『まだまだ子供な世界』
強く、深く、悪気も無く爪を背中に食い込む勢い。
まるで何か大切なものを離さないかの様に......いや、自分で大切なものと言うのも恥ずかしいのだが。
そう軽口をたたく相手は何処にもおらず、こうして心の中に留めておく事に少しの寂しさを覚えてしまう。
あの日、あの瞬間、俺は魔王を倒す事に成功したのだ。
信じてくれる仲間達の想いを胸に、祈りを、力を託され死闘の末魔王討伐に成功。
本当に文字通りの死闘だったのだが、どうやらそれが全ての元凶なのだろう。
そんな俺を、神は、女神は、仲間は、アクアは......許してくれなかった。
「...ねぇ、ちゃんと生きてる...?」
「......当たり前だろ、お前は死体に抱きついてんのか?」
そう告げると胸の辺りにしがみつくアクアは首をふるふると横に振り、またコテンと頭を預けてくる。
何をそんなに危惧しているのだろうか。
俺が死ぬ事はそう少なくない、自分で言ってて悲しくなってしまうが...俺は非常に貧弱な只の人間なのだ。
冬将軍、木から落ちる、コボルト、ヒュドラ...他にも実に様々な死に方を思い出してしまう。
もしこの世界が何かのゲームであったならば、実績解除しているであろう。
それ程までに死と身近であった俺、そんな俺よりも更に身近であったアクアが今何を考えているのか。
「なぁ、こんな状況で言うのも何だけど...お前どうしちまったんだ?」
「...。」
返事が返ってくる事は無い。
こうなってしまったのも何時からだろうか、天界から復活した後?それとも魔王を倒した時?それとも魔王の側近に殺された時?分からない。
分からない物を考えても仕方が無いのだが、こうやって四六時中纏わりつかれると溜まったもんじゃ無いと言うのが正直な所だ。
お陰であの二人も困った事に硬直状態、暫くの間領主代行として家を開けるとダクネスが、魔王を討伐した事を直接報告しに行くとめぐみんが、今このだだっ広い屋敷には俺とアクア二人だけだ。
「.....最初は、馬鹿な男って思っていたわ...。」
「おう何で喧嘩売られてんだ?」
「その次は、私の伝達不足で...でも、其処まで悲しいとは思わなかった...。」
と俺の言葉を無視しながら、ぽつりぽつりと語り始める。
俺の背中に回した手に力が入るのを感じる。
「次も、その次も、その次も...どれも馬鹿みたいで、どうしようも無くて、でも...見ていて面白かったわ。」
「...女神様が人の死を面白がって良いのか...?」
聞く人によれば反感を買いかねない発言に、今まで暗い顔で俺に寄り添う事しかしなかったアクアがクスリッと笑う。
その笑みは何時も感じていた豪快なアクアらしい笑い方、と言うより何処か暗い雰囲気を残した妖艶な笑み。
するりと背中から頭に運ばれた細い腕は後頭部をグッと押し、逆に俺が抱擁されてしまう。
何て役得だ...と喜んで入れられない、今のアクアを見てしまえばそんな行動にも心配が勝ってしまう。
「良くは無いわ、でも...悲しいものでしか無かった私の中での死が、思わず笑ってしまうものに...不謹慎であっても......これはカズマさんのお陰、と言うよりカズマさんのせいかしら?」
「...そうか。」
「でも、結局の所それは当事者で無かったからに過ぎないのよ。」
そう呟くと、締め殺す勢いで俺の頭を抱える。
「全部...あの女子高生の為に、お金の為に、めぐみんの為に、ダクネスの為に、アイリスちゃんの為に......見ていてとっても笑えて、とっても...羨ましかったわ。」
「羨ましい?」
何だろう、これ以上聞くのはアクアの本質的なものに関わってしまうのかも知れない。
何時もとアクアを見ていた目で今後見れなくなるかも知れない。
そう直感しながらも、今目の前にして耳を塞ぐ選択肢は俺には無かって。
「カズマは日本で生まれた時、親御さんに愛されてたかしら?」
