『蕩ける世界』
俺が思うに、女神エリスとクリスの存在の説明は至ってシンプルに、且つ詳しく説明出来るだろう。
この二人の存在を簡単に言うと、二重人格の様なものであると推測出来る。
此処で言う本体とは所謂女神エリス、天界で佇み山の様な書類を虚ろな目で処理する方が本体だと仮定した場合。
クリスと言う存在はそんな疲労やストレスの溜まった本体を癒す、ストレス発散を目的とした意識を共通させた別の個体。
身体は同じ者を使い、疲労も、安らぎも、同じ身体、同じ心が請け負うのだ。
だがそれは唯のリフレッシュ、とても二重人格とは言えない。
俺が二重人格だと仮定したのは、本人の口から出たどちらも本物だと言う発言からなのだ。
エリスはクリスであり、クリスはエリス。
ややこしい、分かり辛い、難解、そう思う説明を受け簡略化した答えが二重人格。
言動の違いやアグレッシブな行動、果てに使う魔法も違うとくればとても同じ者とは言えない。
支援と回復を行うエリス、感知や罠を使うクリス、この矛盾がある限り俺の仮説は間違っていると言う事にもなるのだろう。
では結局答えは何なのか?二つ身体が存在していて意識を行き来出来るのだろうか?果てはそもそもクリスが本体なのだろうか?
答えは女神のみぞ知る...それが今までの答えであった。
だが、魔王討伐も終え金も有り余る程手に入りする事の無くなった暇人である俺は...好奇心を持ってしまった。
好奇心は猫をも何とやらと言った言葉があったが、この世界に居る俺の知ってる猫は好奇心程度に殺される程弱く無い。
今日もどうせ来るのだろうと簡単に予想を立て、俺は部屋の窓がコンコンッと叩かれる音を聞いて思わず口角が上がってしまう。
無理もないだろう、事が上手く行くと言うのはそう言う事なのだ。
「___やぁ!今日は随分と潔が良いんだね?」
銀髪ショートボブの中世的美形、当の本人であるクリスが朗らかな笑顔で屋根に腰を掛けていた。
「ちょっとな、俺もクリスに用事があったんだ。」
「へぇ?キミがアタシに用事何て珍しいね、基本的にアタシがキミを無理矢理引っ張ってたのに。」
「自覚があるなら是非とも辞めて欲しい所だが...ま、外じゃ何だし上がれよ。」
冬と言う程寒くは無いが夜は冷え込む。
ただでさえ薄着なクリスを部屋の外で待機させるのも忍びない、是非ともお互いに落ち着きながら話すべきだろう。
適当に『クリエイト・ウォーター』で出した水をカップに注ぎながら小さなテーブルへ置くと、改まって俺はクリスの顔を覗く様に見上げる。
出された水を口に付けながら、俺の視線に特に意味を持たずに見つめ返す。
キョトンと首を傾げるその様は、黒装束に包まれていても何処か可愛らしさを残していた。
一つ深呼吸をしながら、俺は言葉をゆっくりと紡ぐ。
「...なぁ、クリス。いや、エリス様。これは俺の戯言だと思って聞いて欲しいんだが。」
「...。」
ゴクリと生唾を飲み込み、俺は真剣な表情でクリスを見つめる。
「エリス様って、結構無理してるんじゃないか?」
「...と、言うと?」
片目を閉じ続きを促しながら水を飲む。
その何処か底知れぬ闇を感じる雰囲気に、思わず逃げたしたくなってしまう。
「あまりに暇を持て余すもんだから最近は俺なりに女神様とは何なのか、ってのを考えてたんだよ。」
「ふーん、それで?」
「アクアとエリス様の違い、そりゃ勿論二人共違う生活で、性格で、言動も、似た部分はあれど同じでは無いだろ?」
酒が好きだとか、そう言う所以外は実に真逆な二人だと言えるだろう。
お淑やかで実はムッツリなエリス様、方や色気の無い借金とゲロ塗れのアクア。
「でも、何でアクアにはクリス的存在が無いのだろうか、そもそもクリスって何なのか、って思ったんだよ。」
「...何度も言うけど、アタシはクリス、エリス様はエリス様、それ以上でも以下でも無いと思うけど。」
呆れた様にそう答えるクリス。
勿論転生者であろう俺でも天界の内部的情報を知る術も、理由も無い。
だからクリスは詳しい説明を行わない、もしかしたら難しいからなのか、面倒くさいからなのか、しかし大事なのは其処では無い。
俺の立てた仮説であった場合、クリスの存在を良しとする訳にはいかないからなのだ。
「エリス様とクリスの行動の違いってさ、まぁ面白い位に反対だよな。」
「...。」
「ルール、秩序、そう言うお堅い事柄を守る皆を平等に見守る女神様。犯罪上等、酒が大好き、義賊、まぁ少なくともお堅い人間とは思えないよな。」
二人の共通点と言えば...悪魔嫌いくらいだろうか。
まぁ俺の知らない他の事も沢山あるのだろうが、知っている限りでは同じ者とは思えない。
クリスとエリス様は全く別の身体と思考を持っていて、二つ身体があると言われた方がまだ納得が行くだろう。
「つまり、カズマくんはアタシを、クリスを、エリス様のストレス発散の為の道具、って言いたい訳?」
「そう言われると聞こえが悪いが、概ねその通りだな。」
睨む様なキツい視線を向け、足を組みながら少し考える素振りを見せる。
何時に無くその真剣な表情に、緊張とはまた違う別の意味で心臓をドキリと___
「___ねぇ。」
思わず見惚れていた俺に声を掛け、ハッと意識を取り戻す。
