準備を終えて外へと出ると、もう日が落ちかけていた。風の音で、冬が近づいているのが分かる。馬車の停留所までは歩いて10分程度だ。兄ちゃんが言うには、サザン行きの馬車が出るのは30分後らしい。余裕をもって歩いても間に合うだろう。近所の人に「こんにちは」と挨拶をしながら歩いて行けば、あっという間に停留所へと辿り着いた。まだ馬車は来ていないらしく、周りには人気が無い。
「ん~、座って待つか」
近くにある塀に腰かける。風が思いっきり拭いて、ついつい身震いをする。少し薄着だったかもしれない。手持無沙汰に足を前後に動かしながら時間をつぶしていれば、タッタッタと誰かが駆けてくる音がした。
「あ! 人がいる~」
腹と足が出ている服は見ているこっちまで寒く感じる。俺よりも2.3歳くらい年上に見えるその女は、初対面だというのに気にせず話しかけてくる。
「君もサザン行きの馬車に乗るの?」
「あ、うん......そうだけど。姉ちゃんもサザン行くのか?」
「そう! よかった~、サザン行きの馬車で一人ぼっちだったらどうしようって思ってたんだ」
そう言いながら俺の隣に腰かけた。
「一日ボーっと一人で馬車に乗るのって、すっごく退屈でしょ?」
「そういうもんか?」
「うん!」
どうやらかなり元気なやつらしい。「よかった~」と言いながら友人のように振舞う姿を見れば、距離の縮め方の早さが分かる。でもまぁ、実際に一日中馬車でじっとしているとか一人じゃしんどかっただろうし丁度いい。
「じゃあ、まぁ.......。姉ちゃん、名前なんて言うんだ?」
「私はアンネ・キヴィレスト。アンネでいいよ!」
「俺はジルクだ。一日暇してるのが嫌って言うなら、話し相手くらいにはなってやるよ」
そう言って手を出した。アンネは満面の笑みで手を握ると、そのまま勢いよく腕を振る。思ったよりも力が強い。
「よろしくね、ジルク君!」
「あぁ......よろしく」
「本当はね、色々持ってきたかったんだけど、ししょーのお家トランプがなくてさ~」
「トランプ......?」
「これくからいしか暇を潰せるものがなかったんだよね」
そう言いながらアンネは後ろに背負っていたズタ袋を漁りだした。アンネ本人に気を取られて気づかなかったが、背負っている弓を見るに狩人らしい。ズタ袋の中もそれ関連のものかと覗いて見れば、アンネが取り出したのは狩人とは全く関係ないであろうものだった。彼女が手にしたそれは、木で作られた置物のようで、よくよく見ればポイズントードの形をしている。背中は異様にギザギザに彫られてあり、口の部分には木の棒が加えられていた。
「な、なんだそれ?」
「これはね~......」
アンネは木の棒を取り出すと、背中に滑らせる。それに合わせるように、ガラガラと軽快な音が響き渡った。
「こうやって遊ぶやつ!」
「え、それ、え? 本当にそれであってるのか?」
「こうじゃないのかな、多分」
狩人の見た目をした女性と、謎の置物は見た目的な相性が悪く異様な光景に思える。どう見てもミスマッチだが、アンネは気にしていないようだ。
「似合ってないな。そういうのって旅芸人がやるようなやつじゃないのか?」
「たび、げいにん......?」
「知らねぇか? まぁ、確かにこの街だと来ねぇか。ほら、都会だとなんか楽器とか持ってそこら辺歩いてるやついるだろ。演奏して金貰ってるやつ!」
ピンと来ていないのかいまだに首を傾げている。
「アンネは見たことないのか?」
「えっと、芸をしてくれる人、だよね?」
「おう」
「それなら見たことある!」
ハッとして大きな声を出すアンネを見ると、なんだか違和感がある。なんとなくの勘だが......。
「なんか、本当に同じもの想像してるか怪しいんだが......」
「そうかな? 芸してる人はよくお家で見たけどな......」
「ん? 家?」
気になる単語について聞き返そうとした時だった。
「ま、間に合った!」
息を切らしながら小さいガキが停留所へ駆け込んでくる。気配に驚いてそっちに顔をやれば、ガキと目が合う。
「そこのお二人! まだ馬車は出ていませんよね!?」
「あ、うん。まだ来てないよ......ねぇ?」
アンネに声をかけられて太陽を見てみるが、影の傾き具合的にも馬車が出る時刻を過ぎていないようだった。
「俺たちも待ってるところだぜ」
「な、ならよかった......」
どうやらかなり焦っていたみたいだ。服装を見るにいいとこのお坊ちゃんに違いない。こんな奴が息を切らしている姿なんて見たことがなくて物珍しかった。ふらふらしているそいつを心配してか、アンネが近寄って声をかける。
「ねぇ、大丈夫?」
