なんとなく書庫に立ち寄ったら、人が倒れていた。
棚と棚の間、積み上げられた本に囲まれた小さな空間で。
緑色のさらさらした髪。確か黒鷲の生徒だったはずだ。
「おい、お前!」
心臓が跳ねる。誰もが二度と動かなくなったあの経験が蘇る。反射的に駆け寄って肩を揺する。反応がない。
嫌な汗が背筋をつうっと伝う。
胸に手を当てる。……鼓動はある。息もある。
でもぴくりとも動かない。なんだこれ、やばくないか!? 今にも息絶えそうな気がして、思わず声が裏返る。
慌てて白魔法を詠唱した。
「なんかいい感じに傷を治してくれ女神様!」
魔力が熱を帯び、光がじわりと彼を包む。……けれど外傷はどこにも見当たらない。
こんなところで怪我とかされてても困るけど、これはこれで怖い。
――待てよ。よく見たら、頭の下に枕敷いてないか? なんで書庫に枕?
「んー……。何?」
ぱちくり、と重たそうに瞼が開いて、目が合った。
「無事か! 今マヌエラ先生のところに連れてくから!」
「どうして?」
「お前倒れてたんだぞ!」
「あー。寝てただけだよ」
寝てただけ!?
ずるりと力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。どっと脱力感が押し寄せる。俺がどれだけ慌てたと思ってるんだ。
「ややこしいことするなよ!」
「昨日寝てなくて」
「その枕は? いつも持ち歩いてんの?」
「睡眠にはこだわる方だからね」
意味がわからねえ。
常人の発想じゃない。こいつはなんなんだ。
「ところで……さっきの詠唱、適当すぎない?」
「そうかも。よく言われる。『兄貴はなんでその詠唱で上手くいくんですかね』とか『我が兄ながら意味がわからん』とか」
「僕も意味がわからないね」
緑髪の生徒は半身を起こして、興味深そうに俺の指先をじっと見つめていた。眠そうなくせに、瞳の奥は妙に冴えている。
「今の、魔力の流れが妙に澄んでた。雑に見えるのに、制御の無駄がほとんどない」
「結果的には上手くいくからいいかなって」
「普通は逆だよ。理論を詰め込んで、余計な力まで流れ込んで失敗するのに……君は考えないからこそ安定してる」
「君って白魔法使う時何考えてるの?」
「女神様助けてーって」
「それだけ?」
「それだけ」
倒れ…いや、眠っていた彼はため息をひとつ。けれど、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「僕のやり方とは合わないけどね。けど、世界は理屈だけじゃ動いていないという好例だ。……これは研究しがいがありそうだ」
「それはどうも?」
「僕は面倒だから寝るけど」
「寝るのかよ!」