『憤懣やるかたない世界』
魔王が倒され早二年も経とうとした頃。
徐々に平和を取り戻してきていたこの世界は涙を流す民の数が減ってきていた。
変わりに笑顔でいる人々が増えた事により天界側としても一安心、他の世界に手を回せると皆喜んでいた。
そんな結果をもたらした張本人であるこの世界の英雄……サトウカズマ。
彼は二年が経とうとする月日に流されず今も尚人々に感謝され、煽てられ、奢らされ……本人が非常に幸せそうだと言う点で見れば気にする事でも無いのだろう。
昼間から酒を飲み、友人と会話に花を咲かせ、下心で女の子を眺め……寄って集る女の子達と良い雰囲気へと。
あまりにも清々しい程に気味の悪い笑みを浮かべる。
それを知ってか知らずか、女の子達も少し引き気味になりながらもチャンスを逃すまいと猛アタック……彼はチョロいのだ。
だからこそお金目的だと分かるそんな女の子達も相手にするし、少しひとより大きい胸に惹かれ財布の紐を緩める。
……気分が悪い。
今日はシュワシュワを飲みすぎた、そう自覚出来る程に体調が悪くなるのを感じる。
これ以上ここに居ても仕方がないだろう、彼を尻目にギルドを後にする。
人目のつかない路地裏へと足を運び途端に優れた体調に我ながら単純だなと苦笑してしまう。
そして理由が分かっているのにも関わらず、足が竦み動けない自分に呆れてしまう。
いっそ、今よりも力がなく、足も速くなく、可愛くなくとも、普通の人間でありたかったとすら思えてしまう。
今までの自分の人生、神生を全否定だ。
……ここまで弱かったのかと、驚きもある。
何時もの事だ、彼が女の子と良い感じになり、気分も絶好調…と言った所でお金だけ消費。
事実あの女の子達も昔彼に集りに来ていた……それに気付かない方も悪いが。
そんな分かりきった事ですら、見るのも嫌になる、咎めに行くのも……重いと言われるかも知れない。
たられば、そう言われれば全てなのだが……どうも勇気が出ない。
結局の所彼に嫌われたくない、それが全てなのだ。
だからこそ私は我慢する、彼の交友関係に口を出す権利も無く、行う事柄を咎める権利も、彼を束縛して良い訳が無いのだ。
私と彼は違うのだ、どれだけ親しくなると、繋がろうと、神と人間では根本的に。
そもそも今の関係になれた事すら奇跡、感謝しなければいけないのだ。
それ以上を望んではいけない、わかっている、分かっているのに………
「……分かってるんだけどなぁ。」
私の心身はともに正直、我慢など出来ないのだ。
言葉に出来ないものを独り言に、行動に出来ないものを涙に、変換してしまう。
自分は何を思っているのか、何をしたいのか、押し殺した様々な感情とともに分からくなっていく。
「___何辛気臭い面してんのよ。」
ふと、聞き馴染みのある声が耳へと入る。
それに釣られ顔を上げると……心配しているのか、眉を曲げジト目で私を見下ろす先輩が立っていた。
「…先……輩……。」
「そんな顔されてちゃ折角の高級シュワシュワも美味しくなくなっちゃうじゃない、ほらさっさと何があったのか言って頂戴!!」
小さなコップを二つ取り出し大事そうに抱えていたシュワシュワを注ぐ。
私と先輩の前に注がれたコップを置くと、カチンと音を鳴らし飲み始める。
それに釣られ私もシュワシュワを口に含む……先程まで鉛の様に硬かった口が、段々と柔らかくなっていくのを感じる。
何時私の正体に気付いたのか、何故ここに居るのか、色々と聞きたい事は沢山あったがそれら全てを引っ括めて……鬱憤を晴らすかの如く想いを語る。
「……カズマさんとは、親しい仲ではあると思うんです。」
自分が今クリスの姿だと言う事も忘れ、先輩の前に居る後輩エリスとして喋ってしまう。
「一緒に仕事も、遊びも、二人っきりで、親しい友人として……ではありますが。」
「……それで?」
「好き…何ですよ。私、カズマさんの事が。」
エリスとして、女神として、言ってはいけない、抱いてはいけない、邪な気持ち。
だが私は機械でも無機物でもない、感情を持つ一匹の生物なのだ……咎められようと心まで抑えれる訳では無い。
「...?ならアタックすれば良いじゃない。ほら、カズマさんはどうせギルドで女の子に鼻の下伸ばしてるわ。」
そう何でも無い様に言って退けた先輩に手を引かれ座り込んでいた体を無理矢理起こされる。
...人の話を聞いていたのだろうか?
