『苗字の無い世界』
「___サトウさん。」
「ッ!?!!??!ど、どうしためぐみん!?お前遂に頭まで爆裂魔法に...ッ!!」
「おい、爆裂魔法を可笑しいものと言う扱いはやめて貰おうか。」
ジト目でそう申し出るめぐみん。
いや、だって...えぇ?
サトウカズマ、それは俺の名前だ。
巷ではクズマだのカスマだの散々な言われようだが、サトウと苗字で呼ぶ者はそう居ない。
大体の人間がカズマと名前で呼ぶのだ。
特段フレンドリーだとかそう言う訳じゃなく、ただただ普通にそう呼ぶ。
元いた日本では初対面の相手に名前呼び、とはあまり良しとされていない風潮があったが...この世界では平民苗字必修義務令等存在しない。
大体の場合、アクアやクリス、めぐみんにリーンにキースと言った一つの名前で完結する...いや待て、別にアクアやクリスは別にこの世界の住人といった訳では無いのか...。
まぁ良い、少なくとも人日本人と同じ形の名前を持つ人間は存在しないのだ。
だが勿論苗字を持つ者も居る、それが所謂貴族である。
ララティーナを始めアイリスやアルダープ、どれも大層で長ったるい苗字をお持ちの方々だ。
...とまぁそう言う事もあり、ただの平民である俺を苗字する者は存在しないと言っても過言...ではあるが、あまり多く無い。
ましてやめぐみんは遂昨日までカズマカズマと呼んでいたのだが...。
「一体何をやらかしたんだ?」
「何故私がやらかした前提なのですか!?」
「嫌だってお前昨日までカズマって呼んでたじゃねーか。」
そう当たり前の事を突っ込むと、納得した様にふむと考え込む。
いや、結局何なんだよ。
「...いえ、別に何かやらかした訳では無いんです。それに、私が何かやらかしてもどうせカズマは許してくれますから...態々呼び方を変えませんよ、アクアでもあるまいし。」
「おい待て誰がチョロマさんだ。」
「言ってません。」
さも当たり前かの様に戯言を抜かすがまぁそれは良いだろう。
やがて少し言い淀んでいた硬い口を閉ざすのをやめたのか、ふぅと深呼吸を終えると此方に目を合わせる。
「昨日どうせ一人でトランプをやってるであろうゆんゆんを揶揄いにギルドへと向かった話なのですが。」
ふむ、何時も通りだ。
「そこで珍しく、本当に珍しく昼からお酒を飲んでいるミツルギを見つけたのですよ。そこでふと思ったのです、カズマを落とすには同じにほん出身であるミツルギに尋ねてみるのもまた手ではないか、と。」
「そうか、でも俺がその光景を見たら嫉妬に暴れ狂ってミツルギを殺してしまうかも知れないから次からはするなよ。」
「そ、そうですか...。まぁそこで聞いてみたのですよ、ミツルギは女性のどう言った所に惹かれるか、と。」
...アイツモテまくってるしそう言うの無さそうだけどな。
強いて言えば...借金を持ってギャンブルと酒に溺れた顔と身体だけは良い長髪の女、だろうか。
「すると、普段苗字で呼ばれてる相手から不意に下の名前で呼ばれるとドキッとする...と、言っていたのですよ。」
「成る程...それで急に名前呼びする為の土台作りとして、サトウの方で呼んでみたって訳か。」
「そう言う事です!!分かっていただけましたか?」
本当に爆裂魔法以外の事ではからっきしなのだろう。
無い胸を張りドヤ顔の己の自論を語り悦に浸っている所悪いが、溜め息しか出ない。
「はぁ...あのなぁ、逆に壁を感じるわ。」
「か、壁ですか?」
「あぁ、今までカズマカズマって呼んでたのに、急にサトウ呼びされるのは何か悪い事でもしたのか...嫌われる様な事を...って勘繰っちまうよ。」
実際俺がアイリスの事をベルゼルグ王女とか言い始めたら泣くぞ、あの子。
