異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
夕方ごろ、座敷童三人が厨房で夕食の仕込みをする中。
ぼくが酒場のカウンターでぼんやりとしていると、二階から南野さんが下りてきた。
さっき西田くんとふたりで一室借り切り、「会議!」と叫んで上がっていったんだよね。
どうやら会議は終わったようだが、少し疲れている様子である。
なお、なんの会議かは教えられていない。
西田くんと南野さんは以前から仲がいいので、ぼくの知らないこともいっぱいあるのだ。
ちょっと焼ける。
ひょっとして、西田くんと南野さんってつきあっているのかなあ。
けどまあ、友人関係に水を差すようなことはしたくない。
ふたりがどういう関係だろうと、ぼくと西田くん、ぼくと南野さんの関係が変わるだけではない。
「なにか飲む?」
だからぼくは、肩を落としている南野さんに、そう声をかけた。
南野さんは「甘いものが飲みたいよう」とちからなく返事をしてくる。
甘いもの、ねえ。
わりと甘味って、この世界では貴重品なんだよねえ。
というわけで、酸っぱい果実の絞り汁に蜂蜜を入れたものを渡す。
南野さんは、それを気に入ってくれたのか、ぐいっと一気に飲み干してしまった。
「おいしかったーっ! あ、でもこれけっこう高いモノじゃない?」
「たぶん高い。だってその蜂蜜、殿下から貰ったものだから」
「うわっ、もっと味わって飲むべきだったかな!?」
なんてことを言っていると、今度はその殿下のおつきの人がひとりだけ二階から下りてきた。
いつも殿下とその従者ふたりがセットで行動しているのだけど、片方が殿下のガードで残っているのかな。
下りてきたのは、常に殿下の左後ろにいるから、ぼくが勝手に左の子を略して左子と内心で呼んでいる人だ。
年齢は殿下より少し上くらいで、灰色のローブを羽織った、落ち着いた雰囲気の女性である。
ちなみにもう片方は右の人、右子と内心で呼んでいる。
こちらは腰に細い剣を下げた、体格のいい女性だ。
左子さんは酒場をきょろきょろ見渡してぼくたちしかいないことを確認した後、ぼくのいるカウンターの方にやってくる。
「申し訳ございません、明日の朝まで部屋をお借りしてもよろしいでしょうか」
「構いませんが……帰らなくて大丈夫なんですか?」
「殿下の体調が優れず、今日はもうお休みいただくということになりました。ここだけの話にして欲しいのですが……実は最近、王城ではあまりよく眠れないのです」
ありゃりゃ、それは大変だ。
うちの宿なんかでよければ、遠慮なく休んで欲しい。
「この宿の枕はとても眠りやすい、と殿下がお褒めになっておられました」
「前も言ってましたけど、別にうちの宿の寝具、特別なものじゃないと思うんですけど……」
「安全を気にせず休むことができるというだけで、得難いことなのです」
そう言うと、左子さんは「表で待機している護衛に伝えて参ります」と頭を下げ、宿から出ていった。
ぼくと南野さんは、顔を見合わせる。
「どういうことかな、東横くん」
「わからないけど、ひょっとしてお城だと命の危険を覚えるようなことがいっぱいあるとか、そういう奴かな……?」
「うわあ、怖いよう。わたし貴族社会なんて絶対に関わりたくないなあ」
「それはぼくも同感。心の底から関わりたくない」
毎日、毒とか刺客とかに怯えながら生きるなんてまっぴらごめんだ。
まあ、ちょっと前までは追っ手から逃げながらそういう旅をしていたんだけどね……。
二度と、あんな怖い日々に戻りたくはない。
ぼくは今後も、この宿でまったりとした日々を過ごしたいのである。
そんなことを考えていると、さっき左子さんが出ていった扉が開いて、若枝を掲げた冒険者の一団が戻ってきた。
三人組で、女性ふたりに男性ひとりのチームである。
この宿屋の常連で、男性と女性のひとりが夫婦、もうひとりの女性がふたりの子どもだ。
宿の出入り口を聖王国に設置する前からの常連客で、大陸中あちこちを旅しているため、ぼくは内心で旅一家と呼んでいる。
彼らは左子さんと同じ扉から入ってきたけど、その扉の先はまったく別だ。
いまはたしか、大陸の西側を旅しているはずで……。
「ただいま、ご主人。これは土産の魚だ。あとこちらは以前に頼まれていた昆布だが、これでいいのかね?」
「昆布!」
旅一家の親父さんの言葉に対してぼくが何か言う前に、南野さんが大声を出す。
おいおい、旅一家の娘さんがびっくりしているじゃないか。
「あ、ご、ごめんね。昆布で出汁が取れると思ったら、つい。じゅるり」
「気持ちはわかるから、南野さん、よだれを拭いてね」
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