若くして亡くなったお嬢さん。
魂が抜けた身体に転生する。
誰に教えられるたわけでもなく、既に知ってたんだ……。
目覚める。
見渡す。
豪華な作りの部屋だ。
起き上がる。
大きな姿見があるのでその前に立つ。
絶世の美少女だ。
腰まである白っぽい銀髪。
透き通るような白い肌。
水色の瞳。
雪の妖精みたいだ。
年頃の男の子ならすぐに恋に落ちそう。
享年十五歳。
彼女の記憶が流れ込んでくる。
ナタリア・バステファン。
公爵令嬢だ。
謎の病気でここ三年はずっとベッドの中の生活。
悲嘆にくれる公爵夫妻。
やっと出来た一人娘だもんな。
しかもすごい難産で。
公爵夫人は産後の肥立が悪く、子どもを産めない身体になった。
蝶よ花よと育てられ、病弱で何度も危篤状態になりつつも、貴族学院へ入学することになったナタリア。
俺がこの子の親でも感無量だわ。娘は可愛いもんな。
ノック。
扉が開く。
まずい!
侍女が入ってきた!
「お嬢様!」
驚く侍女の口を押さえ、羽交いじめ。
「頼む!静かにしてくれ!」
驚きと怯えが混ざった目を覗き込む俺。
「説明するから! 静かにしてもらっていいかな?」
頷く侍女。
尖った耳。見た目はエルフだよ。この世界じゃ人種の一つってだけだがな。
比較的長命なのと魔法の扱いが優秀なのはテンプレだ。
この侍女ーースフィアーーはナタリアが幼少の頃から世話してくれたんだ。手荒な真似はしたくない。
俺はこの子が死亡してその後に魂を移されたことを説明。丁寧に、何度も。
信じられないものを見るような目だな。
うん、俺もそう思う。
説明を重ねるうちに落ち着いてきたようだ。柔軟性あって助かる。
「信じてくれるのか?」
「そのようなことがあると、私の祖母にも聞いたことありますから」
「ありがとう! 家族やら周りの人間にこのことが発覚しないよう、指導をしてくれ!」
最後は土下座した。
「このままじゃ公爵夫妻が気の毒過ぎるから」
「そのような真似はおやめください!」
顔色が悪いまま侍女は俺を起こす。
「あなたはナタリアお嬢様を演じ続けるのですね?」
「あぁそうだ。愛娘が亡くなった上に中身がおっさんに変わっただなんて、親御さんにとってこれ以上ない悪夢だろ?」
俺にも娘がいたんだ。親としてそれは辛過ぎる。
「承知しました。あなたがナタリアお嬢様になりきれるよう、私が責任持ってお手伝いします」
そう言いつつ涙が溢れてる侍女。
「あ、ありがとう」
俺ももらい泣きした。
意識は戻ったものの、常に体調が超絶悪い振りをして、部屋に閉じ籠ること一ヶ月。
ナタリアとして最低限おかしくないようにスフィアの特訓を受けた。
「まだまだです」
スフィアから見て合格点にはほど遠い。
当たり前だ。俺は日本で普通にサラリーマンやってたおっさん。
貴族の、しかも異世界の令嬢作法とかやったことないから!
まさか死んだ後に第二の人生、それも公爵令嬢やるなんて思ってもみなかったよ。
そんな俺に危機が訪れる。母親、公爵夫人からの呼び出しだ。
「どうしよう、スフィア。絶対見抜かれてしまいますわ」
「体調を理由に不自然さを隠しましょう。私もお手伝いしますから。それと『どうしよう』は不適切です。『どうしましょう』と」
「あ、はい」
そうだな。全部体調不良で押し切ろう。
ナタリアの記憶によると、公爵夫人は厳しい中にもナタリアへの愛情に溢れていたお人だ。
親族からのあらゆるプレッシャーからナタリアを守り、ここまで彼女を真っ直ぐに育てた。
そんな公爵夫人を絶対悲しませたくない。
結果、公爵夫人との面会は何事もなく終わった。胃が痛くなる一時間だったぜ。
その夜、演技をし続けるストレス発散と公爵夫人にバレなかった喜びで、俺は部屋でひとり阿波踊りを深夜まで続けた。出身は徳島県なんで。
変なテンションだったんだ、見逃してくれ。
貴族学院に入学したら、婚約をしてくれという貴族の子息が何人も現れた。
待てよ、病弱だぞ? 出産は無理だぞ?