「だいじょ......って、キヴィレスト嬢!? なんでここに......」
地面にへたり込んでいた坊ちゃんは、アンネの顔を見た瞬間、目をまん丸にして一歩後ずさった。
「なんだアンネ。知り合いか?」
「え~っと..................あ! シモン君だ! こんなところで会うなんて奇遇だね~」
シモンと呼ばれた坊ちゃんは、観念したようにため息をつくと嫌そうな顔をする。
「奇遇、ですね.......」
「よかった~お友だちもいて! あ、ジルク君! この人がね、シモン君」
アンネが服の裾を引っ張る。
「ふ~ん......俺はジルク。よろしくな!」
金持ち坊ちゃんと話したことはないが、アンネのこの様子を見るに大丈夫だろうと声をかけた。シモンが眉をしかめるのは見過ごさなかったが、気にしない。
「まぁ名乗る者の程ではありませんが、シモン・フォン・フュルストと言います。よろしくお願いします」
「ふぉん? ......なんか貴族みてぇな名前」
「そんなことはいいんです! それよりも馬車はまだですか?」
その言葉でようやくサザン行きの馬車を待っていたことを思い出す。そうだったと、慌てて通りを見てみれば、タイミングよく馬車がやって来るところだった。停留所で止まった馬車から、おっちゃんが声をかける。
「えっと、1、2、3......3人か? サザン行きの馬車だよ。乗るかい?」
「ああ」
そう言って乗り込もうとしたとき。ゴオーっと一際強い風が吹く。自然の風ではない、何かが羽ばたく音がして上空を見上げる。そこにいたのは、自分の数倍はある大きなモンスターだった。
「なんだあれ!? も、モンスターか!?」
「あれって......グリフォンじゃないですか!?」
グリフォンと言えば、ここの近くの大きな山、『巨壁山脈』にいると言われている大型モンスターだ。どうしてこんなところに......。
「お、おい! 近づいてきてるぞ!」
そのグリフォンは上空を飛び回るのを止めると、ゆっくりと下へ降りてきた。周りに緊張が走る。
「どうしてこんなところに......」
「おとぎ話でしか見たことないよ!」
もうすぐその爪が届く......という距離まで近づいてきたとき、グリフォンを大きく鳴き声を上げた。その圧に圧倒されていると、背中の方から何かが落ちてくる。それは人の形をした、いや、人の形というか、人だった。「よいしょっと」と言いながら華麗に受身を取ると、乗っていたグリフォンに声をかける。
「ありがとう、タマ。またね~......さてと、ここからどうしましょう?」
グリフォンはその女の声に返事をするように鳴くと、そのまま空へと飛び立ち去っていく。俺を含めてみんながその様子に呆けていたが、真っ先に動き出したのはアンネだった。
「すいませーん! お姉さん、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよぉ」
「そう? なんか困ってるように見えたから!」
いたって普通に会話をし始めた二人に、馬車の御者のおっちゃんが慌ててツッコミを入れた。
「や、お、おいおい! それどころじゃないって! あのグリフォンなんなんだよ!」
遅れて俺たちも声をあげる。
「な、なんだあれ?」
「そうですね、なんなんですか!? 何者ですか!?」
女はそれを全く意に介さないように、ゆったりとした口調で話し始めた。
「あ、私はまだあれほど大きなモンスターは使役出来ないんですけど~、お師匠様が送ってくれたんですよぉ」
「使役、お、お師匠様......?」
「えぇ! お師匠様はとっても可愛らしくて、強くて優しい方で......」
女の語りが始まる前に、おっちゃんが話を戻す。
「えっと......で、もしかして......馬車に乗りに来たのか?」
「ばしゃ......とは、なんでしょうか?」
おっちゃんが「えぇ?」という素っ頓狂な声をあげる。シモンがすかさずフォローに入った。見た目通りしっかりしているやつらしい。
「ここから聖都サザンまで行く馬車が今から出るのですけど、聖都サザンに何か御用が?」
「そうですね、人を探しているので......」
「であれば、乗った方がいいのでは?」
「何に乗ったらいいんですか?」
「ですから、馬車に!」
「これが馬車と言うんですね~」
マイペースに喋る女の返しに、シモンの顔がいらだちを隠せていない。しっかりしたやつだと思ったが......。
「すっごく狭いですね~」
「悪かったなぁ......」
「あ、あまり人の物にケチをつけるものじゃありませんよ......」
「いえ、ケチをつけてるのではなく、こじんまりとしていていいな~と思ったので......」
