異世界に憑いてるモノまでついてきた 異郷で開くマヨイガの宿   作:星野純三

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第18話 宿屋一階防衛戦(1)

 このマヨイガの宿には、セキュリティ上の弱点がある。

 宿屋の入り口である、一階の正面扉だ。

 

 なにを当たり前の話、と言われるかもしれないけど……。

 

 この宿屋の建物の内側で起きた騒動は、宿屋がぼくにそれを教えてくれる。

 対して宿屋の外側でなにが起きているかは、さっぱりわからない。

 

 部屋には窓もついているんだけど、窓の外の景色は一階なら生垣とか、二階なら草原とかで……しかもそこから外には出られない仕様だったりするのだ。

 ぼくがいまいる酒場の正面にある扉は、だから外の世界と通じる唯一の出入り口で、そこを通さないとぼくですら外の出来事がわからない。

 

 いやまあ、今日のお昼くらいに北の魔王の配下を招いたときのように、裏に新しい扉を臨時でつくるとか、そういうことはできるのだが……。

 それって結局、弱点をつくるのと同じだしなあ。

 

 というわけで、他の建物からすれば贅沢な悩みであるが、正面扉からの強襲というのはこの宿を陥落させるための最善手である。

 共和国ではそれが大規模に行われ、しかし彼らはぼくと西田くんの本当の戦力を知らずぼくたちをひどく侮っていたため、なんとか対処できた。

 

 そのかわり、宿屋にとってはとても大切なものを失った。

 お客さんたちだ。

 

 多くの宿泊客が、共和国の兵の犠牲になった。

 ぼくたちは初動を誤り、宿泊客も個々に迎撃して被害を広げてしまった。

 

 せっかく仲良くなった顔見知りの多くを失った。

 それはぼくにとって、ちょっとしたトラウマになっている。

 

 今回、躍り込んできた敵たちはどうだろうか。

 目的はどうやらぼくやぼくの宿そのものではなく、二階で寝ている王女殿下のようだが……。

 

「客は殺せ! 口封じだ!」

 

 あ、駄目みたいですね。

 ぼくと南野さんと旅一家の三人にも、六人ほどの兵が向かってきている。

 

 他の兵は二階への階段に殺到していた。

 いま入ってきているだけでも二十人くらいいるなあ。

 

 この酒場、お客さんが五十人くらいは座れるスペースがあるんだけどね。

 鎧を着た兵がそれだけいて、剣やら槍を構えていると、さすがに手狭に感じる。

 

「座敷童、二階にいる人たちに警告! あと裏庭にも!」

 

 キッチンにいる座敷童に声をかける。

 彼女たちは多にしてひとつ、任意に数を増やして宿のあちこちに出現することが可能なのだ。

 

 いまごろ、二階の各部屋に現れた座敷童たちが、部屋にいる者たちに警告を発していることだろう。

 勝手に部屋に現れるなんてプライバシーもなにもあったものじゃないが、まあそこは緊急時故に勘弁してもらいたい。

 

 裏庭も同様だ。

 二百人の魔族たちとそれを束ねるキタマは、いま大量の荷物と家畜の整理とか管理とかで大忙しのはずである。

 

 できれば彼らのことをここの兵士たちに見られたくはないんだよなあ。

 魔族と繋がりがある宿、ということになると今後の聖王国での活動が面倒になる。

 

 いや、そもそも兵士たちは鬼気迫る表情でぼくのことも殺しに来てるんだけどね。

 そんな状況で余計なことを考えている余裕があるか、という話ではあるんだが……。

 

 これは彼らの言葉から推察しただけなんだけど。

 たぶん、この兵士たちは王女殿下の暗殺が主な目的で、ぼくたちの殺害はあくまでオマケだ。

 

 殿下には敵が多い、と以前聞いたことがあった。

 さっきも左子さんが、殿下はお城で身の危険を覚えてよく眠れない、みたいなことを言っていた。

 

 いまこうして襲ってきている者たちは、その懸念が彼女たちの妄想ではなく純然たる事実であったということなのだ。

 本当に、王族ってたいへんだなあと思うよ。

 

 いまはぼくもそれに巻き込まれているわけだけど。

 とはいえ、殿下にはこれまでいろいろ助けて貰っているし、お互いの取り決めは律儀に守ってくれるし、わりと疑り深い西田くんですら殿下のことはある程度信用しているみたいだからね……。

 

 すべての貴族が悪いわけじゃない。

 ぼくたちはそれを、この世界に来てから最初に出会った領主との会話で理解している。

 

 彼はぼくたちの境遇に対して真剣に同情し、そしてぼくたちの価値を理解した上で手助けを申し出てくれた。

 彼の存在があったからこそ、ぼくと西田くんは、共和国で裏切られた後もこの世界のすべてに絶望したりはしなかった。

 

 この聖王国においても同じだ。

 殿下と手を組んだ理由には打算が大きなウェイトを占めるが、それは殿下の善意を信じないからじゃない。

 

 善意と利の両方があったからこそ、ぼくたちと殿下は手を組めたのだ。

 そう、西田くんは言っていた。

 

 たぶんぼくひとりだったら絶対にそこまでの交渉は無理だっただろうなあ。

 今後も、できれば殿下との交渉は西田くんに任せたいところである。

 

 まあ、そんなわけで。

 ぼくは殿下に死んで欲しくはない。

 

 同時に、ここの宿泊客は全員、守りたい。

 いや、守ってみせる。

 

 もちろんぼく自身の命も守る。

 ぼくの隣にいる南野さんも……。

 

 って、南野さんの姿が消えた?

 慌てて左右を見れば、南野さんはキッチンに飛び込んで包丁を手にしていた。

 

 座敷童のひとりが慌てて止めようとする中、右手で握った包丁を勢いよく自身の左手に叩きつける。

 ……え?

 

「うりゃあっ」

 

 南野さんは、酒場のカウンターから身を乗り出し、狛犬や旅一家と武器を構えて睨みあっている兵たちにぽーんとなにかを投げた。

 指だった。

 

 南野さんは、自らの左手の指を投擲したのだ。

 その指は見事な放物線を描いて兵たちの後方の床を転がり……。

 

 激しい爆発が起こる。

 爆風が、兵士たちもろとも机や椅子を吹き飛ばした。

 

 




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