先生? なんで俺に天帝の剣を向けているんですか?
刃が触れれば最後、という距離。背筋に氷柱を押し当てられたみたいに寒気が走る。
「お前は本当にグレンか?」
「どういうことですか、先生」
「本物のグレンは『ダスカーの悲劇』で殺され、入れ替わったのではないか?」
「そんな事できるわけ……!」
いや、できるのか。クロニエやソロンと同じだとしたら。あり得なくはない。本当に違うけど!
マジで死ぬかも。魔力も切れて膝を折った俺の前に、天帝の剣が振り下ろされる。
金属音。火花。眼前に広がる黒い影。
「フェリクス!?」
天帝の剣を受け止めていたのは、俺の弟だった。
「グレンには別人疑惑がある」
先生の声は静かだ。淡々と、俺を裁くための証拠を積み上げるように。
「ダスカーで死んで入れ替わった可能性が……」
それは本当に違うんです信じて。
「違う!」
フェリクスの剣が火花を散らしながら押し返す。
確信に満ちた弟の声に、俺の視界が滲む。
こんな俺を。『偽物のグレン』をまだ信じてくれるのか。
「もっと前だ!」
フェリクスの叫びに、胸が大きく揺れる。
もっと前って何。俺が気づいてない、何を――。
「それはどういう事だ」
先生の追撃は容赦なく、天帝の剣が踊るように宙を舞う。
フェリクスの剣筋が追いつくたび、床石に響く衝撃。
防いでいる。だが、かろうじて。
俺は膝をついたまま、ただ弟の背を見上げる。
「……フェリクス」
息も絶え絶えの声が漏れる。
届いてほしい、ただの願いのように。
っていうか。もっと前。もっと前ってなんだ。説明してくれ。
先生とフェリクスの剣がぶつかるたび、金属音が頭蓋の内側を揺らして、思考の形が保てない。
理解しようとしても、指の間から零れ落ちる水みたいに意味が逃げていく。
「昔の兄上は肉が好きだった。俺と同じで甘いものは苦手でな」
耳に届く声を追いかける。いつの話だ、それ。全く身に覚えがないぞ。
「ずっと前、兄上が急に吐いたことがある。人格が変わったとしたらその時だ」
火花が散る。剣を振り合う音が鼓動より大きい。
それでも言葉は真っ直ぐに届く。
「兄上の人生は前日まで綺麗に繋がっていた。殺して成り代わるなど無茶だろうよ」
「そうなのか?」
先生の声。天帝の剣が鋭く切り込むのを、フェリクスは紙一重で受け止める。
「フェリクス、なんで知ってるんだよ、それ」
思わず声が漏れる。
「ずっと見てきたからな。超えるべき相手として」
俺はずっと『グレン』らしくいなきゃと思ってたのに。フェリクスの奴は、俺がそうじゃないって分かってたってこと?
「……わかった」
金属の響きが途切れ、天帝の剣が下ろされた。
攻撃の手が止まる。
「疑ってすまない」
え、先生あっさり謝ってきた? なんだこの落差。
「振り下ろす直前で正体を現すかと思ったが……フェリクスが」
そこで言葉を切り、視線を弟へと向ける。
フェリクスは汗をぬぐいながら淡々と告げた。
「兄上はただの脆弱だ」
それって新手の罵倒?
「理想の兄貴じゃなくてごめん」
「何を馬鹿げた事を」