「褒める時に「狭い」という言葉を使う人はいませんけどね!」
......前言撤回。意外と短気な奴らしい。
「ま、まぁまぁ。乗るってことなんだよな! ほら、乗った乗った! もう出るからな!」
さっきとは逆に、おっちゃんがシモンをフォローする形で馬車へと誘導する。それに合わせるように、俺たちも馬車へと乗り込んだ。
「それにしても、お師匠様以外の人型の生物に合うのは久しぶりですねぇ」
「何を言ってるんですか!?」
「......ひとがたのせいぶつ? お前、人じゃねぇのか?」
続けざまに言われる爆弾発言にみんなが目を見開く。
「人ですよ? でも、森の奥にいるとなかなか人に会いませんから」
「森の奥って言うと、あの巨壁山脈、か......?」
おっちゃんが恐る恐るといったように問いかけると、女から「そうです!」という元気な返事が返ってくる。「終わった......」とでも言いたそうなおっちゃんの顔に同情した。
「え!? ということは、あなたあっちから来たの!?」
「はい~」
「すっごーい!」
アンネは全く気にしていないようだ。シモンは苦虫を嚙み潰したような顔をしているが、まぁ、そっちが正しい反応だろう。とうの俺も、巨壁山脈から来たという正体不明の女に警戒心を隠し切れないわけだし。
「はぁ......もう出るぞ~。一日かかるからな。運賃は向こうで回収するからな~」
大きなため息と共に、馬車が出発する。ゆっくりと、そして次第にペースを上げながらドーンの馬車がドーンの街を後にしていく。しかし、馬車の乗り場はそれどころではなかった。
「ほえ? ......ん、えっとぉ......、何か必要なものがあるんですか?」
女が慌てて俺たちに声をかける。
「片道50G必要なんだよ! えっとね、んっとね、あ、この10Gっていうコインが5枚!」
「あら、残念ですね。持ち合わせが無いです。どこで拾ってきましょうか......」
のほほんとした女の声とは逆に、あたりには緊張が走った。
「お前、金持ってないのか?」
「無賃乗車......ですかね?」
その言葉が聞こえていたのか、おっちゃんが後ろに目線をやってきた。
「おいおい、金持ってねぇのかよ!」
「はい、持ち合わせが一切ございません!」
「困ったぁ」と呟いてはいるが、このままここで降ろすつもりもないらしい。まぁ、あのグリフォンを使役しているやつと知り合いって言うなら納得もできる。俺だって、金より命が惜しいと思うだろうし。
「もういいや、お前たちのうちの誰か払ってくれ。な!」
おっちゃんはそう言うと、これ以上は我関せずと馬車の速度を上げた。しかし、こっちからしたらたまったものではない。
「ちょ、え!?」
流石に......と反論しようとしたところで、隣からアンネの快諾の声がした。
「いいよ!」
「はぁ!? いいのか!?」
「うん! えっと50が二つだから、10Gが10個あったらいいんでしょ? ......ほら! 10枚ある!」
そういうことじゃないんだが、アンネは何も気にしていないらしい。大らかでいいやつなのか、ただの馬鹿なのか分からないがかなり変わったやつのようだ。
「悪いですねぇ......。そうだ! 変わりに私の持っている物なんでもあげますよ!」
「いいの?」
「はい! ......えっとぉ、美味しい木の実とかあるんですけど」
女が懐から取り出したのは、黄色くて丸い木の実だった。見たことはないが熟していて美味しそうだ。
「美味しい木の実はご飯とかじゃ......って、これ世界樹の実じゃないですか!」
シモンが慌てて女の手を止める。
「これ、相当貴重なものでは? そんじょそこらの木の実とはわけが違いますからね!」
「ってことは、高いのか?」
「そりゃ世界樹の実ですからね。普通に食べるより、売るなりなんなりして元手にした方がいいと思うんですけど」
シモンの慌てぶりと怒り方的に、かなりすごいやつらしい。ますます、目の前の女のことがよく分からなくなってきた。
「とりあえず、これを売ってお金を工面した方がいいと思います」
「......売るってなんですか?」
再びの斜め上からの発言に、シモンがまたキレそうになる。しかし、これ以上怒っても仕方ないと判断したのか、一度深呼吸をして説明を始めた。
「あ~......そうですね。こういうものを使って商売をしている人がいるんですよ。そういう人に渡してあげるとその代わりにお金を貰えるんです」
「お金って「ください」って言ってもらえるものじゃないんですねぇ」
「くださいで貰えたら苦労しないんですよね!」
......やっぱり怒った。この二人の相性はかなり悪いらしい。どう場をなだめようかと口を開きかけたとき、場にそぐわない声が響く。
