Super Alchemy Dog -DEN- 作:フォーゥメノゥアーケミスツ
吾輩は犬である。名前はデン。性別はメス。
いつ頃拾われたのかは定かではないが、物心ついた時にはこの「ろっくべる」なる家族のもとにいた犬であり、主である「うぃんりぃ」のもとで健やかに育ったものだ。
まだ幼き「うぃんりぃ」をあらゆる危害から守る。それが吾輩の使命。
しかし吾輩にもできぬことはある。たとえ吾輩が前世というものを経験した元人間現在犬な存在であっても無理なことがある。
それはそう、戦争を止める、という荒唐無稽な行為だ。
人間は愚かだ。元人間である吾輩が言うのだから間違いない。どういう理由でかは知らないが、争いを起こし、戦火をこのような田舎町にまで届けた。それにより、「うぃんりぃ」の両親は亡くなった。いつの日だったか、「行かなければならない」といって幼き「うぃんりぃ」を祖母に預けた二人は、そのまま帰らぬ人となったのである。
「……」
報せを受けて、「うぃんりぃ」は塞ぎ込んでしまった。当然だ。まだ悲しみを受け止められる時分にない。
年長者たる吾輩が慰めてやるべきなのだろうが、生憎と今犬。さらには言語が分からないときた。前世とは違う世界か違う国か、今のところ人名と簡単な言葉しかわからない。発音もよくわからない。犬なので発声はそもそもできないのだが。
三角座りをして膝に顔をうずめる「うぃんりぃ」。将来美人さんになるだろうその顔は今、真っ暗な海の中に沈んでしまっている。
だからせめてもの慰めとして、その膝小僧を舐める。やましい意図はない。
「……デン。……ありがとね」
「くぅん……」
まぁ、たとえ人間であったとしても……今の「うぃんりぃ」になんと声をかければいいかは、正直わからなかった。吾輩が代わりに親となってやる、なんてデリカシーの欠片もないことは言えないし、気持ちはわかるなんて口が裂けても言えない。
わかるものか。戦争で親を失った子の気持ちなど。たとえ同じ境遇にあったとしても、悲しみは千差万別であろう。
吾輩の頭を撫でてくる「うぃんりぃ」。その手つきには震えが残り、その瞳は揺らいでいる。
心から──力の無いこの身を、恨めしく思う。
その日の夜のことである。
不思議な夢を見た。犬となってからあまり夢を見ることはなかったのだが、その夢はなんというか……鮮明、いや克明だった。
「力が欲しいか?」
流石にベタが過ぎないか、とは言えない。犬だから。
ただその発言をしたのも犬だった。真っ白な犬。薄靄がなんとなくの輪郭を見せているが、犬種などは判別できない。……いや、耳の形状と鼻先の形が吾輩と同種である、よう、な?
あと……背後にあるその扉。
なにか見覚えがあるような。
「力をやろう」
まだ吾輩何も言っていないのだが。
まぁ、くれるというのなら欲しい。「うぃんりぃ」を守るための力。欲しくないはずがない。
「特例ではあるが、前借りという奴だ。──代償は貰うがね」
吾輩の左前脚。そこからチップのようなものが伝って、薄靄犬の左前脚へと伸びる。
瞬間。
「~~~っ!?」
激痛に、目が覚めた。
二人とも蒼白。今にも泣き出しそうな顔で吾輩を覗き込んでいる。
「……! おばあちゃん、デンが!」
「ああ……よかった。目を覚ましたかい……」
「くぅ……?」
何があったのか。
左前脚の付け根がとてつもなく重い。あの夢はなんだったのか。
「大丈夫。大丈夫よ……もう、大丈夫だから」
吾輩を抱きしめる「うぃんりぃ」。ついさっきまで自分のことでいっぱいいっぱいだったろうに、優しい子だ。
どうやら吾輩の体に何かあったらしい。病か怪我か。抱きしめられるがままに首を動かせば……おや。
左前脚が、無い。
「大丈夫……大丈夫だから……デンは、死なないから……」
さしもの吾輩も戸惑う。びつくらぎゃうてんである。
ある……が。
「……はふ」
今はこの子の顔を舐めるのが先決であると判断した。
両親に立て続いての吾輩。失うかもしれない瀬戸際だったのだろう。そんな状況に立ち合えば、心が壊れかけてしまうのも仕方のないこと。
悪いことをした。吾輩が守らねばならないのに、吾輩が傷をつけた。
くれるというのなら貰う……と。そう考えたのが仇か。確実に悪夢の類だな。
「ウィンリィ、あとはあたしが面倒みるから、寝てきな。これ以上の徹夜は体に障る」
「……」
「……ウィンリィ」
