異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
その日の、午後。
裏庭に特別に開いた大きめの扉から、多種多様な外見の人々がやってきた。
半人半獣の者、額に角がある者、頭がふたつある巨人、そしてもちろん吸血鬼。
南野さんと北の魔王を名乗っていた現在ロリによる説得は無事に成功したのだ。
結果。
およそ二百人の魔族の生き残りが、この裏庭に移住してきた。
「大丈夫、仕事はいっぱいあるから。家畜の世話とか、大変だったんだよね。座敷童は何故か鶏や羊に怖がられちゃって……」
ぼくは彼らに、異界に存在する裏庭の拡張と管理を任せることにした。
ちなみに異界といっても空の色は同じ青だし、時間の経過に従って太陽は沈み月が昇る。
雨が降ることもあるし、強い風が吹くこともある。
ただまあ、あまり寒かったり暑かったりはないんだよね。
雪や雹が降ることもない、比較的安定した気候なのである。
で、拡張と言っても、裏庭の向こう側に広がる広大な森、すなわちうちの宿の領域をこちらで勝手に広げる。
つまりは宿屋の領域そのものが大きくなるのだ。
そうしてできたエリアに勝手に住んで貰うだけなんだけど……。
はたして、ぼくが命じると、異界の森の木々が、勝手に遠ざかっていった。
南野さんも北の魔王を名乗るロリも魔族たちも、みんながびっくり仰天している。
「それじゃ、このあたりを自由に使っていいからね」
「は、はあ……まったくもって、たいしたものでございますな」
魔族の中でもまとめ役とおぼしき、腰の曲がった一本角の鬼の老人が、呆れた声を出す。
まあここ、普通の空間じゃないみたいだからねえ。
「長老殿、これはいったい……」
「わからん、わしにもまったくわからん」
魔族から長老と呼ばれた巨人の老人は、しきりに首を横に振っていた。
彼のことは以後、心の中で鬼長老と呼ぼう。
村の場所については、あえて宿屋の建物から少し離しておいた。
間違えて、お客さんが裏庭に出てきちゃうこともあるだろうからね。
とはいえ鶏や羊をこれから大幅に増やして、その世話を任せることになっているから、あまり遠くだと彼らが困る。
そういうわけで、職場となる獣小屋から徒歩で十分くらいを目安として、間に小高い丘をつくることで、宿から直接、魔族の姿が見えることはないよう配慮することとなった。
いま、ぼくたちが一般的な出入り口を置いている聖王国は魔族に対して扱いが厳しいからね。
不要な摩擦を避けるための配慮である。
「新しい主が、まさかこれほどのおちからの持ち主とは……」
この裏庭にやってきたばかりの時点では半信半疑であった魔族たちも、数十分で空き地が生まれる光景を見てからは、従順にぼくの指示に従ってくれた。
別にこれ自体はぼくのちからじゃないんだけど……。
まあ新しい従業員たちが素直なら、それにこしたことはない。
「正直、上手くいくとは思ってなかったよ!」
この重大な仕事を成功させた南野さんは、疲れた様子で肩を落とす。
「まおちゃんと魔族の村に行ったら、囲まれてめちゃくちゃ睨まれて……また自爆しなきゃいけないかなーって覚悟を決めていたんだよね」
「まおちゃん?」
ぼくは、腕組みしてふんぞり返り、魔族たちの移住を見守る小柄な少女の方を向く。
南野さんは、笑顔でうなずいた。
「いつまでも、北の魔王、じゃ味気ないでしょ」
「味気……まあいいか」
「よくないわよ! そんな風にあたしを呼ばないで!」
聞こえていたみたいで、少女はぐるんと首だけこちらに向けて怒鳴ってくる。
首だけ百八十度回転するのは怖いからやめて欲しいなあ。
「でも、いまさら魔王はないでしょ。以前の名前を使う? 確か……」
「あたしの記憶を勝手に覗くのはやめて! 親から貰った名は、もう捨てたの! 二度と使わないわ!」
「勝手に流れて来たんだから仕方がないでしょ。うーん、じゃあどうするかなあ」
「まおちゃんはわがままだねえ」
「だから、まおちゃんはやめて!」
ぼくと南野さんはそろって首をひねった末、ひとつの呼称にたどり着いた。
「ぼくが東横で、南野さんと西田くんがいるんだから、北の文字は残そう」
「あんたたちの言語も何故か理解できるから言わせて貰うけど、そこにこだわるの? あんたら馬鹿なの?」
ロリが呆れる。
まあ、それが嫌、というわけではなさそうなので話を進めよう。
「北野……だと南野さんと野がかぶるなあ」
「別にわたしは、まおちゃんとお揃いでもいいけどね」
「あたしがよくないっ!」
「いっそ、北さんでいいかな?」
腕組みしてふんぞり返る少女に訊ねる。
かつて北の魔王と呼ばれていた存在は、不満そうに鼻を鳴らした。
「語呂が悪いわ。せめてキタマとか、キタオウとかにしてちょうだい」
「あー、それでいいなら、じゃあそれで。キタマさんね」
「キタマちゃんだね! よろしく、キタマちゃん!」
「いや待て、別にいまのはあたしが了承したというわけでは……したかもしれないけど別に納得してないわ!」
「いい加減、諦めようよ、キタマさん」
「そうだよいい名前だよ、キタマちゃん!」
キタマと名づけられた少女は、ぐぬぬ、と不服そうに唸る。
拳を振り上げようとして、ぼくに対してはそれすらできず、涙目になっていた。
とはいえ、まあ。
本当に嫌がっているわけではなさそうなので、今後はそう呼ばせて貰うことしによう。
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