『カズマくんと一人の女神な世界』
___意識が戻っていく。
今日は何の夢も見なかった、実に良い睡眠が取れたと言えるだろう。
ゆっくりと瞼を開け、ノソノソと身体を起こす。
...何だか少し、ほんの少しだけ身体が軽く感じる。
やはり良い睡眠とは健康に直結するからであろう、何時もより軽い身体に気分も上場、ベッドから降りようと俺はある違和感に気付く。
...何か部屋白くね?と。
と言うよりも此処は何処だ、少なくとも俺の部屋では無い事は確かだろう。
真っ白に包まれた平衡感覚を失ってしまいそうな空間、ベッドと机だけがポツンと置かれた部屋と呼べるのかも怪しいこの場所。
だが俺はこの場所を知っている...否、この場所は知らなくともこれが何なのかは分かる。
俺、死んでるなこれ。
此処は天界であろう、何時もとは見慣れない光景であった為暫し戸惑ってしまったが理解すれば早い。
何故、何があっても死んでしまったのかは分からないが...まぁ、取り敢えず知っている場所で安心だ。
しかし不思議なのは死んでこの様な部屋で目覚めた時は一度もない、机と二つの椅子、それが従来の天界であった。
目覚めれば目の前にはエリス様が居て、少し呆れた様に苦笑しながら頬を掻く。
アクアであればポテチを貪り食いながら頬杖付いて見下しているであろう。
「...何故...だ...ッ!?」
ふと、そう口にして自分で驚いてしまう。
それは聞き慣れた俺の声ではなく...女神エリスのものであったからだ。
直ぐ様己の手と足を見比べ、髪を触り、クリエイトウォーターで作り上げた水面を見下ろし...気付く。
目の前に広がる光景は、困惑したエリス様の表情...とどのつまり___
「___入れ替わっている...と、考えるのが良いのでしょうか...。」
何時もより野太い声、重たい身体、寝癖を触りながら私はそう結論付ける。
では何故、私はカズマさんと入れ替わっているのであろうかと...そう疑問に思うのも仕方がない。
これと言った特別な事をカズマさんとした訳でもなく、会い話し解散し眠ったその後に入れ替わると...訳が分からない。
兎に角私がする事は簡単だと言える、コホンッと慣れない声に戸惑いつつも深呼吸。
「『テレポート』!!」
そう叫ぶ様に唱えると、やがて景色を光が覆い思わず目を瞑る。
人の身でテレポートを行うと言う初めての体験に少し心を踊らせるが、些か気分が悪くなっていくのを感じる。
グニャングニャンに揺れる視界に立っているのもやっと、やがてプツンと暗闇を灯し立つ事さえままならない程に。
ガクッと膝をつくとまた気分が悪くなるのを感じる。
そうしてまた淀んだ視界に眩暈を起こしつつも何とか、何とか耐えきった先にある光景は...非常に見慣れた仕事部屋であった。
良かった、思い付きでやってみたが成功したみたいだ...二度としたくないとも思えたけれども。
フラフラと頭を押さえながら顔を上げる...と、見慣れた椅子に座っている見慣れた...私がそこに居た。
ニマニマと口角を上げる私の表情、私が私の表情を見ると言う何とも不思議な体験から得た結果は、気持ちが悪い、その一言であった。
それもそうだろう、私が笑っているのだ、目の前で。
別に己の容姿に特段の自信があった訳では無い、がしかし女神と言う立場で立つ者として少しばかりの美意識はあった筈なのだが...こうして他者の視点から俯瞰してみると、己の顔、行動、全てに何とも言えない気持ち悪さを感じざるを得ない。
「...ようこそ、エリス様。貴方は今...死んでしまったのです。」
...。
「...死因は何ですか?」
「え?死因は...あーっと、ショック死。女神と言う立場が奪われた、ショックで。」
「フフッ、何ですかそれ。」
何とも、この状況で茶番を仕掛けられるこの男には驚かされてばかりだ。
...と、少し複雑そうな顔で私を見ている事に気付く。
「どうかしましたか?」
