異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿 作:星野純三
出汁を取るのが難しい、というのは料理担当である座敷童たちの意見である。
なんでこの子たちがそんなに料理に詳しいのかはよくわからない。
ぼくもそんなに料理をする方じゃなかったし、ぼくの家庭はいろいろ問題だらけだったから、料理の基礎はネットとかで学んだ程度である。
そもそも、ぼくが背負っていたモノがどのような存在なのかも、未だによくわかっていないのだけれど。
とにかく事実として、座敷童たちは料理が上手だ。
殿下も、ここの食事をたいへんに褒めていたくらいである。
和食を基礎にしてこの世界の各土地の料理をアレンジしているだけ、とは座敷童の弁であるが……。
その地方ごとに料理の味つけも違うし、各々で好みの舌もあるだろうに、そのへんの調整が実に上手いんだよなあ。
なんでも、その人物を見ればだいたい好みの味がわかる、とのことである。
以前、その発言を聞いた西田くんが「いちばんのチートかもしれん」と呟き、殿下が「うちの料理人になりませんか」と引き抜きをかけてきたほどであった。
引き抜きは駄目です、座敷童はうちのものです。
なお分裂できる座敷童であるが、その一部が宿の外に出たりすることはできない、とのこと。
出るなら全員揃って出ないと駄目らしい。
というわけで、基本的に座敷童は宿と、宿の中と認識されている裏庭でだけ活動している。
なので自給自足できない食材の調達とかは、ぼくやぼくが頼んだ人々に頼り切ることとなる。
今回も、旅一家が西の海の方に行く、とのことで、西側で調達できそうな食材や調味料を頼んでいたのだ。
で、特にお願いしていたのが、昆布。
これ、ぼくたちの世界でも、使っているのはぼくたちの国を始めとしたごく一部だけだからね。
昆布を食べられる人種、食べるとお腹を壊す人種みたいなのもあるんだとか。
実際は体内にいる菌の関係らしいという話だけど、ぼくはそういうのよく知らなくて……。
まあ、とはいえ出汁として使うぶんには実に魅力的な一品なのである。
そういうわけで、旅一家に頼んでいた昆布は無事にぼくたちの手に入り、座敷童たちがほくほく顔で……一見、無表情なのだけどぼくにはなんとなくわかるいい顔で、昆布の束を手に台所へ消えていった。
旅一家の娘さんは、新顔である南野さんとさっそく打ち解け、笑顔で会話している。
この娘さんは数えで十四歳とのことだが、三角帽子をかぶり紫のローブを羽織るという、可愛らしい魔法使いスタイルで……。
実際に、けっこうな腕の魔術師であるとのことである。
魔法は母親に習ったのとことだが、若くしてすでに、いくつかの分野では母親を凌駕しているらしい。
「将来は、魔法王国の魔術学院に入れてやりたいのよ」
とは、旅一家の母親の言葉であり、旅一家は現在、その魔術学院へ入学するための資金を集めるため各地を旅しているとのこと。
ちなみに魔法王国というのは聖王国の西にある国で、名前が示す通り魔法に長けた王家が統べる、そこそこ大きな国である。
なおこの魔法王国と聖王国というのは、ちょっとだけ仲が悪い。
お互いの信仰を邪教認定している。
もちろん、うちの宿屋の中で争いは禁止だ。
殿下もそのあたりは心得ていて、これまで殿下の部下が魔法王国の人と喧嘩したことは一度もない。
というか聖王国にある宿の出入り口は、そういう殿下が言う「まともな方々」以外は通さないよう、兵が配置されていたりする。
ここでいう「まともな方々」というのは、素行不良の無頼者を弾くわけではなく、偉そうに振る舞う貴族とかを弾くための方便らしいから……。
うん、聖王国の政治には関わりたくないなあ。
「ねえねえ東横くん、この子が海で鯨を見たんだって! この世界にも鯨がいるんだね!」
「あー、いるらしいねえ。空飛ぶ鯨なら、ぼくも旅の途中で見たんだけど……」
「え、なにそれ」
あれは共和国の追っ手から逃げる最中のことで、険しい山の中を隠れるように移動していたときだったかな。
最初は雲だと思ったんだけど、実は鯨が……鯨に似た魔物が空を飛んでいたんだよねえ。
後で近隣の住民に聞いてみたところ、山の主と呼ばれている巨大生物で、神のように崇められているとかで。
気性は穏やかだけど、お腹がすくと見境いなく周囲の生き物を食べ尽くすから、昔は生贄とかやっていたらしい。
ただ最近は空飛ぶ鯨と魔法で意思疎通できるようになって……鯨さんときたら「ヒトはまずいから、牛とか豚とかくれ。なんならわれの魔法で大地を肥沃にしようか?」と言われて。
結果、山のまわりの村々では牧畜が盛んになって、品種改良とかの結果、鯨に捧げる以上の肉が収穫できるようになったとか。
そんな話をしたところ、南野さんだけでなく旅一家の三人もぼくの話を興味深く聞いてくれた。
「空飛ぶ鯨、わたし、見てみたいわ!」
なかでも旅一家の娘さんが一番、目を輝かせている。
うーん、穏やかな気性とはいえ、ぼくは近寄りたくなかったけどなあ。
そんなこんなでカウンターに集まり話をしていたところ、また正面の扉が開く。
左子さんが入ってきた。
ああ、外の聖王国の護衛たちとの会話が終わったのかな、と思ったのだ……が。
その左子さんが、ふたりとよろける。
あれ、と思う間もなく、彼女は後ろから突き飛ばされ、酒場の床に転がった。
逆光でよく見えていなかったけど、彼女は血だらけだった。
「騎士団……反逆、です。殿下に、お伝え……っ」
全身を負傷し、それでも懸命に言葉を紡ぐ左子さん。
そんな彼女の脇を、完全武装の鎧姿の男たちが通り過ぎて……酒場に躍り込んで来る。
「アレイ、イウン!」
ぼくは叫んだ。
酒場の陰から、ぬるりと黒い犬が二体、姿を現わす。
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