半分以上聞き取れていないが、何日も寝ていない、というニュアンスだと思う。
証拠に「ウィンリィ」の目元にはくまがある。美人さんになるだろうその顔がげっそりしている。
ぐるりと首を回し、彼女の首元へ吾輩の首を擦り付ける。
「きゃ……」
「ほら……デンに気を遣われているじゃないか。ウィンリィ、もう大丈夫だ。だから……」
「……ここで寝ちゃだめ?」
「処置室だよここは。血の匂いもまだ消えてないし、衛生上……。……ああ、わかったわかった。眠ってくれるのならそれでいいさ」
「うん……ごめんね」
言って。
すとん、と……緊張の糸が切れたのだろう、意識を落とす「うぃんりぃ」。そのままずり落ちて行きそうだったので、慌てて彼女の襟首を噛む。
「っとと……ありがとね、デン」
「くぅん」
「……しかし、信じられないことをするやつもいたもんだ。他人様の家に無断で入っただけでなく、飼い犬の足を千切ってもっていくなんざ、同じ人間のすることとは思えない」
もっていく。
……なんとなく、その単語が引っかかる。
「……デン。大丈夫だ。足が無くて不安だろうが……私達は
優しい目をする「ぴなこ」。
……。
……「おーとめいる」と聞こえた気がする。固有名詞だからか、はっきり聞き取れた。
そういえば……危ないから入ってはいけないといつも言われる煩い場所。そこの近辺でも「おーとめいる」の話をしていたような。
真っ白な空間。薄靄がかったナニカ。「おーとめいる」。「うぃんりぃ」。
「わ……わふ……!?」
「デン。……大丈夫。大丈夫だよ」
動揺を混乱と受け取ったのか、「うぃんりぃ」諸共抱きしめてくれる「ぴなこ」。
けれどすまない。そういうことに驚いているのではない。
ここ……鋼の錬金術師の世界か!!
走る。走って駆けて、ボールを空中でキャッチする。
全身のバネを用いて衝撃を殺しながら着地。踵を返して「うぃんりぃ」のもとへ。
「すごい……もう元の前足と同じくらい使いこなしてる」
「丹精込めて作ったからね。……それに、デン自身の気質もあるだろう。そんじょそこらの人間より、生きることへ前向きだった。それが大きい」
流石に多少の違和感はある。が、この「おーとめいる」の前足はしっかり機能してくれている。
とんでもない技術だ。どうやって神経系を繋いでいるのか詳しく聞きたい。聞き取れないけど。
ふわりと吾輩を抱きしめる「うぃんりぃ」。あれから結構な時間が過ぎたが、この子の手はまだ震えている。
喪うかもしれないという恐怖は……そう簡単に癒せるものではないのだろう。
「……もうすぐ寒くなるからね。そうなったら痛むかもしれない。……ずっとそばにいてやるんだよ」
「うん……うん……!」
「それに、手紙に書いてあったが……冬にはあの兄弟も帰ってくるだろうって話だ。色々……話してやんな」
あの兄弟。
……吾輩が前脚を失う寸前くらいのタイミングである「せんせい」に弟子入りにいった兄弟。
当時は「うぃんりぃ」を置いていくな罵迦者ども! と怒ったものだが、この世界の名を思い出してからは一概には何とも言えなくなった。いや今でも怒っているが。
確かに数年前、「うぃんりぃ」を含めた子供ら三人を吾輩が馬車から庇うシーンがあった。が、中身が中身なので吾輩も子供達も怪我をせずに済んだ。そのせいで気付くのが遅れたというのはあるのだろう。
また、子供に悪影響を及ぼす危険性を考慮してか、「いしゅう゛ぁーる」という単語もほとんど会話に出てこなかったのが大きい。「あめすとりす」も最近意識するようになってようやく聞き取れるようになった。……察しが悪かった言い訳終了である。
そう、あの兄弟とは、「えるりっく兄弟」のことだ。金髪金眼の兄弟。物語の核心人物。吾輩超絶警戒モードにならざるを得ない謎の人物であったあの兄弟の父親も、その中身を思えば理解が及ぶ。
「デン……お願いだから、どこにも行かないでね……」
「わふ」
吾輩を強く抱きしめる「うぃんりぃ」。
無論である。無論であるが、吾輩は主たる「うぃんりぃ」を守りたい。
詳細は記憶の彼方である……が、鋼の錬金術師という作品世界において、「うぃんりぃ」はたびたび猪突猛進というか、危険極まりない行為をしていたように思う。最終的に無事だったからいい、とは考えられないのが吾輩。両親の死を克服するための必要な痛みだとも考えられないのが吾輩。
吾輩が守護らねば……!
