異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第1話 全裸のクラスメイトが現れた

 高校二年生の十月始め、修学旅行中のバスが崖から転落し、一クラス三十一人が異世界に来てから、はや三か月。

 そのひとりであるぼくはいま、とある特殊な場所で宿屋を切り盛りしている。

 

 深夜、お客さんは二階の部屋で寝静まり、ぼく以外に誰もいない一階の酒場にて。

 ぼくは何故だか胸騒ぎして、酒場のカウンターで木製のジョッキを拭いていた。

 

 ランタンの頼りない明かりが手もとをオレンジ色に照らし出している。

 無心に作業をしていると無駄なことを考えずに済んで、心安らかになる。

 

 と――宿の正面の扉がきしんだ音を立てて開いた。

 こんな時間に来客とは、と顔をあげる。

 

「いらっしゃい」

 

 と声をかけ、ぼくはランタンを置いたままカウンターをまわりこんで扉の前に小走りに駆け出し――。

 その途中で、足を止めた。

 

 入ってきたのは、大袋をかついだ全裸の少女だった。

 もとは白かっただろうがいまは灰色に染まった汚い大袋だ。

 

 その袋で裸身を隠すでもなく、堂々とした態度であった。

 服を着る習慣がない未開地の蛮族なんだろうか。

 

 いや、見おぼえのある人物であった。

 というか、三か月前までの同級生だった。

 

 クラスの中でもぼくが比較的よく会話していたうちのひとりである、南野さんだ。

 南野さんは、酒場に数歩入って、明かりを見て奥を覗き込み――。

 

 そこでようやく、呆気に取られて立ち尽くすぼくの姿に気づいた。

 

「ここって、どこ? え……もしかして、東横くん?」

「うん。その、久しぶりだね、南野さん」

 

 自信満々だった南野さんの顔が、ぴしりと固まる。

 ぴい、と情けない声をあげて、南野さんは身体を隠すようにその場でうずくまった。

 

 

        # & # & #

 

 

 しばしののち、酒場の片隅にて。

 ぼくと南野さんは、テーブルを挟んで向かい合っていた。

 

 彼女がまとっている白い貫頭衣は、ぼくが慌てて用意した間に合わせのものだ。

 ぶかぶかだが、身体のラインを隠す役には立っている。

 

「それじゃ、東横くんはテイマーのスキルのちからで憑いてた子たちを実体化させて、テイム・モンスターにしているんだ」

 

 南野さんが、ぼくの話をまとめてそう言った。

 さっきまで少し取り乱していたからか、顔が赤い。

 

 異世界に来てから三か月。

 

 別れ別れになったクラスメイトのひとりである彼女と初めて再会したわけだけど……。

 クラスの人気者だったはずの彼女は、どうやらたったひとりで旅をしてきたようだ。

 

 それにしても、テイマーにテイム・モンスターか……。

 自分のスキルの名前を意識したことがなかったけど、うん、そうなるのかな。

 

 この子たちがテイム・モンスターなのかと言われたら、少し首をかしげてしまうけど……。

 とか考えながら、南野さんが膝に乗っけて、しきりに頭を撫でている、和服でおかっぱ頭の少女を脇から覗き込む。

 

 外見年齢では十歳かそこらに見える和服の少女だ。

 南野さんに半分抱きつくような格好で、真顔のまま、ぴーすぴーす、とぼくに指でサインを送ってきていた。

 

 ヒトではない。

 南野さんが言うところの、テイム・モンスターだ。

 

「座敷童ちゃん」

 

 頭を撫でながら、南野さんが言う。

 和服の少女は、こくんとちいさくうなずいてみせた。

 

「たったひとりで、東横くんの宿をお手伝いしているんだね。偉いねえ」

 

「んっ」

 

 たったひとり、というのは語弊があるんだけどね。

 たくさんの彼女がいて、それらがすべて同調している存在なのだから。

 

 いまもこうして南野さんに撫でられている個体とは別に、二階の見まわりをしている個体や地下室の整理整頓をしている個体がいる。

 昼間はキッチンで料理をする個体やウェイトレスをする個体、客室の掃除をする個体も増えて、全部で十体くらいがこの宿のあちこちで働いていることもある。

 

 そんなことを、南野さんに説明した。

 

「いっぱい働いているんだね。とっても偉いねえ」

 

 南野さんは、そのひとことでまとめてしまった。

 和服の少女の頭をますます熱心に撫でている。

 

 嫌がっているなら止めようかなと思ったけども、座敷童はまんざらでもない様子でされるがままになっているから……まあ、いいか。

 それよりも、ぼくの方から彼女に聞かなきゃいけないことがある。

 

「宿に入ってきたとき、どうして真っ裸だったの?」

 

 そう、彼女は隠すものひとつないすっぽんぽんで、汚い袋をひとつかついだだけの姿で宿に入って来た。

 年ごろの……つい先日まで高校二年生だった少女が、素っ裸で歩いていていいわけがない。

 

