異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
かくして、いきなり二百人の従業員が増えた我が宿であるが、表向きは特に変化がない。
当座の食料は彼ら自身が確保していたし、酒場と宿の接客では基本的に座敷童が数を増減して対応するからだ。
そもそも、彼らは魔族。
そしてここは、聖王国。
彼ら、魔族に対して偏見が強いらしいから……。
せめてヒトに化けられる奴だけでも接客に使おうかなと思ったんだけど、そのあたりを深く検討した結果、ひとまず見送りとなった。
具体的には、この宿屋の後ろ盾である聖王国の王女殿下に意見を求めたところ、「わたくしはすべて聞かなかったことにしたいのですが……」と言われてしまったのである。
ちょうどね、従業員が二百人増えたその日の夕方にね、王女殿下がいらしたのですよ。
なので南野さんを紹介するついでに、ここ二日のあれこれを伝えたわけである。
王女殿下は、現在、数えで十七歳。
ぼくたちと同じ年齢だが、大人びて落ち着きと気品のある人物である。
金髪碧眼で、軽く巻いた髪は、伸ばせば地面につくほど。
いつも白いドレスをまとっているが、これでも王国の代表としての正装ではなく、内向きの用事向けの簡素なものであるとか。
側付きの女性がいつもふたりつき従っているが、彼女たちはなぜか毎回、ぼくのことをひどく睨んでくる。
彼女たちに嫌われるようなことをしたつもりはないのだが……。
牽制、とかなのかなあ。
まあ、別にいいんだけどね。
仕事はちゃんとしてくれるし、座敷童が近づくと、なぜかふたりともぐんにゃりとした笑顔になるし。
ちなみに今回の話をそばで聞いていたふたりは、特に魔族がどうのというくだりで、とてもとても嫌そうな顔をしていた。
魔族を従業員に、という話をしたところでは、正気かコイツ、といった顔でドン引きしていたりする。
人類皆兄弟、ラブアンドピースですよ。
とか適当に言ったところ、「彼らはヒトではありません」とすげなく返されてしまった。
うーん文化の違い。
まあ、こちらの文化を押しつける気はないけど。
「で、結局、北の魔王の討伐証明になりそうなものがなくて、ですね。そちらの方で冒険者としての南野さんの身を保証できないかなーと」
「そのあたりについては、こちらで上手くやりましょう。彼女のことも、聖王国の冒険者として登録する、ということでよろしいでしょうか」
「それができるなら、それでお願い……していいかな、南野さん」
「あ、うん、もちろんだよ! ……ふわー、王女さまと対面するなんてわたし夢みたいだよー」
南野さんは初手から王女殿下に呑まれてしまっている様子で、なんか会話もぎこちない。
ぎこちない割にけっこう軽口を叩いているのは、まあこれ彼女らしさではあるのだろう。
別にこの宿屋の中ではそうへりくだる必要がないんだけどね。
なにせここでは、ぼくが主人であり国の主、彼女はあくまで外国のお客さま、というタテマエだから。
ただし、一歩でも宿屋の外に出れば話は別だ。
そこはもう聖王国の領土であり、王女殿下に話しかけることすらできなくなる。
身分制度って面倒だね。
以前、そんなことをこぼしたところ、側付きの人たちにいっそう睨まれた末、「あなたはこの宿から出ない方がよろしいでしょう。身の安全を保障できかねます」とまで言われてしまった。
ぼくだってそれがわかっているから、あくまでも宿の主人、ということでやっているんだけどさ……。
本当は、交渉とかはすべて西田くんに押しつけてしまいたいのである。
その西田くんは、現在、裏庭の方で家畜の振り分けとかいろいろな指示に精を出しているから仕方ないんだけど。
彼、なぜか家畜の飼育とかに詳しいんだよね……。
お寺で飼っていたわけではないらしいんだけど。
たしかに学校では、飼育委員をしていたんだ。
「将来は北海道で牛を飼って暮らしたい」
そんなことを、この世界に来る前、言っていたのをよく覚えている。
お寺を継ぐんじゃないんだなあ、と言ったら、「継ぐのは兄貴だ」と返された。
「だから、まあ、その、な。牧場を経営するときは、おまえも一緒に来ないか」
とか誘われたんだけど……。
いまとなっては、遠い昔の思い出のように思えるなあ。
「それでは、ひとまず喫緊の課題は以上でよろしいでしょうか」
「うん、ぼく側からは、これで全部。そちらは?」
「ございません。他の些細なことについては、のちほど。部屋をお借りしてよろしいですか」
「いつもの部屋を用意してあります」
座敷童が、とてとて近づいてきて部屋の鍵を渡す。
では、とうなずき、王女さまと側付きたちは二階に上がっていった。
「あれ、王女さまたち、泊っていくの?」
南野さんが小首をかしげる。
「夕方まで休憩するんだ、いつも。うちの宿のベッドは、とても寝心地がいいんだって。それに、誰も邪魔して来ないから」
「王女さま、もしかして万年デスマーチ系女子だったりするの?」
「王家は大変らしいよ」
「それなのに、週一で来るんだ。ここ、聖王国の王都じゃないんだよね?」
「王都の南にある町だよ。ちなみに、この宿の入り口がある町って王都からワイバーン便で一時間くらい」
「ワイバーン便。聞いたことはある、かな。一度、乗ってみたかったんだ」
「今度、頼んでみるよ」
ぼくは、二度とごめんだけどね……。
高いし揺れるし生臭いしで、本当に怖かった。
「少し寝て、すっきりした顔で帰っていくんだ、彼女たち」
「まあ、ここなら安全……というのはあるのかなあ。東横くん、信頼されているんだねえ」
そうなんだろうか。
なぜか南野さんが、「ふーん、ふーん」とジト目なんだけども。
「王女さま、ぼっきゅっぼーんって感じだよね」
「その擬音がスタイルに関することなのはわかるけど、お付きの人たちが本気で怒るからやめておこうね」
「わたしはいま、東横くんの趣味について聞いています! ろりろりぃな子を捕まえたと思ったら、今度はぼっきゅっぼーんが出てきたんだよ。わたしは気になって夜しか眠れないよ!」
夜に熟睡できているなら宿として冥利に尽きると言ったところだ。
「座敷童ちゃんたちはろりろりぃ側だから、やっぱりそっちなのかな!?」
「彼女たちの姿かたちについてぼくの方から指定した覚えはないんだよねえ。宿の従業員というあたりから座敷童という妖怪を連想して、そこから生まれたのかなあとか、西田くんは言っていたけど」
「むむむ、ガードが堅いっ!」
南野さんがしきりに悔しがっている。
彼女の場合、ずっと気楽なトークができる相手もいなかったっぽいので、話し相手になるのはやぶさかじゃないんだけどねえ。
「向こうの世界での南野さん、こんな感じだったっけ?」
なんだか、彼女に対して抱いていたイメージが崩れていくのである。
そういえば、彼女は……。
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