そんなことを考えていたからだろうか。
吾輩は無意識に両の前足を合わせていた。まるで神への祈りじゃないカ……なポーズを。犬だけど。
瞬間起こるは、「うぃんりぃ」を取り囲む八枚の盾の
「きゃ……!?」
「なにが起きて……!?」
「わ、わふ」
吾輩が騎士となっているイメージで「うぃんりぃ」を守護っている場面を想像したのが悪かったか。
いやというかこれ。
え、じゃああの夢って。
……代償って、いやいや吾輩まず開いてないが。勝手に開いて押し付けてきて代償貰うって、詐欺もいいところでは!?
さらに数か月後。
季節は冬。どこかばつのわるそうな顔をした金髪兄弟が帰還した。
まぁ、ばつのわるそうな顔は帰ってきた直後の話。
二人は吾輩の前脚を見ると血相を変えて慌て、ことの次第を「うぃんりぃ」と「ぴなこ」に問いかける。
「野盗が侵入して……」
「デンの足を、引き千切って……?」
「ンだよ、それ。……同じ人間の所業とは思えねえ」
顔に手を当て、深刻な表情で呟く「えどわーど」。「あるふぉんす」の方は非常に心配そうな、そして泣きそうな顔で吾輩の背を撫でている。
「犯人見つけたらオレがぶっ殺してやる……」
「……酷いことをする人がいるんだね」
「まったくだ。……それで、あんたら。錬金術師の師匠ってのに弟子入りしてきた……んだったね」
「ん、ああ。さらに色々できるようになった。屋根の修理とかは全部任せてくれていいぜ。デンの小屋も、もうちょっと立派にしてやれる」
「そりゃありがたいけどね。二人に聞かなきゃいけないことがあるんだよ」
「?」
おかしい。
とても……とても話が聞き取れる。術後は「おーとめいる」という単語が出てきたから聞き取れたと判断したけど、日を追うごとにこの国の言語への理解が深まっている気がする。
それは、あるいは。
曲がりなりにも……「この世の全て」を垣間見たから、なのだろうか。
「デン、あれをやってみておくれ」
「わふ」
「無理しちゃだめよ、デン。できなかったら……できなくて、いいんだから」
「……? 二人してどうしたんだよ。何か芸でも仕込んだのか? まだ病み上がりも良い所なんじゃ」
「デン……?」
吾輩にはこの現象の理由がわかっている。が、錬金術を知らない二人からすれば心配なのだろうこともわかる。
だから──見せる。いや、魅せる。
置かれた石材。何の変哲もないそれの前まで行って……一瞬後ろ足だけで立ち、前脚を合わせる。
「──!?」
迸る錬成反応。そのままに石材へと前肢を当てれば、石材からズズズと石像が作り出される。「うぃんりぃ」、「ぴなこ」、「ゆーり」、「さら」、「えどわーど」、「あるふぉんす」、「ほーえんはいむ」、「とりしゃ」、そして吾輩。
この二家族が仲睦まじい様子で微笑み合う……そんな石像が。
「う……そ、だろ」
「兄さん、今のって……」
「……あたしは錬金術に関しちゃ門外漢だ。だが……これはおまえさんたちの使うそれと、同種のものに見えた。これがどういうことなのかを聞きたかったのさ」
明らかに心配そうな目で吾輩を見ている「うぃんりぃ」のもとへ帰る。すぐに抱きしめられて撫でられた。くぅん。
兄弟の方を見れば、口元に手を当てたまま凄まじい集中力で何かを話している。
「犬……であることを度外視したとして……錬成陣無しの錬成……」
「
「錬金術は学問だ。円さえ作れたのなら、犬にだって錬金術が使えておかしくはない。だが……」
「兄さん、デンの足を奪ったっていう野盗、もしかして……」
「ああ……可能性が出てきたな……」
やはり、わかる。凄まじい早口だし口元も見えないのに、何を言っているのか理解できる。
やがて。
二人は真剣な面持ちで……「うぃんりぃ」と「ぴなこ」に向き合った。
「ばっちゃ、ウィンリィ。……まだ憶測の域を出ないことだが……可能性の話をするぞ」
「……ええ、お願い」
「錬金術は……学問だ。人間のための。だから、昔から動物実験っていうのもされてきた」
ひし、と。吾輩を抱きしめる力を強める「うぃんりぃ」。だから、大丈夫だということを伝えるために、その頬を舐める。
「そういうのがあるかどうかすら今は定かじゃねえ。だけど、動物に錬金術を使わせる、っていう実験があったっておかしくはない」
「ばっちゃ、確認するけど……デンの左前脚は、引き千切られたみたいだった。本当にそれで合ってる?」