 そもそも、この宿の入り口がある町では、誰だろうと素っ裸で歩いていたら警邏の人に止められるけどね。

 異世界と言ったって、この世界の文明は、地球で言えば中世から産業革命前後くらいの技術レベルである。

 

 間違っても、全裸の蛮族が闊歩する土地ではないのだ。

 なお、いま彼女が着ている白い貫頭衣は、座敷童のひとりが持ってきてくれたものをぼくが慌てて彼女に渡したものだった。

 

「い、いつも裸というわけじゃないんだよ!」

 

 南野さんは、少し視線を背けてそう言った。

 うん、そうだと嬉しいな、元クラスメイトとしても。

 

 友達が裸族で、深夜に外を徘徊していて捕まっただなんて……ちょっとシャレになってないから。

 

「でも、スキルを使った後に面倒になってね……まさか敵のお城に現れた扉の向こうが東横くんの宿屋だなんて思わなかったの!」

 

 聞き捨てならない単語が出てきた気がする。

 でもそれより、まずは扉について、だ。

 

「突然、南野さんの前に扉が現れたの?」

 

「そうなんだよ! お城の廊下の途中にね、唐突に木でできた扉だけが現れて……すごく怪しかったんだけど、でもなんだか開けた方がいい気がしたから、ちょっと覗くつもりで……ただそれだけだったんだよ!」

 

「そのとき、ぼくのことを少しでも考えていた?」

 

「え、ええと……そう、かな。なんだかすべてが空しくなっちゃって、ふと、思ったんだ。あのときは楽しかったな、って。修学旅行の予定を東横くんたちと話し合っているときが……」

 

「クラスメイトの前にこの宿の扉が現れる条件は、ぼくのことを強く考えること、なんだ。そのせいだなあ」

 

 そのあたり、いろいろ考えたのだ。

 親友とも相談した。

 

 結局、「クラスメイトがぼくと再会したいと心から願ったら、そのときに扉が発生する」と決めた。

 もっとも、この方法で扉を出現させた者は、ぼくが知る限り南野さんひとりである。

 

 うん、誰もぼくのことなんて気にしてないのだ。

 まあこのあたりは、過去のあれこれから考えて仕方がないんだけどね……。

 

「それで、なんで裸だったの?」

 

「あの、わたしのスキルがね、ちょっと特殊でね……効率のいい戦いをするとなると、どうしてもね……」

 

 なるほど、さっきも言っていた、スキル、か。

 ぼくたちが異世界に来たとき、各自がひとつ、身に着けていたもの。

 

 神様がぼくたちにくれたものなのだろうか。

 それとも、なんらかのシステムがあるのだろうか。

 

 そのあたりのことは、現地のこの世界のひとたちも、そしてぼくたち異世界に来てしまった三十一人の生徒たちもよくわかっていない。

 ただひとつ、そのスキルというのは、いま現在、異世界からこの世界に来たぼくたち三十一人しか持っていないものであるという事実だけが判明している。

 

 元の世界のぼくたちがどうなったのかは、まったくわからない。

 ただ、ぼくたちが乗った修学旅行のバスが不慮の事故で崖下に転落して……たぶんあのとき、ぼくたちは全員、死んだのだろうなと思う。

 

 だけどぼくたちは死なずに、こうして別の世界で生きている。

 魔法があって魔物がいて、文明レベルが比較的低い、この異世界に。

 

 最初の数日でいろいろあって、皆はばらばらになった。

 ぼくはぼくで、クラスメイトの大半とは別行動をすることにして……いまはこうして、宿屋を経営している。

 

 従業員はぼく以外、皆、ぼくにかつて憑いていた存在だ。

 向こう側の世界では実体がなかった彼らであるが、この世界では、南野さんが言うところのテイム・モンスターとして実体を持っている。

 

 いや、実体と言っていいのかな……まあ、とにかくこうして存在している。

 そんなこの宿であるが、運営形態が少々特殊ながら、幸いにして常に客室の八割以上が埋まる程度には賑わっていた。

 

 わりと満室のこともある。

 ただまあ、事情的にどうしても泊めて欲しいって人は出てくるので、その場合は臨機応変に()()()()()()んだけど……。

 

「あの、わたしのスキルの話、した方がいいかな」

 

 少しうつむいて、上目遣いに訊ねてくる。

 なんだか自信がなさそうで……こんな彼女を見るのは初めてな気がするなあ。

 

「今日は、いいよ。とりあえず、疲れたでしょ。部屋を用意したから、今日はもう休んで」

 

 座敷童が彼女の膝からぴょんと立ち、こっちこっちと手を引っ張る。

 南野さんは、小柄な少女に引っ張られ、慌ててついていった。

 

「あ、あのね、東横くん!」

 

 二階に上がる前に、南野さんがもう一度、ぼくの方を振り向く。

 

「ありがとう! またきみに会えて、よかった!」

 

「うん、ぼくも南野さんに会えてよかった。生きていてくれて、ありがとう」

 

 

        # & # & #

 

 

 さて、と。

 南野さんが二階に上がった後、ぼくは部屋の隅に視線を送る。

 