「あの、先輩...?私の話聞いてましたか?」
「えぇ勿論!こっちが恥ずかしくなる位には純情な乙女心をこの耳にちゃんと聞き入れたわ!!」
楽観的、其処が先輩の良い所であり、非常に悪い所である。
ニコニコと手を引く先輩の手を払い退け、今まで溜まりに溜まっていた鬱憤を晴らすかの如く感情が込み上げてくる。
「なら!!少なくともそんな台詞は出てこない筈ですッ!!そうやって、事なかれ主義で、何も考えず、何でもかんでも人に押し付ける先輩だからこそそんな台詞が言えるんですよッ!?」
「...」
そんなヒートアップしていく私を冷めた目で見つめる先輩、その姿に更に頭に血が昇るのを感じつつも抑えが効かない。
「私達女神は人では無いんですッ!!人を助け、導き、見守るのが私達であって...ッ!!...個人的感情を持ってはいけないんです...よ。」
果たしてその涙の意味は何なのだろうか、流す本人がそう疑問に思うのだから選抜は尚の事理解に苦しんだだろう。
言葉が出てこない程に、代わりに涙が流れるかの様にボロボロと溢れ溢す涙で視界が滲む。
目の前の先輩はどんな顔をしているのだろうか、冷めた目でまだ見ているのだろうか、呆れているのだろうか、はたまた笑っているのだろうか、分からない...興味が無い。
結局の所、理解しているつもりである私はその想いを抑えれないのだ。
彼に近寄る女の子達に嫉妬的感情を持っても、先輩に怒っても、全て、全て...その先にはカズマくんが居る。
私は、彼が、サトウカズマが、カズマくんが...好きで好きでしょうがないのだ。
やがて耐え切られなくなった私は袖が汚れるのも気にせず涙を拭い、先輩と向き直る。
私の目の前に居た先輩は、頬を吊り上げ笑っていた...しかし、その顔は微笑みと表現するべきか、女神その本人である私が言うのもまた可笑しな話ではあるだろう...女神が私を包み込む様に見守っていた。
「汝、クリス...貴方のその心しかと聞き入れました。私から言える事はたった一つだけ、その欲望に素直に従うが良いだろう...。」
「...だ、だから、私は女神であって...!!」
「"クリス"、貴方はクリスであり、女神でありません...。多数居る人の中の一人、唯の恋する冒険者でしか無いのです。」
そんな屁理屈を真剣な表情で告げる先輩。
あぁ、そんな所に惹かれて私は舌に付いたんだ。
だが屁理屈は屁理屈、幾ら先輩が良いと言った所で上は認めてくれない...その事実は決して覆る事は無いのだ。
そう思考が憶測にある私は誰に何を言われようと動けずに居たのだ...たったいまの今まで、目の前で少し悲しそうな表情で私の顔を両手で優しく包み持ち上げる先輩がその思考を変えさせてくれた。
「私は今までアンタに色々と仕事を押し付けてきたわ、それについては何だかんだ感謝してるの...だからそうね、次は私がアンタの仕事をしてあげるわ!!全くこのアクア様がこんな事を言うのは最初で最後かも知れないわねっ!!」
「...せん、ぱい...。」
「...だから、ね?エリス、アンタも幸せになりなさい...そして、私の友達であり、悪友であり、敵であり...まぁ、カズマさんを幸せにしてあげてくれる?」
"ブレッシング"、最後にそう付け加えると先輩を私の背中を軽くトンッと押す。
そうして路地裏が追い出された私は後ろを振り返ると...少しだけ寂しそうな、それでも子供の門出を嬉しそうな、聖母の様な表情で小さく手をヒラヒラと私を見送っていた。
あぁ、叶わないな...先輩。
私は、そんな先輩に憧れて、真面目に仕事に取り付くその姿に、嘆き仕事を押し付けサボるその姿に、事ある毎に感情豊かに表情をコロコロと変える、その姿に憧れ、尊敬し、ついて行きたいと思い...そんな先輩を笑わせるカズマくんに興味を持った、持ってしまった。
...いけない、また涙を溢してしまう。
折角会いに行くのだ、一番可愛く、一番自信のある私で行かなければいけない。
私を押し出してくれた先輩の想いも背負って、私は、エリスは...クリスは、一世一代の恋をする。