「...まぁ、そりゃニート許されてたからな。」
「そうね...他の皆も随分愛されて育てられているわ。」
そう言われ脳裏によぎるあの二人の親は、確かに娘を随分と可愛がっていた。
まぁちょっと一名可愛がり過ぎている節もあるが。
「でも私は違うわ。」
そっと俺を胸から剥がすと、久しぶりに見合わせたアクアの目には...綺麗な青色の瞳を潤ませ、濁らしていた。
「私は、親も、血の繋がった相手も、たったの一人として居ないのよ...だから心配される事は無かったわ。」
「...エリスが居るじゃねぇか。」
「あの子もおんなじ立場じゃない。愛を知らない存在が、どうやって人を愛すの?」
何やら、哲学的な話へと拗れてきた。
それに気付いたのだろう、コホンッと一息付くと本題へと移す。
「まぁつまり...嬉しかったのよ。カズマさんが私の為に、文字通り身体を張って私を助けに...私の為に......そう考えるとね、カズマさんもやっぱり人間何だなって...。」
「あー...つまり何だ、俺の死も他の連中と同じ様に見えるって言いたいのか?」
こくりっと頷く。
コイツは寂しいがりなのだ、ただ長く生きてるだけの人間に変わりはしない。
この魔王討伐までの生活で、満たされなかったものを沢山得た代わりに...提供する人間を失うと言う事実に。
愛す愛されるだの小っ恥ずかしくてあまり口に出したく無いが、アクアはまだまだ子供なのだろう。
一丁前に女神と言う名前を張ってるせいで、虚勢を張らざるを得ない日々を過ごしてきたのが全ての元凶。
「なら、俺と一緒に過ごせば良いじゃねぇか。」
「...え?」
「俺と、ってか俺達とだな。」
濁っていた目を拭い見開き俺を見つめるアクア。
まるで信じられないとばかりに訴えてくる。
「どうやってなるかも知らないが、俺はお前を選んだんだ。あいつらが拒んでも、俺だけでもお前の側に居る予定だったんだが...迷惑だったか?」
「めいわ...っ!!そ、そんな事無いに決まってるじゃない!!決まってるけど...でも、それは......その...。」
何やらもじもじと言い淀む。
「はぁ...何だそんな事で悩んでたのか?良い加減鬱陶しいんだよ、らしくもねぇし。」
「はぁ!?アンタこの私に抱きつかれて鬱陶しいですって!!」
立ち上がり、激昂したアクアを見上げ...俺は思わず笑みが溢れてしまう。
「...アンタ何笑ってんのよ。」
「いや?ただ俺は何時ものお前の方が好きって改めて思っただけだ。」
「フンッ!!おっ立てた癖に何を言ってるのかしら?」
こ、コイツ気付いて...!!
「はーやだやだ何でこんな引きニートの童貞に私は...全く、心配して損したじゃない!!」
「言っとけ言っとけ!!なーにが愛だ、年老いて急に人肌恋しくなったんじゃねぇか!?」
「ぶっ殺ッ!!!」
何時もの様に言い争い、ゴットブローの構えで此方に突っ込んでくる。
これで良いのだ、俺達に愛だのしんみりとした雰囲気は必要無い。
そんなものは...死んだ後にでも考えれば良いのだ。
怒った雰囲気で突っ込んでは来ているが、その顔は何処か笑みの溢れる何時ものアクアの笑顔に釣られ......俺は、アクアが俺の顔を掴みに掛かって来ている事に気付かなかった。
てっきりゴットブローが来るものだと身構えていた為、まさかそんなテクニカルな闘い方をしてくるとな思わず...間に合わないと悟り目を閉じる。
そのまま何かが近づいて来ているのを肌身で感じながら...アクアが唇を重ねて来る、と言う事に気付くのはそう遅くは無かった。
勢いが良過ぎたあまりに、歯と歯がぶつかってしまいそれなりに痛みも来るが...そんなまさかな行動に身体が動かない。
「カズマさん!これは私からの
「...あぁそうだな、約束だ。」
差し出された小指と小指を結び、何処か暗がりを残していたアクアの顔は完全に晴れきっていた。