誰かのために死にたいTSおじさんのデスゲーム満足死道中 作:覚絵テネ
二日目は羅刹が処刑された。
毒霧に含まれた白粉で肌が装飾され、傷つききった生前より綺麗に見える。ひよ太郎はその呆気ない様子を見て、やっぱ凡人はメンタルが大事なのだなーと思った。
☆
『役職持ちの方々は行動を開始してください。』
夜時間に入っても村人・ひよ太郎の捜査は終わらない。気怠げな吐息を漏らしながら、机の上の実験物を眺めている。
服を着るのが面倒くさくて一糸纏わぬ姿。観客にこの姿が見えているとちょっと不快だなと思って、長い毛で秘部を覆う。
けど服を着るのはそれ以上に嫌だ。部屋はアルコールで消毒された上で隙間をビニールで覆い、足跡の無菌室に。ビニールに覆われた机の上には黄色に染まったビーカー。中に入っているのはサイケ色の指示薬。植物室の部屋から調達した薬草から生成したもの。その中にエドウィンの肉片が沈められている。
本来なららむねや羅刹の肉片も欲しかったのだが――邪魔したかきり――間が悪かった。
まあいい・運営から霊媒や占い師に選ばれなくても、水晶玉は自作すればいい。
……でも、薬品の生成はひよ太郎の専売特許というわけではない。ph指示薬程度なら、机の漆、絨毯の紅、それらから生成できる。高校レベルの知識があればできることだが、そんな簡単なことも分からない人が多い。ここじゃ貴重な証拠になりうるのに。ゆえに。
「この世は退屈だ。」
昼間の溌剌とした彼女からは想像もできない、鬱々とした吐息だった。
東京で一番頭の良い大学を出て、同世代の誰よりも稼げる職について、けれど彼女の心が満たされることはなかった。
世の中で相対的に優れていて、アフリカには飢え死ぬ不幸な子供がいて、だからなんなのだ。それが目の前の無理解な人々や無意味な仕事に対する苦痛を和らげることはなかった。
相対的には恵まれてしまっているという自分の立場が、さらに苦痛だった。つまり、この世でいくらマトモに足掻いた所で、魂の救いとなるような生活とは出会えないのだろう。
仕事を辞め、貯金もなくなり、生命の存続に価値を感じられなくなったとき、ひよ太郎としてデスゲームに降り立った。
価値のない命を代償に、生活費……そして少女たちの生き様に出会える。魂も良識も命も、何もかもなげうって勝利に執着する彼女らの苛烈な死に様。……それなりに見応えはあったが、共感できない部分もあった。
どうしてそんなに生に執着する?
だって、ひよ太郎は自分の命に執着なんてなかったし。ガチャリ、と施錠された筈のドアが開いた時も、これから起こるであろう出来事に恐怖はなかった。その人物...おそらく人狼は2m近く背丈があり、全身が大熊のように膨れ上がっていた。
「……人体改造もここまで来るとなあ。エドウィンは普通に素手でつぶしたのか。」
「■■■■...!」獣のような唸り声。――間違いない、人狼だ。
相対しても誰なんだかさっぱり分からない。襲い掛かろうとした直後、その胸に針が突き立った。発射口はひよ太郎の手に握られたテーザー銃。マスケット銃の銃身を応用したものだ。ただし、電源はGMからくすねたものを使っているため、熊だろうが確実に死に至らしめる威力がある。
「■■■■■■■!?」
「ワーハッハッ!自作のテーザー銃さぁ!返り討ちにしちゃ駄目なんてルールはなかっただろうぅー?!……コホン。」
人狼はもんどり打って倒れ込む。
人狼であるからには当然敵で、自らの社会的身分というやつを保つための振る舞いをする必要はない。それでも誰かを目にすると声が2トーンほど明るくなるのを自覚した。………これだからお前はダメなのだ、ひよ太郎。どんな時でも他人の感情を読んで無駄な気配りというやつを辞められないから、お前はこんな所に……
「………まあ、さておき。さっさと、このままトドメを……」
倒れた人影に歩み寄る。その姿は無防備だった。
バンッ!!と衝撃音と共に、人狼がその身体を床から跳ね上げる。 振り返ったひよ太郎、その顎を人狼の踵が捉えた。軽い体が浮き上がり、平衡感覚を失うのに十分な衝撃が脳に伝わる。
「あ....効いたフリか。良いけどね、別に負けても。」
ひよ太郎は自分の運命を悟り、しかし同様の気配は見せない。ただ、退屈な人生の幕引きを喜んで迎い入れようと、目を閉じて………腹の奥に燻る感情に気がついた。
風音と共に、凶器が振り下ろされる。
それをひよ太郎は転がって避けた。条件反射に近い動きでなぜ自分自身が回避したのかわかっていないようだった。
(あれ、ボク様………。)
襲撃者は冷静に次の一撃を振り上げる。
(もしかして、ボク様……死にたくないのか?)
命を捨てて初めて得られた感慨だった。もはや助からない絶望的な状況になって初めて、ひよ太郎は自分の命が惜しいと思い始めた。
立つのもままならず、両手で地面を這いずって距離を取る。逃げたせいで狙いが頭からぶれて、細い指先が拳と床の間でプレスされ、潰れる。その一瞬が、やけにゆっくり感じて、脳に何十にも火花が散った。
肉が殴打を知覚した瞬間、脳に火花が散った。爪が割れた瞬間、また脳に火花が散った。肉が押しつぶされされた瞬間。割れた爪が肉に食い込む瞬間。骨にヒビが入る瞬間。そして、指先が完全に押しつぶされる瞬間。
「あっぎぎぎぁ、ぎがきぎきぎぎぎぎ!?!?!」
叫びながら、自身のあまりにも簡単な、一つの過ちを思い出した。命を賭けてヒリつくとはどういうことか。すなわち、命が惜しくてしょうがないということ。
ひよ太郎はあらゆる執着を捨てた世捨て人などではない。ただ退屈していただけの世捨て人だ。指先の断面が、そしてもう無いはずの第二関節から先が痛くて視界が歪んだ。でも、泣いても喚いても、人狼はゆっくりとちかづいてくる。これまで当たり前にあった、命というものを奪いに。
「や、やめて……や、やっぱり嫌だ!やっぱり死にたくない!死にたくない!死にたくない!」
気の利いた命乞いなんて出てこない。襲撃者は無言で、ひよ太郎の胴体を踏み、地面に固定する。めきめきと、熊にのしかかられたような圧力がひよ太郎の華奢な体を覆う。涙を零しながら助けを乞う彼女に、襲撃者は容赦をしなかった。
「……ああ、うぷっ、ああ、ああ!やめて!やめ……」
心臓の止まるその瞬間まで、ひよ太郎は命乞いを続けた。その最後は我ながら惨めで無様で後悔まみれで。
でもそれで良かったのかも、と頭の片隅で思った。
惜しいということはつまり、自分の命には価値があると、最後の瞬間には認められたのだから。