「……どういうことだい」
「錬金術に失敗すると、リバウンドっつー……錬成エネルギーの暴走みたいなことが起こるんだ。余程無茶な錬金術使わなきゃ起きねえんだけど、動物の場合そのあたりの加減はわからなくて当然。つまり」
「誰かが……デンに錬金術を使わせて、それが失敗して、デンは足を失って……その誰かは、単なる実験失敗としてその場を去った……」
「……下手人が最悪であることは変わらねえが、ばっちゃ達を起こさずに侵入して、デンの足だけを引き千切って帰る、なんてよくわからねえ話よりまだ納得がいく。デンだって引き千切られたんなら抵抗したはずだしな」
勝手に真理を植え付けられて代償を持っていかれて、という流れなので、まぁ合ってはいる。流石は天才兄弟。情報が足りずとも、そしてまだ扉を開けていない時分であっても辿り着けるものなのか。
扉。
そうだ……二年後、か? この兄弟は禁忌を犯す。母親恋しで……開けてはいけない扉を開ける。
吾輩は犬である。
止められるもの、なのか。……この二人が死を……もし迎えたら。なんらかのはずみで「えどわーど」まで全身を持っていかれようものなら、全てが破綻する。
その時、「うぃんりぃ」の心は耐えられるのか。
……無理だ。
この子はもう壊れかけている。今は……吾輩や兄弟に心配をかけたくない一心で気丈に振る舞っているだけで、その精神の糸は張り詰め切っている。
人体錬成をさせてはならない。
たとえそれで、吾輩の知る世界でなくなったとしても。
「そんな……そんな酷いことを、どうして平気で……」
「動物に錬金術を使わせる実験。そういうのをやっている奴がいるはずだ。んで、そうも見境なく実験体を探してるっていうんなら、かなり焦っているか、常識のないヤツのはず。……錬金術師の犯罪者リストなんかに名前が載っていておかしくねぇ」
「兄さん、
「……だな。そこで調べて……他の方面からも調べて、必ず見つけ出して……報いを受けさせる」
ふむ。
熱くなるのも集中するのも特技と言っていいものだ。
だが、周りが見えなくなるのはよろしくない。
「わん」
「ん……大丈夫、ぜってー見つけてやっか──どわぁあ!?」
するりと「うぃんりぃ」の腕から抜け出した吾輩は、スピード勝負と言わんばかりに「えどわーど」へのしかかった。俯いていた顔を舐め、顔を上げさせ、そのままドシンである。
そしてその襟首を掴んで持ち上げ、ぐい、と「うぃんりぃ」の方を向かせる。
「……!?」
そこには……心配と困惑と、そして……「二人もあたしを置いていくの?」という顔をした彼女が。
察しの悪い兄弟じゃない。わかるはずだ。
「わふ」
「……ウィンリィ」
「エド、アル。あたしらだって怒ってる。けど……復讐に囚われるのは、違う。いや……どうだろうね。あたしもその錬金術師ってのを目の前にしたら、冷静でいられるかはわからないが……少なくとも今のおまえたちは、とても怖かったよ」
「ばっちゃ……」
「エド」
「ん……だよ、ウィンリィ」
「……錬金術ってさ。あたしも……習える?」
え。
思わず「えどわーど」の襟首を噛んでいた力を緩めてしまった。そのままドスと背中から落ち、後頭部を強打する「えどわーど」。
「っテェ!?」
「えっと……ウィンリィ、錬金術を習いたいの?」
「……おばあちゃんと同じくらいの
「そ……っか。……。おう。オレたちもまだ未熟者だから、教える、っつーか一緒に学んでいく形になるだろうけど……それでいいなら、やるか」
「逆にボクらにも
ふむ?
突然何を言い出すのかと思ったが、どうやらいい方向に進んだ様子?
少なくとも……何かを学び、挑戦し続ける限りは、心がおかしな方向へ折れていくことはないはずだ。
それが吾輩を起点にしているのだとしても、喜ばしく思える心変わりだと思う。
あとは……「うぃんりぃ」を通じてか、あるいは吾輩の行動なりで「人体錬成をするな」ということを兄弟に教えればいい。
……待て。
いや……無いとは思うが、「うぃんりぃ」が「ゆーり」と「さら」を錬成しようと思う、みたいな展開にはならないだろうな。
……ダメだ。守護らねば。絶対にやってはいけないと……どうにかして教えねば。
文字を習うか? 言葉を伝えられればあるいは? いや、可哀想な実験の結果として処理されてしまうだろうか。
なんとかしなければ。
どうにかして、この子供達の、意識改革を。