俺の心の声をよそに、男どもが群がってくる。
……これってネカマと同じだよなぁ……我ながらキモッ!
スフィアに相談した結果、魔法の講義で圧倒的な技を見せつけて
「わたくしは国家戦略魔法師を目指しますの。夫は魔法です」
というセリフで……という作戦。
実はナタリア、魔法の才能というか潜在能力がすごい。
体内にある魔力召喚の為の魔力ゲートが百年に一人ってぐらいの超弩級。
スフィアも目をまん丸くして驚いてた。
その日は来た。
貴族学院の魔法演習広場。
「それではナタリアさん。あなたの光魔法を」
講師がそう告げる前から俺はイメージする。
高周波の電磁波とか収束した太陽光とか色々考えたが、いっちょ派手にするためにレーザー兵器を参考にすることにした。
レイセオン社のレーザー兵器、あれよりずっと強力なやつを放ってやる。
大気減衰は嫌だから発射点は俺の掌と標的の手前一メートルに設定。
掌から放出する方には色をつける。不可視光線じゃ盛り上がらないし。
光魔法とは本来ならあらゆる波長の電磁波を喚び出し操るものだ。この世界、一般的には光魔法=照明器具代わりって認識だからな。
さぁ見てろよ。驚け!
俺は掌を標的に向ける。
視界を埋める緑色の閃光。
一瞬で蒸発する木製の標的。
静寂。
誰もが押し黙ったまま、呆然と標的があった場所を見つめてる。口が半開きのもいるぞ。
そしてゆっくり俺の方を見る。全員がだ。
恐れや怯えに満ちた顔で。
俺は微笑む。
成功だ!
学院卒業後、隣の帝国から物好きな皇子に求婚されるまで、誰一人近寄ってこなくなった。
この物好きな皇子、実は俺と同じだった。中身はお姉さん。色々あって俺たちはめでたく結ばれた。詳細は省くがな。
それから十年。俺は病床に伏せる公爵夫人を見舞う為、一時帰国した。
近況を報告した後。
「あなたはよくぞナタリアを演じてくれました。もうこれ以上望むことはありません」
背中に電流が走った感覚。
「あの日、ひと目見てわかりましたよ。自分の娘かどうかはすぐにわかります。それが親です。ただあなたが懸命にナタリアであろうとしてくれた、それがわかったから私は気付かぬふりを今日まで……」
俺は何も言えない。言えるわけがない。
そうか! 特に意識してなかったが、俺は夫人に前世での妻を重ねていたのかもしれん。出来の良くない夫だったからな……。すまん。
夫人はおそらく自分の寿命を悟っていたのだろう。俺は公爵夫人の手を握り締め、
「ナタリアの記憶の大半は、ご両親、特にあなたへの愛情と感謝でいっぱいでした。娘さんは間違いなく幸せを感じていたのです」
夫人の目からとめどなく涙が流れ落ちる。
彼女も辛い半生だったと思う。後継ぎを産めなかったとして辛く当たられただろうし。
葬儀の後、俺は公爵夫人の墓の前でスフィアに語る。彼女は全く歳をとってない。昔のままだ。
「スフィア、お父様をお願いね」
「はい。皇妃様」
「公爵家は私の代で終わります。よければ帝国に来なさい。あなたにはまだまだ世話になりますよ」
「はい」
「お母さま。私はこれからもっともっと上手くナタリアとなります。見守ってくださいね」