「もしカズマくんの仮説が合っていたとして、その場合何かカズマくんに不都合な事でもあるの?」
「不都合、か。」
「うん。そりゃアタシだって女神様って言われても一人の女の子、嫌な事があったり楽しい事が無いとストレスだって溜まるさ。それをエリス様の姿だと解消出来ないからクリスって言う身体を作って、それを使ってるだけだと思うんだけど。」
不都合、それはただ一つだけあると言える。
しかしそれは非常に私情的で、身勝手な言葉。
それを投げ掛けるのは、またクリスで居る時間を増やす...所謂、ジレンマ。
...いや、どうせ此処まで真剣に話し合い出来るのもそう多く無い、ぶっちゃけてしまうのが楽だろう。
俺は覚悟を決め、伏せ気味になっていた顔を上げる。
「大前提として、俺はクリスが、エリス様が好きだ。」
「...へ?」
「そりゃもうどうしようも無く。ゲロインと変態に馬鹿に囲まれた生活を送らされてきた身として、エリス様はそれはもう光り輝く天使...いや、女神!!」
深夜テンション、そう片付けるのも簡単だが此れは嘘偽りの無い本心でもある。
状況が上手く読み取れないでいるクリスを捲し立てる様に、俺はグイッと顔を近付かせる。
「ならばそんな好きな女性が此処最近ストレスが溜まってますよと言わんばかりに...そう思うと、俺はクリスの姿を見ると...な?」
「...ふ、ふふ...。」
「...クリス?」
もう我慢出来ないとばかりに、腹を抱えて天井を見上げる。
「アハハハハッ!!そ、そっかアタシの事が好き...ふふっ、そっか!いやぁ良いね!キミと居ると飽きないや!!」
「...。」
「うん!有り難うカズマくん。アタシもキミの事結構好きだよ?それはもう...わざわざ、こうやって会いに来る位に!!」
...会いに来る...?
「...えーとつまり何だ、もうほぼ毎晩の様に義賊に来てたのはストレス発散の為何かじゃ無くて...。」
「んーま、ある意味ストレス発散になるのかな?...それにしてもそっか、カズマくんもアタシの事が...。」
などと乙女チックな表情で口元を隠すクリスを尻目に、俺はとんでもない邪推を行っていたのだと気付く。
何か...恥ずかし!!滅茶苦茶探偵気取りであった過去の自分を殴りたくなる。
「まぁカズマくんの言う通りクリスって存在は確かにストレス発散目的ではあったよ。でも今はもう...もう一つのアタシ、的な感じだから。」
「じゃあ、別に常日頃からストレスが溜まりに溜まってるとか、そう言う訳じゃないんだな?」
「心配してくれるのは嬉しいけど、全くの無問題だね。」
グッと親指を立て自分の健康的アピールを終えると、腰を上げ俺が座っていたベットへと隣へ腰掛ける。
グイッと近付けられたその美貌の瞳には、何処かめぐみんを彷彿とさせる様な輝きを持っていた。
「アタシはクリスであって、エリス様では無い。そのスタンスは絶対に覆る事も無い...けれど、その詳細を知る必要がカズマくんにあるとも思えない。キミはサトウカズマであって、アタシはクリスである、その事実がこの場にある事が尤も重要なんじゃないかな、とアタシは思うけど?」
「...。」
「結局カズマくんが尤も気になっていた事は解決した訳だし...まぁ、乙女の秘密を探る程カズマくんはノンデリカシーじゃ無い...うん、まぁ良いじゃないか!!」
何故濁すのか、まるで俺がノンデリカシーな男だと言っている様なものである。
言われの無い事実に反論をしたいのを抑え、俺は改めてクリスの言葉に耳を傾ける。
エリス様とクリス、その本質的詳細を知る事は無けれど...少なくとも、そんな事がどうでも良い位に俺は何処か心が晴れやかな気持ちであった。
クリスがエリス様だろうと、エリス様がクリスだろうと、俺のこの気持ちが変わる事は無い。
「...まぁ、良いか!」
「それに、カズマくんはもっと気にしなければいけない事があるでしょ?」
「ん?」
俺がもっと気にしなければいけない事...。
「はぁ...めぐみんとダクネスにはどう説明するつもり?それこそ、めぐみんには特に。」
「...。」
「言っちゃ悪いけど、カズマくんがやってる事って殆ど浮気だよ?浮気。」
今までのアイツらとの日々を思い出しつつ、俺はめぐみんとの関係性を改めて考えて見ると...うん、確かに殆ど、てか浮気だな。
あんな事しといて今更他の女を好きになりました、なーんて言った日にはもう...。
「...最悪、てか殺されるだろうな、俺。」
「自業自得、アタシも今はまだ深夜テンションでこうやって笑っていられるけど...多分、改めて明日にでもなったら当分はこの世界に降りたくなくなるなぁ...。」
などと分かっていてもこの気持ちに嘘は付けない。
最低最悪、俺が嫌ったハーレム気取りのイキリ主人公そのものとして俺は生活しなければいけない。
縁も所縁も無い話だと、他人事の様な話だと、そう思っていた筈なのだが...ハッキリ今後が億劫だと言う感想しか出てこない。
「まぁ、頑張って殺されるのは回避してちゃんと話し合いしてね?じゃ無いとアタシ...。」
「...何だよ。」
「カズマくんが殺されちゃったらアタシ、めぐみんの事殺しちゃうかも知れないから。」
そう告げた彼女の瞳は、とてもじゃ無いが凛と輝いていたとは...お世辞にも言えなかった。