 蝋燭に薄く照らされた部屋の中、なにもいなかったはずのその陰から、墨を流したように真っ黒いものが現れ――二体の犬のような姿をとった。

 ぼくのもうひとりの相棒――南野さんが言うところのテイム・モンスターであるモノたちだ。

 

 狛犬。

 ぼくは彼らにアレイとイウンという名をつけている。

 

「こっちにおいで、アレイ、イウン」

 

 黒い墨の犬たちが、小走りに駆けてくる。

 ぼくは椅子から立ち上がって、彼らをお供に歩き出した。

 

 二階に続く、ぼくたち宿側の者だけが使える隠し階段を使い、南野さんとは別ルートで二階に上がる。

 で――南野さんが座敷童と共に入った部屋、ランタンの橙色の明かりが扉からわずかに漏れるそこに、足音を殺して忍び寄る者を発見する。

 

 これが覗きとかなら、まあ百歩譲って許す……いや許さないか、半殺しにするくらいはしないといけない。

 でもそもそも、その者は抜き身の剣を構えて、明らかにそれ以上の行為に及ばんとしていた。

 

 女ひとりの客と、無力に見える宿の少女がひとり。

 なんとでもなると思ったのか。

 

 座敷童は部屋に入るときに鍵をかけていたはずだけど、その怪しい人物がドアノブに触れると、かちっと音がして錠が外れた。

 鍵開けの魔法は、この世界ではわりとありふれた魔法に入る――それを悪用する者が後を絶たないことで問題視されているけど、まあ対抗手段もあるっちゃあるんだ。

 

 いま、この宿では採用していないけど。

 それは、その必要がないからである。

 

 その人物が、舌なめずりしてドアノブをまわそうとした、その瞬間。

 

「アレイ、イウン、ゴー」

 

 ぼくは狛犬たちに命令を下す。

 二体の黒い犬の影が、木の床を蹴って物陰から跳び出した。

 

 一瞬早く相手に跳びかかったイウンがその人物を引きずり倒す。

 男が抗議の声を上げる前に、前脚で頬を踏みつける。

 

 男は押し殺した悲鳴をあげることしかできなかった。

 二体はそのまま、その不審者の身体ごと、床の黒い染みとなって消えてしまう。

 

 不審人物が手にしていた剣がごろりと床に転がる。

 その音で、部屋の中の南野さんも気づいたのか――ドアを開けてた。

 

 彼女の片手に持った蝋燭の火が揺らめく。

 南野さんは、剣が一本、転がっている様子に気づき、目を丸くした。

 

「え、なに、どういうこと」

 

「騒がせてごめんね、南野さん」

 

 仕方がないので、ぼくは廊下の隅から姿を現し、不審者の落とした剣を拾う。

 手入れがされていないから、ところどころ錆びているなあ。

 

「その剣」

 

「これは、その――」

 

「さっきまで扉の外にいた人のもの、だよね」

 

「気づいていたんだ」

 

「そりゃ、気づくよ」

 

 南野さんは苦笑いする。

 

「東横くんが、退治してくれたんだね」

 

「宿の安全を守るのはぼくの役目だからね」

 

 南野さんは、蝋燭の炎の中、ぼくの全身を上から下までじろりと眺めた。

 

「さっき聞かされたばっかりだけど――それも、この宿のちから? マヨイガっていうテイム・モンスターなんだよね」

 

 そう、この宿そのものが、ぼくの相棒である。

 かつて、元の世界ではぼくに憑いていた、おおきなちからの一部。

 

 それがいま、この宿そのものとなっている。

 名を、マヨイガ。

 

 この宿は、その名をマヨイガの宿という。

 実際のところ、マヨイガそのものに戦闘能力はないんだけどね。

 

 必要に応じて宿を拡張したり縮小したりできるだけで。

 いまはこの宿も地下一階、地上二階までだけど、繁盛しているときには三階建て、四階建てになったりするのである。

 

 まあ、相応にコストはかかるから普段はやらないというだけだ。

 他にも、このマヨイガにはいくつか特別な機能があるんだけど……。

 

 そのあたりは、おいおい説明するとしよう。

 で、まあ。

 

 ぼくがどうやって不審者を始末したのか、それはぼく以外の誰も知らなくていいことだ。

 

「そういうわけだから、南野さんは、安心して眠ってね」

「わかった! 東横くんに抱きしめられていると思って、安心して眠るよ!」

 

 それは安心できるんだろうか。

 まあ、彼女がそれでいいなら、別にぼくから言うことじゃないんだけども。

 

 座敷童が、とことこと部屋から出てきて、南野さんにバイバイと手を振った。

 南野さんが、改めて座敷童と、そしてぼくに「おやすみ」と告げる。

 

「おやすみなさい、南野さん」

「うん、おやすみなさい、東横くん」

 

 ぼくたちは挨拶を交わし、彼女は部屋の扉を閉じる。

 ぼくは念のため二階をひとまわりして――どの部屋も寝静まっていることを確認した後、一階に戻った。

 

 さて、明日も早い。

 ぼくもさっさと眠らないと。

 




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