「...いえ、俺が目の前で上品に笑ってるってのはちょっと...うん、結構気持ち悪いなぁっと。」
「同意見です。私も、私の顔で、私の身体で、その様に足を組み頬を付いていると笑いが勝ってしまいますね。」
何とも頓珍漢な現場にカズマさんは少し照れ臭そうに、似合わない足組みをやめ立ち上がる。
コツコツと此方に近付く私の身体を見て、何時もは少しばかり見上げていたのを思い出す。
こうして見下ろして、しかも私の顔を見ると言うのは...本当に不思議なものだ。
「さて、こうなった原因に何か心当たりはありますか?」
「...無い、な。昨日は特段おかしいことをした記憶はないですし、ウィズの店に寄った記憶も無いですから。」
「同感です。ただ、私とカズマさんが昨日一緒に居た、と言う事実がありますから...少なくとも、こうなってしまったのも又納得する様な、しない様な。」
入れ替わる、と言う事柄に納得はいかないけれど、私たちがその対象になった、と言う部分においては少し納得してしまう。
これが私と先輩であったなら、めぐみんさんやダクネスであったなら、また話が変わってきたであろう。
「先ず、大前提として俺とエリス様...と言うより、クリスは昨日特段おかしな事はせず、ただただギルドに入り浸り昼から酒を飲んでいた...って言う記憶は間違いないですよね?」
「えぇ、そして何時も通り他愛もない会話を終え互いに帰路に着いた...筈ですが。」
さして昨日はベロンベロンに成る程酔っ払ってもいない、しっかりと記憶している。
会って、飲んで、話して、解散。
本当に変わった事や不思議な体験をした訳でも無く、それぞれの家に帰り睡眠を取り目が覚めると...入れ替わっていた。
何か神器の力と考えるも、入れ替わる神器はとうの昔に封印してしまっている。
何者かがそれを持ち出したとも考え辛く、そも己ではなく他人通しを入れ替えさせる神器でも無い。
はて、困った事になってしまった。
「...昔、俺が読んだ漫画ではキスをすると入れ替わる、何て設定の漫画もあったと記憶してます。」
チラリと此方を伺う様に、何処かぎこちない口調でそう呟く。
「フフッそうですか...試してみますか?」
「え?い、いやぁ別に大丈夫じゃないですか?ほら!自分とキスするってのも嫌じゃないですか...!」
「ですが、カズマさんが言い出した事ですよ?」
顔を赤くし必死になって手を横に振る私。
その光景が何だか面白くつい揶揄いたくなってもしまうが、解決を急いだ方が良いだろう。
「カズマさんはどうかは分かりませんが、私は今日も仕事がある身です。解決出来るのであれば、どの様な事も協力は惜しみませんよ?」
「...でも、良いんですか?本当に、適当にふと思いついただけで、しかも見た目は可愛らしくても中身は俺ですよ?」
「良いも悪いも、このままお互いが入れ替わったままでは嫌でしょう。勿論、代わりに仕事を請け負ってくれると言うのでしたら止めはしませんが。」
「いえ直ぐしましょう今しましょう!!」
分かりやすい人だ、全く。
確証などないが、こういった理屈のつかない事情にはまた理屈を通そうとしても意味は無いのだろう。
...今は、私がカズマさんであり、カズマさんが私なのだ。
慣れない目線を下げ改めて私の顔をジッと見つめると、何処か怯えた様に縮こまる私。
「...あ、あの。本当にするんですよね?」
「はい。時は一刻を争いますから。」
そう言い私の肩を掴むと、ビクッと跳ねその場で目を瞑る。
プルプルと顔を突き出し今か今かと待つ私の顔、何とも己の顔とキスできると言う貴重な体験に喜ぶべきか、気持ち悪べきか。
どちらにしろ、試してみない事には始まらないだろう___。
「___本当に成功しました、ね...。」
「...これ、もしかしてキスってのがトリガー何だとしたら...。」
「フフッ...私たちも、ソレが特別な事では無くなった...って思い始めたのかも知れませんね?」