リザイアを主体とした戦いでフェリクスに勝てるようになって、俺は油断していた。
もしかしたら全て上手くいくんじゃないか。
それは全て幻想だったのに。
***
ディミトリの叫びが聞こえる。傷を負ったことを察した俺は慌ててそちらを見る。背が誰かに切り裂かれている。死にたくない。死なせたくない。どうにか敵にリザイアを撃ち込む。何発か当てて動かなくなったことを確認してから駆け寄った。
「ディミトリ! 生きてるな。今白魔法を」
「俺より先に……彼を……」
ディミトリに庇われているダスカー人も相当な怪我をしているのが見える。
「分かった順番な! 二人とも助けるから!」
助けて女神様。前世で画面越しに見たソティスの姿を思い浮かべながら魔力を纏わせる。手が震える。でも、大丈夫なはずだ。二人ならきっと生き残って良好な関係を築いてくれる。ディミトリの味方としてずっと隣にいてやれるのはお前だけなんだ、頼む。
どちらから癒すべきか。いや、迷ってる暇はない。背を向けて庇っている分だけ自分と距離が近いディミトリに最低限の止血を施してからドゥドゥーの治療を行う。少し落ち着いたらまたディミトリを治癒させる。これを繰り返して命を繋ぐ。二人とも助けるって約束を破るわけにはいかない。俺が何者であろうと、『グレン』はファーガスの騎士なのだから。
二人の表情が穏やかになったのを確認して、俺は意識を手放した。
***
……俺は、何もできなかった。国王が死ぬと分かっていてその命を取り落とした。白魔法には自信があったのに、何一つ救えなかった。
あれから俺は、家から出られなくなった。惨劇が想像以上で目を閉じるだけで勝手に再生されてしまう。眠るのが怖い。
それからは女神様に祈る日々が続いた。「おぬしおぬしおぬし!」と騒がしいソティスを思い浮かべて考えるのは死にたくないとか助けてとかそんな自分勝手なことばかり。それはあまりに愚か者で、敬虔な信者に申し訳ないとしか言いようのない行為だった。
鏡には相変わらずの穀潰しが映りこんでいた。
動かなきゃ、と思うことは何度もあった。なのに一歩も外に出られない日々が続いた。引きこもりってこういう仕組みで生まれるものなんだと実感した。あんな惨劇は特例中の特例であって、生涯で何度も経験するようなことじゃないのに。違う。俺は馬鹿だ。そうとは言い切れないだろ。フォドラはこれから戦乱に向かうのだから。
調子が良いので外の空気を浴びに行くと、庭で素振りをしているフェリクスが見える。身体が一瞬固まる。剣すら見たくないのか俺は。彼は本当に何も悪くないのに。
「兄上? 今日は外に出られたのだな」
「何とか、まあ」
歯切れの悪い返事をして、その場から立ち去る。
フェリクスから理想の兄を奪ってしまったという思いは強まるばかりだ。ダスカーで、違うな。俺が前世の記憶を取り戻したあの瞬間から『グレン』は消えて、その椅子に俺が座ってしまった。
その夜も眠れなかった。目の当たりにした惨劇は予想以上に俺の心を抉ったようで、今でも目を閉じると勝手に浮かんできてしまう。2回生きた俺ですらこのザマなのにディミトリはよく前を向けると思うよ。
何かを恨んで生きるには知りすぎたし、皆を守るには知らな過ぎた。
***
「この家で餓死などふざけてくれるなよ」
と、果物を剥いてくれたフェリクスには頭が上がらない。
「兄上が塞ぎ込むと調子が狂う」
「……ごめん」
「謝れとは言っていない」
父上はディミトリを守るのに忙しくしているから不在だ。(何せ、味方が丸ごと殺されてしまったんだから。ドゥドゥーは従者だし差別されてるから王城で発言力とかないし……)。俺と違って理想の騎士だと思うけど、フェリクスには思うところがあるらしい。
***
イングリットに別れを告げたのは、俺なんかに縛られてほしくないから。こんな何もできない俺と一緒にいるより幸せな未来が彼女にはいくらでも待っているはずだから。
そもそも結婚したら騎士続けられないんじゃないか? 俺が夢を壊していたのでは? 望まない結婚だったのでは?
気づいてやれなくてごめん。原作でも縁談に困ってる様子だったもんな。
***
ディミトリが従者となったドゥドゥーを伴って来てくれた。
「ドゥドゥーは料理が得意なんだ。これはダスカーでよく食べられている菓子の一種でな。グレンは甘いものが好きだろう?これなら少しは食べられるんじゃないかと思って」
わざわざ俺のために用意してくれたものに手を付けないのも悪いと思って一口だけ含むと、確かにほんのりとした甘さが口内を満たす。
「……美味いよ、ありがとう」
気が付いたら食べ終えてしまった。
それにしてもディミトリ、味覚ないの隠すの上手いな。
***
ディミトリが帰ったあと、空の器を前に俺はただ鏡を見つめた。
映っているのは「グレンの顔」だ。なのに俺の中身は、ただの異物。
「原作では父上が俺を『立派な最期』と呼んでくれた」
そう反芻するたびに、鏡の中のグレンが俺を睨んでいる気がする。
『なのにお前は生き残った。情けない死にぞこないとしてな』
……違う、違うのに。俺が生きている限り、父上のあの言葉は永遠に来ない。