「私、出来るよ!」
「は?」
「あのね~、ししょーに言われてこれを売りにサザンに行くの!」
そう言って変な置物が入っていたズタ袋を取り出す。どうやらガラクタ入れではなかったらしい。
「だったら、それに着いて行ったら丁度いいんじゃねーの?」
「そうですね、キヴィレスト嬢がお金を貸すみたいですし......」
アンネが胸を張る。目を細めて女が俺たちの頭を撫でてきた。
「ありがとうございます。みなさん、優しくていい子ですねぇ。よしよし」
「ちょ、ガ、ガキ扱いするなよ!?」
唐突な動きに手を払いのける。アンネも中々に変なやつだと思っていたが、この女もかなりおかしい。世間知らずというか、マイペースというか......。
「あ、そう言えば姉ちゃん、名前なんて言うんだ?」
「私ですか? ミアと言います」
「俺はジルク」
「シモンです......」
「私はアンネ!」
「ジルクさんに、シモンさんに、アンネさんですね。覚えました!」
ミアの方を見ていたときだった。腕にべちゃっとした感覚を覚えて体をのけぞらせる。
「な、なんだこれ!?」
「あら、ぺちゃ~、おいで~」
どうやらミアのモンスターだったらしく、俺の腕に乗っかて来たそいつはミアに言われると素直にそっちへと動いた。
「サモナーのお師匠様がいるということは、あなたももしかして......?」
「サモナーが何かは存じ上げませんが、ぺちゃの他にもじゃもいますよ」
そう言って「怖くないですよぉ」とモンスターをこちらへ渡してくる。確かに、普通のモンスターと違って襲い掛かって来ることはないらしい。サザンに居た頃はモンスターを連れ歩いているやつもチラホラいたが、スラムのやつら食い扶持の増えるモンスターを使役することはない。そもそも、召喚術自体難しい技術で、スラムで知ってる奴なんて片手で数えるくらいいるかどうかだ。
「可愛いね~。ちゃんかな? くんかな?」
「どうでしょう? 考えたこと無かったですねぇ」
とりあえず、有害なやつじゃなさそうだし、運賃の問題もどうにかなった。一時はどうなるかと思ったが無事におつかいは進みそうだ。サザンまで丸一日、どうせすることもないしゆっくりするか~と横になろうとしたときだった。ガタンっと大きな音と共に馬車が急停止する。
「な、なんだ!?」
「止まりましたね......何があったんですか?」
身を乗り出してみれば、おっちゃんが慌てて進行方向を指さした。そっちに目をやれば人型の何かが道を塞いでいる。
「モンスターか?」
それらは骨だけで動いているようで、見たこと無い動きに顔をしかめる。
「スケルトン......ですねぇ」
「スケルトンウォリアー、ナイト、アーチャーもですか......」
ミアとシモンの声を遮るように、おっちゃんが声を荒げる。
「どうすんだよ! ここしか馬車が通れる道はないぞ!」
どうやらおっちゃんに戦いの心得は無いらしい。......となれば、ここは俺の出番だ。
「じゃあ、俺らがぶっ倒してやるよ!」
「な、なんだお前ら......冒険者か?」
「冒険者に見えるの!? 嬉しい! 私も! 私も倒す!」
「ちょ、え? みなさん!? 大丈夫なんですか!?」
「大丈夫か分からねぇけど、でもまぁ、剣の心得ならあるぜ!」
背中に負っていた剣を抜いてみせる。シモンはまだ納得できてないみたいだ。
「それなら助かる! お前たちみたいな若いやつらに頼むのも気が引けるけど、いけるか?」
「もう子どもじゃねえんだ! ......それよりも、馬車代まけてくれてもいいんだぜ?」
「え.......そ、それじゃあ、半額でどうだ」
「もう一声! ここしかいけねえんだろ?」
「うっ......分かった、一人、10Gで、どうだ?」
「乗った! お前らもそれでいいか?」
後ろを振り返ってみれば、やり取りがよく分かっていないかったようだ。「何が?」という顔をしたアンネは今か今かと弓を構えているし、ミアはいつも通りニコニコしている。シモンは内容が分かっていたようだが「どうでもいい」という顔だ。流石は坊ちゃんといったところか。
「それよりも! 早く行こ!」
アンネは走り出したそうだが、恐らくアーチャーである彼女を先に行かせるわけにはいかない。
「それじゃあ行くか!」
「やばそうだったら馬車まで戻ってこい! 俺はここで待ってるからな」
おっちゃんが少し遠くに馬車を止めるのを待って、荷台から飛び降りる。
「あ、ちょっとみなさん!?」
「ふふ、楽しそうですねぇ。頑張りましょうね、ぺちゃ~」
兄ちゃんのおつかいを果たすため(あと、馬車の代金のため)、スケルトンの群れへと飛び込んでいった。