顔立ちになってしまっている。
脳へのダメージももちろん甚大。運動能力は完全に消え失せていた。しかし、うさ耳は繋がったまま、大脳新皮質を始めとした思考能力は完全に途切れてはいなかった。
これをどういうわけか、デスゲームのシステムは生存と判定したようだった。
(ああクソ、科学者の連中。人に断りもなくわたくしの中に何か埋め込んでいましたね?例えば、一定条件で作動する心肺蘇生装置とか。)
ドーピングの優秀なモルモットであるバステトには、今や何億のカネが注ぎ込まれているのか。死なないための保険も無数しかけられていた。例えば、心停止後に自動で蘇生を行うペースメーカーとか。
(はあ、人体改造や薬で心も体も改造していって、ここで思考しているわたくしは本当にわたくしなのでしょーか?......そんなことは、まあ、ここを生き残れたら考えましょう。誰かさっさと、もう一人減らしてくださいまし☆)
☆
〈残り時間 00:04〉
〈残り人数 6〉
「蘇生……?どういうこと……?」
(しまった、首でも撥ねてとどめを刺すべきだった……いやでもあの時は羅刹さんを助けるのに必死で……お、怒られる……)
ラットは言い訳も出来ず、部屋に配置したバリケードを退け始めた。しかし、元々が半日かけて設置したものだ。
「羅刹さん……私があと一人仕留めてきます!」
除去は遅々として進まない。その様子を見て、羅刹は微笑ましく笑った。
(致命的に愚かで、生きる価値がないことを本人が自覚していて。それでも、ずっと正しい世界に抗っている。……百点満点のいい子ちゃんより、よっぽど応援したくなる。)
「そっか……ラットちゃん。その必要はないよ。むしろ、邪魔されたくないかな。」
羅刹が立ち上がっていた。ゾンビのようにのっそりとした、しかし不安定な動きで、これから他のプレイヤーを仕留めにいけるようには全く見えない。
「……他のプレイヤーが潰し合ってくれますかね?」
「どうだろ。他の連中も要塞作って立てこもってると思うよ。それよりも確実な方法がある。」
羅刹が投げてよこしたのはメスだった。自身も一本握りしめて、ベッドの上で軽く2回飛ぶ。
「これ、タイマン開始の作法。ちゃんと覚えといてね。」
「………え?……いや、ダメです……い……いや、それは……」
どちらかが死ぬことを意味する。……というか、今の羅刹が動けるとは思えないから、確実に羅刹が死ぬ。それはダメだ。せっかく、目標を見つけたばかりなのに。羅刹のようになる、と決めたばかりなのに。
「これからもゲームに参加するんでしょ?じゃあ、遅かれ早かれ。……まあ、キミが覚悟を決めなくてもおじさんには関係ない。せっかくのエンディングだ。首を開いて、ゆっくりと、時間目一杯で殺してあげよう。」
足を引きずり、羅刹が近づいてくる。苛烈な言葉とは裏腹に、やはりもう戦える状態ではないようだ。そもそも、立ち上がるだけでまずい状態なのに。刃の届く間合いまで、あと数秒。
「うああ………待ってください!待て!待て!」
どれだけ声を張り上げても、羅刹の歩みが止まることはないし、残り人数が都合よく減ってくれることもない。自分の両手が、意識とは関係なく、万力のような力でメスを握りしめていて離せない。
「うあああ……あああ!!」
じりじりと下がっても、それで稼げるのは2、3メートルだけ。逃げ場は自分で塞いだ。涙で視界が潤む。頬が避けそうなくらいに口を開いて叫んでいるのに、世界は変わってくれない。
「あああ……ああああああ!!」
(そんなに怖がらないで、ラットちゃん。君の道筋は残酷で、無情だけど。たくさんの出会いが、生きててよかったって思える出会いが待っている。おじさんもそうだったから。)
羅刹の目は穏やか。生贄に捧げられる子羊のように、死ぬことに迷いがなかった。それがどうしてもラットに凶刃を使わせなかった。
叫んでいるうちに、ナニカが切れて、いい方法を思いついた。羅刹を傷つけずに済み、かといって自分の尊厳も傷つかない。そんな方法。ラットの目つきが変わり、しっかりと力を込めた。
全身に気迫がみなぎって、今の羅刹くらい簡単に仕留められるように見えた。
「なんだ……覚悟を決めたんだね?」
羅刹は心から安堵した。
こういうのを心から望んでいた。
まさしく、誰かのために命を使える。こういう状況を。
何もしてこなかった羅刹の命に、託した誰かが意味を生み出してくれる。
「……はい。」
(いいね。おじさんはここで死ぬ。でも、それでいい。前途無謀な若者の助けになるなら……あ?)
一度思いついてしまえば、なんて簡単で、なんて綺麗な解法だろう。
ラットは自分の首筋へ、メスを突き立てた。
☆
時々、気の迷いで、誰かが優しく自分を殺してくれればいいのにと思う。いや、実際殺されたら困る。まだ、まだ死ねない。
でも、何の意味もなく生まれて何の意味もなく死ぬ、そういうのは嫌だ。
意味が欲しい。ここまで苦しんだ意味がほしい。だからまだ、羅刹は死ねない。
まだ、ここでメスを首に突き立てるわけにはいかない。