「成る程確かにそれもそうですね...それに、別にカズマにそう言った趣味があるとも限りませんしね。」
「...いや、まぁ...別に共感は出来るぞ?」
癪ではあるが、今回ばかりはミツルギの意見に賛成だ。
「では困りましたね...今から呼び方を変えても周りに説明も面倒臭いですし、カズマのガラスのハートが砕け散るかも知れませんし。」
「まぁガラスのハート云々は突っ込まないとして、結局何時ものお前で良いと思うぞ?変な方向に突っ走るのもお前の美点ではあるが、別の男の意見を参考にするってのもあんまり面白くないんだぜ?」
「...何ですかカズマの癖に、一丁前に王子様気分ですか。普段はヘラヘラしてる癖して、言葉だけは色とりどりに飾り付けても結局ヘタレはヘタレ何ですよ。」
ちょっとカッコつけたらこれだ、本当に俺の心がガラスのハートだと思っている人間から出る言葉の暴力では無い。
ヘッと笑い飛ばす癖して頬を少しだけ赤く染めためぐみんを眺めながら、俺は今一度名前について考える。
確かに、もしめぐみんと会って今の今までサトウ呼びされていたならば...ふと、カズマと呼ばれればその場で動揺してしまうだろう。
事実検察官であるセナさんや変態のクレアは俺をサトウと呼ぶ、もし二人が急に俺をカズマ等と呼ぶ所を想像すれば...うん、俺が何かやらかして問い詰められている所しか想像出来ない。
ある種ドキドキはするが、あまりしたくないタイプのドキドキである。
つまりこの世界に来てからそう言った日本人らしい文化や価値観などが薄れてしまっている、と考えても良いだろう。
もし魔王討伐の前である俺ならば、まだこの世界に来てバイトばかりしている頃の俺ならば、クレアやセナさんにカズマと呼ばれても嬉しい意味でのドキドキだけであっただろう。
俺は染まってしまったのだ、この世界に。
...その証拠に、こんな奴を好きになってしまっているでは無いか。
「ぶえっ...カズマ、頭を撫でるのはよして下さい。髪が崩れます。」
机突っ伏しているめぐみんの頭を撫でながら、俺は思わず苦笑いしてしまう。
そう言っても、俺の手を退けようとはしないのだ。
「...カズマ...サトウカズマ...サトウ...めぐみん...サトウめぐみん...?」
「...。」
「おや?今急に撫でる手に力が篭りましたね、何故動揺したのですか?」
...急にボソッと呟くその一言に、俺はまだ日本人らしさを残していたと言う安堵。
そして、ニヤッと悪い顔で此方を見上げるめぐみんへの悔しさと。
「そうですかそうですか!!サトウめぐみん、私達が結婚すればいずれそうなりますからね!!何今のうちに慣れておきましょう!!手始めに、人気の飲食店へ行き名簿欄へサトウめぐみんと書きに...ッ!!!」
「やめろ馬鹿そんな事しなくて良いんだよッ!!」
「おやぁ?何照れてるんですか、どうせすぐ慣れるでしょう飽きるでしょう!!ささ、こうやって私に弄られるのもあまり良い気分では無いでしょう慣れるために、すぐに慣れるために今のうちにッ!!!」
アークウィザードとは思えない馬鹿力で引き留める俺を引き摺りながら意気揚々と屋敷を出ようとするめぐみん。
...本当に不覚であった、確かに下の名前で呼ばれるのもドキッとするが、もう一つ良くあるパターンとして...好きな相手の苗字を自分には当て嵌める、と言うのもあるのだった...!!
めぐみんの言う通りもし結婚すれば直ぐに慣れるであろう、では何故ここまで引き留めるのか?それは単純明確。
今!この場所で!!この瞬間!!めぐみんにッ!!弄れるのがッ!!!嫌だからであるッ!!!!
「...ねぇ、ダクネス。あの二人ってまだ付き合って居ないのよね?」
「あぁ、めぐみん曰く友達以上恋人未満...らしい。」
「ふーん...ヘタレさんね、二人とも。」