夜の修道院。石畳を踏む足音がやけに響く。
気がつけば先生と二人きりになっていて、逃げ場がなくなったように思えた。
俺はずっと胸の奥に引っかかっていた言葉を吐き出してしまう。
怖くて、言いたくなくて、でも飲み込みきれないもの。
「……俺は、何も救えなかったんです」
声にしてみると、思った以上に重かった。
戦場で叫んだときよりも、剣を振ったときよりも。
その重みが肩にのしかかって、もう歩けない気さえした。
「助けたかった人がいたのに、守れなかった。気がつけば、自分だけが生き残ってる。……そんな俺に、生きてる意味なんてあるんでしょうか」
色んな人が死ぬって分かってた。未来を変えたかった。でもそれは結局のところ自分が死にたくないってだけだ。生き残る為には未来を歪めるしかなかった。そんな立場に生まれてしまった。あるべき姿に殉じることも、全てを変えることもできない宙ぶらりん。
苦しい。俺が生き残ったせいで誰かが死んだ。これが『グレン』だったら、きっと自分を犠牲に救えたはずのものがいくらあったか。俺が生き残ったせいで。そう思い続けて、眠るたびに夢でうなされた。
何度も「俺は何も救えていない」と心の中で繰り返してきた。
家から出られなくなったときは、ずっと鏡に「役立たず」と吐き捨ててきた。そうしたところで動けるようにはならないけれど。罵倒して部屋から追い出そうとしても、結局言うのが俺である以上変わるわけもなかった。
けれど先生は、立ち止まった俺を追い越すことも、急かすこともなく。ただ、静かにそこにいてくれた。
長い沈黙のあと、ようやく聞こえた声は短かった。
「何もではないよ」
無表情のはずなのに、まっすぐに刺さる瞳。そこに嘘がないからこそ、怖いほどに重い。
「君は、君自身の命を救った」
胸の奥がぐしゃりと音を立てたような気がした。
張りつめていたものが崩れて、熱いものが視界を滲ませる。
「あ……」
声にならない。喉が詰まって、息と一緒に涙がこぼれ落ちた。
責められているんじゃない。
ずっと自分で否定してきたものを、真正面から肯定されたからだ。
俺は何も救えなかった。でも、俺は俺を救った。
その事実を、誰でもない先生が認めてくれた。
なら、この命をもう一度誰かのために差し出すことも、間違いじゃないのかもしれない。
そんなふうに思えた。
「……先生」
涙声は夜気に溶けて、返事はなかった。
けれど、その沈黙が答えのように温かかった。
ふと見上げると、雲の切れ間から月が出ていた。
石畳に落ちた光が、濡れた頬まで届く。
誰もいないのに、泣いてることを責められていない気がした。
ただ月明かりがそこにあって——それだけで十分だった。